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静まり返る教室。さっきまで廊下には賑やかな声が聞こえていたのに。驚かせてしまったのだろうか。皆の視線が私に集まる。うわ、緊張するなぁもう。
自分の席がわからなかったけど、ぽっかり真ん中に開いた席が一つだけあった。ラッキー! 席に辿り着くと、
「えーーマジかよ!」
「ありえねぇ!」
「とうとう整形? 気持ち悪いんですけどー」
「一瞬ときめいた俺のピュアな心返せ」
いきなりバッシング。整形なんてする訳ないでしょ、天然です。だけど随分と嫌われているみたい。こんな悪意に満ちた教室で、愛花ちゃんは苦痛だっただろうな。私? 見知らぬ人に理由も分からず睨まれても、なんで? としか思わないから大丈夫です。
「おはよう」
「……はよ」
隣に座っていた男子生徒に挨拶し、席に座り鞄の中身を机の中に入れようとした時、中に何かが入っていて教科書が入らない。覗いてみると中は紙やお菓子の袋など、ゴミで一杯だった。愛花ちゃーん、掃除しようよ。
クスクス笑う女の子達がいて、恥ずかしくなってしまった。そうだよね、机の中にゴミを入れちゃダメだよね。中のゴミを全てゴミ箱に捨て、綺麗になったところで先生が入ってきた。て、え。入ってきたのはさっき会った、ふわふわ無精髭先生ではありませんか。
「全員席に着け。出席を取る」
なんと担任の先生だった。あいうえお順に次々と名前を呼ばれ、私の番に。
「篠塚」
「はい!」
「……手は上げなくていい」
出席の名前を呼ばれると実感するなぁ。私此処にいても良いんだ。
いきなりクラスメイト全員の名前は覚えられないから、隣と前に座っている子の名前をまず覚えることにした。隣の男子生徒は田中くんで、前に座ってる女の子が山本さん。よしよし、知り合いが増えてきた。
山本さんから回ってきたしおりを見て、歓喜の声を上げたくなったのを堪える。しおりの表紙にはこう書いてあったからだ。
『第21回体育祭』
体育祭。体育祭!? キタキタキタキター!! いきなりやって来た大型イベント。学生にとって体育祭と文化祭は、一生の思い出に残る一大イベントだ。俄然やる気が出てきた。健康な今の私はどんな種目もやってみたい。
「体育委員は体育祭の実行委員として手伝って貰うとして、裏方をクラス毎に二人決めなければならない。やりたい奴はいるか」
「はい!」
沢山思い出を作るならば役員として深く関わるべき。裏方とは雑用係。お手伝いが出来るのだから、この機会を見逃す手はない。
「お前は生徒会だから当然実行委員だ」
な、なんですと!?
愛花ちゃんは生徒会だったのか。社会的にいうとお偉い役職ですね。凄いな愛花ちゃん。可愛くて生徒の代表の生徒会にも入っているなんて、尊敬してしまう。
ということは、文化祭にも関われるんですね。学校生活ウハウハ状態。楽しくなってきた。
私が立候補出来ない理由に納得していると、次々に女の子が手を上げていく。皆、そんなにお手伝いがしたいのか。わかるよ、わかるよぉ!
「生徒会が関わると女子の目が違うよな」
「彼処までいくとこえーよ」
背後から聞こえた話し声に、周りを見渡す。確かに女の子達の目がギラギラとしている。まるでサバンナの猛獣が獲物を狙うかのように。反対に男の子達は冷めた感じだ。生徒会には女の子達を掻き立てる何かがあるんだろうか?
結局じゃんけんで男女一人ずつ選び、朝のホームルームは終わった。勝ち残った女の子が「一ノ瀬先輩と話せるかも!」と喜んでいたけど、はて? 何処かで聞いたことのある名前だ。
裏方の男の子は隣の田中くんになったから、何かと話す機会があるかも。ぐふふ、友達が出来るのもそう遠くないかもね。
授業は問題なく進み、時折先生に質問されて答えると、ビックリされるんだけどどうしてだろう? クラスメイトも同じでビックリしてはいるものの、チラチラと私を見るだけで話し掛けてはくれない。
休み時間に話し掛けてみようと思っても、女の子はグループで固まっていて、見えない壁のような物が見える。まるで話し掛けてくんなよ、とでもいうよな威圧。友達が出来ると思ったけど、世の中そんなに甘くないと痛感した今日この頃。といっても初日なのでへこたれませんよ。
そしてやって来ました、学校のもう一つの楽しみ。食堂のお昼ご飯です! 何を食べようかなーと、朝玄関で見た地図をもう一度見てから食堂にスキップで向かった。
食堂は吹き抜けのテラス状になったお洒落な食堂。昔ながらの下町の食堂を想像していた私は、あんぐりと口を開けたまま天井を見上げた。プロペラが回ってる。硝子貼りの食堂は、太陽の光が差し込んでキラキラと輝き、この学校もしかしてお金持ちの学校なんじゃと思わざるを得ない。
他の生徒に習って食券の自販機に並んでいると、又もや視線。もう慣れました。気にするだけ疲れるのだから気にせず、今はご馳走のメニューで一杯の自販機だ。何を食べようかなー、朝は和食だったから洋食がいいなー。よし、ここは定番中の定番であり、尚且つ洋食の王様、オムライスでいこうではないか!
頼んだ料理を空いている席に運び、満面の笑みで一口頬張る。
「おいひぃー」
とろっとろの玉子に濃厚なデミグラスソース。絶品の一品だ。幸せ過ぎる。これで300円は安い。また食べよう。
「あれ、篠塚さん。2階で食べないの?」
「ふぁい?」
ほくほく顔で食べていると、前方から声を掛けられた。私が篠塚愛花と知って声を掛けてくれた人は初めてで、顔を上げるとそこには隣の席の田中くんが。
「もうすぐ生徒会の人達が来るんじゃないかな?」
「生徒会の方は2階で食べなきゃダメなんですか?」
「そういう訳じゃないけど、いつも2階で食べていたから珍しいなって思って」
「そうだったんだ。田中くんは2階で食べるんですか?」
「? 2階で食べられるのは役員の人だけだよ。他の生徒は上る事も禁止されてるじゃないか」
「へー」
2階を見上げると、何人かの生徒が食べている。何処と無く1階より豪華な感じはするけれど、賑やかな1階の方が私は良い。ずっと独りでご飯食べていたから、賑やかな食事がすごく新鮮。
「私は此処で食べます。賑やかで楽しいですから」
「……なんか今日の篠塚さんって、」
「お待たせ、て誰だこの可愛い子!」
「聡、まさかお前の彼女じゃ……この裏切り者め!」
田中くんが何かを言おうとした時、田中くんの背後から二人の男の子がやって来た。いいな、友達……
「ちが、違うから! 彼女は篠塚さんだよ。僕の隣の席の」
「はぁあ!? 篠塚ってあの悪女の?」
「えっ、あのケバいまつ毛バサバサのビッチ女がこいつ?」
またこの目か。私が篠塚愛花だとわかると否や、あからさまな嫌悪感の目に変わる。なんでここまで嫌われるんだろう? 愛花ちゃんはいったい何をしたんだろう。ものすごく気になる。
田中くんの友達は、じろじろと見ては眉間に皺を寄せる。いたたまれないので、愛想笑いをすれば更に皺が。どうすればいいのこれ。誰か助けてー、美味しいオムライスが冷めちゃう!
「食事中に邪魔してごめんね」
気まずい雰囲気を感じ取ってくれたのか、申し訳なさそうに田中くんが謝ってくれた。
この人絶対良い人だ! 是非お友達に!
「良かったら一緒に……」
「キャー、榊先輩よ!」
「御子柴君カッコいい!」
「新君可愛い! 守ってあげたくなっちゃう」
田中くんともっと話してみたいと思って相席をお願いしようとしたら、女の子達の甲高い声によって掻き消されてしまった。
え、なにこれ。いきなり食堂が女の子の声援が飛び交う、まるでネットで見たアイドルのファンの子達みたいだ。
「毎日毎日すごいな。生徒会の人も大変だ」
「そうか? 俺は羨ましいけどな。追い掛けられてみたい、ただし可愛い女の子限定で」
「バーカ」
生徒会の人達が来たからこんなにも騒がしくなったんだろうか? 私も生徒会の一員ならば、顔を知っておかなきゃ後がヤバい。
席から立ち上がり一目見ようと思ったけど、私と同じように立ち上がっている女の子達が壁となって、頭ぐらいしか見えない。ちくしょうめ。
「なんだ。清純っぽい顔に変えても、中身は変わらずビッチか。そんなに生徒会の男と御近づきになりたいかよ」
「まー、相手にされてねぇけどなお前なんて。本物の清純女子、桜子ちゃんの前じゃ霞む」
もう何を言っているのかよくわからない。頭が着いていけないよ。
簡潔に纏めると、
「私は生徒会の一員で、皆から嫌われていて実はビッチ。生徒会に入ったのも役員の男の子目当てだけど、本物の女の子の前じゃ霞むよって話ですか?」
「……最後が違う」
「お前は女じゃねーのか」
うーん、周りから聞く限りじゃかなり評判悪いんだな愛花ちゃん。でも、自殺しちゃうまでに追い込まれたんだから、全部が全部愛花ちゃんが悪い訳じゃないと思うんだけど。
「一ノ瀬せんぱーい!!」
「ラッキー、滅多に食堂に来ない一ノ瀬先輩に会えるなんて!」
一ノ瀬先輩? また何処で聞いたような。
一際大きくなった声援に耳を塞ぎ俯いた時、視界に上履きが。あ、これだ!
上履きに書かれた『一ノ瀬先輩に近付くな』の文字。わかってすっきりしたけど問題発生。今騒がれているのは生徒会の人達なんだよね? ということは……
「お、会長だ。珍しいな、食堂に来るなんて」
「いつもは桜子ちゃんと飯食ってんのに」
やっぱりー!
しかも会長って。同じ生徒会なら会わないようにするなんて無理じゃーん!
なんだか疲れちゃった。考えても仕方ないし、今は目の前にある美味しいオムライスを食べよう。
「田中くん達も食べないと覚めちゃいますよ? 良かったら一緒に食べませんか?」
然り気無く誘う事も忘れずに。
「そうだね。此処で食べようか」
「えー、ビッチと一緒かよ。飯が不味くなるって」
田中くんはすんなり前に座ってくれたけど、後の二人は渋々な感じで溜め息をつく。ご飯は美味しいので大丈夫ですよ。
田中くんの隣に並ぶように友達は座り、カレーライスや唐揚げ定食など、男の子が好きそうなご飯を食べ始める。明日はカレーライスにしよう。
そう決め、オムライスを頬張ると、田中くんのトレーに乗っている黄色い物体に釘付けになってしまった。
「ん? 篠塚さん、プリン好きなの?」
やっぱりプリィィン!! 玉子のお菓子の王様、プリン様ですか!
しまった、ご飯に夢中でデザートのこと思い付かなかった! 悔しいっ。明日はカレーライスとプリンで決まりだ。
「食べる?」
ずっと見ていた私に微笑みかけ、プリンを私のトレーに乗せてくれた。神様ですか!?
「……いいの?」
「うん。思ったよりご飯の量が多かったから、食べてくれると助かるよ」
絶対嘘だ。食べ盛りの男の子がそんな訳ないじゃん。きっと私の顔が食べたいって顔してたから、気を使ってくれたんだ。優しすぎる。
ここは断るべきなんだろうけど、私のお腹がそれを許してくれない。
「……本当にいいの?」
「うん」
「ありがとう。いただきます」
にっこり笑って早速プリンを一口。舌にプリンが乗った瞬間、ひんやり冷たく感じる玉子の甘さ。懐かしの味だ。
「んー、美味しい! ありがとう田中くん」
「っ、そう? 良かった喜んでくれて」
なんだろう? 田中くんの顔がうっすらと赤い。首を傾げプリンを堪能していたら、さっきまで悩んでいたことも忘れていた。
「俺はもうダメかもしれない。あの篠塚を可愛いと思ってしまった」
「俺もだ」
隣のお友達も私のプリンを見ている。きっと食べたくなったのかな。人が食べていると、食べたくなるものらしいからね。あげないけど。
全て食べ終えた私は、食べ物と作ってくれた食堂の方に感謝し、合掌をする。本当に幸せ。
「ありがとう田中くん」
「プリンそんなに美味しかった? 篠塚さんプリン好きなんだね」
「プリンは好きだよ。それだけじゃなくて、一緒に食べてくれたことが嬉しかったの」
誰も話し掛けてくれなかったから、今日はもう無理かなと思って独りで食べていた。辛くはないけど、食堂で仲良さそうな女の子達が食べているのを、羨ましいと思ったのが本音。
「だから、田中くん達とご飯を食べられて楽しかった。本当にありがとう」
「篠塚さん……俺も楽しかった。また一緒に食べよう」
「いいの!? 喜んでお願いします!」
やった! ご飯友達ゲットだ!
「くっそー、可愛い」
「これがテクニックってやつか。恐るべし悪女」