番外編 苦手な笑顔 後編
やっぱりこうなるか。
「悠哉! 誰だよこの女の子……まさかお前の彼女か!?」
「えー悠哉に彼女? お前ロリコンだったのか!?」
「ちげーよバカ! 姉貴だ!」
今日の服装からか、どう見ても年下にしか見えない姉貴。自分の事を言われているのがわかっていないらしく、首を傾げているのがムカつく。お前も否定しろよ。
俺の姉貴だとわかって余計に盛り上がるのは、前に弁当を持ってきた姉貴が本当に姉貴なのかを疑って、会わせろと言った奴だ。自己紹介しつつ握手するダチは下心満載だが、それに気付かない姉貴はもう少し警戒感を持った方がいいと思う。無駄だろうがな。
「そういえばさっきこばせんがいたぜ。見回りしてるみたいだな」
「マジかよ、暇だなこばせん」
「こばせんと言えばさ……」
こばせんとは、俺の学校の先生。生活指導と表しては、休日に見回りして生徒を捕まえる、ちょっと面倒くせー先生だ。
こばせんの話で盛り上がると、ダチ達が時計を見て慌て出した。
「やっべ、映画の時間に間に合わなくなるぞ」
「映画?」
どうやらダチ達も、俺達が観てきた映画を観に行く予定らしい。開演時間までの間、先に昼飯を済ませた矢先に俺達に遭遇。タイミングが悪かったな。
「じゃあお姉さん。今度お家に遊びに行きますんで、また話しましょう」
「はい、また」
勝手に約束してんじゃねーよ。もう会ったんだから家に上げねーからな。
騒がしかった集団が帰っていき、漸く落ち着いて食えると思ったら、姉貴の目が輝いている事に気付く。
「……なんだよ」
「い、いえ。その、悠哉くんがお友達と楽しそうにお話してる所を見るのは初めてでして。あんな風に無邪気に笑うんだなって。お家じゃどこか大人っぽかったから、新しい一面が見れて嬉しかったです」
恥ずかしそうに、それでいて本当に嬉しそうな満面の笑みを見せるが、何がそんなに嬉しいのかわかんねー。いまいち姉貴の喜ぶ基準が不可解だ。俺の笑ってる顔を見ても得になんねーだろ。
適当に流してハンバーガーを食べ終えた俺達は、適当に街中をぶらつく事にした。姉貴は特に行きたい所が思い付かないらしく、俺の行きたい所を優先してくれる。本屋にも行きたいが、荷物になるから後回し。後は俺が行きたい所といえば、スポーツ店ぐらいだな。
行き付けのデカいスポーツ店は、種類も豊富で買わなくても眺めているだけでも楽しい。
野球コーナーに行くと、初めは生まれたてのひよこみてーに後ろにくっついていた姉貴が、別の場所で熱心に何か見ているのが見えた。真剣な眼差しで何かを選んでいるようだが、俺の方からは何を見ているのかよくわかんねー。ま、うるさくねーならいいか。
店内を見回り終わると、レジで買い物をした姉貴が店員から何か貰って喜んでいた。俺に気付き、駆け足で近寄ってくる様はまるで犬。なんかなー、なんつーか姉貴を見てると……
「お待たせしました。次は何処に行くんですか?」
「お前が行きたい所ねーなら本屋行って帰る。つか、何買ったんだよ」
「ひ、秘密ですー」
目線を斜め上に上げ唇を尖らせているが、口笛吹けてねーからな。ふしゅふしゅと情けない音を出しながら惚けているが、大方両親に土産でも買ったんだろ。サプライズとかそういうの好きだからな、こいつは。
駅前の大きな本屋に向かう途中、姉貴の足が止まった。目を輝かせ高揚したような表情で見つめる先は、とある店。
白とピンクの花やハートやらのメルヘンな外装。開けられた入り口の扉からは甘ったるい匂いと、客は店と同じような色のフリルのワンピースを着た連中ばっか。所謂ロリータ系だ。
「ゆ、悠哉く……」
「ぜってー入らねー」
「うぅぅ……」
拒否されるのがわかっていたのか、肩を落としつつも店から離れる。時折未練がましく振り向きながら。
「…………ちっ、10分だけだからな」
「え。え、え、え? 悠哉くん、そっちは………あっ!! ありがとう悠哉くん!」
店内に俺が入ったのを見てわかったのか、嬉しさのあまり若干涙目だ。そこまで入りたかったのかよ。
俺だけ行きたい所に行って、姉貴が行きたい所を行かないとなるとちょっとな。別にそれでも俺は構わねーけど、後味が悪い。10分だけ我慢すりゃいいか。10分経ったら即行出てやる。
「悠哉くん、これすっごく可愛いです! 幸運のネックレスですって」
「…………あっそ」
入店して3分。早くも後悔の波が俺を襲う。入るんじゃなかった、5分って言えばよかった。なんでこんなに1分が長げーんだよ!?
他の客からの視線が痛てー。場違いなのは俺だってわかってんだよ。店内には男の客は俺しかいなく、店員も女だ。縦ロールのな。
内装や売り物も、外装と同じようなフリフリ、ヒラヒラしたような可愛い物ばかりで、甘ったる匂いに頭痛がする。早く帰りてー。
「でも私は十分幸せですから必要ないですね。美味しいご飯が食べられて家族がいて、学校に通えて友達までいる。こんなに幸せなのに、それ以上を望んだらバチが当たっちゃいます」
ネックレスから離れ、別の物へと視線を移す。
旨いもんが食えてとか、学校に通えるとか……普通だろ。なんであんな幸せそうに笑うんだ。
理解出来ねーなと思いながら1人でいるのは居心地が悪く、姉貴の近くにいると、さっきとは別のアクセサリーに目を輝かせている。
それは天使の羽をモチーフにしたブレスレット。シンプルなデザインで何処にでもありそうだが、姉貴は他の商品よりもそのブレスレットをジッと見つめていた。
「んなに欲しいなら買えば?」
値札をチラリと見れば1200円。買えない程高くはない。
前に小遣いを全額俺にやると言ったが、今更そんな事されても昔の屈辱はなくならない。それに、今の姉貴を見てると呆る事はあるが憎しみは出てこねーからな。
……たまにムカつくが。
兎に角、小遣いは今まで通り姉貴も貰ってるはずだから、ブレスレットは買えるはず。それなのに手に取ろうとはしないのはなんでだ?
「……欲しいですが諦めます。さっきお買い物しちゃったので、今日は我慢です」
買い物っていうと、スポーツ店で買った土産か。何を買ったかは知らねーけど、他の奴の土産を買って自分は我慢とかバカじゃねーの。昔の姉貴を知ってる分余計そう感じる。
ブレスレットに惹かれながらも諦め、見るだけで楽しいとぬいぐるみコーナーに移動した。
残されたブレスレット。
俺の財布にはまだ2000円ぐらいは残っていたはずだ。だからなんだ。買うわけねーだろ、こんなもん。
「……………」
「いらっしゃいませー。こちらはプレゼントでしょうか? ラッピングいたしますよ」
何も言わない俺に、店員は笑顔でラッピングしていく。
なんで俺はレジに立ってんだ? なんであのブレスレットを買ってんだよ。
姉貴に気付かれる前にさっさと金を払い、入り口へと移動する。店員、生暖かい目で見るんじゃねーよ!
店を出た後も適当に街を周り、夕方前に電車に乗る。歩き疲れたのか、うとうとし始めた姉貴は俺に寄り掛かり寝息をたてる。
「……ふひ、……んふふ」
……どんな夢見てんのか知らねーけど、アホ面見せてんなよ。
どうにも姉貴が記憶喪失になってから、姉貴じゃなく妹のように感じる。全体的に、そう性格もだがなんつーか、やる事なす事が餓鬼みてーで。
「……ゆーやく……だいす、ふがっ」
言い終わる前に鼻を摘まんだ。寝言は自分の布団の中で言えよ。恥ずいだろーが。
大きなため息をついた後、姉貴を起こさないよう電車に揺られながら外の景色を眺めていた。
7時前に家に着き、夕飯を作ろうと意気込む姉貴には悪いが、出前代を預かってるのに使わない手はない。出前のパンフレットを見ている俺に気付き肩を落とすのも束の間、ピザのパンフレットを見て興奮しだす。
「ピ、ピザです! もしかしてピザも出前出来るんですか!?」
「そりゃ出来るだろ」
昼はハンバーガーだったから、夜は米が食いたい。鰻でも頼むか。
「ピザが食べたいです! 食べてみたいです!」
「お前昼ハンバーガー食って、夜にピザとか太るぞ」
「ガリガリよりいいです。お肉があるのは健康な証拠ですから」
「肥満体質になったら健康じゃねーけどな」
「ぐっ……」
言い返す言葉が見つからないのか言い淀む。渋々ピザを諦め、俺が見ていたパンフレットを見ている姉貴は素直だ。
「なんのピザがいいんだよ。俺も食う」
「え、でも……」
「ピザの1枚ぐらい一汗流せば大丈夫だろ。いつもジョギングしてんだから肥満にはなんねーよ」
「悠哉くん!」
しがみつこうとしたので、頭を押さえて電話した。ピザ屋には定番のマルガリータと、丼屋に鰻丼を頼む。出前が来るまでの間、姉貴は洗濯をしようと立ち上ろうとした時、何かを思い出したかのように声をあげ自分の鞄を漁る。
「これ、今日のお礼です。連れて行ってくれてありがとうございました。とっても楽しかったです」
俺の前に差し出されたスポーツ店の袋。今日俺達が寄った店のだ。お礼って、これは両親への土産じゃなかったのか?
中身を取り出せば、【闘魂】と赤文字で書かれた青いタオル。
「何かプレゼントしたくて、出来れば日常で使える物がいいなと思いまして。タオルなら部活でも使えると思ったから……気に入らなかったですか?」
「……別に」
呆然とする俺に「よかった」と笑い、洗濯をしに洗面所へと消えた。
青春だ、青春だ、とよく叫ぶ姉貴が好きそうなタオル。じゃあなにか? このタオルを俺にやる為に、自分が欲しかったブレスレットを諦めたってか。バカじゃねーの。
「………………」
礼を言われるような事してねーし。ましてやプレゼントなんて……
ポケットにはあのメルヘンな店で買ったブレスレットが入ったままだ。渡すタイミングがなく、ポケットに入れていたから皺くちゃになってしまっている。
今やるか。いや、そりじゃあまるで、プレゼントのしあいで気持ち悪くね? 気持ち悪りーし。
俺の気持ちも知らずに、姉貴は洗濯機を回している間、フローリングの掃除をし始める。ジッとできねーのか。
ポケットに手を突っ込んだまま、ただ時間が過ぎていく。洗濯物を干し終えた頃にタイミング良く、家のチャイムが鳴る。
「あ、出前ですかね。私が……」
「俺が行く」
出迎えようとした姉貴を制し、リビングのドアノブに手を掛けた。此処しかねー、今しかねー。
「…………………やるよ」
「え」
ポケットから取り出した皺くちゃの袋。姉貴に向かって放り投げ、さっさと玄関に移動した。
丁度鰻丼を受け取った後に、ピザ屋も来て一緒に受け取る。手間が省けたとリビングに戻れば、ブレスレットに興奮し過ぎて顔を真っ赤にさせた姉貴は、プルプルと震えていた。
あ、これやべーわ。
直ぐ様持っていた鰻丼とピザをテーブルに置くと、俺が戻ってきた事に気付き、スローモーションのように駆け寄ってきた。
今にも泣きそうな涙ぐんだ瞳。嬉しくて嬉しくて堪らないと、感情が抑えられないようで……
「悠哉くん大好きですーー!!」
知ってるよ。
突撃してくる姉貴を止める事なく甘んじて受け入れた。押さえてもうるせーだけだし、したいようにすればいいさ。後でチョップかますがな。
「悠哉くん、ありがとうございます!」
頬を染めて笑う姉貴の笑顔。我慢して笑う笑顔より、この笑顔の方が苦手だ。
「……別に」
こんな笑顔向けられて、どうしろっていうんだよ。しがみつく姉貴を引き剥がそうと額を押し退けても、にこにこした表情は変わらず。
あー、ムカつく。
ムカついたからデコピンしても笑っているから、ピザを半分食ってやったら「お腹空いてるんですか? 私作りますよ!」と言ってきた。堪えねー。




