番外編 苦手な笑顔 前編
連載一周年記念と致しまして、番外編で悠哉視点です。
「じゃあ、行ってくるわね。夜は出前取ってくれたらいいから」
「お土産買ってくるから楽しみにしてるんだよ」
滅多にお洒落なんかしねーのに、着飾った母さんが嬉しそうに親父と出掛ける。単身赴任から親父が帰ってきたら、必ず2人で出掛けるのが約束らしく、歳を重ねてもあの2人はバカップルだと思う。
「行っちゃいましたね。お昼は私が作りますので、何が食べたいですか?」
寧ろ何作れんだよ。寝言は寝てから言え。
母さんから料理を教わってるらしいが、それはフォローあって出来るもの。こいつ1人で作らせたらどんなもんが出てくるか、想像しただけで食欲なくなるわ。
「いらね」
「ええっ!食べないと死んじゃいますよ」
「今から出掛けるから外で食ってくる」
作る気満々だったのか、やる気に満ちた顔がガッカリした顔になる。表情豊かだよなこいつ。
「お出掛けですか?」
「観たい映画あんだよ」
「お一人でですか?」
「ああ」
話題になってるアクション映画が観たいと思っていたからな。次いでに買いもんでもしてくるか。
すると途端に何かを期待しているように、目を輝かせやがる。嫌な予感しかしねぇ。
「その、私も一緒「ぜってー嫌」……ううっ」
言い終わる前に拒否。何が嬉しくてこいつと出掛けなきゃならねーんだよ。映画ぐらい1人でゆっくりしてーわ。
「出掛けてーならてめー1人で行けよ。それかダチとかとよ」
「真由ちゃんも佳奈ちゃんも部活なので……」
「……………」
頭に垂れた犬の耳が見える。幻だ。ぜってー幻だ。
俺はその場から逃げるように自分の部屋へと戻った。あのままあの場所に居たら、とんでもねー事を言っちまいそうだからな。
簡単に着替え、鞄に財布を入れすぐ玄関へ。
「いってらっしゃい。夕飯は腕によりをかけて作りますね」
食えるもん作れよ。
そう言ってやるつもりだった。
振り返った先にいた彼奴は、捨てられた子犬のように寂しそうで。それなのに、それを押し込めて無理矢理笑っていた。
見るんじゃなかった。振り返るんじゃなかった。
「……………ぞ」
「え?」
あー、くそ。口が勝手に動きやがる。
「とっとと仕度しねーと置いていくぞ」
「えっ、それって………」
「…………」
「はい。はい!すぐ用意します!」
ぱっと花が咲くような笑顔。そんなに嬉しいかよ。
足音を響かせ階段を上る彼奴の背中を見て、言ってしまった後悔に項垂れるようにしゃがみこむ。
なんで言っちまうかな、あんな事。バカ犬みてーに尻尾振りやがって。
「お待たせしました!」
慌てたように息を荒くさせた彼奴の格好は、ドット柄の薄いピンクのキャミソールワンピース。花柄の鞄に、薔薇が付いたヒール。おまけに頭にはでっけーリボン。
なんだこれ。
俺はこんな格好した奴と歩かなきゃなんねーのか。勘弁してくれ、普通にTシャツとかにしろよ。
「……それで行くのか?」
「え、ダメですか?」
「別に」
キョトンとした顔を見たら否定すんのも面倒になった。
いつもなら自転車に乗っていくんだが、自転車に乗れねーとか言いやがるから駅まで歩く事に。面倒くせー、自転車ぐらい乗れよ!
電車に乗っている間はやたら視線を感じ、その視線の元凶は気付きもしねーで、締まりのねー顔をしやがる。先行きが不安だ。
映画の時間までまだ余裕がある中、物珍しそうに館内を見渡す姉貴は目立っていた。
記憶喪失になる前はやたら化粧しまくってたのに、今の姉貴は全くと言っていい程しなくなった。なんつーか、清楚っつーか。中身アホだけど。
「あんま離れんなよ」
今にも声を掛けようとする男が目に入り、思わず声が出た。絡まれたりしたら面倒だからな。
「悠哉くん悠哉くん!隣にゲームセンターがありますよ!」
「あー?」
「行ってみたいです!」
この映画館はゲーセンと繋がっていて、目をキラキラさせた姉貴は俺の服を引っ張りながら指を指す。餓鬼か。
時間もあるし適当にゲーセン内をぶらつくと、へばりつくようにクレーンゲームを見ていた。お目当てはあの馬なのか兎なのか、よくわかんねー謎のぬいぐるみ。昔から好きだよな、あれ。
1回やってみようとチャレンジしたが、ぬいぐるみは持ち上がらず撃沈。下手クソ。徐に肩を落とすのがなんか笑える。仕方ねーな。
「どけ」
戸惑う姉貴を押し退け、1回失敗したが2回目で取れたぬいぐるみを放り投げる。ポカンとしていた口が満面の笑みに変わった。
「ありがとうございます!宝物にします!」
手のひらサイズのぬいぐるみが宝物とか、昔もそんな事言ってたな。
「この子の名前は悠くんにします」
「やめろ」
鼻歌で上機嫌の姉貴が次に見つけたのがプリクラ。
冗談じゃねー。ぜってー嫌だ。
直ぐ様早足で映画館の方に戻った。
ジュースとポップコーンを買って映画を観賞。迫力あるアクションとCGに満足しつつ、チラッと隣を見た。
食い入るように真剣に観ていると思えば、泣いたり驚いたり。こいつの顔見てるだけで飽きない気がする。映画は静かに観たい派の俺にとっては好都合で。たまにはこういうのも、悪くはねーな。
「とっても面白かったです。大きなスクリーンで観ると迫力が全然違うんですね」
映画の熱が治まらないようで、あの場面がよかった感動したと話ながら映画館を出た。
昼飯は近くのハンバーガーショップ。何故か映画以上に興奮している姉貴に引きながら、適当に注文して窓側の席に。向かい合って座って、4つのハンバーガーを頼んだ俺は勢いよく齧りつく。
「これが、これがハンバーガー……夢にまでみたハンバーガー!悠哉くんとお出掛け出来ただけじゃなく、映画館に行けてハンバーガーまで食べられるなんてっ。私こんなに幸せでいいんでしょうか!?」
大袈裟じゃね? たかがハンバーガーだろ。何時でも食えんじゃねーか。
早く食えと言ったら、小さな口でカブッといくと黒目が小さくなった。
「おいひーれす!アツアツです!感動です!」
……ファーストフードで此処まで喜ばれたら、作ってる奴も本望だろうよ。
口端にケチャップ付けて「美味しい美味しい」とポテトを食う姉貴。今考えるとありえねー光景だ。あの姉貴と2人で外で飯食うとか。しかも映画まで。
「約束守ってくれてありがとうございます」
「約束?」
「前に、一緒に外で食べてくれるって」
そういやそんな事言ったな。
成り行きで言った約束。まさかこんなに早く叶える事になるとは。前の姉貴は嫌いだったが、今の姉貴はなんつーか苦手だ。
泣き虫のくせに、我慢するように笑う顔を見るとムカつく。言えばいいだろ。いつもストレートに感情ぶつけてくるくせに、まるで我慢すんのに慣れてるみたいな……ねーけどな。今まで我慢のが、の字もなかったような女だったし。
「今最高に幸せです、悠哉くん」
「そーかよ、よかったな」
ケチャップ拭えよ。
苦手な原因はこの笑顔にもある。無垢の笑顔ってこういう顔なんだろうな。当たり前の事を大袈裟に受け止めて感謝して。調子狂うぜ。
「おー、悠哉じゃん!」
休日の昼下がり。人込みの店内に見知った顔がいくつか見えた。
「………はぁ」
「お友達ですか?」
ダチだよ、野球部のな。
この後の展開が予想出来てため息しか出ねーわ。




