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天気が良いので合宿の食堂ではなく、中庭で食べる事にした。木陰のベンチに座って食べるお弁当は最高においしい。
田中くんが食べるコンビニのご飯に興味があって、食べる様子をジッと見ていた。厳重にラップに包まれたおにぎり。それを簡単にはがしてしまうのが不思議でならない。いったいどういう構造なんだろう?
「明日も合宿のお手伝いをするんなら、一緒にご飯食べようか? 明日は俺も部活なんだ」
「はい! 是非お願いします」
出来れば田中くんがサッカーをしている所を見たかったけど、合宿のお手伝いが優先なのでそれは我慢だ。明日は私がお弁当を作って来ようかな。
田中くんとのお昼ご飯は、ゆったりとした時間で心地良くて。ポカポカしてて、まるで田中くんの隣は日だまりのみたい。少しでもこの時間が長く続けばいいのに、なんてそんな事を思ってた。
楽しい時間はあっという間。お弁当を食べ終えた後、田中くんを校門まで見送りに行く事にした。
「それじゃあ、また明日」
不思議な事に、さっきはあんなに寂しかったのが嘘みたいに今はない。お腹が空いてたからかな?
時々振り返って田中くんが手を振ってくれるのが嬉しくて、田中くんの背中が見えなくなるまでずっと眺めてた。
合宿に向かうと、既にお昼ご飯を食べ終わった部員さん達が外で寛いでいた。
食堂の後片付けをしようと思ったら、部員さん達が机を拭いたりして殆んどする事がない。これだけの人数なんだから食器を洗うのも大変だと思ったのに、なんと自動で食器が洗われている。
……科学ってすごい。
乾燥もできるらしく、棚に運ぶ作業だけお手伝い。途中でお皿を2枚割りました……ごめんなさい。
そしてそして、待ちに待った練習試合!
それぞれ準備運動を終えて、道場の外に置かれたボードに書かれた対戦表を眺める。御子柴くんの相手は誰かなって除き込むと、
「よっしゃあ!」
ボードの前で叫ぶ薙定くんが、御子柴くんに指を指す。
「今日こそお前を叩き潰してやる!」
「ああ」
「やる気なさそうにするな!」
燃え上がる薙定くんとは対照的に、御子柴くんは坦々としている。いつもの御子柴くんならもっと燃え上がってもいいはずなんだけど? 闘いとか好きそうなのに。
「練習試合だとあんまり燃えないんですか?」
「ん? いや、そんな事ないぞ」
「体育祭の時のように熱くなってない気がして」
聖蘭の人が作戦会議の為に集まり、準備運動を終えた御子柴くんに声を掛けた。すると、チラリと薙定くんの方を見て軽くため息。
「試合は嬉しいが……」
言葉を濁すような言い方。薙定くんが苦手なんだろうか? もしかしてすごく強いとか? ううん、それだったら喜ぶはず。
「毎回試合をする度に『今日は調子が悪かった』『本気を出していない』等と言われ続けてな。今日は本気で戦えるのだろうか」
………うん、なんて言ったらいいのかわかんない。
普段運動をしている時の御子柴くんは目をギラギラさせているのに、今はしょんぼりとしててなんだか可愛いと思ってしまった。
「初めて御子柴くんが柔道をしている所が見れるので、すっごく楽しみです。頑張ってくださいね、応援してます」
「……ああ。ふ、篠塚に応援されるのなら頑張らないとな」
一瞬目を丸くさせ、柔らかく微笑み頭をポンポンと撫でられる。よかった、少しは元気になったみたい。
「ちょっと聞いたわよ」
急に割って入るように、咲山さんに肩を掴まれた。なんだかすごく不機嫌な顔。
「部室の掃除。関さんに手伝わせたんだって? あの子だって暇じゃないんだから、こき扱わないでよ」
咲山さんの声が大きかったのか、周りがざわりと騒ぎ視線が集まる。
掃除は終わっていたけど、後片付けは手伝ってもらった。でもこき扱ったつもりはない。
「後片付けとかは手伝ってもらいました」
「はぁ?」
「先輩先輩! 本当にちょっとだけ手伝っただけなんです。篠塚先輩を怒らないであげてください」
咲山さんの後ろから慌てたように関さんが止めに入る。どうやら私が無理矢理手伝わせたと思ったらしく、関さんの話を聞いて勘違いしたらしい。
後輩思いなんだな、咲山さんは。
「……そう。悪かったわね勘違いして」
「いえ、手伝ってもらったのは本当ですから」
「いい子だよなー関ちゃん」
ピリッとした雰囲気が納まり、聖琳の柔道部員さん達が口を開く。それを聞いた関さんが、照れたように慌てる姿はすっごく可愛い。
「そんな事ないですよー。慣れない篠塚先輩のサポートをするのは当たり前じゃないですか」
「謙遜しちゃって可愛いな。自分だって忙しいのに」
「ありがとう関。これからも頼む」
「はい、任せてください。御子柴先輩は試合頑張ってくださいね」
関さんの言葉に、咲山さんが顔を歪めたような気がした。私の視線に気付いてすぐに逸らされてしまったけど、なんとなく気になった。
練習試合の時間になり、部員さん達が道場の真ん中に集まる。その間に私はビデオカメラの設置で大忙し。道場は2つに区切られ、2試合同時に進行していくからカメラがたくさん必要なんだよね。
先に1年生の試合が終わり、2年生の試合が始まる。御子柴くんの出番を確認すれば最後だった。
「うわぁ……」
1年生の試合もすごかったけど、2年生はもっとすごい。迫力とか気合いとかもだけど、足技の駆け引きっていうのかな? 何度も技をかけようとしては逃げての繰り返し。目が離せないよ!
熱気が増す中、とうとう御子柴くんの出番!
「御子柴くんがんばれー!」
例え練習試合だとしても応援しなきゃ。振り向いて微笑んでくれる御子柴くんの後ろで、悲壮な顔をした薙定くんが……
草むしりの時助けてくれたし、試合に誘ってくれたのは薙定くんだ。薙定くんも応援しなきゃダメだよね。
「薙定くんもがんばってください!」
ぱあぁっと花が咲くような笑顔。同じ歳なのに可愛いと思ってしまった。病院の小児科にいた子達に似てるかも。
中央で挨拶。その時、隣から小さな、だけど私に聞こえるような呟きが耳に入った。
「さっすが聖琳の悪女。どっちも応援とか」
「晴道が遊ばれてる気がしてならねーわ」
聖蘭の人だ。どっちも応援する事が悪い事なの? これは練習試合だし、どっちにも頑張って欲しいのは本当だし……
「気にしちゃダメですよ先輩! 先輩は皆に優しい八方美人なだけなんですから」
八方美人って誉め言葉だっけ? 違う気がするけど、関さんの笑顔から悪気は感じられない。関さんなりにフォローしてくれてるんだよね?
「とりゃああぁぁあっ!!」
いつの間にか試合は始まっていて、薙定くんの掛け声で皆の視線が一斉に試合へと向く。
御子柴くんの裾を掴み勢いよく突撃していき、攻撃させる隙を与えない。強引に技を掛けようとしてるけど、それを受け流すかのように御子柴くんは逃げる。
「場外、待て」
「………ぷはぁ」
試合の迫力に息をするのも忘れてしまう。私が試合をしてる訳じゃないのに手に汗が。
「次、動くな」
「ああ。御子柴が攻めに来るだろうぜ」
周りにいる部員さん達が小声で実況してくれるので、素人の私にも今何が起きているのかがちょっとだけわかる。
防戦のみだと審判から注意されるから、そろそろ御子柴くんが攻めに入るらしい。
うー、御子柴くんの柔道ってワクワクしちゃうから、体がこう、ムズムズして落ち着かないよ。
「始め!」
開始の合図によって、お互いが襟の取り合いになる。薙定くんの後ろの襟を取ろうと御子柴くんが左手を伸ばした時、
「待ってたぜぇ!」
待ち構えていたかのように、伸ばされた左腕を掴む。その瞬間、薙定くんは御子柴くんの懐に入り込んだ!
「はぁああああっ!!」
「背負い投げだ!」
「逃げろ御子柴ぁっ!」
「晴道いけーーっ!」
声援が飛び交う。
息を吸い両手を口に当て、投げられるって思った。
だけど、
「うぉおおおおおおっ!!」
御子柴くんの空いていた右手を薙定くんの腰に回ったと思った瞬間、薙定くんの体が高く持ち上がった。
「なっ!?」
「う、裏投げぇ!?」
誰かが叫んだと同時に、道場全体に地響きが鳴り渡る。足に伝わる振動とその音に目を擦った。
暫くの間、ううん。実際はほんの数秒だったのかもしれない。それでも誰も口を開く事がなく、身動きする気配もなかった。
恐る恐る目を開けると、二人とも倒れていた。
「御子柴くん!」
「い、1本! それまで」
私の声を掻き消すような大きな声で、審判の手があがった。途端に歓声で沸き上がる道場。御子柴くんの周りに聖琳の人が、薙定くんはトレーナーの人が駆け付けた。
あんなに高い所から投げられたんだもん。頭を打っていたら大変な事にっ。
「だ、大丈夫ですか?」
「ぅあっ……いって……」
「急に起き上がるな。意識はあるようだが、一応見てもらえ」
起き上がろうとした薙定くんを止め、合宿所にある医務室に運ばれる。試合に負けたことが悔しくて、普段明るい薙定くんが俯いてる。服を握りしめて。
「すごかったです!」
「え……?」
落ち込んだままの表情で、ポカンと口を開けたまま顔を上げる。
「私、柔道の試合を生で見るのが始めてでした。ネットでは何回か見た事があったんですけど、全然違ったんです」
元気付けたかった。
あんなにワクワクした試合を見たのは始めてで、少しでも感じた事を伝えたかったんだ。
「すごかったです、薙定くん。絶対投げられるって思ってましたから」
「……でも結局は」
「関係ないです! すごくすっごくカッコよかったですよ薙定くん!」
「篠塚さん……」
下唇を噛み締めて、目が潤んでるような気がした。
「そうだ薙定」
「御子柴!」
人を掻き分け、薙定くんの下にしゃがむ。試合が終わったばかりで額に汗が浮かび、すっと手を薙定くんの前に差し出す。
「今日のお前は強かった。次は練習試合でなく、本番でやろう」
「………っ」
試合をする前はあまり闘争心を出していなかった御子柴くんが、目をギラギラさせている。
ライバルだ。ライバルを見る目だよ。
潤んでいた目を腕で擦り、薙定くんも手を差し出す。
これぞ男の友情! 熱い闘いが終わってお互いを認めあう握手。青春が、本やテレビでしか見た事がなかった青春が目の前にぃぃっ!!
パンッ!
そう思っていたのに、薙定くんは御子柴くんの手を握るどころか、手を弾いてしまった。
なんでぇっ!?
「……今日は俺の負けだ。だがな、次は負けねぇっ! 今度こそ、お前を絶対にぶん投げてやるからな!」
「ふっ。ああ、俺も負けるつもりはない」
握手はしなかったものの、確かに2人の間には友情が生まれた気がした。
あんなに御子柴くんに敵対心が剥き出しだった薙定くんが、どんなに敵意を向けられても受け流していた御子柴くんがっ!
お互いを見て、わかりあえたかのように笑いあってる。
「……うっ、ぅぅ」
「えぇっ!? なんで泣いてるの?」
「篠塚っ、腹でも痛いのか?」
感動で涙があふれる私に驚き、慌てふためく。
「うぅ……感動ですぅ」
「「は?」」
「男の子同士の熱き闘い! そこから生まれる友情! 青春ですぅー!!」
「「友情は生まれていない」」
照れ隠しなんだろうけど、息がピッタリですよお2人さん。微笑ましいです。
私にも神代くんという勉強のライバルはいる。でもこんな風に、汗をかき自分の力を出し切って相手を認めあえる……そんなライバルが欲しい!!
「やっぱり私、柔道したいです!」
「えぇっ!?」
「興味出たか、柔道に」
ボランティア部に入ってるけど、隅っこで一緒に練習させて貰えるだけでいい。兼部だから公式試合は無理だと思うけど、今日みたいに練習試合とかに参加出来たらいいな。
「でも、篠塚さんみたいなか弱い子がやるのはやっぱり……」
「いいえ、松栄さんも言っていました。【柔よく剛を制す】と。私みたいな小さな人でも鍛えれば強くなれるはずです」
「くそ、松栄の奴余計な事を!」
「うちの姫ちゃんが筋肉質になっちまうだろ!」
何故か周りの人は反対で、唯一賛成してくれたのは松栄さんだけ。
筋肉? いいじゃないですか、健康の証ですよ。月曜日にでも兼部してもいいか先生に聞いてみよう。
期待に胸を膨らませてる私の横で、申し訳なさそうに眉を下げる御子柴くん。
「篠塚……聖琳には女子柔道部はないんだ」
ショックで落ち込んだ。
「はははっ、聖琳の悪女って聞いてたけど面白いじゃん」
「なー。いきなり泣くわ落ち込むわで、見てて飽きねー」
「噂は当てにならないねー。あの子は天然小悪魔ちゃんだよ」
「……そうですね、篠塚先輩はとってもいい人ですよ!」
練習試合も終わり、部員さん達は汗を流すためシャワー室へ。私を含めた他の人は後片付けだ。
雑用はしなくてもいいって言ってたけど、洗濯物の山を見ればそんな事聞いてられない。
細かい事は咲山さん達に任せて、私は私が出来る事をしよう。
今は皆シャワーをしてるから、交流のしようがないもんね。
「…………ぱい。篠塚先輩」
洗濯され絡まった胴着を伸ばしている時、小さな声が聞こえた。
振り返っても誰もいない。辺りを見回しても誰もいない。
「???」
名前を呼ばれたような気がしたけど……気のせいかな?
誰もいないから再び洗濯物に手を伸ばそうとした時、
「先輩っ! 篠塚先輩!」
今度ははっきり聞こえた。はっと顔を上げると、茂みの所から手招きする手が。
え、おばけ? まだ明るいよ?
そっと近付くと、茂みに体を隠した女の子がいた。
「えっと?」
辺りを見回して誰もいない事を確認し、女の子は立ち上がった。ふわふわっとした金髪のパーマ。目がクリクリと大きくて、スラッとした色白の体型。学校の制服を着ているけど、首には真っ白のショールが巻かれている。
すっごい美少女だ。こんな可愛い子見た事ない。
「先輩……僕です」
「え」
美少女の口から聞き覚えのある声が。え、もしかして……
「千葉、くん?」
「………………………………………はい」
すごい間があったけど、不本意そうな声で頷き顔を逸らす。その顔すら可愛い!
「どうしたんですか、その格好?」
「演劇部の先輩に見つかって。これで最後だからって」
「……着替えさせられたんですね」
必死に頼み込む姿が想像出来るよ。落ち込む千葉くんには悪いけど、すっごく可愛いです。
でも確か千葉くんは家の用事があって来れなかったんじゃ?
「先輩に仕事を押し付けるような形になってしまったので、その……気になって」
頬っぺたがほんのり赤くし、気まずそうに金髪の美少女が照れいているぅ! いや、少女じゃないけども。
女の子の私でも胸がキュンとなってしまう。恐るべし千葉くん。抱き締めたい。
「気にしてくれてありがとうございます。私は大丈夫ですよ」
「安心しました。すいません、手伝う事が出来なくて。柔道部の手伝いは大変だったんじゃないんですか?」
「忙しかったですけどやりがいがありました。そして今は目の保養で元気いっぱいです!」
「は?」
楽しかったけどやっぱり体力を使う仕事だったので疲れはある。そんな時に現れた、千葉くんにすごく癒されました。
他にも違う衣装を着替えさられそうになって、逃げてきたらしい。着ていた服は演劇部に置いてきたままで、暗くなって人が少なくなった頃に帰るんだって。
女の子の格好を見られるのが嫌なのに、心配して見に来てくれたんだ。うぅ……なんていい子なんだ!
「着替え用に持ってきた私のTシャツと短パンでよければお貸し「お願いします!」よ?」
最後まで言い切る前にお願いされた。切迫詰まってたんだね千葉くん。涙が出そう。
憂鬱そうだった顔から爽やかな笑顔になって、千葉くんは帰っていった。そんなに嫌だったんだ。演劇部の人から千葉くんを守ろう! 先輩として。
医務室から戻った薙定くんは、何処かぼんやりと空を眺めていた。
「やっぱ御子柴に負けたのが悔しかったんだろうな」
「ずっとライバル視してたからな。まあ、暫くはそっとしておこうぜ」
友情を分かち合っても、悔しい事には変わりはない。私も声を掛けないまま、他の人達に挨拶をして家に帰った。
頑張れ薙定くん! 応援してるよ。