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今の世の中は便利で助かる。スマホで聖琳学園の場所を検索すると、地図と行き方まで載っていた。
えーと、此処から電車に乗って徒歩で10分ぐらいか。て、電車? もしかしてじゃなくても、電車通学? 見れるだけじゃなくて、生まれて初めて電車に乗れる!
ニコニコ顔で地図を見ながら駅を目指していると、私と同じ制服を着た人達が目に付く。同級生かな、同じクラスの人かな? そわそわが止められない。
ホームで電車を待っている間、喉が渇いたので自販機でスポーツ飲料を購入。愛花ちゃんのお金だから無駄遣いはしたくないけど、喉が渇いてしまった。明日から水筒をお願いしようかな。
アナウンスからもうすぐ電車が来ると聞き、今か今かと待ち構えていると見えてきた電車の頭。あれが本物の生電車! 思わず手を振って歓迎したくなったけど、そこはぐっと我慢。
電車の中はサラリーマンの人や学生で混雑、という程ではないけど沢山の人が乗っていた。電車を降りる人の隙間を通って見つけた座席。座って電車内を見渡し、電車特有の香りが私のテンションを掻き立てる。人がいなかったら絶対にはしゃいでいるに違いない。
電車が動き出し、外の流れる風景を眺めていると、顔色の良くない女性が立っていた。乗り物酔いかな? 取り敢えず鞄を座席においたまま、女性に声を掛けてみる。
「あの、顔色悪いですけど大丈夫ですか? 良かったら座って下さい」
「え、でも……」
近付いてみたら今にも倒れそうなぐらい、顔が真っ青だ。遠慮する女性を支えながら座席に誘導し、さっき買ったスポーツ飲料をあげることにした。実は初めて飲んだスポーツ飲料が美味しくて、後でまた飲もうと2本買ってしまったのだ。節約どうした、私。
「良かったらどうぞ」
「本当にありがとうございます」
何度もお礼を言ってくれて擽ったい。その場に立っていると気まずいだろうから、入り口付近で立っていることにした。私は健康だから立っていても平気なのだ。敢えてもう一度言おう。私は健康だから立っていても平気なのだ。健康って素晴らしい。
ふと、隣の車両から視線を感じ目を向けると、多分同じ学校であろう男子生徒がいた。うわ、イケメンだ。悠哉くんもイケメンだったけど、違うタイプのイケメンだ。
さらさらっぽい真っ黒な髪に、眼鏡が秀才的なイメージを感じさせる。整った顔立ちの男子生徒は、私と目が合うと無表情のままずっと見てくるんだけど、なんで?
目が合ったのに逸らす訳にもいかず、かといって見つめ合っているのも可笑しい。取り敢えず笑顔だ。もしかしたら愛花ちゃんの知り合いかもしれないし、にっこり微笑んでみる。
するとどうだろう。思いっきり顔を逸らされた。なんで!? はっ、もしかして目が合ったと思ったのは私だけで、彼は別の物を見ていただけなんじゃ……恥ずかし過ぎる!! そりゃ顔も逸らしたくなるよね。別の物を見ていたら、いきなり視界に変な女の子が微笑んでくるんだもん。
また同じことにならないよう、ドア側を向いて景色を眺める。我ながら早とちりするなぁ……穴に入りたい。
降りなきゃならない駅に着き、しょんぼりしながらトボトボと歩く。出口がどっちか分からないから、同じ制服の女の子達の後を着いて行って駅を出た。
スマホの地図を見ながら歩いて行くと、同じ学校の生徒が増えていく。それと同時になんだろうか、視線が。二人組の男の子が私をチラチラ見ている気がする。女の子達が私を見ながらヒソヒソ話している気がする。あれかな、自意識過剰というやつかも知れない。さっきそれで失敗したから、同じ轍を踏むまいと足早に学校へと向かった。
「あんな子学校にいたか?」
「きれー。見た? 顔ちっちゃいし、足超長かったよ」
「やべ、俺惚れたかも」
到頭、到頭辿り着いた私の夢見た場所に!
聖琳高等学園。オレンジ色の校門に真っ白な校舎。ああ、今日からこの学校に通えるんだ。感動で涙が。
校門の前で何人かの生徒が立っていた。時折生徒を捕まえて話をしては、他の生徒に挨拶をしている。これは挨拶活動かなにかかしら。ならば元気よく挨拶しなきゃ。
「おはようございます!」
「おはようございます」
振り返ったのはこれまたイケメンな男の子。ま、眩しい! 会う人会う人イケメン率高いよ!
オールバックのちょっと細目の、下手したら裏の家業の方に見えてしまう威圧感。カッコいいけど近寄りがたいというか、怖い。固まってしまった私の横を、女の子が通り過ぎその男の子に挨拶をした。
「おはよう、葛城君。服装検査ご苦労様。朝から大変ね」
「おはようございます。風紀委員ですから」
おふ。美男美女とはこのことなり。少し茶色がかかったセミロングの美女と、端整な顔立ち過ぎて近寄りがたい美男。お似合いのカップルではないですか。
美男の彼は、葛城くんという名前で風紀委員をしているんだ。仕事とはいえ、朝から全校生徒のチェックをしなきゃならないなんて、大変だな。怖いなんて思ってごめんなさい。
「君、見ない顔だが転校生か?」
突如話を振られ反応出来なかった。真っ直ぐに見つめられると固まってしまうのは止められない。イケメン過ぎるってある意味凶器なのだと知った。
「……何故鞄で顔を隠す」
「失礼なのは承知の上です。葛城さんがあまりにもカッコ良過ぎて直視できないんです! ごめんなさい!」
顔を見れないなら逸らせばいいんだけど、目を見ずに話すなんて失礼だ。だから敢えて素直に白状し、鞄で壁を作って話そう。
「……君は変な子だな。ふ、そんなことを言われたのは初めてだ」
チラッと鞄をずらして覗いてみると、少しだけ口角を上げて微笑む葛城さんの顔がっ。ぐふ、凶器恐るべし!
「名前は? 転校生ならば職員室まで案内しよう」
「いえ! 転校生ではないので大丈夫です。お勤めご苦労様です。頑張って下さい」
鞄を盾に、顔を見ないようその場を走り抜ける。体は健康になったけど、心は耐久性がなかった。心臓がバクバクと鳴っているのは走ったせいなのか、それとも葛城さんの笑顔のせいなのか。顔が熱くなっていく。
下駄箱で自分の学年の場所を探し、漸く自分の下駄箱を見つけた時には生徒の数が少なくなっていた。まずい、遅刻してしまう。慌てて上履きを取ると、驚いてまた固まってしまった。私の、篠塚愛花ちゃんの上履きは黒く塗り潰されていたからだ。正確に言うと、中傷的な言葉によって。
『キモい、ウザい、ブス、死ね』
よく小説や漫画であるイジメの定番的な言葉だ。許せない。
愛花ちゃんはこんなに可愛いのに! 死ねるものか、私は愛花ちゃんの人生を代わりに生きるんだから!
上履きに書かれていた悪口の中に『一ノ瀬先輩に近付くな』という気になる言葉があった。近付いて欲しくないなら近付かないけど、一ノ瀬先輩って誰?
代わりの上履きもないし、これだけ目立つ上履きなら間違えられることもないだろう。中は汚れていないし濡れてもいない。ならこれでいいや、真っ黒だけど。
教室が何処にあるかわからない。玄関の近くに地図があったのが幸いで、2階へと階段を上ると職員室があった。もうすぐ予鈴の時間なのか、生徒が駆け足気味になり、職員室から先生が出てくる。まずい、急がなきゃ!
「そこの女子、待ちなさい」
女子と言われ立ち止まり振り返る。走ろうとしたのがまずかったのかな。廊下は走らないのが校則だもんね、失敗しちゃった。
「走ってすみません。間に合わないと思って」
「そのことじゃない。その上履きだ。お前、イジメられているのか」
直球過ぎてなんて言えばいいのか。そうですと言うべきなんだろうけど、イジメられていたのは愛花ちゃんであって今の私じゃない。どんなイジメを受けていたのか追及されたら答えられないし、知らん顔しよう。
「いえ、違います」
「そんな上履きを履いた状態で言われても説得力がないな」
ごもっとも。言い訳が全く思い浮かばず、視線を逸らすしかない。
「名前とクラスは?」
「えーと……」
「名前とクラスは?」
「……二年E組篠塚愛花です」
「はぁあ!?」
素直に答えた筈なのに、驚愕の眼差しで見られる。これが噂のガン見というやつかしら。
先生は若くて、軽いパーマをしているのかふわふわの茶髪。無精髭が少し残念だけどそれが返って渋みが出ていいのかも。もしかしてじゃなくてもイケメンの部類に入ってるじゃありませんか。もうお腹一杯です。
「本当に篠塚なのか?」
「はい。何処どう見ても篠塚愛花ではありませんか」
中身は違うけどね。見た目は愛花ちゃんなので、その場でクルッと回ってみた。
「別人にしか見えんな。何時もは化粧を塗りたくっていただろうが。寝坊でもして厚化粧する暇がなかったのか」
あれ、なんだろう。名前がわかった瞬間、ピリピリとした雰囲気と毒気のある言葉。デジャヴを感じる。あ、あれだ! 悠哉くんと同じ感じ。そう言えば先生にも嫌われているんだっけ、なかなかヘビーな環境だったんだな愛花ちゃん。……可哀想に、辛かっただろうな。
「朝はちゃんと起きれたんですが、化粧に失敗しまして。化粧しなきゃダメでしたか?」
「別に。お前がどんな顔をしていようが興味はないが、今度は素顔で勝負しても無駄だ。お前は性根が腐ってる。さっさと教室に行け、目障りだ」
素顔で勝負しても性根が腐ってるからダメということは、顔は可愛いよと言ってくれてるんだろうか。やだ照れちゃいますよ。
「ヘラヘラするな気持ち悪い」
「す、すみません。褒めて頂いたので嬉しくて」
「はぁ? 今の台詞の何処に褒め言葉があったんだ。馬鹿かお前は」
「素顔で勝負しても性根が腐ってるからダメなら、中身を綺麗にすればいいんですよね? 先生は何処を直せばいいと思いますか?」
「全部」
えー……いきなり全部変えるのは難しいよ。
「特に直さなきゃいけない所は?」
「自分が世界で一番可愛いと思っている思い上がった性格」
確かに愛花ちゃんは可愛いけど、校門で会った美女生徒さんのようにもっともっと可愛い子だっているよね。愛花ちゃんがいくら可愛いからといって、自分の顔になったんだから自重しなきゃ。危うくナルシストになっちゃう所だったよ。ありがとう先生。
「ご忠告ありがとうございます。他にありますか?」
「世界中の男は私を好きになると思っている腐った性格」
えー、それはないかなー。世界中って何億人いると思ってるの。愛花ちゃんを好きだった人はいるだろうけど、中身が私になってしまった今、気持ちが放れてしまうかもしれない。申し訳ないなぁ。
「世界中の人が私を好きになるなんてありえないですから、それは大丈夫ですね」
「え」
「他にはないですか? 私頑張って直します」
「頭打ったのか。それとも変なもんでも食ったか」
「お母さんのご飯は美味しいです」
「……」
おふ。これは呆れられた目で見られている気が。変な答えでもしたんだろうか? あ、予鈴! 今何時だろう。ホームルームが始まっちゃう。
「失礼します!」
頭を下げて慌てて教室へと走る。校則? 今は見逃して下さい!
「本当に篠塚なのか」
二年E組。自分のクラスの前で緊張がピークだ。今日から此処が私のクラス。ああ、同級生がいる。同じ年の女の子がいる。愛花ちゃんには友達がいないって天使さんが言っていたから、是非とも友達を作りたい。
私は勢いよくドアを開けた。