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 呼び鈴とがしたと同時に慌ただしい足音。勢いよく開かれたドアには、


「うへぇっ!?」


 へんてこな声を上げちゃった。でもでも、声を上げたくもなっちゃうよ。ドアから現れたのは、顔の半分、左側が腫れ上がったお父さんだった。


「愛花!!」

「お父さん!? か、顔がとんでもなっ」


 最後まで言い終わる前にお父さんに抱き締められ、その腕が震えていることに気付く。


「よかった。無事で本当によかった」

「愛花! もういきなり飛び出して……心配したんだから」


 お父さんの後ろから、お母さんの安心したかのような声がする。何度も何度もよかったと繰り返すお父さんを落ち着かせようと、背中を擦ったらもっと腕の力が強くなった。

 ちょ、お父さん、息がっ。


「じゃあ、俺はこれで」

「一ノ瀬君! ありがとう! 君は愛花の命の恩人だ!」


 抱き締めていた腕を離し、一ノ瀬先輩の手を握ってお礼を言う。その間私は必死に酸素を求め深呼吸をすると、リビングのドアから少しだけ悠哉くんが顔を出していた。

 ものすごく機嫌が悪そうな顔で……。

 帰ろうとした一ノ瀬先輩を引き留め、お父さんはリビングへと案内をし、私は制服をお母さんに渡す。明日クリーニングに出すからもう1つの方を着なさいと言われた。もう1着あったんだ。

 一ノ瀬先輩が貸してくれた服を洗濯機に入れ、着替えをした後リビングに行くとそこは、


「ふざけんじゃねぇぞクソ親父!」

「悠哉やめろっ!」

「何故怒るんだい? 全ては愛花の為じゃないか」


 ……修羅場でした。

 悠哉くんが不思議そうな顔をしたお父さんの胸ぐらを掴み、その間に入り止めようとする一ノ瀬先輩。どうしてこんなことに。

 困惑してオロオロする私に、お母さんが紅茶を出してくれる。この状況で紅茶って、お母さんキモが据わっています。


「あ、あのなにが……」

「あの人が愛花を傷付けない為に、周りの人を選別しようと言い出したのよ」

「ええっ」

「本当に何も、変わらないのね」


 ため息混じりの小さな声での呟き。呆れたような諦めのような、そんな疲れた表情。

 私が出て行った理由が、愛花じゃないと言われて傷付いたからだとお父さんは思ったらしい。なので、それ以前に言った田中くんのことは悪いと思っていないらしく、今も尚私から遠ざけようと話していた所だったんだって。

 お父さーーん! 怒った理由全然わかってくれてないよ!


「それを聞いた悠哉が怒ってあの状況なの」


 悠哉くんがもしかして私の為に? どうしよう。不謹慎かもしれないけど嬉しすぎる。

 て、止めなきゃ!


「落ち着いてください! 話し合いを……」

「こいつに話し合いなんてするだけ無駄だ!」

「大丈夫だよ愛花。これも親子の触れ合いさ」

「ああ゛!?」


 火に油ですぅぅ!

 鬼のような顔で睨まれてもなんのその。そんなつもりはないんだろうけど、お父さんの微笑みが余計悠哉くんの怒りを煽るような形に。


「少し落ち着け悠哉」


 今にも殴り掛かろうとする悠哉くんの腕を押さえ、なんとかソファに座らせ一息つく。未だ不機嫌のオーラがすごいけど。

 隣に座る悠哉くんを気にしつつ、お父さんと向かい合う。さっきまでの争いがなかったかのように、優雅に紅茶を飲む姿に違和感を感じた。

 なんだろう? なにかがおかしい。


「お父さん。お母さんから聞いたんですが、私の周りの人を選別するってどういう事ですか?」

「言葉通りだよ。愛花に敵意、邪な考えを持っていないかどうかを僕が調べた上で、安心できる人達とだけ付き合っていくといい。愛花はなにも悩まなくていいからね。全てお父さんに任せなさい」


 ゾッとした。お父さんの口から出た言葉は、一見私を思っての言葉に聞こえるかもしれない。だけど本当は違う。全部、お父さんの為のもの。


「……私、今のままで充分楽しいです」

「今はそうかもしれないが、この先の事はわからないだろう? 表向きはいい顔をして、裏では何かを企むような輩がもし愛花の傍にいたらと思うと……お父さんは愛花に傷付いて欲しくはないんだ」


 まただ。お父さんが心配してくれるのはすごく伝わるけど、なにかが違う気がする。


「傷付いても構いません。泣いて笑って、そうやって成長して行きたいんです」

「傷付いてからじゃ遅いんだ愛花。もし消えようのない心の傷を負ったらどうする? そうならないよう止めるのが、親としての僕の務めなんだよ」

「お父さん、愛花自身が視野を広げるべきだと……」

「一ノ瀬君。これは僕達家族の問題だ。あまり口を挟まないでくれたまえ」


 家族の問題だと言われれば、それ以上なにも言えなくなってしまい、一ノ瀬先輩は歯痒そうに口を紡ぐ。

 その様子に変わらぬ微笑みのまま、お父さんは満足気に脚を組む。


「あなた。愛花ももう高校生なのよ。友達ぐらい好きにさせてあげたらいいじゃない」

「それで去年のようにいいように扱われろと? 心ない生徒によって泣いたのは他でもない、愛花自身だ。そんな事にならないよう僕が守らなければならないんだ」


 知ってるんだ。去年愛花ちゃんに起きたことを。あの4人組になにをされたのかを。だから余計に神経質になってるのかもしれない。

 押し黙るお母さんと一ノ瀬先輩。お父さんが愛花ちゃんを思う愛情は確かで、守ろうとしてくれるのはわかる。だけどどうして、どうしてこんなにも違和感を感じるんだろう。


「はぁ……だから言っただろ。このクソ親父に話し合いなんて無駄だって」

「悠哉くん……」

「こいつはな、俺らの為俺らの為って言いながら、結局は自分の手の中にいなきゃ気がすまないんだよ」


 あ、そうだ。


「なにを言っても流される。結局はクソ親父のやりたいようにされるだけだ。人の話なんか聞かねーんだよ」


 そうなんだ。

 悠哉くんの言葉に、今まで感じていた違和感の正体がわかった。


「そんな事はないさ。悠哉の気持ちも愛花の気持ちもちゃんと聞いている。その上で、こうした方がいいと言っているんじゃないか」

「だからそれじゃ聞いてねーのと同じだろうが」


 呆れたような、うんざりしたようなため息をつき、悠哉くんは前髪を掻き上げた。お父さんは、悠哉くんの言葉の意味がわからないとでもいうかのように、首を傾げる。

 届いていない。


「確かに悠哉の願い通りにはならなかった事もあるが、僕が言った事の方が正しかっただろう? 何故そんな顔をする」

「……そういう問題じゃねーんだよ」


 届かない。お父さんに私の言葉は愚か、悠哉くんの言葉すらも。壁とかじゃなくて、どんなに訴えても小さな子供の戯れ言としか取ってくれない。決して、お父さんの心には届かないんだ。

 全ては愛花ちゃんの、私の為と言って決められる。その優しい笑顔のまま、お人形のように扱われていく。

 ……それって、私の意志なんかいらないって言ってるのと同じだよ。


「あなた自分が言ってる事わかってるの? まるであの人達とおな……」

「もう止めようぜ。無駄だっての」

「なんだい、まるで僕が悪者じゃないか。酷いねぇ、愛……花?」

「愛花っ」


 悠哉くんはもう話し合うことを諦めたかのように、ソファから立ち上がろうとした。今までずっとこんな感じだったのかな? 自分の話を、思いが伝わらないのはどんなに悲しいことだったんだろう。

 優しくて、たくさんの愛情を注いでくれるお父さん。だけどそれはお人形を愛でるのと同じで、私の気持ちを組んではくれない。私自身を見ようとも思わないんだ。

 そう思ったら、涙が溢れだして止まらなかった。


「あ、愛花! どうしんだい? どこか苦しいのかい? もしかして雨にうたれて風邪でも引いたんじゃ」

「……ダメ、ですか?」

 震える声の私に慌てるお父さん。悪い人じゃない。悪気がある訳じゃない。だからこそ、悲しいよ。


「言う通りにしなきゃダメですか?」

「愛花……何度も言うがお父さんは愛花に傷付いてほ……」

「良いんです」


 涙を拭う事もせず、悠哉くん達の視線を感じながら、まっすぐにお父さんを見つめた。どうか聞いて欲しくて、届いて欲しくて。


「私の友達を決めつけたりしないで。どんな結果になろうとも、私が一緒にいたいから」

「しかしっ」

「私に、選ばせてください。自分で決めさせてください。お願いします」


 頭を下げ必死に願う。その間誰も口を挟もうとしなかった。沈黙の重い空気が流れ、暫くすると小さな呟きが耳に届く。


「自分で……決める」


 顔を上げれば、固まったようにお父さんが佇み見下ろされる。なにを言っても微笑んでいた表情は崩れ、目を見開いて驚いていた。


「お父さん?」


 話し掛けても微動だにしない。私を見ているようで遠くを見ているような、そんな目をしている。


「あの時のあなたと同じね」

「……夏海、さん」


 お母さんの言葉にギクリと肩を揺らし、困惑したように振り向く。


「あの時のあなたも、今の愛花と同じ事を言ったわ。あなたは、あの人と同じ事をしているのよ」

「違う! 僕は、僕はただ愛花が」

「心配だから、愛花の為を思って。都合のいい言葉だわ」


 ゆっくりと近付くお母さんに怯える様子に、私も悠哉くんも戸惑う。なんの話をしているのか悠哉くんもわからないようで、見守るしかなかった。


「本当に愛花の為なの?」

「当たり前だ! だから僕はこんなにも」

「なら何故愛花は泣いているのかしら」


 涙は止まったものの、涙の跡が残る私の顔を見て目を逸らされる。


「それはまだわかっていないからだ。何れ僕の行った事が正しいと」

「その言葉、聞き覚えがあるんじゃないの?」

「っ」


 後退りするお父さんに詰め寄り、固く握られた拳を手に取る。優しく両手で包み込むように。


「あの時あの人に逆らって、あなたは今後悔している?」

「そんな事ある訳ないだろ! 僕がどれだけ幸せか」

「なら愛花だってそうなると、どうして信じてあげないの」


 逸らされた視線がまた私に向かい、なにも言わずただ見つめるお父さんの瞳は揺れ動いていた。

 信じていないから、だからなんでもお父さんが決めようとしていたんだ。辛いことがあったら乗り越えられないと。

 そっか……だから届かなかったんだ。


「信じてあげてあなたの子供達を。あの時のあなたなら、今の愛花の気持ちがよくわかるでしょ?」


 苦しそうに眉を下げ、必死に訴えかけるお母さんの声に、糸が切れたようにソファに座る。戸惑った表情が次第に落ち着きを取り戻し、両手で顔を隠し俯く。

 小さくなるお父さんの姿に、なんて声を掛けたらいいか。そっと肩に手を添えるお母さんに、私の耳には聞こえない呟きを一言漏らした後、急にお父さんが立ち上がった。


「少し、独りになりたい」


 そう言ってリビングから出て行ってしまった。

 静まり返るリビング。雨の音が響き、お母さんがもう1度紅茶を煎れ直すと言ってキッチンへ。

 一ノ瀬先輩も気まずげでソファに座り、悠哉くんは無表情でクッキーを食べる。


「少し昔話をしましょうか」


 テーブルの上に紅茶のいい香りが漂い、一口口にするとお母さんが微笑む。


 それは私も悠哉くんも、そして愛花ちゃんも知らないであろう過去のお話。悲しくて切ない、そんなお話。


 時計の針が進む中、雨はまだやまない。






随分間が開いてしまいました。私情により更新を怠り申し訳ありません。理由は活動報告にて。やはりネットという物は怖いなと思わずにはいれませんでした。



次回でお父さんの回は一旦終わりです。わかりあえるのか、どうして彼処まで過保護になってしまったのか。そんなお話です。

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