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「水戸先生転任したんだって」


 朝、クラスに向かう途中の廊下で、女の子達が噂話をしているのを聞いた。


「えー、いきなりすぎじゃん。あんなに堀田の事お気に入りにしてたのに」

「ねー。気持ち悪いぐらい露骨にヒイキしてさぁ。あのクソババの煩い声聞かなくていいかと思うと清々するけどぉ」

「言えてるー。あ、そういえばさー」


 楽しげに笑いながら、もう次の話題をしながら通り過ぎていった。

 水戸先生って眼鏡先生だよね? あの眼鏡が転任? 時期的にも中途半端で急な話。どうしたん…………もしかして、


「お父さん?」


 いやいやいや、まさかそんな。いくらなんでもお父さんが先生を転任させるなんて出来ないよね。


「……………」


 あの時のお父さんを思い出すと、お父さんじゃないと言い切れる自信がない。

 不安になり職員室の前をウロウロ。聞きたいけど怖くて聞きたくないような……えーい、ここは度胸だ。


「失礼します」


 私が職員室に顔を出した瞬間、先生達のざわめきの声が上がる。何とも言えない疑惑のような、拒絶のような微妙な空気。


「どうした篠塚」


 その空気に入るのを躊躇していると、須藤先生が声を掛けてくれてた。先生救世主!


「聞きたいことがあって」

「なんだ?」

「……水戸先生が転任したって本当ですか?」


 ピシリと須藤先生の表情が固まった気がした。

 周りの先生を気にしてか、職員室から出され廊下で話を聞くことに。


「水戸先生が転任したのは本当だ」


 おふっ。噂は本当だったんだ。

 須藤先生は額に指を当て、眉間に皺をよせ何か悩んでいるような感じ。


「もしかして……私のお父さんが関係していますか?」

「……どうしてそう思う?」

「実は……」


 お父さんとの会話を話すと、須藤先生は深い、それは本当に深い溜め息をついた。心なしか顔色が悪い気がする。


「なるほどな。篠塚が話したことによって早く伝わったのか」

「それじゃっ、お父さんが……」


 血の気が引いていく。私が口を滑らせたことによって、水戸先生の仕事場を変えてしまったのかもしれないから。

 須藤先生は私の狼狽える様を落ち着かせるように、肩に手を置き水戸先生のことを教えてくれた。


「此方に落ち度があったのは事実だ。篠塚がそこまで気に病むことはない。転任といっても姉妹校だから、然程環境は変わらないさ」


 左遷という程でもなく、暫くはクラスを受けもつことは出来ないだろうけど、それほど待遇は変わらないらしい。

 待遇は変わらなくても、あんなに堀田くんを応援していたんだから、学校を変わるのは辛かったに違いない。

 須藤先生はお父さんがしたとは言わず、濁す程度ではっきり答えてくれなかった。


「ただ、他の先生から少し厳しい目で見られるだろうな」

「え……」

「今回のことは、篠塚が水戸先生を飛ばしたという風に見られている。記憶がなくなって真面目になったと評価が上がっていたが、また逆戻りだな」


 う……私が迂闊だったせいだもんね。名誉挽回という言葉があるように、また頑張れば信頼は取り戻せるかな?


「噂にならないよう、先生方には厳重に口止めしてはあるが、何処から漏れるかわからない。このことが生徒に伝わったら、周囲の態度がまた元に戻るだろう。在らぬ疑いをかけた此方が悪いのは事実だが、噂はどう曲がって伝わるかわからないからな」


 曲がって伝わったら元に戻るってことは、最初に登校してきた時みたいに敬遠されるかもってことだよね。他のクラスの人は別にいいけど、私のクラスの人に嫌われるのは嫌だ。


「悪い噂になるってことですよね? 例えばどんな噂でしょう?」

「そうだな……例えば、水戸先生に嫌味を言われ父親に泣きついて転任させたとかだな」


 ひょーっ! そんな噂が流れたら絶対に嫌われちゃうよ! あ、でも先生の言い方だと……


「やっぱりお父さんが転任させたんですね」

「……………」

「本当にごめんなさい。もう迂闊なことを言わないように気を付けます」

「それは違うな篠塚」


 私の謝罪を否定し、真っ直ぐに見下ろされる視線。その目には、以前のような冷たさも蔑みもない。


「証拠もないのにお前に疑いをかけた時点で此方が悪い。表沙汰にならないだけまだマシだろう。問題はお前じゃなく、お父さんの方だ」

「お父さんですか?」


 1度間を置き、重みのある声で話す。いつもよりずっと低く聞こえた。


「過保護過ぎる。娘を思う気持ちはいいと思うが、何でも干渉していてはお前が自立出来なくなる」

「えーと、確かに何でも手伝ってくれようとしてくれますが、お父さんも悪気がある訳じゃなくて……」

「このままでいいのか?」


 お父さんのフォローをしようとしたら、須藤先生の言葉が胸に突き刺さる。


「以前の篠塚は嫌な事があればお父さんに相談し、お父さんが力尽くで解決していた。例えどんな手を使ってもな。篠塚はそうなるのがわかっていて、敢えて相談していたんだと思う」


 その光景を、何となく想像出来てしまった。

 私は愛花ちゃんのお父さんが嫌いなわけじゃない。寧ろ好き。あんなに優しくて大切にしてくれるのを見たら、嫌いになれる訳がない。

 でも、自分で出来るとをさせて貰えないのは辛い。それが大変なことでも、自分でやり遂げたいんだ。

 優しくしてくれるのは嬉しい。甘やかせてくれるのも嬉しい。でも、それにいつまでも甘えちゃいけない気がする。


「私、自分のことは自分でしたいです」

「…………」

「友達や先生と仲が悪くなっても、自分で関係を修復したいし、自分が出来ることは自分で頑張ってみたいんです」


 ぎゅっとスカートを握る。お父さんが帰って来てからずっと言えなかったこと。悩んでいたことを思いきって須藤先生に言った。


「例え失敗したり後悔するようなことになっても、それは経験になるんです。嫌なことがあるから、楽しいことが楽しいと思える。病気だったからこそ、健康であることが素晴らしいと思えるんです」

「篠塚……」


 お父さんの笑顔が頭に過る。嬉しそうに手伝ってくれる顔が。だけど、


「お父さんにちゃんと伝えます。本当に困った時には相談するけど、自分で出来ることは自分でさせて欲しいって」


 遠慮していた部分もあった。でもこれからはちゃんと向き合おう。お父さんなのだから。

 決意を新たにして須藤先生に笑顔を向けると、ものすごいことが起こった。


「……そうか」


 特大級の微笑みが降り注ぐ。初めて見た須藤先生の笑顔。今まで不愉快そうな表情や無表情しか見たことがなかったから、ものすごい衝撃。

 思わず固まってしまう私に気付かず、須藤先生は頑張りなさいと言って、職員室に戻っていった。

 須藤先生の笑顔は破壊力がすごいです!



 下校時間になる頃、雲行きが怪しくなりポツポツと雨が降ってきた。

 雨! 雨だ!

 教室の窓から手を伸ばしても雨が当たらない。これはやるしかない。ずっとやってみたかったことが、ついに出来るんだ!

 クラスメイトに挨拶をして足早に玄関へ。傘を持ってきていないので、走って帰るしかない。即ち、雨に当たるしかないのであって。


「これが雨。恵みの雨なんだ」


 玄関の屋根から腕を出すと、小降りだけど雨が腕に当たる。病院にいた時じゃ絶対に出来なかったことに、興奮が治まらない。

 ずぶ濡れになったら風邪を引いちゃうかもしれないけど、小降りだし他の人がしているように、鞄を傘代わりにしちゃえば大丈夫だよね? というよりしてみたい。青春っぽいから。


「よーし、行くぞ」

「篠、塚さん」


 鞄を頭に乗せ、いざ走ろうとしたら呼び止められる。神代くんだ。ビニール傘を持って首を傾げている。


「傘、ないの?」

「はい。忘れてしまって」


 だから走って帰るのだと伝えると、何かを考えるような素振りを見せて、持っている傘を見る。


「送って、行こうか?」

「え、悪いですよ! 今日もバイトがあるんじゃないんですか?」


 バイトの時間に遅れてしまっては大変だ。迷惑にしかならないので断ろうとすると、首を左右に振る。


「今日は、ないよ。親が遅くなるから、ご飯作らないといけないし」


 どこまで感動させる気ですか、神代くん!

 お母さんの代わりに兄弟さんにご飯を作ってあげるなんて。もう崇めたくなっちゃう。


「ご飯を作る時間が減っちゃいますよ」

「迷、惑?」

「そんなことないです! 神代くんの偉大さに感動することはあっても、迷惑なんて絶対に思わないです」

「感動? 迷惑、じゃないなら送らせて。風邪引いちゃったら、大変だし」


 確かに風邪を引かない保証はない。うーん、雨に当たりたかったけど、ここはお言葉に甘えようかな。


「ではお世話になります」

「はい、どうぞ」


 お辞儀をしたらお辞儀を返された。礼儀正しい人だな神代くん。

 傘を広げようとした瞬間、思わず手を握って止める。


「………え」

「あの、出来れば私に開かせてくれませんか?」


 傘を使ったことないんです。なんて言えるはずもなく、私のお願いに戸惑いつつ傘を渡してくれた。

 ふふふふ。ついに傘を使える日が来ました。私の傘じゃないけど。


「やぁっ」


 傘のボタンを押すと勢いよく開く。ピンと開かれた傘が嬉しくてクルクル回してみたりした。


「さあ、帰りましょう」

「うん。あ、俺が持つから」


 持っていた傘を持たれ、並んで歩く。そこでふと目に入った神代くんの腕。細身なのに腕の筋肉ががっしりしてて逞しい。細マッチョさんだ。真由ちゃんが喜ぶに違いない。


「そういえば」


 神代くんの腕に見惚れていると目が合った。


「前にたくさん薬買ってたけど、具合悪かったの?」

「え?」


 前って何時の話だろう。薬は買ったことないから、愛花ちゃんが買ったんだろうか?


「覚えてないです。何時頃の話でしょうか?」

「ん……GW中だった、と思う。チラシ配りのバイトしてて、色んな薬屋の袋持ってたから」


 歩いていた足が止まる。


「篠塚、さん?」


 GW中。それは愛花ちゃんが自殺するほんの少し前のこと。悠哉くんかお母さんが風邪でも引いたのかな? だからたくさん薬を買ったとか? でも怪我をした時の救急箱にはたくさんの薬なんて入っていなかった。

 心臓の鼓動が早くなる。それは、あることを私は知っているから。


「どうしたの、篠塚さん」


 立ち止まる私を心配げに見つめられるけど、上手く口が動かない。カタカタと体が震える。雨の冷たさとかじゃなくて、そのあることの可能性に気付いてしまったから。


 もしかして、愛花ちゃんは……


「神代!」


 不安な気持ちに陥る私は、聞き覚えのある声がして思わず振り返った。


「田中」

「神代今帰り……って、篠塚さん!? え、なんで神代の傘に?」


 田中くんだ。田中くんがいる。


「篠塚さん、傘、ないから、家まで送っていく、とこ」

「そ、そうなんだ」


 気まずい表情をしている田中くんに、思わず手が伸びて裾を掴む。


「篠塚さん? どうしたの?」


 最初は驚いたような顔をしたけれど、私が何も話さないことを不審に思ったのか、傘を傾けて顔を近付けてきた。




 ねぇ、知ってる田中くん。

 薬も時には毒になるんだよ。




 私の気持ちを表すかのように、雨が強く降り注ぐ。




今回少なくてすみません。


25日にクリスマス用のSSを活動報告に載せる予定なので、宜しければ御覧ください。



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[気になる点] 脱字:事を でも、自分で出来るとをさせて貰えないのは辛い。
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