37
千葉くんが生徒会室に来てから、黙々とパソコン打ちが進められていく。私がパソコンを打てるのに驚き、何度も打っている所を見られた。
夏の全国大会に向けて、御子柴くんは今日一日柔道部にいるらしい。全国大会とか胸あつです。絶対に応援に行きます。
「次は、二学期の行事と」
一学期の目玉イベントは体育祭で、6月から夏休みの間は各部活の大会が多くあるから、学校のイベントは7月の期末テストのみ。その代わり、二学期はイベント満載だ。
「毎月イベントがあるんですね」
「理事長イベント好きだから」
理事長には1度も会ったことがない。多忙らしく、学校にも殆どいないんだって。イベント好きなんて、なんていい人なんだ。
9月は他校との交流会。へー、他校とイベントするんだ。楽しそう。
「他校との交流会ってどんなことするんですか?」
「トライアスロン」
「え」
それ交流会? もっと穏やかな感じかと思ったのに、なんだか凄そう。
だってトライアスロンって、オリンピック競技の1つだよね? 泳いだり走ったりするの。参加したいけど泳げる自信がない。
「全校生徒でやったらすごいことになりそうですね」
「さすがにそれは多すぎ。各学校の代表生徒が戦うんだよ。だいたい30人ぐらいかな。因みに生徒会の人間は強制だから」
おふ、強制なんだ。学校の代表になる人は皆運動神経がいいだろうし、足を引っ張らないよう頑張らなくちゃ。
「泳げるよう練習します」
「愛花には学力の方を頼む」
え、学力? トライアスロンに学力って必要なの?
困惑する私に、一ノ瀬先輩がトライアスロンについて詳しく説明してくれた。
「この学校には姉妹校があってな。それぞれの学校の理事長が同じ一族なんだ」
学校一家みたいな感じなのかな? なんだかすごそうな一族。
「お互いの学校の生徒を競わせ、高め合おうというのが習わしみたいなものだ。トライアスロンではマラソン、水泳、マウンテンバイクで身体能力を競う。その間、他の生徒は学力を競う為にクイズ形式で問題が出され、正解すればトライアスロンに参加している選手が有利になる」
責任重大なポジションじゃないですか!
でも、それならまだ力になれる可能性がある。過去にどんな問題が出たのか復習しとかなくちゃ。
10月は中間テストとハロウィン祭。ハロウィン!? ハロウィンといえば仮装! 皆で仮装してお菓子を食べたりしてのパーティーだよね。すっごく楽しそう。
ハロウィンの仮装の定番といえば魔女かな。でもどうせ仮装をするなら狼男とかがいいな。あ、私は女だから狼女になるのか。今からハロウィンが楽しみだ。
11月は学園祭。この学園祭を最後に、先輩達は引退。先輩達の良い思い出になるよう、インパクトがあるような事をしたい。過去の学園祭の事を調べて、笑顔で終われるような、そんな素敵な学園祭にしよう。
12月は期末テストとクリスマスパーティー。これは冬休み中に行うから自由参加になってる。冬休みを家族で過ごしたい人もいるから、その為の配慮みたい。
「本当に色んなイベントがあるんですね。2学期は燃えます」
「今だから言えるけどな、2学期が始まると地獄だ。次から次へと厄介事が起きて毎年大変なんだ」
此れだけのイベントが立て続けにあれば、やはり問題事も多く、毎年生徒会や役員の人は遅くまで残らなければならないらしい。
「2学期の事を考えるだけで憂鬱になりそうですよ」
「だから今から出来る事をやらないとな」
千葉くんは頭を抱え、一ノ瀬先輩は苦笑い。確かにかなりの過密スケジュールになりそう。
9月のトライアスロンに向けて、代表者を選び特訓をしなければならない。場所は毎年学校側が用意してくれるけど、競う内容は毎年変わるらしく、直前までわからない。
だから出来る限り鍛えなきゃならなくて、夏休みにも合宿があるんだって。是非参加したい。
「愛花ちゃんは夏休み何か予定あるの?」
「夏休みですか? 特に何も……」
何もなかったと言おうとした時、以前田中くんと海に行く約束をしたのを思い出した。
「田中くんと海に行きます」
「え、もうそんな仲なの?」
榊先輩が驚いているけど、そんな仲ってどういう意味だろう? 首を傾げると、何かを察したように呆れ顔になる。
「なるほどね。やるねー田中」
「海は日焼けするから嫌だと言っていたが、愛花は海に行きたいのか?」
愛花ちゃんは海が嫌いだったのか。海は人類の、生命の母。日焼けなんて日焼け止め塗ればいいし、折角海に行けるなら絶対に泳いでみたい。浮き輪持っていこう。
「海行きたいです。貝殻とか見つけたいですし、泳いでみたいんです」
「そうか」
「夏の海なんて絶対に行きたくないですね。人が多いし紫外線が強いですから」
「新は肌白すぎじゃないの? 腕も細いし、少しは鍛えたら」
腕を掴まれからかうように笑われ、ムッとした表情で千葉くんは腕を振り払う。
千葉くんの線の細さが儚げで綺麗だなって思ったけど、言わなくて正解だった。男の子だもんね、腕が細いとか言われたら嫌なのかも。でも男の子は成長するって言うし、きっと千葉くんも……
「いつか千葉くんも、御子柴くんみたいに逞しくなりますよ」
「……さすがに御子柴先輩みたいにはなりたくないです」
「あれを目標とか無理でしょ」
ええっ、なんで!
御子柴くんは強くて頼り甲斐があるのに。
翌日、須藤先生からボランティア部に顔を出すようにと言われ、放課後に指定た部室へと向かう。ボランティア部は校舎のはしっこにあり、普段あまり行かない場所なのでキョロキョロしながら歩いていた。
「あ、此処だ」
ボランティア部と書かれたドア。ワクワクしながら軽くノックをするけど反応がない。
誰もいないのかな? でも須藤先生は放課後にボランティア部の人がいるからって言ってたんだけど。まだ誰も来てないのかもしれない。取り敢えずドアの前で待つことにした……けど、
「…………遅い」
かれこれ1時間ぐらい経ってるのに、人影も足音もしない。部活の時間終わっちゃうよ。せめて部室の中を見たかったな。
誰も来ないことに落胆し、何となくドアノブを回すとドアが開いた。鍵が掛かってないなんて無用心。だけどこのチャンスを逃してはならない。どんな部室なのか興味あるもん。
「失礼しまー……」
薄暗い部屋に顔を覗かせると、部屋の中心部がぼんやりと明るい。机の上に置かれたスタンドライト。その机に向かって座っている丸まった背中。ボサボサの肩ぐらいまで伸びた髪。ブツブツと呟く低い声。
「――――っっ!?」
声にならない悲鳴を上げた。
お化けっ! 病院じゃ1度も見たことなかったのに、まさか学校で会うなんて! お化けの対策ってどうすればいいの? 塩とかお清めに使うけど塩なんて持ち歩いてないよ!
狼狽える私に気付きもせず、お化けは未だにブツブツ何か言ってる。怖すぎるぅぅっ!
あまりにも怖すぎて壁に刷りよろうとした時、部屋の電気のスイッチを押してしまった。
「うわっ!」
急に眩しくなった部室に目を細めると、ガタッと椅子を引く音がして、驚いたような声がした。
「え……誰?」
お化けだと思った人が振り向き私に気付く。
細身の長身で、ボサボサの髪にヘッドフォンが首に掛かっていてる。前髪が鼻先まで伸びているせいで、表情がよくわからないけど驚いているようだ。
お化けじゃなかった。よかった!
「あの、今日からボランティア部に入ります篠塚愛花です」
腰がまだに引けているけど、挨拶は大事だ。
「……篠塚、さん?」
「はい、篠塚愛花です」
「……え、嘘。ホントに?」
小さく呟いた言葉私の耳には届かなく、口元を手で覆い隠すようにして、私の顔を見ては逸らしの繰り返し。手で口元を隠してるからもう顔が見えない。
「あの?」
「あっ、はじ、めまして。二年の、神代、浩平です」
たどたどしく自己紹介されお互いお辞儀をした。
「ノックしたんですが、お返事がなかったので、今日は活動していないのかと思いました。会えてよかったです」
「ごめん! 部活の日は……大抵開けてあって……ずっとヘッドフォンしてたから……ごめん」
他のボランティア部の人は、普段あまり部活に顔を出さないのでドアは開けっぱなしらしい。用があれば勝手に入ってくるみたいだけど、神代くんは一人薄暗い部室で何をしていたんだろう?
「何をしていらしたんですか?」
「ああ……ベルマーク、の仕分け」
机の上を見せてもらうと、小さく区切られたケースに色んなベルマークが仕分けされていた。
「細かい作業ですね。お手伝いしてもいいですか?」
「えっ、うん……助かるよ」
小さく言ってくれた『助かる』の言葉に、俄然やる気が出てきた。初のボランティア活動です。
ノートサイズの段ボールにベルマークが入っていて、それを番号順に仕分けしていく。かなり細かい作業だ。
「ベルマークを集めると良いことがあるって聞きますけど、何があるんですか?」
「ベルマークを集めた点数によって、交換出来る、物があるんだ。去年のベルマークで、ロッカーとマットレスを新しくしたんだ」
「すごいですねー! これがロッカーとマットレスになるんですか」
恐るべしベルマーク。今度お家で見つけたら絶対に集めておこう。
それから黙々と仕分けをすること1時間弱。チャイムが鳴り、今日の部活は終了となった。
「つまらなかった、でしょ。地味な作業だし」
「そんなことないですよ。色んなベルマークがありましたし、初めての作業だったので楽しかったです」
「……そう」
片付けをしながら、ふと私はあることを思い出した。
「神代くん!」
「っ、な、なに!?」
「テストで1位の神代くんですよね?」
そうだ。確かテストで毎回1位の神代くんが、同じボランティア部だって聞いたんだった。すっかり忘れてました、私のライバルさん。
「そう、だけど」
「ライバルです。次は1位を狙うので、よろしくお願いします」
「……はい?」
手を差し出せば戸惑ったような雰囲気になる。ライバルは、握手をしてお互いを認め合うんじゃなかったのかな? 出した手が悲しい。
「えっと……よろしく?」
戸惑いつつも、ずっと差し出していた手を握られ、これで神代くんは私をライバルと認めてくれたはず。初ライバルです!
「普段はどんな勉強をしているんですか?」
部室を出た私達は、玄関まで一緒に歩いていく。その途中、聞きたかったことを聞いてみた。
呼び名が『オールの神』と言われるぐらい、神代くんは優秀。いったいどんな勉強方法なんだろう。
「教科書、読んだり」
「ふむふむ」
「参考書、読んだり」
「ふむふむ」
「……それだけ」
「えっ!?」
読むだけ? それだけで満点取れちゃうの? もっとこう、現代科学みたいな感じなのかと思ってたのに。
「1度、読んだら……忘れないから」
なんてこったい。
すっごく記憶力がよかったんだ。真似出来ないよ。
「1度読んだら忘れないなんて、すごいですね」
「………覚えたくない、ことも、忘れないから……あまりいいものじゃ……」
声が低くなっていき、俯いてしまった。嫌なことでもあったのかな。
その後は何を話し掛けても相槌だけで、自然と無言になってしまい下駄箱へと着く。靴を履き替え校門の前まで行くけど、行き先が同じらしくそのまま一緒に帰る。
「家が同じ方向なんですね」
「……俺は、バイトだから」
「バイト!?」
部活の後にバイト。すごいバイトしてるんだ。学生バイトなんて憧れの1つ。私もやってみたい。
「どんなバイトをしてるんですか?」
「今からコンビニ」
コンビニバイト。定番のバイト先。あのコンビニ特有の制服とか着てみたい。いらっしゃいませーと言ってみたい。
いいな、バイト。私も出来ないかな。
「……貧乏臭い、でしょ」
苦笑いして、1歩私から距離を取る。何故だろう、その1歩がすごく大きな1歩に感じた。
貧乏臭いなんて思わない。だって労働だよ? 働いてるんだよ? 働かざる者食うべからずって言うじゃない。働くことはすごいことなんだよ。
「そんなこと思いません!」
1歩離れた距離を詰め寄り、グッと見上げる。前髪が長すぎて目が合っているかわからないけど、見下ろされたのがわかるので顔を見つめた。
「バイトするのが貧乏なんて絶対に思わないです。働くことはすごいことなんです!」
「そう……かな?」
「私も色んなバイトしてみたいです。神代くんはコンビニの他にも違うバイトをしたことがあるんですか?」
詰め寄った距離のまま再び歩きだし、これまでどんなバイトをしてきたのか聞いてみた。
「新聞配達とか、ファーストフード。スーパーのレジとかレストランとか色々」
「へー、色んなバイトしてるんですね。変わったバイトとかありました?」
「この間、きぐ……」
「きぐ?」
神代くんはゆっくり話すので、待っていればちゃんと答えてくれる。だけど、今回は『きぐ』で止まってしまった。顔下半分赤くして。
「神代くん?」
「な、なんでもないっ」
顔を逸らしながら慌てるように手を振っているので、言いにくいバイトなのかな。うーん、気になる。
「部活の後でバイトするのは大変ですね」
「うん。でも、俺の家は兄弟が多くて……少しでも助けになればって」
雷に撃たれた気がした。
家族の為にバイト。勉強も頑張って、部活も私がいなかったら一人でベルマークの仕分けもしてた訳で……その上家族の為にバイトをっっ。
なんて、なんて親思いで優しい人なんだろう。
「神代くん!」
「は、はい」
「私、神代くんを応援します! 私に出来ることがあれば何時でも言ってください。神代くんの力になりたいんです」
鞄を持っていない手を握り、涙目で訴える。頑張っている人を応援したい。部活には必ず顔を出して、神代くんの負担を減らそう。
「頑張りましょうね、神代くん!」
「……………………」
神代くんは何も応えてくれず、顔下半分が真っ赤に染まっていた。
夕焼けがとても綺麗なその日、私はライバルという友達が出来ました。
新キャラ登場です。
実は神代はすごーく、ゆっくり話しています。「……今、から……バイ、ト」みたいな感じです。読みにくいので縮めています。
「きぐ……」
その先の言葉は何なのか、わかる人はわかるはず。




