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久しぶりの生徒会のお仕事……のはずが、生徒会室の前にたくさんの人が群がり、中に入れない。いったい何が?
「だーかーら、何度来ても無駄だって。それはもう決まった事なんだから」
「ふざけんなっ! こんな金額じゃ新しい道具も買えねーよ!」
「そうだ! 去年と全然違うじゃねーか!」
「会長だせよ!」
激しい怒鳴り声が飛び交う中、平然とした表情で生徒会室のドアの前に立つ榊先輩。なんで皆あんな怖い顔をしてるんだろう? お金がどうとか?
「去年と違って当たり前でしょ。あんたらの去年の部活内容を見て決めた金額なんだから」
「はぁ!? 尚更意味わかんねーよ!」
榊先輩の前にいた人が胸ぐらを掴み、顔を近付け睨みつける。喧嘩!? あんな榊先輩よりも身長が高くてガタイのいい人に殴られたりしたら、榊先輩が吹っ飛んじゃう!
「喧嘩はダメです!」
慌てて止めに入ろうとしたら、
「女が出てくんじゃねーよ!」
「愛花ちゃん!」
別の男の人に突き飛ばされ、思いっきり尻餅をついた。お尻がジンジンして痛い。男の人って力強いな。
体を起こしお尻を擦っていると、いきなり悲鳴が。顔を上げると酷く機嫌の悪い表情をした榊先輩に腕を捻られ顔を歪めている、さっき私を突き飛ばした人が。
「女の子に手出すとかさ、あんた頭腐ってんの?」
「いってぇっ、こいつが、飛び出して来たんだろっ」
ギリギリと腕を後ろに捻られ苦痛に歪む顔。ちょ、そのままいったら折れちゃうよ!
「先輩先輩っ、折れちゃいます!」
「いいんじゃない折れても。自分達の主張しか言わずにこっちの話もまともに聞かないうえ、突き飛ばしたりしてさ。1回痛い目みた方がいいよ」
ひぃっ、爽やかな笑顔でそんな怖いこと言わないで。
榊先輩の行動に、騒いでいた他の人も大人しくなり、1歩距離を取る。皆顔色が悪い。気持ちはわかります。
「何があったかはわかりませんが、怪我をさせたりしたらダメですよ。榊先輩、放してあげてください」
「……ま、いいけどさ」
興味がなくなったかのように掴んでいた腕を放す。男の人は腕を擦り榊先輩を睨むけど、榊先輩と目が合うと視線を外し、気まずい雰囲気が流れる。
「何があったんですか?」
「んー、こいつらはさ部活の」
「何の騒ぎだ」
黒いファイルを何冊か持った一ノ瀬先輩が、怪訝そうにやって来た。私達と騒いでいた人達を見比べ、何かを察したかのように溜め息をつく。
「部費の件か」
「そ、そうだ! 去年と金額が違いすぎなのに、説明もなしとか納得いくかよ!」
部活の部費が少なかったから抗議をしに集まったのか。去年と違いすぎて説明もなければ、確かに納得いかないのはわかる。けれど、一ノ瀬先輩がそんな理不尽な事するかな?
「説明はしたはずだ。均等に分けた結果、その金額になっただけだ」
「こんだけじゃ道具も買えねーんだよ。もう少し回してくんねーか?」
不満は止まる事なく募るばかりで、彼方此方で不満の声が上がる。先輩達は黙ってそれを聞いている。そんな中誰かが言った。
「生徒会が部費を横領してんじゃねーの?」
と。この言葉にさすがの一ノ瀬先輩も怒りを露にした。
「そんなに道具が欲しいなら、必要な物のリストを書いてこい。現在ある道具を見たうえで、俺が買え変えの必要があると判断したら、俺が業者に注文する。それなら問題ないだろう」
「なっ、道具の事も知らねーくせにそんな事任せられるか」
「顧問とコーチに聞くさ。去年は選手の自主性を重んじていたんだろうが、今年からは違う。俺は前生徒会長のように甘くはない」
普段の優しい一ノ瀬先輩とは違う1面。厳しい表情に狼狽えるも、なんとか部費を貰おうとする人達。お金って大事だもんね。
でも道具はこっちで買うって言ってるのに、なんでそこまで欲しがるんだろ? 部活するのにそんなにお金が必要なのかな。
「合宿とかしてーし。大会に勝つためには練習しなきゃなんねーのがわかるだろ」
合宿。なんて良い言葉。部活の合宿なんて青春だよね、暑いよね。私もやりたい。是非ボランティア部も合宿を。
「それも此方で決める事になっている。監督達と相談し、競合校との合同合宿を予定しているが何か問題でもあるか?」
「は? んなの聞いてねーし!」
「強くなる為に練習したいんだろう? 絶好の場だ。頑張ってくれ」
最早話は終わったと言わんばかりに、生徒会室に入ろうとする一ノ瀬先輩の肩を誰かが掴む。
「何でもかんでも勝手に決めんなよ。俺達選手に相談するぐらいしてもいいだろうが」
暫くの睨み合い。私は部費の事はわからなくて口も挟めず、オロオロするばかり。榊先輩は全てを一ノ瀬先輩に任せるつもりなのか、沈黙を守っている。
「此方で決めなければならないんだ。その理由は、お前達が一番よくわかっているんじゃないのか?」
「なっ……まさかお前知って」
一ノ瀬先輩の言葉に急に周りがざわめきだした。私だけがわからず置いてきぼり。誰か理由を教えて!
「言っただろう。俺は前生徒会長のように甘くはないと」
「………くそっ」
悔しそうに顔を歪め、諦めたのかそれ以上何も話す事なくその人は生徒会室から離れていった。後に続くように集まった人も散り散りとなって、廊下が静かになる。
「さ、中に入るぞ」
ドアを開けた時に振り返った一ノ瀬先輩の表情はいつもと変わらない笑顔。榊先輩も何事もなかったかのように席に座り、いつも通りの生徒会の雰囲気に戻った。なんだか茅の外に置かれた気分で寂しい。
「あの、さっきの人達は部費が少なくなった事に怒っていたのに、どうしてあっさり引いたんですか? 理由って……」
「馬鹿だから」
からかうように笑い答える榊先輩を、軽く資料で頭を叩いた一ノ瀬先輩が教えてくれた。
「連中は部費を私用に使っていたんだ」
「私用、ですか?」
「そうだ。打ち上げと言って他校の女子を呼んで遊んだり、合宿という名の旅行をしたりな」
うわ……。部費を遊びに使うなんてそんなのありえない。一ノ瀬先輩が怒るのも当然だけど、あの人達の話からすると前生徒会長はそれを許してたんだよね。
「前生徒会長さんはそれを知ってたんですか?」
「ああ。選手のやる気に繋がると言われ、言われるがままに部費を上げていたらしい。去年の総部費額を見て驚いた」
いったいどれだけ金額になっていたんだろう。一ノ瀬先輩は眉間に手を当て、目を伏せる。抗議されたのは今日だけじゃなかったのかもしれない。もしかして教室まで押し掛けられていたんじゃないの? 生徒会長として、色んな負担を背負ってるんだ。
同じ生徒会なのに私は雑用しか出来ていない事に落ち込む。学校の生活にも慣れた。先輩や先生、友達やクラスの皆にたくさん助けて貰ったんだから、今度は私が生徒会の一員として頑張らなきゃ。
「やる気が出てきました」
「今の話の流れでなんでやる気が出るの?」
一ノ瀬先輩の前に立ち、やる気に満ちた眼差しで宣言する。
「一ノ瀬先輩の力になれるよう頑張ります! 私も生徒会の一員なので、先輩の肩の荷を背負わせてください」
「……………」
「……………」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした二人の先輩。変なこと言ったかな?
キョロキョロと二人の顔を見ていたら、ふわりと優しく微笑まれた。逆光が、花がっ! 一ノ瀬先輩の背後が煌めいている。眩しすぎて目が痛い!
「ありがとう愛花」
ぽんぽんと頭を優しく叩かれ、微笑ましげに見られる。なんだかむず痒い。頬っぺたが熱くなってきた。
「そーだよね。11月になったら俺達三年は生徒会引退だから、健人と愛花ちゃんに託さないと………」
聞き捨てならない言葉が耳に入る。11月で先輩達が引退? 聞いてないよ。卒業まで生徒会じゃないの!?
「……そうか、愛花と御子柴に引き継ぎをしないといけないのか」
「どっちかが生徒会長ってこと? 健人にデスクワークは無理だよ?」
私とは違う事に悩む二人を他所に、私は11月に先輩達がいなくなる事が悲しくなって涙が溢れてきた。
愛花ちゃんとしての1ヶ月があっという間に過ぎ去って、このまますぐに11月になっちゃうかもしれない。そしたらこの生徒会室には先輩達はもういないんだ。
そう思ったら次から次へと涙が流れていく。
「なっ、愛花!?」
「ちょ、なんで泣いてんの?」
驚きつつも、泣き止まない私にハンカチを貸してくれて、榊先輩も椅子から立ち上がり、顔を覗き込んで心配してくれる。優しい先輩。
「いなく、なっちゃ、嫌ですっ」
「「は?」」
泣いてしまった理由を教えると、呆れた声でそんなことかと笑い、また頭を撫でてくれる。
「確かに11月になれば引退するが、すぐに放れる訳じゃない。顔を出しに来るさ」
「ほんと、ですか?」
「そうだよ。こんな泣き虫な子をそう簡単に放置できないでしょ。卒業するまでは遊びに来るから、手厚くもてなしてね」
「勿論です! お茶とお菓子用意して肩も揉みます!」
「それはしなくていい」
よかった。11月になったらすぐにいなくなると思ったから、先輩達の言葉にすごく安心した。卒業してしまうのは寂しいけど仕方がない。それでも、一緒にいられる時間を大切にしよう。
「御子柴を鍛えるしかないか」
「え? 御子柴くんをもっと強くするんですか?」
「そんな訳ないでしょ。あれ以上鍛えたら兵器になるよ。鍛えるのはタイピング」
タイピング? パソコンのキーボードを打つことだよね?
「健人は機械音痴なんだよね。というより、最終的に全部壊しちゃうから出来れば触れさせたくないんだよ」
「え……」
パソコンを壊しちゃうなんてどんなことをしたんだろう? 水をかけちゃったりとか使いすぎてオーバーヒートしちゃったりとか?
「見せた方が早いな」
一ノ瀬先輩がロッカーから出してきたのはパソコンのキーボード。渡され見てみるけど普通の……あれ?
「キーが凹んだまま?」
普通キーボードのキーを押したら元に戻るのに、このキーボードのキーはいくつか凹んだまま。よく見るとめり込んでいるような……これってもしかして。
「力を入れすぎて、とか」
「馬鹿力だよねー。いったいいくつのキーボードを壊したか」
冗談のつもりだったのに、苦笑いしかできない。力強すぎだよ御子柴くん!
これは最早機械音痴というレベルじゃない気がする。
「しかしこの先パソコンを使えないようじゃ、生徒会を任せられないからな。無謀だろうが教えるしかない。……先ずはキーの押し方からな」
道のり遠い!
「愛花ちゃんもパソコンは苦手だし、新に負担が掛かりすぎるのはよくないからね」
「パソコン出来ますよ?」
「「え」」
自慢ではないけど、入院生活でのパソコンはライフラインと言ってもいい。外の世界を知れない私は、ネットからの情報が唯一の楽しみだったから。
「試しにこれを打ち込んでみてくれないか?」
「はい」
渡された手書きの文字を、パソコンに打ち込んでいく。ふむふむ、校則改善の提案について、か。
カタカタとキーが弾む音が響き、打ち終わるまでの間、先輩達は無言だった。
「終わりました」
「はやー」
「すごいな愛花」
「えへへ」
褒められて調子に乗ってしまい、次の資料も打ち込んでいく。
「これは愛花で決定だな。御子柴を鍛え直すよりずっといい。それに来年は柔道部の部長になるだろうから、忙しくなるだろう」
「だね。和樹より打つ速度早いし、今のは愛花ちゃんは真面目だからいいんじゃない」
先輩達は何か決めたように話を纏めていく。その話し声ははっきり聞こえないけど、お役に立てるのがすごく嬉しくて手を動かすのを止めなかった。
「……ただ、愛花が生徒会長か。不安だ」
「はは、面白くなりそうじゃん。俺は今年卒業で良かったー」
「お前な……」




