番外 お弁当をつくろう 後編
いきなりやって来て走り去った彼奴の顔は、今にも泣きだしそうだった。
「誰だよあの可愛い子!」
「……うるせーな」
ダチが目を輝かせて聞いてくるが、本当のことを言っても絶対信じねーよな。前に家に遊びに来たとき、彼奴の態度に腹を立ててたから。
走り去った彼奴の手には俺の弁当箱があった。大方弁当を作って持ってきたんだろうが、正直有り難迷惑。こんな騒ぎになるんなら作って欲しくはなかった。
「今の、誰?」
「篠塚くんとどういう関係?」
「お前まさか、か、彼女じゃねーよな!?」
「えー! 彼女!?」
んなわけあるか。人の話を聞かず勝手に盛り上がる。うぜー。なんで他人の事に、そんなに盛り上がれるのか不思議で仕方ねーわ。つか、彼女じゃねーし。
「篠塚君……」
周りの騒がしさにうんざりしながら溜め息をつくと、目の前に見覚えのない女が不安そうな顔をして立っていた。誰だこいつ。
「さっきの人、篠塚君の彼女なの?」
「ちげーよ」
どいつもこいつも。彼奴が彼女とかあり得ないだろ。
否定すればホッとしたような笑みを浮かべ、弁当を差し出してきた。
「よかったら食べて」
「いいよなーモテる奴は。竹沢さんの料理食ってみてー」
誰だよ竹沢って。今からコンビニに行くのも怠いし、弁当代浮くなら貰うか。差し出された弁当に手を伸ばそうとした時、泣きそうな彼奴の顔が浮かんだ。
「……………」
「篠塚君?」
なんで思い出すんだよ。別に彼奴が泣こうが関係ねーだろうが。そう思っても消えない彼奴の顔。弁当を持っているのに気づき、目についた指は絆創膏だらけで。料理が下手クソのくせに弁当なんか作ってんじゃねーよ。
「………クソが」
差し出された弁当に手を伸ばすことなく、目の前にいる奴の肩を退かし校門に向かって走る。
「えっ、篠塚君!?」
「おい、何処行くんだよ篠塚ぁーー!」
知るか。俺が聞きてーよ。
校門を抜けて辺りを見回すが彼奴の姿は見えない。家に帰るなら駅の方に向かったはず。軽く舌打ちし、駅方面に走った。
なんで俺は走ってんだ? 彼奴を追い掛けるなんて、1か月前の俺なら絶対しねーのに。我が儘で横暴で自分勝手。思い通りにならねーと甲高い声で叫ぶ。顔を合わせるのも嫌だった。
それなのに、今じゃ………
『悠哉くん!』
すぐ泣いてドジ踏んで、何でもない事にはしゃいで喜んで。バカみてーに笑って。目を放せばすぐに怪我をする。記憶がなくなる前の面影なんか微塵もねぇ。記憶がなくなるだけであんなにも人は変わんのかよ。
「っ、いやがった!」
駅に向かう道沿いを走り続け、小せー背中が見えた。まだ走っているようだがおせぇっ! 体育祭の時も思ったがおせぇな彼奴。
簡単に追い付き声を掛けようと思ったが、息を乱して追い掛けてきたなんてカッコ悪くね?
なんかムカつくから彼奴の走るスピードに合わせてゆっくり走り、呼吸を整える。駅についたら声を掛ければいいか、と考えていたらいきなり彼奴の足が止まった。肩を震わせ小さくなる体。泣いてんのか?
「悠哉、くん」
「なんだよ」
「ひぐっ!?」
呼ばれたから応えただけで、驚きで体がビクつき涙と鼻水でグシャグシャな顔が振り向く。テメー、一応女だろ? 鼻水ぐらいなんとかしろ。
「な、なん……で?」
「おせーんだよテメーは……弁当」
「え」
俺が此処にいることが信じられないのか、大きく瞬きしている。距離を詰め、持っている弁当を寄越せと手を差し出せば、首を傾げるだけ。空気読めよ、わかるだろ。
強引に弁当を奪えば、慌てたように奪い取ろうとする。
「あっ、ダメです!」
「あー? 俺の弁当だろうが」
「だって、他の人からお弁当貰ったんじゃ……」
さっきいた周りの奴らのことか。貰ってたらこんなめんどくせーことしなくてよかったのにな。わかっていても、足は勝手に動いて此処にいる。自分でもわかんねーよ。
「俺の弁当だろ、これ」
「でも、走っちゃったから中身グチャグチャですよ? いっぱい失敗しちゃったし……」
今更じゃね? 朝飯作るとき豆腐切ろうとして自分の手切ってるし、味噌を煮立せるわ吹きこぼしするわで騒ぐ始末。米を洗うとき誤って全部の米を排水溝に流すわ、ご飯炊けましたと喜んでると思いきや、コンセントさしてねーし。
「腹に入ったら同じだ。だいたいテメーが料理下手クソなのなんか知ってんだよ」
呆れて溜め息をつき、食う時間がなくなるのは困るからもう何も言わずに学校に戻る。背中にひしひしと感じる視線。知らね。少し距離が離れた時、
「悠哉くーーーん!」
「うるせーっ!!」
いきなり大声で叫んできやがった。周りには人がいて、一気に注目の的。勘弁してくれ。
叫んだ本人は遠目で表情はわからないが、嬉しそうに両手を振る。
「ありがとーー!」
「うるせーっ!!」
とっととこの場を去るに限る。早足で学校に戻った。
学校に戻るなり好奇の目に晒される。未だ帰らずに残ってる女達や野次馬連中。同じ野球部の部員も俺に気づき、にやついた顔をしてやがる。ムカつく。
「よ、おかえりー。やっぱ彼女なんじゃんかよ。あの子が持ってた弁当貰ってきてさ」
「……ちげー」
否定すんのも面倒臭くなってきた。ベンチに座って弁当の風呂敷を広げると、周りに群がる部員。
「うぜーな、食えねーだろ」
「気にすんなよ。篠塚の彼女が作った愛の籠った弁当が見たいだけだ」
「飯が終わったら覚えてろよ。苛ついてるから球が何処に飛ぶかわかんねーぞ」
「さーて、後始末するか」
睨みを効かせればすぐさま離れていく。漸くゆっくり飯が食えると深く溜め息をつき、弁当の中身を見れば……
「……………」
焦げ付いた黄色い物体と、目が飛び出ているタコの形をしたウィンナー。弁当箱の半分を占める野菜炒め。
わかってはいたがこの落胆な。また溜め息ひとつ。最近溜め息が多くなってる気がする。他に食うもんもねーし、焦げ付いた黄色い物体を口に運んだ。
「……………」
味がねぇ! 味付けしてねーな彼奴!
玉子と油の味しかしない。油の入れすぎか、玉子がテカっている。下手クソ!
ウィンナーは見た目は食う気がなくなるが、問題なく食えた。野菜炒めは前に食ったことがあったから、まあ不味くはない。
「ん?」
野菜炒めを食っていると、中からミニトマトが出てきた。宝探しか。
食べて疲れる弁当ってどうなんだ? おかず用の弁当の他にもうひとつある弁当箱。普段はご飯が入っているが、開けるのがすげー怖い。頼むからただの白飯であってくれ。
深い深呼吸の後、弁当の蓋を開ければ、そこには白飯が。ただし海苔で書いた文字付き。書かれてる文字は、
【ダイスキ】
「がぁーーーっ!」
「おわっ、篠塚がすげー勢いで飯食ってる」
「そんなにうまいのか?」
「くそ、中身見てー」
見せられるかこんなもん!
なんとか時間内に弁当を食べ終え、練習が再開。練習中も弁当の味はどうだったかとか、彼女は何処の学校なのかとしつこく聞いてきてうぜー。
「なー、紹介しろよ。めっちゃ可愛い子だったじゃん。何処で知り合ったんだよ」
あまりにしつこく聞いてくるから練習にならない。此処は本当のことを教えるべきか。
「姉貴だ。お前も前に俺の家で会ったことあるだろ」
素振りをしながら答えると、そいつは固まったように動かなくなった。監督に見つかったら怒られるぞ。
「うっそだぁぁ!? だってお前のねーちゃんといえば、あれだろ? 人を品定めするかのようにジロジロ見て鼻で笑ってたあの厚化粧の!?」
「そ、彼奴」
「嘘つけ! 全然ちげーじゃねーか!」
結局そいつは最後まで信じず、休みの日に確認しに家に来ることで話が纏まった。監督に見つかり腕立て伏せをさせられていたが、自業自得だ。
グラウンドを整備して挨拶をした後、フェンス越しに見ていた女が駆け寄ってきた。さっき弁当を渡そうとした奴だ。
「あの、篠塚君。ちょっといいかな?」
フェンスの周りにはまだ人が多く、人目の少ない校舎で日陰になっている場所まで移動する。
「付き合って欲しいんだけど」
少し照れたような頬を染め告白された。名前も知らない奴に告白されても困るが、曖昧にせずはっきり断った方がいいのは経験済み。
「悪いけど……」
「さっきの人が彼女なの?」
「ちげーよ、あれは姉貴」
また彼奴の話か。なんでどいつもこいつも彼女にしたがるんだ?
「お姉さんなんだ! よかった。ならどうして? 好きな人いるとか?」
「今彼女とか興味ねーし、部活に専念してーから」
恋愛とか興味なし。女といえば前の彼奴を重ねて、どうも苦手意識がある。部活に専念したいのは本当で、今年中学最後の試合はいける所まで行きたい。その為には彼女とか作ってる暇なんかないんだよ。
「そっか……ん、そうだよね。わかった、私応援する。部活頑張ってね」
「おー、ありがとな」
泣きせずも嫌みも文句も言わず、女は笑顔で帰った。何故かやる気に満ちた目をしていたが。
家に着いた時はくたくたで、歩くのも怠い。こんなに疲れたのは久しぶりだ。試合をした時より疲れた。肉体的にじゃなく精神的に。それもこれも全部……
「おかえりなっ、いったーい!」
テメーのせいだ!
弁当箱の角で殴り、そのまま弁当箱を渡し風呂場に直行。シャワーを浴び終えた俺に待っていたのは、空っぽの弁当箱を手にした彼奴。
「全部食べてくれてありがとうございます! 味はどうでしたか?」
目を潤ませ今にも飛び付いて来そうでキモい。
「食えなくはなかった」
「本当ですか!? またお弁当作って持っていきますね」
食えなくはないとは言ったが、うまいとも言ってない。なのになんでこんなに嬉しそうな顔してんだこいつ? つか、持ってくるとかマジでやめろ。
「持ってくんなうぜーから。後、海苔で文字なんか書くんじゃねーよバカ」
「えぇっ、どうしてですか? 私の気持ちを籠めたのに」
「人前で食えねーだろ!」
あんなもん見られた暁には、クラスの連中に弄られんのが関の山。ぜってー嫌。だいたい気持ちなんて籠めなくても、指を見たらわかる。左指に貼った絆創膏の数。苦手なくせに、下手クソのくせに。失敗しても諦めず、何度も挑戦するこいつの姿は、まー嫌いじゃない。
「なら今度はパンダさんおにぎりにしますね!」
「……………」
人の気も知らず、笑顔を向けるこいつがなんかムカついたから、グーでこめかみをグリグリした。




