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番外 お弁当をつくろう 前編

「ごめんね悠哉」

「いいって。適当にコンビニで買うから」


 土曜日の朝。慌ただしくリビングから出るお母さんに、悠哉くんは手を振って見送る。自分の部屋で勉強をしていた私には何の話かわからず、悠哉くんを見つめていた。


「なに?」

「なにかあったんですか?」

「別に。今日部活あった事忘れてたから弁当がねーだけ」


 えええっ!? それは大変じゃないですか! お腹すいて倒れちゃいますよ。


「おにぎり作りましょうか?」

「いらね。もう時間ねーし、昼休憩の時にコンビニで買う」


 そう言ってスポーツバックを持って学校に向かってしまった。閉められたドアの前で、ポツンと取り残されたような気分。気を取り直して、リビングに行きワイパーで掃除をし始めたけど、やっぱり考えるのは悠哉くんのお弁当のこと。


「やっぱりお弁当の方がいいよね……」


 コンビニにはたくさんの美味しそうなお弁当があるけど、やっぱりお母さんが作るご飯の方が美味しい。周りの人達がお弁当の中、一人悠哉くんだけがコンビニのお弁当……想像しただけて泣いちゃう!

 時計を見ればまだ9時前。冷蔵庫の中を見て、炊飯器にあるご飯の量を確認。材料はある。これはやるしかない!


「今からお弁当を作って悠哉くんに届けよう!」




 裾を捲り手を洗いまな板と包丁を用意。悠哉くんのお弁当箱は2つ。黒くて大きいお弁当箱はおかず用。中ぐらいのサイズはご飯用と分かれてる。すごい食欲です。


「先におかずを作ろうかな。お弁当のおかずといえば、やはり玉子焼きとタコさんウィンナーだよね」


 お母さんのお弁当の料理本を見ながら、ウィンナーにタコさんの足を切り込む。油をひかないで焼いてっと。


「おおっ……足が開いていく」


 フライパンの上でタコさんの形になったウィンナーをトレイにあげる。下から見たらヒトデさんみたいだ。目は爪楊枝で穴を開けて黒ゴマを……あ、穴開けすぎちゃった。もう1つ黒ゴマ入れとこ。


「次は玉子焼き。う……玉子を割るのは緊張するなぁ」


 玉子を割るのは初めて。玉子を適度な強さでボールのはしっこで叩いてヒビを入れなきゃならないんだよね。恐る恐る玉子を叩くけど割れない。力が弱かったんだ。もうちょっと強くかな。コンと音をたてると、


「あ、少しヒビ入った。このヒビの所に指を当てて開くように割る、と……あっ!」


 玉子はグシャッと割れ、殻の欠片が中身と一緒にボールの中へと落ちた。


「ああぁぁ……」


 最初は失敗しちゃうのはしょうがないよね。次。次は上手く割れるよう頑張ろう。

 殻を捨て、お箸で欠片を取り除きもう一度玉子を割る。今度は力が強すぎて割る前にグチャグチャに……玉子恐るべし!

 そしてボールには5個の黄身と白身。割りすぎた、気がするけど少ないよりいいよね。黄身をかき混ぜ、玉子焼き用のフライパンに油をひく。


「巻くの難し……って、焦げちゃう!」


 1回目の玉子焼きは焦げ目が付いて、半分以上が真っ黒という悲惨なことに。しかも全然巻けれなくて、形はグチャグチャ。最早玉子焼きじゃない。


「今度こそ!」


 そしてお皿の上に出来上がったのは、焦げたり焼けきれていない玉子の塊。こんなはずじゃなかったのに……


 気を取り直して、次に作るおかずを何にしようかと、本を眺める。お弁当のおかずで人気なのはからあげ、と。

 ……からあげ? からあげって油で揚げないとダメなんだよね? 初心者に揚げ物は危なすぎる。火事になったら大変だ。からあげはハードルが高すぎるから諦めよう。だからミートボールもダメ。

 よく考えたら私になにが作れるんだろうか? 先ずは作れるものを考えてみようかな。


「お味噌汁と野菜炒めと………」


 レパートリー少なっ!! でも彩りとして野菜炒めはいいかも。栄養もあるしボリューム感もあるし。よーし、先ずは野菜を切らなきゃ。


「いったっ……」


 キャベツを切っていたら、人差し指を切ってしまった。慌てて絆創膏を貼って血を止めても、今度は中指を、と何回も指を切ってしまう。

 ぐぅ、……包丁怖い。

 野菜を炒めるのは得意で、中火で炒めつつ塩胡椒で味付け。いい匂いがしてきた。これで後はお弁当に盛り付けるだけだね。


「……………」


 盛り付けられたお弁当を見てなにも言えなくなった。焦げた玉子の塊とタコさんウィンナー。彩りに添えたミニトマトは、野菜炒めに隠れてしまう。

 ………料理は愛情! 愛情はたっぷり籠ってます!

 ご飯はお母さんみたいにパンダの形にしたかったけど、時間が迫ってきているので詰めるだけ。

 そういえば、海苔でメッセージを書けたのを料理の本に載っていたような。よし! 悠哉くんに送るメッセージを書いてみよう。なにがいいかな、部活ガンバレ! とか? 漢字は難しいからカタカナがいいかも。うーん、悠哉くんに送る私の気持ち……あれしかない!


「これでよし、と」


 お弁当箱を風呂敷に包み、時計を見ればもう11時間近。急いで悠哉くんの学校に行かなきゃ。片付けは帰ってからにしよう。


 スマホを片手にお弁当を持って走った。悠哉くんの学校は、私がいつも乗っている電車に乗っていける。下りる駅は2つ先だ。

 スマホの地図を頼りに歩くこと数十分。漸く辿り着いた悠哉くんの学校。2つ下の悠哉くんは中学3年生。あんなに大きいのに中学生なんて。

 辺りを見回しながらグラウンドの方に足を向けると、なにやら騒がしい。


「きゃー! 篠塚君カッコいい!!」

「悠哉っ! そっちいったぞ!」


 思わず駆け足になりグラウンドに着くと、野球部が練習をしていた。よかった、間に合ったみたい。

 グラウンドには、ユニフォームを着た野球部の人達がたくさんいて、誰が悠哉くんかわからない。背番号聞いておけばよかった!


「篠塚君ちょーカッコいい!」


 私と同じように、グラウンドの隅っこで練習風景を見ていた女の子が、はしゃぐように声を上げている。それも一人や二人じゃない。悠哉くんモテモテですね! お姉ちゃんちょっと寂しいです。


「よーし、休憩! 1年はボール集めろ!」


 監督らしき人が休憩の合図を出し、グラウンドの入り口からワラワラと野球部の人達が出てきた。帽子を脱いで汗を拭う人だかりの中に悠哉くん発見!


「あれ、篠塚何処行くんだ?」

「コンビニ。今日弁当持ってきてねーんだよ」


 悠哉くん一人だけ、私のいる方に歩いて来る。渡すなら今しかない。


「ゆっ……」

「篠塚君! お弁当持ってきてないんなら、私のお弁当よかったら」

「私も、私もお弁当作ってきたの。よかったら食べて」

「篠塚君、私も!」


 悠哉くんがお弁当を持ってきていないのを知って、女の子達が取り囲む。すごっ、まるで少女漫画です。


「おー、いいな篠塚。竹沢さんの料理、めっちゃうまいらしいぞ」

「あー、別にコンビニで買ってくるし」

「いいじゃん貰っとけよ。弁当代浮くし、可哀想だろ、折角作ってくれたのに食べてあげなきゃ」

「はぁ」


 眉間に皺を寄せ溜め息をつく。友達に勧められ、悠哉くんは目の前にいた女の子のお弁当に手を伸ばすのを見て胸が痛んだ。……料理上手な女の子が作ったお弁当の方がいいよね。


「……あー?」


 俯いて落ち込んでいたら突然不機嫌な声が。反射的に見上げれば、更に眉間に皺を寄せた悠哉くんと目が合った。


「なんでテメーが……」


 久々に感じる不機嫌オーラ。なんで怒ってるの? 睨まれる目線が私の顔から、持っているお弁当へ。慌てて後ろに隠し、苦笑い。


「だーれ、あの子」

「見ない顔だけど」


 悠哉くんが見てくるから、周りの人達も私を見てくる。ものすごく居たたまれない。悠哉くんだけじゃなく、女の子達からの威嚇のような不機嫌オーラ。なんで?


「何しに来やがった」


 女の子の群れを掻き分けて、悠哉くんが目の前に立つ。ユニフォーム姿は初めてで、引き締まった筋肉、少し汗ばんだ所が男らしさをいつも以上に感じさせられる。これはモテちゃうよ。


「えーと、お、お散歩?」

「なんで疑問系なんだよ。後ろに隠してんのはなんだ」


 ギクリと肩が揺れる。あんな可愛い女の子達が食べて欲しいと言っているのに、私のお弁当を差し出すなんて出来ない。ここは誤魔化そう。


「悠哉くんの野球をしてる姿を見たくて来ました」

「へー。で? 後ろに隠してんのはなんだ」

「さすが悠哉くん、モテモテですね!」

「……で?」

「あうっ……目が怖いです」


 誤魔化すのを許してくれない。なんでこんなに機嫌が悪いの? お家では結構仲良くなったと思ったのに。

 は、そういえば以前見に来るなって言ってなかった? 試合じゃないけど野球をしてる所を見て欲しくなかったのに見に来ちゃったから怒ってるんじゃ……

 俯いた顔を上げ、刺すような視線を向ける悠哉くんに自然と後退りしてしまう。


「ご、ごめんなさいっ!」

「おいっ!」


 嫌われてしまうんじゃないかと怖くなってその場を逃げ出した。悠哉くんの呼び声にも振り向かず、一目散に学校を飛び出し、息が切れるまで走る。振動でお弁当の中身がグチャグチャになろうとも、構わず走り続けた。


「……は、は、は」


 苦しくなって駆け足は次第にゆっくりとなり、気付いたら駅の近くまで走って来ていた。休日だからなのか、駅周辺は人が多く賑わっている。

 ………皆楽しそう。

 持っているお弁当を抱き抱え立ち止まる。絆創膏まみれの指。何回も包丁で切った証。何回も何回も失敗した。それでも悠哉くんに喜んで欲しかったから此処まで頑張れた。それも全部水の泡。

 今頃料理上手な女の子のお弁当を食べてるのかな。お母さんのご飯を美味しそうに食べてる悠哉くんが目に浮かぶ。あんな風に笑って……笑って欲しかった! 私が作ったお弁当を食べて美味しいって喜んで欲しかった!


「うっ……うっ、ひぐっ」


 人の往来の中、私はお弁当を抱えたまま涙を溢していた。

 もっと料理練習すればよかったな。悠哉くんが食べたいって、作ってくれって言って貰えるぐらい料理が上手になりたい。食べて、欲しかったな……


「悠哉、くん」



「なんだよ」

「ひぐっ!?」


 いるはずのないその人の声が後ろから聞こえ、あまりの驚きで涙を拭うことも鼻水を啜ることもせず、目を見開いたまま振り向く。

 不機嫌そうに眉間に皺を寄せた悠哉くんがそこにいた。


「な、なん……で?」


 走って来たのに。学校から全力疾走で此処まで来たのに、悠哉くんは汗どころか息も乱さず平然と立っていた。


「おせーんだよテメーは」


 1歩前へと進み、私と悠哉くんの距離はほぼないに等しい。


「弁当」

「え」


 手を差し出されて催促されたのはお弁当。意味がわからず首を傾げた私に、大きな溜め息をつき持っていたお弁当を奪われる。


「あっ、ダメです!」

「あー? 俺の弁当だろうが」

「だって、他の人からお弁当貰ったんじゃ……」


 小さくなる声。どうして悠哉くんが此処にいるのかわからない。皆から貰ったお弁当を食べてると思ったのに。


「俺の弁当だろ、これ」

「でも、走っちゃったから中身グチャグチャですよ? いっぱい失敗しちゃったし……」

「腹に入ったら同じだ。だいたいテメーが料理下手クソなのなんか知ってんだよ」


 呆れた顔をして、そのままお弁当を持って走ってきた道を戻っていく。

 もしかしてお弁当を取りに来てくれたの? 他の人のじゃなく、私が作ったお弁当を食べてくれるの?

 遠ざかる悠哉くんの背中を見つめながら、次第に停止していた思考が動き、一気に喜びが爆発した。


「悠哉くーーーん!」

「うるせーっ!!」


 振り返り怒鳴るけど、そんなの気にもしないぐらい嬉しい! 大きく両手を振って今の気持ちを大声で叫んだ。


「ありがとーー!」

「うるせーっ!!」


 背中が見えなくなるまで手を振り続け、さっきまで悲しかった気持ちがなくなっていた。またお弁当作ろう。今度はもっと練習して、悠哉くんが好きなおかずも作れるようになりたい。


「よーし、頑張るぞー! あっ、野球してる所見てから帰ればよかった!」


 折角のチャンスだったのに! 悠哉くんの学校の場所はわかったし、差し入れでも持っていった時にでも見ようっと。


 家に帰って後片付けをした後、掃除をしたり勉強をしたり散歩をしたりとしていると、部活から悠哉くんが帰ってきた。


「おかえりなっ、いったーい!」


 出迎えた早々、お弁当箱で頭を叩かれた。しかも角っこで! すっごく痛い!

 叩かれた理由は教えてくれなかったけど、お弁当箱を洗うとき、中身が空っぽで全部食べてくれたことに感動して、暫く眺めてしまった。次は美味しかったって言ってくれるようなお弁当を作ろう。

 パンダさんおにぎりとか喜んでくれるかな?





思ったより長くなりました。次回は後編、悠哉視点です。

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