35
お父さんからの追求を逃れるべく、慌てて家を飛び出し息を吐く。お母さんの美味しいご飯を味わえなかった。でもあのまま居たら絶対に眼鏡先生の事を話しちゃってただろうし、しょうがないよね。
何事もなくいつも通りの授業が進み、3時間目の体育の時間。
「今日の体育サッカーだって」
「えー、最悪」
更衣室で体操服に着替えていたら、周りから落胆の声が上がった。なんで皆嫌がるの? サッカーが出来るんだよ?
病院の庭で楽しそうにサッカーをしている子供が羨ましかった。何回私も参加したいと思ったか。その願いが叶うんだから頑張らなきゃ!
今日の体育は男の子がバスケで女の子がサッカーと、別々らしい。田中くんがサッカーをしている姿が見れると思ったのに。残念。
軽くストレッチをした後、2つのチームに別れて試合開始……え、試合? ボールを蹴るどころか触ったこともないのに試合? そんな無茶な。
「篠塚さん! そっちそっち!」
「わ、わ、わわっ」
周りに合わせるように走り、パスされたボールを受け取ろうと足を出したけど、タイミングが合わず取り損ね、なんとか受け取ってもドリブルが出来ずすぐに相手チームに奪われてしまう。
「ご、ごめんなさい」
「いいっていいって。気楽にいこうよ」
「体育の授業なんて適当でいいんだから」
うう……絶対に足手まといなのに皆の優しさが心に滲みる。けれど、適当にはしたくない。
私のチームは押され気味で、何回も危ない場面はあるものの、未だお互い無得点のまま。後半になり疲れが出たのか、皆の足取りが重くなっている。それでも相手チームのゴール付近になると、ボールの奪い合いが激しく続く。
さっきは適当でいいよって言ってたのに、皆必死の表情だ。熱い! やっぱり試合はこうでなくちゃね!
混戦した中に入りたくても、上手くガードされ援護に行けない。あまりに奪い合いが続いているのに焦れたのか、私をガードしていた人が離れ奪い合いに参戦。
「篠塚さん!」
「え」
私がフリーになったのを山本さんが気付きパスを送ってきた。え、どうすればいいの!?
「シュート!」
「は、はいぃぃっ!」
ボールを送られどうすればいいのかわからず、固まっていた私にすぐに相手チームが駆け寄って来たけど、それより先に山本さんの叫びに体が動いた。息を止め、下半身に力を入れ渾身のシュート!
「上がった! ……空高く」
「しかも全然違う方向に行ったね」
ああああっ、なんでそっちに行っちゃうの!
ゴールの右側にいた私は、ゴール目掛けて蹴った筈なのにボールは高く上がり、左側の校舎の方へ飛んでいってしまった。あんなに白熱した奪い合いをしていたのに、皆ポカンと口を開けて空を見上げる。
恥ずかしい! この沈黙の間がものすごく恥ずかしい!
「ボ、ボール取ってきます!」
居たたまれなくなってボールを取りに走ろうとした時、グラウンドを囲っていた茂みの向こう側からボールが跳ね返ってきた。
「えっ!?」
跳ね返ってきたボールはグラウンドにコロコロと転がり、また皆の口がポカンとなる。今度は私もだ。
「壁にでも当たったのかもね」
「ラッキーじゃん、取りに行かなくて」
不思議に思いつつも、転がったボールを拾い試合再開。結局どちらも点を獲る事が出来ず、引き分けで終わった。せめてドリブルぐらい出来るようになりたいから、お休みの日にでも練習しよう。
お昼ご飯はなんと! 真由ちゃんと佳奈ちゃんとの三人で食堂でご飯を食べることになった。普段は二人ともクラスの友達と食べてるんだけど、たまには一緒に食べようって言ってくれてすごく嬉しい!
「うわ、人多っ。あたし弁当派だからあんまり食堂来ないんだよね。何にしようかなー」
「うーん、私はやっぱりヘルシー定食」
「また無駄な努力を」
「うるさい!」
ヘルシー定食。カロリー控えめの女の子には嬉しいご飯だ。逆に男の子向けのボリューム定食もあるけど……うん、こってりだ。
真由ちゃんはラーメンセットを選び、私は和食定食を。デザートのみたらし団子に惹かれました。
「そういえばさ、愛花は部活決めたの?」
「はい! ボランティア部に入るつもりです」
「えーボランティア部!? なんで?」
佳奈ちゃんが驚きの声を上げる。そんなに驚く事かな?
「ボランティア部なんて超過酷だよ? 掃除とかばっかりだし、先輩は受験の点数稼ぎの為だけに入ってるからやる気なんかないらしいよ。だから全部二年に押し付けてるって聞いたけど……」
へー、そうなんだ。受験の点数稼ぎがよくわからないけど、掃除は好きだから別に平気。
「確か二年のリーダーが神代君だったよね」
神代? 何処かで聞いた事あるような……
首を傾げていると、又々佳奈ちゃんが驚いた顔をする。そんなに驚いてると目玉が落ちそうで怖い。
「毎回テストで学年1位の神代浩平だよ。目茶苦茶頭が良くて特待生の」
「ああ、【オールの神】か。あいつボランティア部なんだ」
佳奈ちゃんとは対象的に、あまり興味がなさそうにラーメンを啜る真由ちゃん。あ、高野豆腐美味しい。
確かテスト結果の時に、クラスの人達が噂してたのを覚えてる。ライバルと同じ部活なんてワクワクしちゃうよね。学年1位なんてどんな勉強をしてるんだろう? 会った時にでも聞いてみようかな。
「神代くんという人はどんな人なんですか?」
「あれあれ? もしかして興味ある?」
今度は目を輝かせ、身を乗り出す佳奈ちゃんにたじろぐ。
「そ、そうですね。テストでも1位でしたし、ライバルだと思ってるのでどんな人なのかなと」
「なーんだ、恋愛方面じゃないのかぁ」
「篠塚さん」
佳奈ちゃんと話していると名前を呼ばれ振り返ったら、田中くんがいた。今日は友達と一緒じゃなくて一人みたい。
「席空いてなくて、隣いいかな?」
食堂はピークを迎え、人混みで席が殆ど空いていない。どうぞ、と言ったら田中くんは遠慮がちに座って、何故か真由ちゃん達はにやにやしている。
「貴方が田中君ね。噂は聞いてるわ、よろしくね」
「え、噂?」
「頑張れ田中。ライバルは多いよ」
「え、え? 何の話?」
困惑している田中くんに、ボランティア部の事から順番に説明して神代くんが私のライバルだと話した。
「浩平は良い奴だよ」
「知ってるんですか?」
「うん、友達だから。人見知りするけど、親しくなればよく話してくれるし、優しい奴だよ」
人見知りするんだ。なら最初はあまり馴れ馴れしくしちゃ駄目だよね。病院でも人見知りする女の子いたし、ちょっとずつ仲良くなろう。
「喋んないよねあいつ。顔見えないし」
え、見えない? お面でも被ってるのかな?
「話し掛けた事あるけど挙動不審だったんだよね。前髪で顔半分隠れてて表情わかんないから、怒ってるのか笑ってるのかもわかんないの」
なるほど、前髪が長いなら括ればいいのに。目が悪くなっちゃうよ?
神代くんの事を話していると、隣に座る田中くんの顔色が悪くなっていく。
「大丈夫ですか田中くん? 何だか顔色が……」
「ん、さっきから悪寒がするんだ」
「え! もしかして風邪なんじゃ。保健室行きますか?」
「大丈夫だよ。少し体が冷えただけだと思うから」
慌てて立ち上がる私に、安心させるように笑ってくれるけど心配だ。風邪は引きはじめが肝心って言うもんね。
時間も迫り、トレイを片付け真由ちゃん達とは別れ、私と田中くんは教室に戻った。
5時間目は私の好きな数学。問題が出る度に手を挙げるけど、なかなか当たらない。でもこの授業を受けている時間が堪らなく大好き。
「あのさ」
先生に気付かれないよう、小声で田中くんが話し掛けてきて顔を近付ける。
「さっきも言ったけど、浩平は最初は話し掛けづらいだろうと思う。けど、慣れたら本当に良い奴だから。きっと篠塚さんとも仲良くなれるよ」
私が神代くんと仲良くなれるか不安に思ったと感じとったのか、フォローしてくれる。友達思いだなぁ、田中くんは。
「はい、仲良くなれるよういっぱい話し掛けます」
慣れるまで話し掛ければいいんだよね。喜んで話し掛けます。良いライバル関係を築きたい。
「っ、なんかまた悪寒が……やっぱり風邪かな?」
1日の授業が終わりホームルームが終わると、帰り支度で騒がしくなる。今日は掃除当番なので、皆が帰ったら掃除をしなきゃ。
「篠塚さーん。呼んでるよー」
クラスの子に呼ばれ入り口の方を見ると、見知らぬ男の子が立っていた。誰?
「えーと?」
「どうも。俺はボランティア部部長の日下部。先生から篠塚さんがボランティア部に入るって聞いたから、1学期の予定表を渡しにね」
「部長さんですか! これからよろしくお願いします!」
お辞儀し、渡された紙を見る。あれ、少ない。1ヶ月に1回しか活動していないようで、もう半分終わってしまっている。あれ、思ってたのと違う。
「あまり活動してないんですね」
「名ばかりだからね。兼部にしてる奴もいるし、名前だけ置いてる奴もいる。三年は殆どやらないから、実質二年が中心。なんかあったら二年の神代に聞いて。ま、彼奴が部長みたいなもんだから」
え、それって部活に入ってる意味あるの?
困惑に見つめると、部長さんは苦笑いして顔を逸らす。
「ボランティア部なんて、内申を良くする為に入っただけの奴らばかりだよ。篠塚さんも適当でいいから。じゃ」
軽く手を振って立ち去る部長さんの背中を見つめながら、実質二年生が中心なら活動を増やしたら駄目かなと考える。だってこれじゃ物足りないよ! 毎週ボランティアが出来ると思ってたのに!
「ね、なんの話だったの?」
「告白? あの人三年だよね? オッケーしちゃったの?」
教室に戻るなり詰め寄る女の子達。皆好きだな、恋愛話。
「違います。ボランティア部の部長さんで、活動表を持ってきてくれたんです」
「なーんだ」
「篠塚さんボランティア部に入ったんだ。なんかピッタリだね」
「好きそうだもんね、お手伝いとか」
興味が薄れたようで、散り散りになっていく。渡された活動表にもう一度目を通し、6月の活動内容を確認。神社の掃除と書いてある。
神社! 神社ってあそこだよね? 電車から見える長い階段を上った所の。まだ行ったことないから嬉しい! やる気が出てきましたよこれは。
「篠塚さん。この後予定ある?」
クラスの皆が減っていく中、黒板消しを叩こうと窓側に向かったら、勉強会で仲良くなった子からお誘いが来た。
「テストのお礼も兼ねて奢ってやるよ。ただし500円以内な」
「せこっ。ファミレスでデザートでも食べない?」
「い、いいんですか!?」
喜びで思わず万歳してしまった。だけどよく考えてみれば、奢って貰うのは悪い気がしてならない。皆と食べられるだけで嬉しいし、お礼なんて気にしなくていいのに。
「嬉しいですが、奢って貰うのは申し訳ないです」
「いいの。テスト結果が良かったおかげで臨時収入入ったしね」
そう言って机を片付け出す人もいれば、箒を持つ人も。
「皆でやれば早く終わるし、さっさとやっちゃお」
「は、はい!」
嬉しくて涙が出そうだ。目頭を擦り、黒板消しを叩こうとしたら、
「あれ……ない」
両手に持っていた黒板消しの1つがなくなっていた。
ファミレスからの帰り道、鼻唄交じりにスキップしながら私は心踊っていた。皆と談話しながらのデザートは、格別に美味しかった。奢って貰っちゃったし、今度お礼しなきゃ。何がいいかな。
そういえば黒板消し見つかってよかった。何故か外に落ちてたんだよね。壊れてなくて本当によかった。
「ただいまです。あれ、悠哉くん早いですね」
「おかえり愛花! 遅かったね。何処か寄り道でもしていたのかい?」
野球部の悠哉くんが先に帰って来るぐらい遅くなっちゃったみたい。外薄暗いもんね。楽しい時間はあっという間に過ぎちゃうな。
「ただいまです、お父さん。クラスの皆とファミレスに行ってました」
心配かけちゃいけないし、遅くなる時は連絡しよう。ファミレスに行った理由を話すと、お父さんが優しく頭をなでてくれた。
「……それは良かったね、愛花」
「はい、楽しかったです」
思い出しながら微笑むと、お父さんの背後に壁に飾られた写真が見える。昨日撮った写真だ。私も欲しい!
「おい」
「悠哉くん? どうかしたんですか?」
なんだか険しい表情だけど、どうしたんだろう?
「こいつ訴えた方がいいぞ」
「え?」
「そうだ。たまには僕達も外食しようか。何が食べたい?」
んん? 訴えるって何を? 悠哉くんが何を言いたいのかわからず首を傾げると、お父さんが外食の提案をした。家族で外食。うわー、なんかドキドキする。
「寿司。寿司食いたい」
お寿司! お寿司ってあれだよ。クルクル回るやつ。えー、行きたい行ってみたい!
「お寿司っ! 私もお寿司食べたいです!」
色とりどりの美味しそうなお寿司がクルクルと回ってくる。想像しただけて胸が膨らむ。
お父さんは携帯を取り出し、お母さんに連絡をしに廊下へと出た。待ってる間、壁に飾られた写真を眺める。
「良い写真ですね。悠哉くんの部屋にも飾りませんか?」
「いるか」
冷蔵庫から牛乳を出してコップに注ぐ悠哉くん。学校から帰ったばかりなのか、学ランのボタンを外しラフな格好でソファに座る。
「……お前さ、今日なんかあった?」
「え?」
隣に座る私に最近は嫌な顔をしなくなった。横顔を眺めていると、視線だけ私に移し聞いてきたことは今日のこと。何かって……なんだろう?
「変なこととか」
「うーん、ないですけどどうしてですか?」
「別に。ねーんならいい」
話は終わったとばかりに、飲みほしたコップを机に置いて雑誌を読み始めた。あれかな、ボランティア部のこと? でも変なことじゃないし……うーん、わかんない。
「奥さんに連絡取れたから迎えに行こうか。愛花達も着替えなさい」
やったー、お寿司だ。初めてのお寿司。回転寿司を想像した私が連れてこられたお店は……
「此処、ですか?」
「そうだよ。馴染みのお店だけど覚えてないかな?」
そこは穴場というか知る人が知るような、昔からの老舗のお店。砂利道に暖簾が掛かった如何にも高級そうな感じをしたお店だ。
そ、想像してたのと違う! 絶対に回らないよね此処!?
扉を引くと、板前さんが出迎えてくれる。お客は私達しかいないみたいで、カウンターには誰もいない。でも奥に座席があるみたいだ。
「お久しぶりです。いつお帰りに?」
「つい先日にね」
親しげに話すお父さんと板前さんを見て、本当に馴染みのお店なんだと思った。こんな高級そうな所が馴染みって。
「俺マグロ」
「私はエンガワを貰おうかしら」
悠哉くんもお母さんも、当たり前のように動じずにカウンターに座り注文する。未だに入り口で立ち竦んでいる私にお父さんが手招きして、恐る恐る座った。
「僕も夏海さんと同じものを。愛花は大トロかい?」
「え、えっと……」
お店の中を見渡してもメニューもなければ看板もない。なに此処、お店だよね? メニューがないお店なんかあるの?
「どうかしたのかい?」
不思議そうなお父さん。悠哉くんは板前さんが握ってくれたマグロを食べて、お母さんはお茶を飲んで和んでいる。私だけ? 場違いだと思ってるのは私だけ?
メニューもないから何を頼んだらいいかわからない。お寿司って何のネタがあったっけ?
必死に頭の中でお寿司のネタを探していると、
「何にしましょう、お嬢さん」
し、渋い。声もだけど顔も渋くて、熟練の板前さんの雰囲気が。前に立たれると余計に緊張しちゃうよ!
「あ、あの」
「はい」
「………玉子で」
お父さんの不思議現象は全て愛花でした。因みに私は高そうなお店なんか行ったことないです、恐ろしい。
次回は本編をお休みし、ちょっとした小話を。活動報告で選んで下さりありがとうございます。小話は早めに更新出来そうです。
いつも読んで下さりありがとうございます。
誤字の指摘ありがとうございます。




