親父、それはストーカーだ
お父さん視点です
僕の娘は可愛い。どれだけ可愛いかというと、クリッとした大きな瞳に莓のような真っ赤な唇。鼻筋が整った、まさに童話の白雪姫のような可愛らしさ。いや、白雪姫より断然僕の娘の方が可愛い。生まれてきた時は天使かと思った。寧ろ天使。天使が僕の所に生まれ落ちてくれたに違いない。
初めて娘と対面した時は号泣したものだ。あの時、抱きしめてあげられなかったのが本当に辛かった。生まれたばかりの娘を抱きしめられない辛さ。拷問を受けた方がマシだと思えるほど辛かった。拷問を受ければ抱きしめていいよ、と言われれば間違いなく受けただろう。
そのせいか僕は娘に甘い。砂糖のように蜂蜜のように、それはそれは甘く甘く可愛がってきた。可愛いのだから仕方がない。そう、全ては娘が可愛いからだ。
僕が甘やかしてきたせいで娘は我儘に育ったと、奥さんは酷く怒っていたが、娘の我儘を聞くのが親というもの。我儘結構。可愛いじゃないか我儘ぐらい。
甘えてくる娘が可愛過ぎて、多少強引な事はするが全ては娘の為。娘の願い事はなんでも叶えてやりたい。親ならそう思うのが普通だろ? 辛い思いをさせたくない、悲しい思いをさせたくない。そう思ってなにが悪い。全ては娘の、可愛い愛花の為なのだ。
そんな可愛い愛花を置いて、僕は仕事の都合上海外に行かなければならなかった。僕は構わなかったが、奥さんと子供達が嫌がったのだ。慣れない環境での生活は厳しい上、英語が苦手な子供達が上手く馴染むとは思えない。家族が嫌ならば断ろうと思ったが、職場での立場上そうもいかず、泣く泣く単身赴任をする事になった。初日で帰りたいと思ったな。
暫くは日本と海外の往復を繰り返し、落ち着いたら部下に任せようと思ったのだ。日本に帰っては家族に癒され、愛花の笑顔を見れるだけで疲れも飛ぶ。その愛花が、まさか記憶喪失になるなんて!
記憶がなくなっても、僕の可愛い天使は変わらなかった。化粧をしなくなってピュアさが増し、屈託のない笑顔は花が咲いたようでそれはそれは可愛い。甘えてこなくなって、寂しいと言えば寂しいが。
記憶がなくなって学力が何故か上がった愛花。聖琳学園は偏差値の高めの学校だ。その優秀な生徒ばかりの中で、2位の順位を獲得したのは素晴らしい。さすが僕の愛花、頑張って勉強したのだろう。塾には通わせていないし、教師の教えが良かったのだろうか? 根回しをして聖琳に入れたのは間違いではなかったようだ。
しかし、そんな愛花の成績を疑う奴がいるのなら話は別。生徒を疑うような教師など生徒の、愛花の害にしかならない。早めに摘まなければ。
「あら、出掛けるの?」
「ああ、会社に顔を出してくるよ。いくら暫く休みでも、日本に帰ってきて顔も見せないのは不味いからね」
嘘ではない。朝一に会社に顔を出してから、聖琳に行くのだから。
愛花は優しいからその疑った先生が誰かは教えてくれなかった。ならば直接学校に問いただせばいいだけの話。愛花を疑った事、後悔させてやる。
会社に顔を出した後急いで車を飛ばし聖琳学園に来れば、3時間目が始まった頃だった。よし、これなら今の愛花がどんな学校生活を送っているか観察出来る。可愛い愛花の姿を撮らなければ。
外来用の駐車場に車を停め、玄関に向けて歩く。授業中の為辺りは静かで、小鳥の囀りが聞こえ心和ませていると、グラウンド付近で賑やかになっていく。体育の授業だろうか。
「うん、活発でいいね」
愛花はどちらかといえばあまり運動が好きではない。ダイエットの為に軽いストレッチはするけど。逆に悠哉は運動が大好きで、野球部のエースになるぐらい上手だ。昔はよくキャッチボールをしたものだ。今度またしてみようか。
どちらも僕の大切な愛しい子供達。最近はめっきり悠哉と話す時間が減ってしまったけど、今朝のように家族皆で団欒するのもいい。
しかしその前に片付けなければならない事がある。愛花を疑った愚かな教師に鉄槌を降さなければ。愛花の大事な学校ライフを邪魔する奴は、誰であろうと許しはしないよ。さあ、害虫の駆除を始めよっ……
「…………うっ」
頭に鈍い痛みが。
気付いたら僕は地面に横たわっていた。後頭部を押さえながら起き上がり辺りを見回す。いったいなにが……?
確か職員室に向かう途中だったはず。だがいきなり頭に何か衝撃を受け、気を失ってしまったんだ。頭がズキズキと痛む。
「職員室に行かなければ」
立ち上がり頭を振り、職員室へと向かう。僕はどのくらい気を失っていたんだろうか。校内に入ってからも周りは静かで授業中らしい。グラウンドも静かだったから、3時間目は終わったはず。ならば次の授業が始まっているのだろうか。意識を失っていた間に、昼食の時間が過ぎていない事を切に願う。食堂での愛花を是非見たいからだ。
「失礼する」
職員室に入るとざわめきが起こった。何度か足を運んだ事もあり、僕が誰かなのかは教師達もわかっているのだろう。
「こ、これは篠塚のお父さん。どうかなされたんですか?」
焦った様子で真っ先に駆け寄ったのは、愛花の担任の須藤先生。
「お久し振りです須藤先生。いえね、少しお聞きしたい事がありまして」
「……なんでしょうか」
此処で大半の教師は苦笑いで視線を外すのだが、須藤先生は顔色は悪いものの真っ直ぐに僕を見つめる。この学校の教師にとって僕は対応しにくい父兄だろうから、須藤先生の態度は好感が持てるな。
「ええ、実は……」
ん? んん? …………おかしい。言葉が出てこない。
学校に来た理由を伝えようとするが、言葉が出てこないどころか思い浮かばない。僕は何の為に学校に来たのだろうか? 何か、何か重大な由々しき事があったはずなのに……頭の中が真っ白なのだ。
「篠塚さん? どうかなされましたか?」
「え、いや……実は愛花が記憶喪失になった事を昨夜聞かされてね。上手く学校生活を遅れているか心配で、愛花の授業中の風景でも見学させて貰いたいと思ったんだよ」
不審な目を向けられ咄嗟に思い付いた言葉だったが、我ながらよく出たものだ。しかしこれなら普通に愛花を近くで見ていてもおかしくはあるまい。愛花は記憶喪失なのだから。
「そうですか。確かに心配されるのはわかります。ですが篠塚さんはすぐに学校に溶け込み、学校行事を盛り上げ、クラスのムードメーカー的存在になっていますよ。友達も増え、毎日楽しそうにしています」
あの愛花が。一年生の時は友達がいたがすぐに独りになってしまった愛花。二年生になり、クラスでは孤立ぎみだと聞いた。友達ばかりは強制して作るものではないし、愛花自身が友達を作るのを拒否していた為、何度歯痒かったか。
その愛花が友達を作り、クラスのムードメーカーになっているなんて……子供の成長に感動してしまうな。
「その様子を見学しても構わないだろうか。なに、愛花には気付かれないよう離れて見ているだけだ」
「……見ているだけなら。何かあれば生徒ではなく、私に言ってください。ではこれを」
渡された見学許可書のプレートを首に下げ、満足気の私に小さく溜め息をつかれる。
以前見学しに来た時に、愛花の陰口を言っていた男子生徒をトイレに連れ込んだ事をまだ気にしているのだろう。あれは男子生徒が悪い。
「それでは、見学が終わり次第返しに来ますので」
職員室を出ようとした僕に、須藤先生が慌てて止める。
「ちょっと待ってください! 校内での写真撮影は禁止ですから!」
「なんだと!」
「他の生徒もいますので、不審者扱いされてしまいます。影で見るだけにしてください」
なんてことだ。まさかの写真撮影禁止とは……可愛い愛花の姿を残せないではないか。
しかし不審者扱いされて愛花の耳に入るのはまずい。少し変装して、こっそり見つからないよう撮るようにしよう。
職員室から出るとチャイムが鳴り、次第に賑やかになる廊下。どうやら昼食の時間になったようだ。1度車に戻り仕事用の眼鏡とつけ髭をし、オペラグラスを持って中庭へ。
食堂には中庭を通って外から中の様子を見る事が出来る。草むらに隠れ、オペラグラスで食券の自販機の前を覗く。既に食堂には大勢の生徒がいる。その中で愛花を見つけるのには時間が掛かるが、食券の自販機の前を見張れば見つかるのも早いだろう。
蒸し暑い草むらの中で待つこと十数分。ついに、ついに愛花の姿が! 友達だろうか。二人の女子生徒と楽しそうに話しながら自販機の前に立つ。あんなに楽しそうに友達と笑いあう愛花を見るのは、小学校以来だ。須藤先生の言うように、上手く学校生活に溶け込んでいるようだ。
安堵に包まれるのも束の間、僕の視野にとんでもないものが!
「なんだあの男は!?」
席に座り食事をする愛花に親しげに話す男子生徒。愛花の反応を見るからに、知り合いなんだろうが解せん。その男の目は明らかに愛花に恋をしている目だ。確かに愛花は可愛く、恋をしてもおかしくはない。寧ろして当然。しかし、それとこれとは話は別だ。
「しかも冴えない男じゃないか。一ノ瀬君のような美形でもないし、見た目的には釣り合わない。簡単に僕の可愛い愛花はやらんぞ」
そんな僕の心情を無視するように、愛花の隣にその男が座る。苛立ちに歯ぎしりをし、食事が終わるまでの間オペラグラス越しに睨み付けていた。
食堂から出ていく愛花を追うように、草むらから抜け出し屋上に向かう。愛花の食堂での写真が撮れたし、今日は来てよかった。隣にいたあの男の事は後々調べるとして、次は授業中の愛花を撮らねば。校内での撮影が禁止なら外で撮ればいい。
屋上に向かう階段を上る時、生徒の会話が耳に入った。
「つーか、最近の篠塚可愛くね」
愛花の噂だ。気付かれないよう、階段の影に隠れ聞き耳をたてる。
「可愛いよな、特に笑顔が。一ノ瀬先輩と別れたらしいし、狙い目じゃね?」
な、なんだと!?
愛花と一ノ瀬君が別れたなんて信じられない。愛花がこの学校に入りたがった理由は一ノ瀬君だ。当初の愛花の成績ではとても入れなかったが、泣いてすがる愛花に心伐たれ、俗にいう裏口から入学させた。そこまでするほど一ノ瀬君が好きだったのだろう。一ノ瀬君は文武両道で人当たりも良く美形とくれば、認めたくはないが頷くしかなかった。一ノ瀬君には他に好きな人がいるとわかっていても、愛花は離れたくないと言うのだから。
昔はパパのお嫁さんになると言ってくれたのにな……親は辛い。
まさかその愛花が一ノ瀬君と別れるなんて。記憶喪失だからだろうか? ならば此処は喜ぶべきか? いやしかし、一ノ瀬君とはあの約束があったから付き合う事を認めた訳で……
そうこうしているうちに、授業開始のチャイムが鳴り慌てて屋上へ駆け上がる。考えるのは後だ。今は写真を撮らねば。
「おお、積極的に手を挙げている」
屋上から見える愛花のクラスを覗く。楽しそうに授業を受けている愛花が可愛くて、早速写真を撮ろうとした時、愛花の隣にとんでもないものが。
「またあの男か!」
そう。愛花の隣にいるのは食堂にいたあの冴えない男。同じクラスで隣の席だとぉ! これは至急に調べなければならない。悪い虫ならすぐに排除だ。
「くそ、くっつきすぎだ! 離れろ!」
屋上から叫んでも届くはずもなく、愛花とその男は肩を寄せ合い話している。そんなにくっつく必要などないだろう!
オペラグラスがミシミシと音をたて始める。興奮で鼻息が荒くなり、その男の顔を忘れまいと目に焼き付け写真を撮った。その男の情報なんて、以前の愛花から聞いたこともない。きっと記憶喪失をいいことに、無垢な愛花に言い寄って来たに違いない。なんて奴だ。
ストレスが溜まりながらも全ての授業を見終え、弁護士に電話をしようとしたら、愛花が誰かに呼び出された。男に。誰だそいつは!?
この場所からは廊下は見えない。校舎に入るかと覗きながら屋上の入り口に向かうと、愛花はすぐに教室に戻ってきた。愛花に群がる女子生徒。この反応はまさに告白されたに違いない! なんという事だ……愛花の周りは悪い虫だらけじゃないか!
こんな事にならないよう、一ノ瀬君をボディーガードとして付き合う事を許したのに。どうなっているんだ、まったく。
至急対策を練る為に急いで屋上から出て車へと走ると、頭上から何か振ってきて当たった。
「なっ、これは黒板消し?」
頭に当たり落ちた黒板消しを拾い、校舎を見上げる。なんでこんな物が落ちてくるんだ。備品の管理ぐらいしろ。開いてる窓に投げ返してやりたいがそんな暇はない。邪魔にならないよう、花壇のレンガの上に黒板消しを置き車に乗り込む。
「出ないな……仕方ない、額縁を買ってから帰るか」
弁護士に電話をしたが繋がらず、額縁を買ってから家に帰った。勿論、写真たても忘れずに。
家に帰ると真っ先に撮った写真をプリントした。どの写真も可愛く写っていて、また僕の宝物が増えた。特にお気に入りの写真を引き伸ばし、書斎に飾る。
「……はぁ、癒しだ」
額縁で飾られてる笑顔の愛花が天使すぎて癒される。その隣には特注サイズの大きなパネルがあり、僕の愛しい奥さんが微笑む。ふと、悠哉の写真が小さく思え、明日は悠哉の学校に行こうと決めた。
「何やってんだよ親父」
リビングで、昨日の夕食に撮った家族の団欒写真を飾っていたら、学校から帰ってきた悠哉が怪訝そうに眉を潜める。
「見てわからないかい? 写真を飾っているんだよ。ほら、良い写真だろ」
「……食欲なくす」と
何故だ。こんな暖かい食卓なんて我が家ぐらいなのに。
「なんだこれ」
悠哉が私の足下に落ちた写真を拾い上げ、
「姉貴と、田中さん?」
「なっ、悠哉! この男を知っているのか!?」
落とした写真は、明日弁護士事務所に持っていくあの男が写っている写真。まさか悠哉が知っているなんて。
「まあな。うちで飯食っていった事あるし。姉貴から何回も話聞かされてる」
飯だとぉぉぉっ!!
そんな大事な事、奥さんから1度も聞いていない。思春期の男を家に上げるなんて……はっ、
「まさか愛花の部屋に入ったなんて事は……」
「ねーんじゃねーの。食ったら母さんが送って行ったし」
よかった。まだ部屋に入れる関係ではないのか。もしや一ノ瀬君と別れてこの男と付き合いだしたのか?
「なあ、今日姉貴の学校行ったのか?」
「ん? そうだよ。記憶喪失の愛花が心配で見に行ったんだ」
悩む僕を余所に、悠哉が食い入るように写真を見つめては僕を見比べる。写真が欲しいのだろうか?
「……これ隠し撮りだよな?」
「当たり前じゃないか。愛花に見つからないよう屋上から撮ったんだ。悠哉も欲しいならあげるよ」
「いるか! つか、親父それストーカーだから」
何を馬鹿な事を。ストーカーなんておぞましい者と一緒にしないで欲しい。
かなり引いている悠哉だが、何れ娘を持てば僕の気持ちもわかるだろう。親というものは心配性なのだ。
「いつか悠哉にも僕の気持ちがわかるさ」
「わかりたくもねーよ」
呆れ顔をされ投げ返される写真を受けとると、玄関から物音が。
「ただいまです。あれ、悠哉くん早いですね」
「おかえり愛花! 遅かったね。何処か寄り道でもしていたのかい?」
リビングがあっという間に花が咲いたように華やかになった。鈴の鳴るような可愛らしい声を響かせ、僕の愛花が帰って来たのだ。
「ただいまです、お父さん。クラスの皆とファミレスに行ってました」
テストの点数が上がったお礼にと、クラスの子達が奢ってくれたらしい。そこまでクラスの子に打ち解けているとは思わなかったが、これは嬉しい誤算だ。学校生活において、同級生との仲が良いに越した事はないからな。
ん? テスト?
「……それは良かったね、愛花」
「はい、楽しかったです」
優しく頭を撫でてあげれば、はにかんだように笑う愛花。ああ、本当に可愛い。この笑顔を守る為なら僕はなんだって出来る。
「おい」
「悠哉くん? どうかしたんですか?」
「こいつ訴えた方がいいぞ」
「え?」
「そうだ。たまには僕達も外食しようか。何が食べたい?」
久し振りに帰ってきたのだから、奥さんにも楽をさせてあげたいし、愛花は外食が好きだった。高級フランス料理店の予約は今からでも出来るだろうか?
「寿司。寿司食いたい」
「お寿司っ! 私もお寿司食べたいです!」
おや、今日はお寿司の気分なのか。興奮気味で手を挙げる姿に頬が緩む。まるで小さい頃を思い出す。
「なら奥さんに電話してくるよ。今日は皆でお寿司を食べに行こう」
喜ぶ愛花達をリビングに残し、廊下で電話を掛けようとした時、タイミング良く目当ての相手から電話が掛かってきた。
「もしもし、悪いね忙しい中。至急調べて欲しい事があるんだ」
リビングから聞こえる愛花の楽しそうな声。それに応えるように悠哉の話し声も聞こえる。記憶喪失になる前は、顔すら録に合わさなかった二人があんなに楽しそうに。
僕の力不足で仲違いしてしまった二人。奥さんと僕の間にも溝が出来始めていたのが嘘のように、昨日の夕食と今朝の光景が脳裏に浮かぶ。
「今度こそ、守るよ」
愛花からテストの事を聞いて思い出した。愚かな教師の事を。田中君とやらの事を調べる次いでに、その教師の事も調べて貰おう。経歴から家族構成、弱味まで色々とね。
更新遅くなってしまいすみません
次回は愛花視点で時間を少し戻してからのお話しになります




