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「今回呼び出してしまい、本当にすみませんね篠塚さん」

「いえ……」


 私と須藤先生と教頭先生を残し、他の先生は帰って行った。どうやらカンニングを疑っていたのは眼鏡先生だけだったらしく、残り二人の先生は私に用があっただけらしい。

 氷室先生は奥さんのお礼をもう一度言った後、直ぐ様奥さんが待っていると足早に帰って行った。あれが俗にいう、愛妻家というやつかな。いいね、夫婦円満。微笑ましいです。

 気弱な先生は私の事を色々聞きたいらしく、二人でじっくり話したいと言われたけど、機会があればと流しておいた。絶対にボロが出るもん!

 眼鏡先生はまだ納得していない様子だった。去り際に「次回のテストが楽しみですね」と言っていたから、次回も順位が下がらないよう頑張らなきゃ。


「篠塚さんと直接話してみないと水戸先生は引き下がらないだろうと思ったのです。証拠もないのに生徒を疑うのはもっての他。圧力を掛ければ納まる話ですが、私の目が届かない所で何かあっては困りますので。少し問題はありますが、氷室先生達はとても頼りになると思います。何かあれば頼ると宜しいでしょう」


 教頭先生曰く、私の成績が上がった事に不信を抱いたりした先生も他にいたらしい。口に出さないだけで。


「無くしてしまった信頼を取り戻すのは大変です。ですが、今の篠塚さんならば時間を掛ければ取り戻せると思いますし、私は篠塚さんに色々と期待しているのですよ」

「期待、ですか?」


 キラリと教頭先生の目が光った気がした。


「実は今回呼び出した要件はもう2つあるのです。篠塚さん、ボランティア部に入りませんか?」


 ボランティア。それは無償で社会活動に参加して奉仕活動をすること。つまり、人のお役に立てる。そんな素晴らしい部活があるなんて!


「入りたいです!」


 運動部に入って青春を満喫したかったけれど、学校に通えるだけで充分に満喫してるもん。こんな幸せな毎日を送れている事に感謝。


「そう言って下さって嬉しいです」

「ボランティアって、どんな事をするんですか?」

「そうですね。地域の清掃を主に、地域活性化のお手伝いや介護施設のお手伝い。他にも様々な福祉活動を行っています」


 掃除なら私にも出来る。それに地域活性化のお手伝いなんてそんな大役を任せられるなんて……くぅー、俄然やる気が出てきた。


「ボランティア活動はきっと篠塚さんの将来の役に立つでしょう。頑張って下さい。手続きは須藤先生にお任せ致します」

「わかりました」

「そしてもう1つは、須藤先生との対話をして欲しいと思ったのです」

「なっ、教頭?」


 教頭先生の言葉に須藤先生が驚く。それは私も同じで。


「須藤先生と篠塚さんの間に大きな溝があるのは確かです。例え今話し合ったとしても、そう簡単に埋まる事はないでしょう。ですが、話さなければ何も始まりません。少しずつ歩み寄って欲しいと思っていますよ」


 そう言って教頭先生は微笑み、教室を出て行った。残された私と先生の間に、何とも言えない気まずい雰囲気が漂う。

 おふ……重たい。教頭先生の癒しの笑顔が恋しい。


「あ、あの……」

「もう遅い。暗くなる前に帰れ」


 背中を向けられたのが拒絶の証のような気がして、言葉が出なかった。窓の外を見ている須藤先生の顔が見えない。何を考えているのか、私の事をどう思っているのかわからない。見えないだろうけど、一礼だけして教室のドアに手を掛けた時、思い出した。

 須藤先生はちゃんと私を、愛花ちゃんとしてではなく私を見てくれていたんだ。


「先生、今日はありがとうございました」


 須藤先生は動かない。


「先生がちゃんと見ていてくれた事が嬉しかったです。これからも勉強や生徒会、それに部活も頑張りますので、よろしくお願いします」


 今まで苦労してきた分、須藤先生の力になれるよう頑張ろう。私が出来る事といえば、学校生活を頑張ること。教頭先生も言ってたもんね、最近評判が上がって来たって。この調子で須藤先生の風当たりが優しくなっていけばいいな。


「篠塚」

「へい?」


 今度こそ帰ろうとしたら名前を呼ばれ、声が裏返ってしまった。須藤先生の体勢は変わらず背を向けられていて、空耳だったのかなと首を傾げる。


「……お前はよくやっている。頑張りなさい」


 最初は何を言われたかわからなかった。だけど次第に言葉の意味がわかり頬が緩む。


「は、はい! 頑張ります!」


 これって応援されてるんだよね? そうだよね? くぅーやるぞー!

 燃え上がるやる気にふと気付く。今、この教室には須藤先生と二人っきり。今なら過去に愛花ちゃんと何があったのか、聞けるかも知れない。


「先生。ずっと聞きたかった事があります」

「なんだ」

「私と先生の間にどんな事があったんですか?」

「…………」


 なんの反応もない。答える事も体を動かすことも。又々気まずくなる雰囲気に、どうしようかと悩むと須藤先生が振り向いた。

 その表情にはなんの感情も感じられない。というか、私が読めないだけだけど。此処に来る前に見せた冷たい視線すらなく、無表情。どうしてそんな顔をするのだろう?


「……今のお前には知る必要はない。もう帰りなさい」


 私が出ようとしたドアとは逆のドアから出て行き、教室の中は私だけになってしまった。

 折角少しは歩み寄れたかなと思ったのに。教頭先生が言っていたように、須藤先生との溝は深いんだろうな。少しずつ頑張ろっと。

 自分の教室に鞄を取りに行くと、教室にはまだ残っていたクラスメイトがいた。


「あれー、篠塚さんも今帰り?」

「はい。お二人もですか?」

「そそ。篠塚さんもよかったら一緒に帰らない?」

「いいんですか!? 是非お願いします」


 教室に残っていた人の一人は一緒に勉強会をした人で、もう一人は学級委員長だ。他愛ない話をしながら玄関に向かうと、下駄箱の前に女の子の団体がいた。


「げ、B組の連中じゃん」


 どうやら同じ学年の人らしい。私達が気付くのと同時に、その子達も気付き顔をしかめる。コソコソと内緒話をしているようだけど、あからさまにこちらを見て笑ってるからあまり良い気がしない。


「ちょっと、言いたい事があるんならはっきり言いなさいよ」

「ああ、ごめんねー。噂の学年2位の篠塚さんだって話してたの」

「すごいよねー。記憶ないのに2位なんて」

「カンニングでもしたんじゃないのぉ? それか先生の弱味でも握って問題の横流しとかさぁ。ありえるでしょ、記憶がなくてもあの篠塚さんなんだからぁ」


 クスクスと笑うB組の女の子達に、委員長が怒った。


「はぁ? 言い掛かりは止めてよね。篠塚さんは努力して2位になったの。篠塚さんに勉強を教えて貰った人は皆成績が上がったんだからね」

「元々頭が悪かっただけでしょぉ?」


 ひぃっ、見えない火花が。

 私を庇ってくれるのは嬉しいけど、喧嘩にはなって欲しくない。別にB組の人に信用されなくてもいいもん。カンニングなんかしてないんだし、私の周りの人達が信じてくれるならそれだけでいいよ。B組の人達と喧嘩して、余計な波風立てたくない。


「ありがとう委員長。私なら大丈夫です。なにも悪い事なんかしてませんから気にしません」

「篠塚さん……そうだよね。言いたい奴には言わせておけばいいよね。負け犬の遠吠えって言うし」

「ちょっと、どういう意味よ!」


 お、おふ。また険悪な雰囲気に。間に入って仲裁しようとした時、B組の女の子が一歩前に出る。


「ごめんねー、気が立ってて嫌味言っちゃって。本気でカンニングしたとか思ってないから。許してね」

「え、はあ……」


 笑顔だけど謝られた。怒ってる訳でも悲しんでる訳でもないので、気にしてない事を伝えると、手を差し出された。


「次の期末では負けないからね。お互い頑張りましょー」

「はい! 頑張りましょっ、」


 これは握手を求められているのでは。お互い頑張ろうねと激励を送られ、喜んで手を差し出せば思いっきり握られた。痛いっ!


「まぐれは2度は続かない。鍍金が剥がれないよう頑張ってね」


 小さく囁くと、するりと手を放し笑顔で挨拶して玄関を後にする。

 握られた手を擦りながら、負けられないなと思う。私って結構負けず嫌いなのかも。


 帰り道、委員長達と別れ、駅のホームで電車を待っている間、ベンチに座って図書室で借りた本を読む。図書室で勉強会をしてからというもの、図書室で本を借りるのが日課になりつつある。

 病院では読めなかった本。電子書籍とは違う本自体の独特の紙の匂いと触り心地。本っていいなぁ。


「お、篠塚じゃん。路線こっちなんだ」


 本に夢中になっていて、近くに同じクラスの男の子がいるのを名前を呼ばれるまで気付かなかった。


「篠塚のおかげで赤点1つもなくてさ、これで小遣い減らされずに済むぜ、ありがとな。これお礼な」


 渡されたのはペットボトル。これは世界的に有名なコーラじゃありませんか。炭酸飲料だけでも刺激的なのに真っ黒な飲み物。飲むのにかなり勇気が……だけどお礼でくれたんだから飲まなきゃね。初めての炭酸飲料。飲んでみせましょうとも。


「ありがとうございます」

「あのさ、番号交換しね?」

「え?」

「あ、いやさ。これからも勉強の事教えて貰いたいし、連絡取れたら助かるっつーか……うん」


 番号を知ってたら夜に勉強してわからない時、助かるもんね。


「いいですよ」

「マジで! 篠塚もなんか困った事とか暇な時にでも連絡しろよ」


 番号を交換した後、私が乗る電車が来て別れた。この時、赤点を免れた男の子の名前を漸く覚えられた。覚えなきゃならない名前が多すぎるんだよね。

 それにしても、愛花ちゃんになってからアドレス帳の名前が増えていく。繋がりが出来ているのが目に見えてわかるから、ちょっと嬉しい。




 今日のテスト結果を聞いて、お母さんが喜んでくれるといいな。

 お家のドアを開け、


「ただいまー……あれ?」


 玄関に見知らぬ革靴が。お客さんかな?

 その時、リビングのドアが勢いよく開き、中から知らないスーツ姿の男の人が飛び出した。前髪を上げ、少し彫りがある頬。やせ形の長身で、パッと見はエリート感が漂う。誰だろ?


「あ、あ、あ……」


 両手を前に出し、ふらふらと足取りが覚束無い。まるでホラー映画のゾンビ。な、なんか怖いです。


「愛花ーーー!」


 不気味で後ずさる私に構うことなく、その男の人は抱き付いてきた。それだけじゃない。


「愛花愛花愛花愛花愛花愛花愛花愛花愛花愛花ぁぁぁぁっ!!」


 強く抱きしめ頬を頭に擦り付けては名前を呼ばれる。痛い痛い痛いっ、煙でちゃう!


「会いたかったよ愛花! 僕の天使! パパがいなくて寂しかっただろう? ああ、可愛い僕の愛花。顔をよく見せておくれ」


 抱きしめていた腕を放し、目の高さを同じぐらいになるまで腰を屈め、間近でその男の人の顔を見る。

 イケメンだ。微笑む大人な笑みは魅惑のフェロモン満載。真っ直ぐに見つめられ目が放せない。


「なんて可愛いんだ! 化粧をしている愛花も可愛かったけど、素顔の愛花はもっと可愛いだなんて」


 うっとりとした表情で見つめられて居たたまれない。あれ、この人今『パパ』って言わなかった? え、じゃあこの人もしかして……


「さあ愛花、おいで」


 広げられた腕の意味がわからない。


「あの……?」

「リビングまで抱っこしてあげるよ」


 リビングまでって、そこなんですけど。戸惑う私を助けるかのように、玄関のドアが開いた。


「ただい……げっ、親父」

「悠哉ぁあ! また大きくなったね。会いたかったよ」

「抱きつくな鬱陶しい。なんだよ、もう帰って来たのか」

「反抗期はまだ続いているんだね。でも成長していく上で必要だ。パパは暖かく見守ろうじゃないか」


 私の前で繰り広げられる親子の会話。この人が愛花ちゃんのお父さん。なんていうか……インパクトが強い。


「さあ愛花。リビングでパパとたくさんお話しようか。お土産もたくさん買ってきたからね」


 有無を言わさずひょいっと体を持ち上げられ、慌てて落ちないよう首にしがみつく。見掛けは細いのに、抱えられた腕は硬い筋肉でゴツい感じ。これが俗にいう、細マッチョですか。


「母さんは?」

「今買い出しに行ってるよ。今日はご馳走を作るんだって言って。相変わらず可愛よね、僕の奥さんは」


 リビングのソファに下ろされ、お茶を用意するとキッチンへ。


「私がしますよ」

「何を言ってるんだい!? 愛花にそんな事をさせられる訳ないじゃないか。愛花は何もしなくていいだよ。今美味しいお菓子も用意するからね」


 何もしなくていいってなんか辛い。私も手伝いたいのに。


「手伝わせたらいんじゃねーの」


 私の気持ちを読み取ってか、悠哉くんが助け船を出してくれるけど、それをお父さんは一刀両断。


「愛花が火傷でもしたらどうするんだい。綺麗な愛花の肌に傷が付くなんて、神が許しても僕が許さないよ。さあ、悠哉も座って」


 呆れたように肩でため息を付いた悠哉くんは、着替えてくると自分の部屋に。私も着替えたかったけど、目の前に用意された温かい紅茶とクッキーにお腹が。


「いただきます」

「学校はどうだい? 誰かに虐められてないかい?」


 クッキーを食べる私を、それは嬉しそうに眺められていてなんか恥ずかしい。


「大丈夫です。皆仲良くしてくれます」

「そうかい? 嫌な事があったらすぐ言うんだよ。パパが愛花を守ってあげるからね」


 ……お父さんは愛花ちゃんの事が大好きなんだな。単身赴任して会えなかった分、今こうして顔を見て話せるのが嬉しいだ。


「暫くは家にいるから、学校には車で送り迎えしてあげられるね」


 え、それは困る。


「学校は電車で行きます。毎日の通学が楽しいので」


 電車に乗るのは大好きだ。外の風景を眺めながら、知ってる人に挨拶しての通学。車よりも、自分の足で歩く方が楽しいもん。


「……そう。愛花が楽しいならしょうがないね。なら欲しい物は? 洋服でも靴でもなんでも買ってあげるよ」

「今ある物で充分です」


 まだまだ着ていない服や履いてない靴がいっぱいある。ありすぎなぐらいに。なのにこれ以上買って貰うなんて、そんな勿体無い事出来ません。

 断ると、困惑したように眉を下げられ、悪い事をしたみたいで申し訳ない。


「どうしたんだい愛花? おねだりしないのもそうだけど、その口調……もしかして拗ねているのかい?」

「え?」

「そうか。愛花は寂しさのあまり拗ねちゃってるんだね。なんて可愛い子なんだ僕の愛花は! 僕だって仕事がなければ毎日愛花と居たいよ。ああ、二人を引き裂く会社が憎いぐらいにね」


 私の生前のお父さんとはあまり会話をした事がなかったけれど、これが世間一般なお父さんの姿なんだろうか。


「もっと甘えていいんだよ愛花! 寧ろ甘えてくれ!」


 甘えるってどうやってすればいいの?

 悲願するような顔で迫られ、どうすればいいかわからない。悠哉くん助けて!





やっとお父さん登場です。うん、疲れる。

このお父さんの血を愛花と悠哉はしっかり受け継いでいるんですよね。



次回はモンスターの暴走です

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