30
「なんだおまえー? 大人のくせに迷子かよ。だっせー」
反論も出来ず部屋の隅っこで丸くなる。
「泣いてるのお姉ちゃん? 大丈夫。きっとすぐにママやパパが来てくれるよ」
まるで天使のような笑顔で慰めてくれるけど、何故か余計に悲しい。
今私がいる場所は迷子センターという、ショッピングモールで迷子になった子供達が集まる場所。そう、迷子になった小さな子供達がいる場所に私はいる。理由は1つ。私が迷子になってしまったからだ。
今から数十分前。田中くんや一ノ瀬先輩とはぐれてしまった私は、2階から皆を捜せるようにエレベーターに乗った。その先で出会ったウマウサちゃんに心を奪われ、ウマウサちゃんを追い掛けてしまった。あの時の私を止めたい。
「あのっ、その風船ください!」
前を歩くウマウサちゃんに声を掛けると、驚いたように振り向き固まる。立ち止まってくれたのかも。優しい、さすがウマウサちゃん!
「握手して貰ってもいいですか?」
赤い風船を貰い、この機会を逃したらもう会えないかもしれないウマウサちゃんに触れてみたくてお願いしてみた。少しの間なんの反応もなく黙ったままでいるので、ダメなんだと思い肩を落として落ち込む。ちっちゃい子限定か、残念。
すると落ち込んでいた私の頭に柔らかい感触が。見上げれば、ウマウサちゃんが私の頭を撫でてくれてる。ウマウサちゃんが、ウマウサちゃんが!
「ウマウサちゃん!」
思わず抱き付いちゃった。ふさふさの毛が気持ちいいけど、やっぱり着ぐるみだから硬い。でもウマウサちゃんに抱き付いているのだと思えば、そんなの全然気にならなくてグリグリと顔を押し付ける。
「幸せです……」
「………っ」
いいな、持って帰りたいこの着ぐるみ。暫くウマウサちゃんを堪能していると、視界に小さな女の子が入った。なにか言いたげでこっちを見ている。
はっ、この子もウマウサちゃんに触りたいんじゃ。私が独り占めしてしまって話し掛けられなかったんだ。なんてことを!
「ウマウサちゃんと握手したいの? どうぞどうぞ」
ウマウサちゃんから離れ、握手を勧めると何故か涙目に。なんで?
「え、え、どうしたんですか?」
「……ままぁ」
「え」
「ままどこぉ……」
「もしかして迷子さんですか!?」
我慢出来ずに涙をぽろぽろ流す小さな女の子。大変だ、お母さんとはぐれたんだ。急いで見つけてあげないと。
「大丈夫ですよ、お姉さんがお母さんを捜しますから」
「ほんとぉ?」
「はい!」
涙をハンカチで脱ぐってあげて、安心させるように頭を撫でてあげる。こんな広い所で迷子になるなんて、きっと不安でいっぱいだったんだろうな。
女の子の手を握り、ウマウサちゃんに挨拶した。
「ウマウサちゃん、風船ありがとうございました。また会えたらいいですね」
「バイバイうささん」
「ウマウサちゃんです」
さて、この広いショッピングモールでお母さんを捜がさなきゃならないんだけど、闇雲に捜すのは大変。確か漫画なんかで、男の人が迷子の子を肩車したりして捜してあげた場面があった。肩車はちょっと不安だから、おんぶしてみよう。
「背中に乗ってください。高い所からの方がお母さんを見付けやすいと思うので」
少し遠慮がちに背中に乗ってきた女の子を背負う。おぉふ……結構重い。しかし頑張らなきゃ、お母さんを見付ける為に!
「お名前はなんて言うのですか?」
「……みかん」
「蜜柑ちゃんですか。可愛い名前ですね。蜜柑ちゃんのお母さーん、いませんかー」
こうやって大声で呼び掛けて捜せばきっと見付かるはず。何回か呼んでいると、肩をポンポン叩かれ振り向く。
「あれ、ウマウサちゃん。どうしたんですか?」
さっき別れたばかりのウマウサちゃんがそこに。首を傾げると、ある方向に向かって手を伸ばす。掲示板のような場所に、ウマウサちゃんが導くように手招きをするので付いて行く。その掲示板はこのショッピングモールの地図が載っていて、ある場所にウマウサが指を指した。
「迷子センター……迷子センター!」
迷子の子供を預かる迷子センター。こんな広いショッピングモールなんだからあってもおかしくない。闇雲に捜すより、迷子センターの人に呼び出ししてもらった方が見付かる確率は高いもんね。
「さすがウマウサちゃんです。早速行ってみますね」
地図を頭の中に叩き込み、1階へと下りるエスカレーターへ向かう。まだ不馴れなのと、蜜柑ちゃんをおんぶしているせいかバランスが取りにくい。エスカレーターに乗った瞬間ぐらつき、後ろに倒れそうになった。けど、もふっとした感触が支えになって倒れなかった。
「あー、うささん」
体を向ける事は出来ないので、ちょっとだけ後ろを向けば白い毛並みが。この毛並みはウマウサちゃんで間違いないです。
「ウマウサちゃんも下に用事があるんですか?」
質問には答えず、無言のままふらつく私の体を 支えてくれる。なんて優しいの。下りる時も支えてくれて、お礼を言って迷子センターへ。何故かウマウサちゃんも一緒に。
これはもしかして迷子の蜜柑ちゃんが心配だから、一緒に迷子センターに付いて行ってくれるんじゃ。心強いです。
そのままウマウサちゃんと歩いていると迷子センターの近くで、女の人が駆け寄ってきた。
「蜜柑!」
「ままー!」
蜜柑ちゃんのお母さんが慌てて走って来たので女の子を下ろすと、安心したのか蜜柑ちゃんは泣き出し、お母さんが優しく抱きしめる。
よかったよよかったよ。見付かって本当によかった。
「ありがとうございました」
「お姉ちゃん、ウマウサちゃんバイバーイ」
頭を下げてお礼を言うお母さんと、元気に手を振る蜜柑ちゃんに両手で手を振って見送る。役に立ててよかった。あ、ウマウサちゃんにお礼を言わなきゃ。
「ウマウサちゃんのおかげで蜜柑ちゃんのお母さんを見付ける事が出来ました。ありがとうございます」
にこにこ笑顔でいる私に、暫く黙って見下ろしてウマウサちゃんが頭をポフポフ撫で、その場を去って行った。紳士! ウマウサちゃんは紳士だった。
ウマウサちゃんにも手を振って見送った後、皆とはぐれた事を思い出し、慌てて周りを見回す。当然誰もいなくてどうしようと思った私の前を、電話をしながら歩く人が。
そうだ電話! 電話で何処にいるか聞けばすぐに会える。
リュックを床に下ろして中を探す。けれどどんなに捜しても出てこない。中身を全部出しても、携帯の姿はなかった。そこで思い出す。靴を履く時に携帯を置きっぱなしにした事を。
血の気が引いていく感覚。懐かしい……じゃなくて! 携帯がないって事は皆と連絡が取れない。それはこの広いショッピングモールの中で皆を捜さなきゃいけないって事で……もう一度周りを見回す。休日のたくさんの人の波。こんな中を捜すなんて無理だよ。
途方に暮れる私は、とある事に気付いた。いやいや、いくらなんでも恥ずかしいよね。
すぐ目の前にある迷子センター。迷子の子を連れてきた私が、迷子センターにお世話になるなんて……泣ける。頑張って捜せば見付かるかもしれない。此処は先ず捜してからだよ。
数歩歩いて、独りぼっちの孤独感が襲う。さっきまでウマウサちゃんと蜜柑ちゃんがいたから余計に。ウマウサちゃんの姿はもうない。本当に独りぼっち。そう思ったら不安が一気に押し寄せてきた。
一生懸命捜せば見付かるかもしれないけど、見付からないかもしれない。高校生にもなって迷子なんて恥ずかしい。恥ずかしいけど……此処は恥を捨てる!
「す、すみません」
「はい、どうかなされましたか?」
意気込んで迷子センターの受付の女性に声を掛けると、優しい笑顔で出迎えてくれた。
「迷子……なんですけど」
「迷子の子を連れてきて下さったんですか? ご親切にありがとうございます」
「いえ、私が迷子なんです」
この時、笑顔で固まった女性の顔を、私は一生忘れない。
こうして迷子センターのお世話になる事になった私は、店内放送で呼び出しをして貰い、迎えが来るまでの間他の迷子の子達と同じ部屋にいた。
私以外の迷子の子は、女の子1人、男の子が2人の合わせて3人で、男の子はやんちゃな子らしく玩具を持って走り回っていた。元気は良いことです。女の子は大人しい感じの子で、一緒につみきで遊んでいると、
「篠塚愛花さん。お連れ様が来ましたよ」
はやっ。今さっき放送して貰ったばかりなのに。やっぱり恥を捨ててよかったのかも。こんなに早く見付けて貰えたんだから。
受付の人にお礼を言って、部屋から出るとそこにいたのは、
「御子柴くん!」
汗だくの御子柴くんが、私を見るなり大きなため息をつく。
「怪我はないようだな」
安心したかのように微笑む御子柴くんを見て、もしかして走り回って捜してくれていたんじゃ、と思った。私を見付ける為に。
申し訳ない気持ちと、居たたまれないようなちょっと嬉しいような、そんな不思議な感じが胸に込み上げてくる。
汗を手で拭おうとしたのを止め、蜜柑ちゃんの涙を脱ぐったのとは別のハンカチを渡す。鼻水が付いてたからさすがに渡せない。
「迎えに着てくれてありがとうございます。御子柴くんに会えてホッとしました」
「ん? 心細かったのか?」
心細い。それは随分昔によく思っていたこと。個室だったから、毎日病室で一人で過ごすのが小さい頃は心細かった。寂しかったけど、私の治療費を稼ぐ為に両親は頑張って働いているんだとわかっていたから、我儘なんて言えない。何時しか独りでいる事になれてしまい、当たり前になっていたのに……
愛花ちゃんになってから何時も誰かが傍にいてくれて、それが当たり前のようで忘れてしまってたんだと思う。
話せる相手がいる事、一緒にご飯を食べる相手がいる事。誰かと嬉しい事や悲しい事を分かち合える大切さ。知ってしまったから余計に独りになるのが怖いのかもしれない。
「……心細かったです」
さっきまでの寂しさを思い出し苦笑いで御子柴くんを見ると、ジッと見つめられる。
「…………」
長身から見下ろされるのはちょっと迫力があるけど全然怖くない。御子柴くんの優しさを知っているから。
見つめられるので私も首を傾げつつ見ていると、御子柴くんの手が私の頬を撫でる。
「御子柴くん?」
「あ、いや……悪い」
すぐにその手は放れたけど、私の顔になにか付いてたのかな?
御子柴くんは不思議そうな顔をして首を傾げ、私も釣られるように首を傾げる。そんな私を呼ぶ声が。
「篠塚さん!」
「田中くん! 一ノ瀬先輩も!」
二人とも走って捜してくれていたのか、額に汗が滲み出ていた。うぅ、申し訳ない。
「無事でよかった」
「心配かけてごめんなさい」
「これからは携帯を忘れないでくれ。心臓が持たないからな。あの人混みの中、怪我がなくてよかった」
一ノ瀬先輩が頭をポンポンしてくれる。また迷子にならないよう、これからはしっかりしなきゃ……万一の為に携帯も忘れずに。
その後すぐに間宮先輩達も迷子センターで合流出来た。何故か榊先輩がお腹を抱えて。
「愛花! 見付かってよかった」
「いや、お前もはぐれただろ」
間宮先輩が抱きしめてくれたけど、西嶋さんが引き離し間宮先輩の腕にしがみつく。
「高校生にもなって迷子とかダサ」
「私らも迷子になったからね」
「あれは男達が迷子になったんです」
「そうきたか」
間宮先輩達もはぐれたんだ。また皆で集まる事が出来てよかった。捜してくれた先輩達は大変だったに違いない。榊先輩にも謝ろうとした時、
「あははははっ。高校生が迷子センターって、あははは、ひーっ、腹痛っ」
お腹を抱えていたのは笑いを堪えてたからだったんだ。笑いは止まらず、榊先輩は笑い上戸なのかもと思った。悲しい顔や怒った顔をされるよりいいけど、そんなに笑われると恥ずかしさが甦ってしまう。そうだよね、高校生が迷子センターって恥ずかしいよね。
「笑いすぎだ」
「いてっ。はー、笑った。さすが愛花ちゃん、予想の斜め上を行くよね」
「うぐぅ、すみません」
「いんじゃない? 面白かったし。こうやって皆が集まれたのも愛花ちゃんがま、迷子センターに……ぶぶ、お世話になったおかげなんだからさ。お手柄お手柄」
お手柄。良い響き。
お手柄になったんなら、私が迷子になったのも無駄じゃなかったのかも。落ち込むより前向きに捉えよう。
「愛花も桜子も西嶋も、怪我がなくてよかったが、はぐれないよう気を付けてくれ」
「はーい。んじゃ、予定通りアイス食べに行きますか」
間宮先輩を先頭に、お勧めのアイス屋さんに向かおうとした時、田中くんが手を繋ごうかと言ってくれた。
「携帯ないし、さっきみたいにまたはぐれたら大変だから」
「ありがとうございます」
田中くんの手を取ると、榊先輩がにやにやし出す。
「二人って仲良いよね、付き合っちゃえば? お似合いだよ」
「えっ、ちょっ、先輩なに言ってるんですか!」
慌てる田中くんを見て、困ってるんだと感じた。仲が良いとは思うけど、もしかして田中くんには好きな人がいるんじゃないのかな? だから慌ててるのかも。
ん、なんかモヤッとする。どうしてだろう?
「篠塚。俺とも手を繋ぐか? お前は予想外の行動を起こすから心配だ」
迷子センターに走って迎えに来てくれた御子柴くんを思い出し、これ以上迷惑を掛けちゃいけないと思った。だからありがたく右手を御子柴くんの手と繋ぐ。
「……捕らわれの宇宙人か」
「これで安心です」
「まあ、左右に挟まれてたらさすがの愛花も動き回らないだろうから、安心は安心だ。行くか」
大人数の移動。エスカレーターに乗って3階へ向かう途中、親子連れの子供が風船を持っていた。
「風船もう1つ貰えばよかったな」
「風船?」
「ウマウサちゃんに貰った風船です。迷子の女の子にあげてしまったので」
「迷子センターにいた子供にあげたのか?」
「いえ。ウマウサちゃんに抱き付いていた時に会った女の子が迷子だったので、迷子センターまで連れて行ってあげたんです。その時に泣いていた女の子を励まそうと、風船をあげたんです」
風船をあげたら喜んでいてくれたし、迷子センターまで付いて来てくれたウマウサちゃんに、もう1つ欲しいなんて言えなかったから仕方ないか。
「ウマウサちゃん?」
「この鞄の着ぐるみさんがいたんです」
「抱き付いたんだ……ん、でも優しいね篠塚さん」
「ちょっと待て。突っ込ませて貰っていい?」
前を歩いていた榊先輩が振り返り、口許がヒクヒクしてる。
「ウマウサちゃんとかいう着ぐるみに風船を貰って抱き付いていたら、迷子の女の子がいてその子の為に迷子センターに行ったの?」
「はい。その子のお母さんも丁度迷子センターにいたので、すぐに会えました」
「よかったな」
御子柴くんが微笑んでくれて照れていたら、また榊先輩が吹き出した。
「ぶはっ、じゃあなに? 迷子の女の子を迷子センターに預けに行った愛花ちゃんが、迷子センターのお世話になったの?」
「……そうなります」
ショッピングモールに、榊先輩の笑い声が響いた。




