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電車を降り、田中くんに付いていくままに改札口に向かう。なんだかいつも使う駅より人が多い。駅の中も広くて、天井が高い。
うっ、人混みに押されてはぐれちゃいそう。
「田中くん、手を繋いでもいいですか?」
こんなに人混みの中ではぐれちゃったりしたら大変だ。
少し驚かれたけど、照れたように笑って手を繋いでくれた。田中くんの手はゴツゴツしてて男の子らしく、触れ合っている手のひらが暖かい。
「こんなに人が多い所初めてです」
「休日だから余計かな。迷子にならないようにしないとね」
おふ、迷子の経験がある私には耳が痛い話です。田中くんの手を離さないようにしなきゃ。
駅を出ると高層ビルが立ち並び、たくさんの車や歩く人で圧倒される。愛花ちゃんの住んでいた場所は住宅街で普通のお家ばかりだったし、学校の周りもそれほど賑やかじゃなかったから、正直今の私は田舎者丸出しだと思う。
ぽかんと口を開けたまま、周りを見渡しては目新しい物に目が輝く。
「バス、バス、バス」
バス停でバスに乗り、10分ぐらいの所に目的地のショッピングモールがあるんだって。初めてのバス。電車とはまた違った揺れと風景に、テンションメーターはMAXに近い。
抑えなきゃ抑えなきゃ、また鼻血が出ちゃう。深呼吸、深呼吸。
目的地のバス停に着きバスから降りれば、目の前に大きな建物が。これがショッピングモール。この中に色んなお店があるんだ。
ショッピングモールの入り口前には大きな時計のオブジェがあって、二人の天使さんが時計を支えている。
天使さん元気かな。私は毎日が楽しく幸せです。天使さんもお仕事頑張ってください。と、心の中で念じてみた。
「あ、先輩達いたよ」
ショッピングモールの入り口で、先に来ていた一ノ瀬先輩と御子柴くん、それに千葉くんがいた。
「おはようございます。千葉くんも参加するんですね」
「一ノ瀬先輩に誘われたので。人混みはあまり好きではないんですが、交流は大事ですからね」
「新だけ誘わないのもなと思って誘った。生徒会のメンバーばかりだからな」
確かに、千葉くんだけ除け者の形になっちゃうもんね。
「あの、今日はよろしくお願いします」
軽く会釈して挨拶をする田中くんに、一ノ瀬先輩は笑顔で応える。
「よろしく。いつも愛花が世話になってるみたいで、ありがとう」
「いえ、そんな。俺が好きでやってる事なんで」
「田中には体育祭でやられたからな。来年は負けん」
「あれは俺だけの力じゃないから……」
むむ、来年はまた田中くんと御子柴くんの騎馬戦の闘いがみれるかも。生徒から好評だったし、来年の競技に入れたいよね。女の子の騎馬戦もみたいなって思ったけど、揉みくちゃにされそうだ……綱引きの時みたいに。
「おーい、お待たせ!」
手を振りながらこっちにやって来たのは、間宮先輩と榊先輩。そして間宮先輩の腕にしがみついている西嶋さん。これで全員が揃った。
間宮先輩の服装は、グレーのガーリーワンピースに白いリボンが付いたミュール。ワンピースのレースがすっごく可愛い!
「待った?」
「いや、今揃った所だ。どうする? すぐにアイスを食べに行くか?」
「えー、折角来たんだからさ、買い物付き合ってよ」
「……お前の買い物は長い上に荷物が嵩張るからな」
「荷物持ちよろしくね、和樹」
ため息を吐きながらも、しょうがないなと笑う一ノ瀬先輩。まるで本当の恋人同士のような二人を見て、胸が痛む。お似合いだよね。
「ホントお似合いだよね、あの二人」
「榊先輩」
同じ事を思った榊先輩が、おはようと挨拶してきた。男の子の服装はよくわかんないけど、カジュアルスタイルでセンス良さそう。モデルさんみたいだ。
「和樹は幼い頃からずっと桜子一筋だったからね。あの二人が早くくっついて欲しいよ、幼馴染みとしては」
小さい頃の一ノ瀬先輩……絶対に可愛いと思う! その頃からきっとモテモテだったに違いない。
「小さい頃の一ノ瀬先輩見てみたかったです。きっと可愛かったと思うので」
「そっちに反応するんだ。まぁ、綺麗な顔立ちはしてたけど」
一ノ瀬先輩の小さい頃の想像をしていると、脇腹の服を引っ張られる。
「ちょっとあんた、なによこの人数は? 聞いてないわよ! しかも男ばっかじゃない。この男好きのビッチ女!」
罵声と共に現れた西嶋さん。いつものツインテールの先っちょをクルクルンとカールさせ、薄ピンクの半袖のブラウスと真っ白のフリルスカート。それに合わせたピンクのロリータおでこ靴。
まるでアンティークのお人形さんみたいだ。
「か、可愛いぃ!」
「なに人の事ジロジロ見てんのよ、気持ち悪いわね」
「西嶋さん可愛いです」
「あんたに褒められても嬉しくともなんともないわよ! なにそのダッサイ鞄。趣味悪っ」
集まったメンバーにかなりご立腹だ。無理もないか。男性恐怖症だもんね。真由ちゃん達も誘えばよかった。
だけどどんなに怒られても、お人形さんコーデのせいで全然苦じゃない。寧ろ可愛い。ぷりぷり怒っていても可愛いから、にこにこしていると更に怒られる。
「こーら、鈴音。なにさっきから怒ってんのよ」
「だってぇ、この女が人の事ジロジロ見てきて気持ち悪いんですよー」
間宮先輩に、頭を軽くチョップされても嫌な顔する処か嬉しそう腕に絡み付き、甘えたような声で懐く。いいなぁ、間宮先輩。
「西嶋さんのファッションがすごく可愛いので、つい見ちゃいました」
「ふん、あんたセンス0だもんね。でもその趣味の悪い鞄はあんたにピッタリよ」
「本当ですか! これお気に入りなんです!」
「………」
大好きなウマウサちゃんのリュックが似合うと言ってもらえて、気分は上乗。苦虫を潰したかのような顔をした西嶋さんに、間宮先輩からの容赦のない攻撃が。
「り・ん・ね~。あんた口が悪いって何回言ったらわかるの?」
「いたーい! 先輩痛い!」
こめかみを拳でグリグリとし、痛みから西嶋さんは涙目に。
「さすが桜子の後輩。口の悪さもちゃんと受け継がれているねー」
「啓介!」
「いって!」
隣にいた榊先輩にハイキック。間宮先輩って、結構体育会系だ。
学校の間宮先輩は、おしとやかだけど親しい人には活発的な所も見せて、とにかく魅力的な人。今日一日一緒にいたら、もっと色んな間宮先輩の顔が見れるかもしれない。
「西嶋。男性恐怖症なのはわかるが、いつまでも怯えているだけじゃなく、少しずつ慣れていけ。男性恐怖症を克服する為に、共学に来たんだろう?」
「うぅ、好きで来た訳じゃ……」
一ノ瀬先輩の言葉に狼狽えながら、俯いては助けを求めるように間宮先輩を見つめる。そんな西嶋さんを宥めるように、優しく頭を撫で、
「聖琳に来たから私とも会えたんじゃん。これから色んな出会いがあるんだから、逃げずに待ってみたら?」
「待つ、ですか?」
「そ。先ずは相手の顔をしっかり見る事から始めなよ。今日此処にいる連中は、いい奴ばっかりだからさ」
「……あの女は嫌な奴です」
「りーんーねー」
再び間宮先輩が西嶋さんのこめかみをグリグリし出す。
いいなぁ、先輩と後輩っていう感じで。後輩の子と接する機会がないから、二人の関係に憧れちゃう。部活をすれば後輩が出来るよね。はやく部活決めなきゃ。あれ、でも後から入部するから私も後輩みたいなものになるのかな? でも年齢は私の方が上だし、上手になれば慕ってもらえるかもしれない。よし、頑張ろう。
「腹が減った」
御子柴くんのお腹の音に、目的のアイスを食べようとショッピングモールの入ろうとした。そう、したんだ。
自動ドアに近付く時、後ろから地鳴りのような足音が聞こえ、皆一成に振り向く。
「さっきネットの口コミで、『ダークヘブンズ』が此処でシークレットライブするんだって!」
「マジで!? イケメンばっかのロックバンドでしょ。しかも曲も歌もカッコいいからデビュー間違いなしって言われてる」
「早く早くっ、広場に行こうよ!」
目をギラつかせた女の子達は、目の前にいた私達が視野に映っていないのか、私達ごと自動ドアへと駆け込む。
「ちょっ、なにこれ!?」
「人混みに流されるな、手を繋げ!」
一ノ瀬先輩の声が遠ざかる。手を繋ごうにも、人混みの雪崩に流されるようにショッピングモールの中へと入った。そして中は、もっと酷い状態になっていた。
入り口の大きなホールの中心にステージがあって、そこを囲むように女の子達が群がる。中も人でいっぱいだ。押し潰されながらも、なんとか人混みの中から抜け出した私は、周りを見渡す。
「うわぁ……」
ショッピングモールは円乗の建物で、入り口の天井は吹き抜けになってたくさんのお店や人がいた。
「此処がショッピングモール。外から見るより、ずっと大きく感じるや。あっ、皆は?」
ショッピングモールの広さに驚きつつ、皆がいるか周りを見渡しても姿は見えず。どうやらはぐれてしまったらしい。
「なんてこったい……捜さなきゃ」
はぐれただけであってまだ迷子じゃないよ。人混みの中を捜そうとしても、中に入れず弾き出されてしまう。恐るべし女の子達。
どうしようかと困り果て、キョロキョロともう一度周りを見渡すと、エスカレーターが目に入る。
そうだ、エスカレーターで2階に上がって上から捜せば見つかるかも!
急いでエスカレーターに乗ろうとしたけど、初めてのエスカレーターに悪戦苦闘。
う、タイミングが難しい。
足を踏み出そうとしたらすぐに次の階段が現れて、なかなかエスカレーターに乗れない。手すりに掴まってなんとかエスカレーターに乗れたけど、今度は降りるのが怖い。徐々に階段が吸い込まれていき、上へと上がっていく。このままじゃ、私の足も吸い込まれちゃう!
「やぁっ!」
タイミングを見計らってジャンプ! なんとか降りられたけど、周りの目が痛い。他の人みたいにスムーズに降りられるようになりたいな。
2階から見下ろせばたくさんの人でごちゃごちゃしてて、皆が何処にいるかわからない。うー、愛花ちゃんは視力悪くないけど、こんなに人がいたら誰が誰だか……大声で叫んでみようか。そしたら気付いてくれるかも。
たくさん息を吸い込んで叫ぼうとした時、私の視界に素晴らしい物が!
「ウマウサちゃん!?」
2階の反対側にウマウサちゃんが歩いている。それも風船を持って。着ぐるみで中に人が入っているとわかっていても、興奮は止められない! 私のテンションメータは振り切った。だってウマウサちゃんが歩いているんだから!
「待ってウマウサちゃん! 私も風船欲しい!」
見失わないよう走って追い掛ける。ウマウサちゃんに会ったら握手してもらおう、後写真も。抱き付いたら怒るかな? ショッピングモール楽しい!
ウマウサちゃんに心奪われ、迷子へとまっしぐら。
次回はこの続きを田中君視点で書きます。初めての他者視点です。




