表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/80

 目が覚めれば見知らぬ天井……って、え。


 私は勢いよく起き上がって、周りを見渡して暫く固まった。

 見たことがない家具。てか、病室じゃない。誰かの部屋だ、女の子の。可愛いうさぎのぬいぐるみが並んで、可愛い小物がいっぱい。ああ、こんな部屋が欲しかった。

 ちょっと待て、私。


「………」


 自分の手を見る。白いけど骨と皮じゃない。爪が綺麗に手入れされてツルツルだ。点滴の痕もない。


「か、鏡っ」


 部屋にあった縦鏡を覗き込み、自分の顔と体を見た。


「う、うそぉぉ……」


 鏡の前にいたのは、真っ黒な長い髪と血色の良い顔。ガリガリに痩せた体じゃなく、出るところは出てる女の子らしい体つき。

 何度も何度も顔を触ってはくるくる回る。この体が今日から私の体。


「やったーー!!」


 嘘みたい嘘みたい! こんな健康そうで、しかも可愛い顔の女の子が私? 嘘、夢じゃないよね?

 思いっきり頬っぺたを引っ張ってみたら、すごく痛かった。うん……夢じゃない。ああ、痩せこけてないし青白くもない。変わっていく自分の顔を見るのが嫌で、鏡を見るのはいつ振りだろ? 何でもいいや、今日から私は健康なんだ!


「天使さんありがとー!!」


 嬉しさのあまり何度もジャンプしまくった。歳がらにもなくはしゃぎまくったのは仕方がないことだよね。本当に嬉しいんだもん、ジャンプのひとつやふたつ……ジャンプ?


「えー、私ジャンプ出来てる! すごい!!」


 まさかのジャンプ。しかもあんなに飛んだのに苦しくないなんて、すごすぎるー!

 ベットから起き上がるのにもひーひー言っていた私がジャンプ……あ、涙が。


「うるさいよ、愛花! 何なの朝から」

「え、ごめんなさい」


 反射的に謝ってしまうのが日本人。というよりこの人は誰? 部屋で大はしゃぎしていたらいきなり入ってきた謎のおばさん。は、わかった!


「貴女は私のお母さんですね!」

「何馬鹿なこと言ってんの。起きたんならさっさとご飯食べて。ちっとも片付かないんだから」


 謎のおばさんはぷりぷり怒りながら部屋から出て行った。

 なんてことだ、まさかお姉さんだったなんて。いくら歳が離れているからといっても、失礼にも程があるだろ。馬鹿馬鹿、私の馬鹿。後で謝ろう。

 ん? ご飯って言ったよね?


「ご飯が食べれる!」


 死ぬ間際の私は点滴のみで、ご飯が食べられなかった。病院食じゃない、一般家庭のご飯。ネットでしか見たことがなかったご飯。勿論食べますとも!


 部屋から出た私は辺りを見回して階段を下りる。癖だったからか、壁に寄り掛かりそーと、そーとゆっくり下りてしまう。

 階段を下りた先は玄関。何足かの靴が並んでいる。そういえば、この子の家族構成はどうなっているんだろう? というより、この子の情報は何にもわからない。うさぎ好きぐらいしか。

 ……あれ、不味い気がする。家族構成すらわからないなんて不味い。天使さんカムバーック!


 という私の悩みは、ご飯の匂いに掻き消されてしまいました。腹が減っては戦は出来ぬって、何処かの武将さんが言ったように、先ずは腹ごしらえだ。

 ジャンプに加えてスキップも出来た私の足取り軽く、リビングらしき扉を開けた。

 リビングは四人掛けの机とソファにテレビ。まさに普通の家庭のリビングだ。憧れのリビング。胸踊らせ足を踏み入れると、


「パジャマのままなんて恥ずかしい。いくらGWだからって怠けすぎよ、ほらご飯食べて」


 キッチンからお盆をもって現れたお姉さん。お味噌汁の良い匂いが私のお腹を刺激する。お腹が減るって幸せだ。食卓の上には玉子焼きや鮭の塩焼きなど、伝統的な日本の朝食が並んでいた。ああ、和食万歳。


「いただきます」

「えっ」


 食材と作ってくれたお姉さんに感謝を込めて、玉子焼きに箸を伸ばす。口に入れた途端、甘い玉子の味か広がり幸せが降り注ぐ。

 甘い、甘い玉子焼き! なんて美味しいんだろ。甘いものなんていつ振り?

 今度はお味噌汁を飲んでみた。ワカメと豆腐の伝統的なお味噌汁。美味しい、美味しいよ! 心も体もポカポカになる。これぞ家庭の味!


「あんた……何泣いてんの?」


 いつの間にか私の目からポタポタと涙が溢れていた。


「ご飯が、美味しくて……ありがとうお姉さん」

「はぁ!? 何気持ち悪いこと言ってんの。いつもはババアとしか呼ばないのに気持ち悪いわよ、あんた。何を企んでるんの?」

「いえ、本当に美味しくて。こんな美味しいご飯を作って食べさせてくれて、ありがとうございます」


 時計を見れば十時過ぎ。とっくに朝食の時間は過ぎているのにも関わらず、温かいお味噌汁。暖め直してくれたんだ。なんて優しい。これがお袋の味というやつですね。


「ご馳走さまでした」

「……」


 あー、美味しかった。こんな美味しいご飯がこれから毎日食べられるのかと思うと幸せ過ぎる。良いのかな、こんなに幸せで。罰が当たりそうだ。


「ふ、ふん。お世辞を言ってご機嫌を取ろうとしても無駄よ。手伝いのひとつもしないで、本当にどうしようもない子ね」


 お手伝い。それは幼少時代の憧れ。それは子供が成長していく中で、必ず通る道。

 ふ、通ってやろうじゃないのその道を。もう幼少とは呼べないけどね。やってみたいんだもん、お手伝いというものを。


「何かお手伝い出来ることはありますか?」

「はぁ!?」


 まるで恐ろしい物を見るかのように、眉をしかめ凝視してくるんだけど、何か可笑しなこと言ったかな?


「小遣いが欲しいの? それても買って欲しい物でもあるの?」

「いえ、欲しい物はありません。強いて言うならば労働がしたいです」


 今までのお世話される側だった私が、誰かのお役にたてるかも知れない。働かざる者食うべからず。こんな美味しいご飯を食べさせてくれたんだから、お手伝いをして役にたちたい、というかお手伝いがしたい。


「……そんなに言うんなら、玄関の掃き掃除でもして頂戴」

「喜んで!」

「その格好で外出ないでよ、みっともない!」


 ウキウキでリビングを出ようとしたら怒られました。確かにパジャマで掃除はないよね。早速着替えなきゃ。

 タンスの引き出しの中にはキラキラ、フリフリした洋服でいっぱい。可愛い! これ全部着て良いの? まさかこんな可愛い洋服が着れるなんて、この体の持ち主さんはお洒落さんだったんだ。やったね! あ、でもこのスカートはさすがに短すぎなんじゃ……しゃがんだらパンツ見えちゃうよ。て、パンツすっごく派手!

 タンスの隅っこにあったピンクのジャージ。よーし、掃除始めるぞ。長い髪は邪魔になるからひとつに纏めて、と。真っ白な可愛いドレッサーには、キラキラした小物がいっぱいで目移りしちゃう。お洒落は女の子の楽しみのひとつだよね。


 玄関に置かれた塵取りと箒。ふふん、私だって使い方ぐらい知ってるんだから。箒でゴミを集めて塵取りで取るんだよね。う、なんだこれ。結構難しいぞ。

 箒で集めたゴミを塵取りに入れようとしても、必ず少しゴミが残る。少しずらしては入れて、少しずらしては入れてと繰り返してたら、お尻が玄関のドアにぶつかった。

 玄関の掃除を頼まれたけど、外もした方が良いのかな? 外に出られると思うと胸の高鳴りが止められない。久しぶりの外。興奮気味で私はドアを開けた。


「うぎゃぁ、眩しいっ!!」


 お日様を直で見ちゃったせいで目が痛い! 自然の力がこれ程脅威的になるなんて知らなかった。あまりの眩しさに全然外が見られなかったじゃない。くぅ、リベンジ!

 今度は顔を上げないよう、ゆっくりドアを開ける。

 すると、頬に触れる微かな風やお日様の匂い。足下には小さな植木鉢が並んでいて、可愛いお花がたくさん咲いていた。お日様の光が暖かい。今なら私、光合成が出来ると思う! 生きてるって素晴らしい!


「はっ、掃除しなきゃ」


 もっとお日様の光を浴びようと手を掲げた時、視野に映ったのは箒と塵取り。しまった、私はお手伝いの最中だったんだ。あまりの感動に忘れてた。

 玄関のドア周りを掃除して、植木鉢の周りも掃いて腰が痛くなってきた頃、足下に私じゃない別の何かの影が覆い被さった。と同時に、背後に気配が。


「えっ?」


 振り向けば、私より頭一つ大きい色黒の男の人が立っていた。しかもものすごく不機嫌そうな顔で。誰?


「……」

「あ、あの」


 なんだろ。話しかけ辛い雰囲気が出ていて声が出ない。彼は眉をしかめ私を睨むと、何も言わずに家の中へと入っていった。

 まさかっ、兄弟? 一人っ子だった私に二人も兄弟が出来るなんて嬉しい。是非とも仲良くなって、兄弟皆でトランプなんかをしてみたい。ホームドラマなんかでよくある仲が良い兄弟って、憧れだったんだ。


 掃き掃除を終えて家の中に入ると、白いTシャツ姿になったあの彼に出会した。ガタイがよくて黒髪の短髪で色黒。見るからにスポーツマンって感じ。 彼は私と目が合うと又もや眉間に皺を寄せ、おもむろに舌打ちをしてリビングに入っていった。何か悪いことをしたんだろうか。

 ……まさか、彼は掃き掃除がしたかったんじゃ! だから彼の仕事を取り上げてしまった私に苛ついてたんだ。なんてことをしてしまったの私。謝ろう、これは謝らなきゃ。

 リビングのドアノブに手を触れた時、中から話し声が聞こえた。


「姉貴がなんか外でキメーことしてたけど、なんかあった?」

「それが自分からお手伝いしたい、なんて言い出して気持ち悪いのよ」

「うわ、キモ。ぜってー裏があるな」

「そうね。そうじゃなかったらあんなこと言う訳ないものね」


 おおっ、彼は私の弟さんだったのか。弟欲しかったんだ、可愛がってあげよう。ということは私は真ん中なのかな。お姉さんと弟がいるなんて楽しくなりそう。


「母さん腹減った。飯」


 あれー?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ