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テスト期間はあっという間に過ぎ、とうとうテスト本番。たっぷりの睡眠と朝御飯でお腹いっぱいです。
テストは2日間に掛けて行われ、結果が出るのは来週になるらしい。今の自分の力を出しきれるよう頑張ろう。
「あー緊張する」
「赤点だけは取りませんように」
テスト前にノートを読み直し、皆でどの辺りが出るかヤマをはったりしている。これがテスト前の緊張感。ぐふふ、学生生活を満喫中です。
「楽しそうだね篠塚さん」
「はい、ものすごく楽しみです」
「テストが楽しみとか言う奴、初めて見たわ」
斜め前の男の子に呆れられたような目で見られたけど気にしない。だって皆と一緒にテストを受けられるんだから、テンションが上がらずにはいられません。
「机の中に入ってる物は全部鞄に入れて廊下に置け」
先生の指示通りにした後は、出席番号順に座り緊張感が高まる。田中くんと離れてしまったのは残念だけど。
「始め」
合図と共にテストを捲り、いざ、勝負!
「……あー終わったー!」
最後のテストを終え、皆の表情が和らぎ安堵のため息が漏れる。
やりきった。全力を出せたよ。
「今回のテスト、結構良い点取れそうなんだよね」
「ああ、それは俺も思った」
一緒に図書室で勉強会をした人達が集まり、答えが合っているか話し合っていると、テストの出来に満足したような顔を見せる。
「やっぱりあのノートのおかげかも。ありがとね、篠塚さん」
「お役に立てて嬉しいです!」
期末テストもまた一緒に勉強会をしようねと約束して、テスト勉強から解放された皆は浮き足で帰っていく。
帰り際、田中くんに呼び止められ、日曜日の待ち合わせについて聞かれた。
「篠塚さん場所わかる? よかったら迎えに行くよ」
場所は検索すればわかるけど、正直迷子にならないとは言えない。田中くんが連れて行ってくれるなら心強いよね。日曜日の朝私のお家まで来てくれる事になったので、どんな服を着ようか考えながらスキップで帰った。
「待ち合わせの場所まではデートだよな」
「いや違うだろ」
「田中、お前って奴は……取り敢えずもう告っちまえよ」
「ははっ、その話には触れるな」
「田中の笑顔が怖ぇ」
「なにがあった」
クローゼットの前で着ていく服を並べ、鏡の前で悩む。
可愛いワンピースもいいけど、スポーティなパンツもいい。愛花ちゃんの服はどちらかといえば可愛いものかセクシーなものばかり。下着が見えそうなセクシーなのは、恥ずかしすぎて着れないよ。
「健康といえばスポーティかな」
短めのパンツにプリントTシャツ。うん、健康そう。これでポニーテールをしたら、誰が見てもスポーツ少女にしか見えないね。よし、これで行こう。鞄はずっと気になっていたこれっ!
「うふふふ、楽しみだなー」
土曜日の夜はなかなか寝付けず、ベッドの上でゴロゴロ転がっていた。
寝付けなかったのに、習慣のおかげで6時起き。習慣って大事だよね。
日課のラジオ体操を始め、時間があるのでストレッチも。最初に比べると随分柔らかくなってきた気がする。思うように体が動くのって、本当に楽しくて仕方がない。
カレンダーを見れば5月ももう終わり。私が愛花ちゃんになって1ヶ月かぁ……色々ありすぎてあっという間だったような。体育祭という、学生の一大イベントにも参加出来たし、生きててよかった。
「あら、いつもと感じが違うわね」
田中くんが来るのを待つ為にリビングに行くと、お母さんがフローリングの掃除をしていた。クルリとその場で回って、お母さんの感想を聞いてみる。
「どうでしょう?」
「……あんた『それ』持っていくの?」
「このリュックのことですか? 勿論です!」
「……そう」
何故か顔をひきつらせたお母さんに首を傾げつつ、ソファの上で田中くんからの連絡が来ないかそわそわして待つ。すると願いが通じたのか、スマホが震え慌てて電話に出た。
《もしもし、篠塚さん? 今篠塚さんの家の前にいるんだけど》
「今すぐ行きます!」
リビングを飛び出し、スニーカーを履こうとしたら靴紐が硬くなっていて足が入らない。持っていたスマホを置き、靴紐をほどいて履き直す。
うー、田中くんが待っていると思うと焦っちゃうよ。
「いってきまーす」
玄関のドアを開けると、お日様の光を浴びた田中くんが待っていた。日焼けした肌によく似合う、ロゴTシャツにジーンズ。爽やかです。
「おはよう。いい天気になってよかったね」
「はい! 今日はよろしくお願いします」
「よろし……え」
深くお辞儀をした私に驚いたような声をあげられ、田中くんを見上げれば、私の背中を凝視している。
「そのリュック……」
「これはウマウサちゃんのリュックです」
私の大好きなキャラクター、ウマウサちゃんの顔のリュック。最初はこれぬいぐるみだと思ってたんだよね。でも後でリュックだとわかって、是非このリュックでお出掛けがしたいと思ってた。
アイスを食べる為には、両手があいていた方がいいしね。
「可愛い、ね」
「お気に入りなんです!」
「まあ、篠塚さんがいいならいいか」
待ち合わせは、いつもの駅から電車で1時間半の所にある、大きなショッピングモール。そこに間宮先輩お勧めのアイス屋さんがあるんだって。
ショッピングモールなんて、色んなお店があって賑やかなんだろうな。電車に乗っていても走り出したくなっちゃう。
長いトンネル後、わくわくしていた私に更に追い討ちを掛けるような、とんでもないものが目に入った。
「う、うみぃぃぃっっ!!」
それは何処までも青く、お日様の光でキラキラと輝き、そのあまりの自然の美しさに感動で体が震えてしまう。
「海だ……海だ海だ海だ!」
「し、篠塚さん落ち着いて」
落ち着いていられるわけがない。だって海だよ? 全ての生物の源であり大いなる母。吸い込まれそうなぐらい綺麗な青い海。これは興奮するなって言う方が無理だよ! 今すぐ飛び込みたい! 砂浜を歩きたいぃぃっ!
「海に行きたいよぉ」
「なら俺と行く?」
電車の窓から食い入るように海を眺めていると、素晴らしい幻聴が聞こえた。
「連れていってくれるんですか? 海に入れますか?」
「泳ぎたいの? なら夏休みに行こうよ。その……二人で」
「行きます!」
「よしっ!」
田中くんが小さくガッツポーズ。私は心の中で万歳三唱。
やった、やった! 夏休みに海に行ける。海に触れるんだ。早く、早く来て夏休み! 今から待ち遠しすぎるぅ。
「あっ、篠塚さん血が……」
初めて見る海と、その海に行ける事に興奮し過ぎて鼻血が出てしまった。なんてこったい。
目的地に近く近付いていくうちに海は見えなくなってしまい、鼻にティッシュを積めて大人しく座る。周りからクスクスと笑う声が聞こえるけど気にしません。海が見れたんだ。それだけで今日来てよかったと思えます。
「大丈夫篠塚さん?」
まだ私の興奮は治まらなく、心配そうにしてくれる田中くんに申し訳ない。
「そういえば、篠塚さんは敬語で話すけど、同級生だしタメ語でいいよ?」
「口癖なんですよ。少しずつ直していきますね」
生前は大人しか周りにいなかったから、直そうと思ってもついつい敬語になってしまう。
「口癖?」
不思議そうに首を傾げる田中くんを余所に、まだ来ない夏休みを待ち焦がれていた。
はっ、愛花ちゃんは泳げるのかな? 泳げなかったら先ずは浮き輪からだね。
 




