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次の日の朝、学校の玄関で田中くんを見掛け、一緒にアイスを食べに行こうと誘ったらすごく嬉しそうに頷いてくれた。
「一ノ瀬先輩と榊先輩と間宮先輩に、後輩の女の子一人か……すごいメンバーだね」
「田中くんも一緒だともっと楽しくなると思います」
「はは、楽しみだね。行く日が決まったら教えて」
職員室に用事があるらしく玄関で田中くんと別れ、私はそのまま教室へと向う。すると、前方から女の子の黄色い声が響き、女の子の群れから輝かしいばかりの笑顔の榊先輩がやって来た。
うわ、眩しい。最近は慣れてあんまり思わなくなったけど、榊先輩ってイケメンだよね。笑顔がイケメン度を高めてる。サングラスが欲しい。
「おはよう愛花ちゃん。ちょっといい?」
人目を避けるように、3階の隅っこの廊下に連れて行かれた。
「桜子に聞いてオッケーもらったから。日取りは再来週の日曜日ね。テストを頑張ったご褒美ってことで」
「俄然やる気が出ますね!」
田中くんを誘えた事を話すと、キラキラ輝いていた笑顔からあの魔王さんみたいな笑顔に変わる。
「田中君って良い奴だよね」
「はい! とっても優しくて良い人です」
田中くんが褒められたことが嬉しくて喜んでいると、榊先輩が顔を近付け、
「田中にしなよ」
「え?」
「どんなに想っても報われない恋愛より、愛花ちゃんを想ってくれる人との恋愛の方が楽しいよ、きっと」
「それって……」
「そこでなにをしている」
どういう意味だろう? と思った時、背後から聞き覚えのある低音ボイスが。
「御子柴くん」
ドスンドスンと聞こえるような足音で傍まで来て、眉間に皺を寄せ見下ろされる。は、迫力がありすぎるよ御子柴くん。
「あれー、どうして此処がわかったの? 偶然じゃないよね?」
「お前は目立つ。女子達が篠塚を連れたお前が此処に向かっていたと言っていたからな」
「それで此処に? 暇人だねー」
笑顔の榊先輩と不機嫌な御子柴くんに挟まれて、ものすごく居心地が悪い。
「なんの話をしていた」
「健人には関係ないでしょ」
「篠塚」
「は、はぃぃっ」
肩を掴まれ凄まれる。力が入ってて痛いしなにより……怖い怖い、怖いよ! 昨日絡まれた人より怖いよ!
「再来週の日曜日に皆でアイスを食べに行くんです!」
「皆?」
「間宮先輩と西嶋さん。それに一ノ瀬先輩と榊先輩と田中くんの皆でです」
そう言うと、御子柴くんは肩を掴んだまま榊先輩を睨みつける。怖がる様子もなく、榊先輩は肩をすくめ笑う。
「ただのお出掛けの話だよ。テストが終わったら皆でアイスを食べましょっていうね」
「なにを考えている」
「なにも」
どんなに御子柴くんが睨んで威嚇しても、榊先輩は表情を変えず微笑んだまま。どっちも怖いよ!
暫く無言の睨み合いが続き、御子柴くんは深いため息をつく。
「わかった。俺も行こう」
「はぁ!? なんで健人が来るの? 関係ないでしょ」
「ただのお出掛けなんだろ? それとも、俺が付いて言ったら困るのか?」
今まで表情を変えなかった榊先輩が嫌そうに顔を歪め、今度は御子柴くんがにやりと笑う。仲があまり良くないのかな、この二人。
ところで、そろそろ肩から手を離して欲しい。肩が凝っている訳じゃないから痛いんですけど。
「随分と肩入れしてるね。なに? 気に入っちゃったの?」
「お前はやり過ぎる時がある。後で後悔するのはお前だ」
「俺の心配してくれんの? 優しいよね健人は。でもさ、それは余計なお世話だよ」
ポケットに入れていた手を出し目を細めると、榊先輩の纏う空気が変わった。なんだか張り積めたような緊張感が漂う。
「……篠塚、下がっていろ」
榊先輩の空気が変わったのを感じ取り、御子柴くんは私を背中の後ろに隠す。昨日の榊先輩みたいだ。
「あの、喧嘩は……」
「健人はさぁ、どっちの味方なわけ?」
「俺はどちらの味方にもならない。ただ、傷付かなくていい奴が泣くのは……もう見たくないだけだ」
なにかを思い出したのか、悔しそうに、それでいて悲しげな表情を見せる。
「後悔してんのは健人でしょ。俺は後悔しない。彼奴が笑うなら俺は……」
どうしてだろう。御子柴くんよりもずっと、榊先輩が悲しそうで苦しそうで……私まで胸が苦しくなっていく。
だけどすぐにいつもの笑顔に戻った。
「なんてね。なに真剣な顔してんの健人。いいんじゃない来れば。人数が多い方が楽しいしね」
ケラケラと笑い、再びポケットに手を入れる。さっきまでの張り積めたような空気も悲しそうな表情もなく、まるで笑顔の仮面を付けたような笑い。
知ってるその笑顔。その笑顔は、あの時の私と同じ……
『ごめんね××。健康な体に産んであげられなくて』
『辛くなんかないよ。私は幸せだよ。お母さんの子供に生まれてよかった』
生まれてきてよかったのは本当。でも薬の副作用もリハビリも辛かった。それでも私は笑顔でいたのは、お母さんに泣いている所を見せたくなかったから。
泣かないで。私もっと頑張るから。健康な体になるよう、手術頑張るから。だから、だからっーーー
『―――――――!』
「愛花ちゃん?」
「え……?」
気付いたら榊先輩の手を握っていた。
「大丈夫だよ」
「は?」
「泣いてもいいんだよ」
泣かないで欲しい。でも無理して笑わないで。泣きたいなら泣けばいい。でもその後はめいいっぱい笑って。
あの時、誰にも見つからないようこっそり泣いた私のようにならないで欲しいから、だから知りたい。どうして榊先輩はそんなに辛そうなの?
「……意味わかんない」
掴んでいた手を振り払われ、自分の頭をわしゃわしゃと掻く。
「興醒め。好きにしたら」
そう言って私や御子柴くんを通りすぎ、視界から消えた。
嫌な思いさせたかな。いきなり泣いてもいいよ、なんて言われたらビックリするよね。でも言わずにはいられなかったんだもん。
「怒らせちゃいましたかね」
「いや……戸惑ったんだろうな」
「え?」
榊先輩が去っていった方向を見つめる御子柴くんの目には、また深い悲しみがあるみたいで。私が簡単に入っていったりしちゃいけない気がして、榊先輩の事は聞けなかった。
「それにしても、さっきの二人は喧嘩しちゃうんじゃないかって、ドキドキしちゃいました」
「ああ、榊と喧嘩になったら俺もタダじゃすまないだろうな」
「やっぱり榊先輩強いんですか!?」
柔道部の御子柴くんが簡単に勝てないぐらい、榊先輩は強いんだ。だから、昨日の人は逃げていったのかも。
「強いな。小学生の時に空手教室で榊と一ノ瀬に出会ったんだが、榊の格闘センスは別格だった」
「御子柴くんも幼馴染みだったんですか!?」
「学校は別々で、空手を習っていた期間も短かったからそれほど長い付き合いじゃないな。最初は彼奴ら、俺の事を歳上だと勘違いして敬語だったしな」
当時の事を思い出しのか、御子柴くんが喉を鳴らして笑う。
そっか、だから御子柴くんは一ノ瀬先輩達の事を呼び捨てだったんだ。昔出会った人と同じ学校で同じ生徒会なんて、不思議な縁だね。ちょっと羨ましい。
「……榊は、器用そうに見えて不器用な奴だ。なんでも抱えてしまう所があって、無茶もする。もし彼奴が篠塚になにかしたらすぐに言え」
真剣な眼でジッと見つめられ、心臓が高鳴った。
「俺が守る」
息を呑んだ。スカートを握り締め、絞り出すようにありがとうと言えば、優しく頭を撫でてくれる。
「もうすぐ鐘が鳴る。教室に急ぐぞ」
撫でた後に暖かく微笑まれ、教室の方へ足を向ける。私は黙ったまま御子柴くんの後を付いていくしかなかった。
だって、だってあんな笑顔をされたらなにも言えないよ!
カッコいい人の笑顔は破壊力が半端ないから直視したらダメだと思った。
「泣いてもいいんだよ、か。桜子には男なら泣くなって言われたな……変な子」
今回短くてすみません。榊は榊なりに色々思う所があり、御子柴は書いていてとても頼もしいです。
次回はテストです。
今回と同じ短さなら明日か明後日辺りに更新出来る予定。
読んで下さる皆様。本当にありがとうございます。黒川は幸せ者です。
感想のお返事が出来ずに申し訳ありません。1つ1つ読ませて頂いてとても励みになります。これからも頑張りますので、宜しくお願いします。




