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 それから暫く沈黙したまま、重い空気が流れる。

 愛花ちゃんだけが悪かったんじゃない。友達だと思ってた人に裏切られたなんて、どんなに悲しかっただろう。泣いちゃダメだ。泣きたいのは愛花ちゃんなんだから。


「その事は一ノ瀬や榊、間宮先輩にも言った。榊は疑っていたが、二人は信じてくれた。どうも一ノ瀬達にも思う所があったらしい」

「……そうだったんですか」


 一ノ瀬先輩達は信じてくれたんだ。それはきっと、愛花ちゃんの救いになってたはず。


「その後、篠塚は彼奴らと離れ孤立した。寄ってくる連中が信用出来なかったんだろう。それは仕方ないがな」


 仕方ない。でも辛いよ独りぼっちは。


「篠塚に濡れ衣を着せたのは、あの4人組だけじゃなかった。二・三年の先輩も篠塚を使って間宮先輩に嫌がらせをしていたらしく、その中には男子生徒もいたらしい」


 まさに敵だらけ。そんな酷い環境の中にいたんじゃ、自殺したくもなるのかもしれない。

 てっきり一ノ瀬先輩の事で自殺をしてしまったのかと思っていたけど、違うのかもしれない。


「その事を知った篠塚の逆襲は、恐ろしいの一言だった」

「え」

「あの4人組のテストの答案をコピーし、生徒玄関に貼っただけじゃなく、親にまでわざわざ届けたらしい。赤点の物だけを」

「うわ……」


 自分の赤点のテストを皆見られたら恥ずかしくて学校に来れないよ。しかも両親にまで。


「それだけじゃない。彼女達のロッカーの鍵穴を詰まらせたり、下校時間に背中に悪戯書きをした紙を貼り、翌日顔を赤くさせるほど怒らせたりと、小さな嫌がらせを毎日やっていたらしい。ただ、物を盗んだり暴力を振るうような事は一切しなかった」


 いくら逆襲とはいっても、同じ事をやり返さなかったのは、良いことなのかもしれない。あれ、良いことなのかな? よくわかんなくなってきた。

 でも毎日そんな事をするなんて、愛花ちゃんの執念は本当にすごいと思う。


「あれは食堂での話なんだが。篠塚に濡れ衣を着せていた男子生徒が食事をしていた時の事だ。篠塚が席を代われと言い出した。当然男子生徒は拒否をしたが、篠塚は笑って言った」

『あんた、私に逆らえると思ってんの? いいのよ私は? あんたがやってきた事を大声でこの場所にいる人達に教えてあげても』


 それは脅迫ですよ、愛花ちゃん。


「あの時の篠塚の笑顔は極悪人にしか見えなかったな」


 なんだろう。さっきまで悲しかった気持ちだったのに、居たたまれない気まずいこの感じ。


「男子生徒は何も言えず、黙って席を譲った。その時の勝ち誇った篠塚の顔は……ふ、まあ面白かったな。それから何度もやり返した篠塚を、他の生徒はこう呼ぶようになった。【3倍返しの篠塚】と」


 その場面を思い出した御子柴くんは、喉を鳴らして笑っている。私はというと、引きつっているだけで笑えない。

 きっと愛花ちゃんは負けず嫌いなんだろうな。だけどそんな事ばかりしていたら、ますます周りの人から嫌われちゃうんじゃ。


「先輩達も黙ってはいなかった。何かが起きてもおかしくないぐらい、先輩達と篠塚との関係は最悪だったからな」


 その『何か』を聞いて寒気がした。もしかして愛花ちゃんは先輩達に追い詰められて……

 悪い方にばかり考えてしまう。生唾を呑んで、御子柴くんの話を聞く。


「そんな時だ。一ノ瀬が間宮先輩を好きだと周囲に伝えたのは。間宮先輩に対して嫌がらせをするのなら、徹底的に調べると言ったんだ」


 間宮先輩を助ける為に。胸が少し痛む。一番の被害者は間宮先輩なのだから、助けるのは当たり前だけど、だけど愛花ちゃんだって被害者なんじゃないかな。やり返してるけど。

 どうして一ノ瀬先輩は、濡れ衣の事を知った時に助けてくれなかったんだろう。


「それからすぐに嫌がらせはなくなったんだが……」


 御子柴くんの表情が曇る。


「以前に榊が教えただろう。間宮先輩が階段から突き落とされた事件だ」


 そういえば、榊先輩に一ノ瀬先輩は間宮先輩が好きなのに、どうして私と付き合っているのかを聞いた事があった。

 今は別れて貰ったけど、その謎は残ったまま。榊先輩が言うには、一ノ瀬先輩を脅して付き合っていたと聞いたけど、御子柴くんの話を聞く限りあまり信じられない。

 確かに愛花ちゃんは、仕返しとして嫌がらせや脅迫じみたことをしていたけれど、それは愛花ちゃんに濡れ衣を着せていたからだ。それに暴力を振るったりしなかったのに、階段から突き落とすなんて……


 その時、私の脳裏に過ったのは


『欲しかった洋服を買って貰えなかっただけで、母さんを突き落としただろうが』


 悠哉くんが言った言葉。それは濡れ衣や間違いなんかじゃなく真実。そうだ、愛花ちゃんはお母さんを突き落とした事があったんだ。もしかして本当に愛花ちゃんは……?


「犯人は未だ見つかっていない。目撃者もいなければ、間宮先輩も見ていないと言っていたからな。ただ、その後すぐに一ノ瀬は篠塚と付き合った。それで周りは思ったんだろう、篠塚が脅して一ノ瀬と付き合っていると」


 私は俯いたままスカートを握り締めた。

 だって何も言えないよ。情報が足りなくて、推定も否定も出来ない。


「何度も一ノ瀬に問いただしたが、頑なに口を閉ざしたままこの話は終わった。篠塚への周りの風当たりは強くはなかったが、一ノ瀬の傍にいる事で面立った嫌がらせはなくなり、校内の空気は穏やかになっていったんだ」


 愛花ちゃんは辛くなかったんだろうか。例え大好きな一ノ瀬先輩と付き合える事になったとしても、友達も親しい人も作らず周りから嫌われ、孤独だったはず。

 それに、一ノ瀬先輩の本当に好きな人は間宮先輩で、愛花ちゃんじゃないのに傍にいるなんて辛すぎるよ。それでも、それでも傍にいたいと思えるぐらい、愛花ちゃんは一ノ瀬先輩が好きだったんだろうか。


「一ノ瀬だけではなく、篠塚にも直接聞いた。お前はそれでいいのかと」

『好きな人と付き合えるんだから当然でしょ。私をその辺にいる、顔だけでキャーキャー騒ぐようなバカ女と一緒にしないで。和樹を私の物に出来るんなら、どんな事を言われようが関係ないわ。中途半端に弄んでいるあのクソ女より、私の方がずっと和樹に相応しいのよ!』

「……何も言えなかった。篠塚の想いと叫びは何処か危うく感じたが、それだけ真剣なんだと感じたからだ」


 私は、私はそこまで一ノ瀬先輩を好きだと言えるのかな? 確かに一ノ瀬先輩といると胸がドキドキして、顔を見るだけで嬉しいし、話せると跳び跳ねたくなっちゃう。一ノ瀬先輩の為に役に立ちたいと思うけど、私の想いはきっと愛花ちゃんに及ばない。それぐらい、愛花ちゃんの一ノ瀬先輩への想いは強い。


「俺が知っているのは此処までだ。後は一ノ瀬に直接聞くといい。俺達には教えなかった事も、篠塚には言えると思うからな」

「教えてくれてありがとうございます」


 全ての鍵は、一ノ瀬先輩が握っている。



 牛丼屋さんから出ると、御子柴くんがお家まで送ってくれると言ってくれたけど、御子柴くんのお家は学校の近くらしいので電車に乗る必要がない。わざわざ2回も往復させるなんて事をさせたくないので、駅まで送ってもらうだけにしてもらった。

 道中、体育祭の事やテストの話をして会話は弾んだけど、私の胸の内はモヤモヤしたものが消えず苦しくて……

 そんな私に気付いた御子柴くんが、駅の近くにあるパン屋さんのお勧めパンをくれた。うん、いい匂い。御子柴くんが優しくて涙がちょっとだけ出ちゃった。


 駅で別れた私は、電車に揺られながらぼんやりと外の景色を眺める。

 御子柴くんから教えてもらった事は驚く事ばかりで、自然とため息が出てしまう。どうして、なんでと、私が考えても仕方ない事だとしても考えずにはいられない。病室という狭い世界の中にいた私には、あまりにも複雑な人間模様に付いていけずにいた。

 足取りが重く、ゆっくり歩いているとお家の前に誰かが立っている。お客さんかな? この時間はまだお母さんも帰っていないし、悠哉くんも部活があるから遅くなっているのかも。という事は、もしかして誰かが帰ってくるのを待っているんじゃ。

 慌てて駆け寄ると、お家の前にいたのはなんと、


「あ、篠塚さん」

「田中くん!?」


 私服姿の田中くんだった。


「え、どうして?」

「はい、これ。俺の鞄の中に篠塚さんのノートが紛れていたんだ。ごめんね」


 それでわざわざ届けに来てくれたんだ。明日でも構わないのにと思ったら、今日の授業内容を纏めて、明日提出しなきゃいけないノートだった。だから届けに来てくれたんだ、優しいな田中くん。


「なんだか元気がないみたいだけど大丈夫?」

「え……」


 そんなにわかりやすいかな私。心配そうに見つめる田中くんに、なんて説明すればいいかわからず困ったように笑う。


「俺じゃ頼りにならないかもしれないけど、篠塚さんが悲しい顔をしてるのは見たくないんだ」


 ギュッと胸が痛んだ。辛いとか苦しいとかじゃなくて、田中くんの優しさが嬉しいから。こんな風に心配してくれる人が傍にいてくれるのが本当に嬉しい。愛花ちゃんにもそういう人がいてくれたら……そう思ったらまた涙が出そうになってしまった。


「え、篠塚さん?」


 目が潤んでしまった私に驚いて慌て出す田中くんは、ちょっとおかしかった。

 もし、田中くんと最初に出会った時に周りの人達のように距離を置かれていたらどうなっていたんだろう。田中くんのおかげでクラスの皆と話せるようになったのは嬉しいけれど、何より毎日田中くんと話せるのが嬉しい。

 一ノ瀬先輩の事は好き。今でも一ノ瀬先輩の事を考えると顔が熱くなる。だけど、田中くんや真由ちゃん達に嫌われてでも一緒にいたいとは思えない。

 田中くんが、西嶋さんのように私に敵意を向けてきたら私は……


「うっ……っ」

「え、え、本当にどうしたの篠塚さん!? 俺なんかひどい事言った?」


 溢れ出した涙は止まらず、我慢をしていなかったら声をあげて泣いてたに違いない。考えただけで怖かった。田中くんや真由ちゃん達に嫌われるのが。


「……です」

「え?」

「田中くんに……嫌われるのが怖いです。真由ちゃんや佳奈ちゃんに、絶交されたら嫌です」

「喧嘩でもしたの?」


 違う、そうじゃないよ。

 首を振って否定した。泣きじゃくりながら話しても上手く伝わらず、尚更田中くんを困らせているんだと思うと、ますます悲しくなってきた。誰か止めてこの涙。


「……なにがあったのか知らないけど、俺が篠塚さんを嫌いになる事なんて絶対にないよ」


 暫く泣いていた私を慰めるように、田中くんはいつもより柔らかい感じで話してくれる。


「例え学校の皆が篠塚さんを嫌おうと、俺は篠塚さんの味方だよ。だから安心して」

「……どうしてっ」


 そこまでしてくれるんだろう。いくら記憶喪失となっているとしても、私の味方をしたら皆から疎まれちゃうんじゃ。


「だって俺は……」


 言いにくそうに、けれど何かを決意したような顔つきで私を真っ直ぐ見つめる。


「だって俺は篠塚さんが……」


 涙を拭っていた手を掴まれ、さっきよりずっと近くにある田中くんの顔。一瞬呼吸が出来なかった。あまりにも真剣な表情だったから。

 私も目を逸らさず真っ直ぐ見つめ、あんなに溢れていた涙は止まっていた。


「俺は篠塚さんの事がっ!」


 その時、急に私の肩が後ろに引っ張られた。


「テメー何してやがる!」


 肩を掴んだのは、コンビニ袋を持ったTシャツ姿の悠哉くんだった。





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