21
真由ちゃんと佳奈ちゃんと一緒にお弁当を食べる事になった私は、約束の場所へと急いだ。友達とお弁当を食べれるなんて、夢の学校ライフ。
「愛花」
浮き足だった私を止めたのは、4人組の女の子達。誰? 体操服に書かれていた学年が同じ事から、多分愛花ちゃんの知り合い。下の名前で呼ぶぐらいだから、親しかったのかな。
「えっと……」
「あ、そっか。記憶喪失なんだもんね。1年の時に同じクラスで仲良かったんだよ私ら」
おお、彼女達が田中くんが言っていた、昔愛花ちゃんと友達だった子達だったんだ。
「よかったらお昼一緒に食べない? どうせ1人でしょ」
「ごめんなさい。友達と一緒に食べる約束をしてるので」
折角誘ってくれたけど、真由ちゃん達と食べたい。例え愛花ちゃんと仲が良かったとしても、今の私の友達は真由ちゃん達なのだ。そのうち彼女達とも仲良くなれならいいな。
「友達? あんたにそんなの出来る訳ないでしょ」
「嘘つくならもっとマシな言い訳考えなよ。どうせ生徒会の人達と食べるんでしょ。友達なんだから、私達も一緒に付いて行ってあげる」
腕を強く掴まれ引っ張られそうになり、慌てて否定した。
「本当に友達と食べるんです。生徒会の皆さんは友達と食べるそうで、役員テントには誰もいませんよ?」
これは本当だ。生徒会の人達が役員テントで食べると他の子達が寄って来て、テントの中がぐちゃぐちゃになるのを防ぐ為らしい。大事な紙とかなくなったりしたら大変だもんね。
「……つかえな」
「だったらさー、生徒会の話を聞かせてよ。仲良くなったんでしょ?」
「本当にごめんなさい。約束があるし、真由ちゃん達と食べたいので」
「なにそれ。私達とは食べたくないってこと?」
どうしてそうなるんだろうか? 嫌だなんて一言も言っていないのに。
何度言ってもわかってもらえず、困り果てた私に救いの手を差し伸べてくれたのは、
「篠塚。どうした」
お弁当を4つ抱えた御子柴くんだった。え、それ全部食べるの?
「御子柴君じゃーん。久しぶり!」
声のトーンが上がり、掴まれていた手が放され御子柴くんの周りに駆け寄る。手首にうっすらと赤い痕が……地味に痛い。
「……誰だ?」
「なっ、やだ冗談でしょ? 一年の時同じクラスだったじゃん」
という事は、愛花ちゃんとも同じクラスだったという事。
「悪いが覚えていない。篠塚、瀬田がお前を捜していたぞ。早く行ってやれ」
「う、うん。ありがとう御子柴くん」
御子柴くんのおかげで抜け出せた。御子柴くんに感謝しつつ、真由ちゃんの下へと向かう。随分待たせちゃったから急がなきゃ。
「おそーい、こっちこっち」
約束の中庭まで行くと、真由ちゃんが手を振っていた。
「ごめんね、待たせちゃって」
「まだまだ時間はあるし気にしないで。さ、お弁当食べよう」
ベンチに並んでお弁当を広げようとした時、真由ちゃんが私の手首に手形の痕が付いてるのを見つけ驚く。
「なにこれ!? 誰にやられたの?」
「実は……」
誤魔化すことも出来ず、さっきあった出来事を話すと真由ちゃんの顔が怖くなっていく。
「そいつらうざっ。昔の愛花にも友達ぐらいいただろうけど、ちょっと嫌な感じだね」
「御子柴君が通り掛かってくれてよかったね、愛花ちゃん。手首が痛かったら、冷やした方がいいんじゃない?」
「大丈夫です。それよりお弁当が食べたいです」
きゅー、という間の抜けた音が私のお腹から聞こえてきた。お腹はもう限界なのです。
「はは、走ったからお腹空いたもんね。先ずは腹ごしらえからしようか。話しはその後」
膝の上にお弁当を置いて蓋を開けたら、声にもならない叫びを上げた。
「―――――っ!?」
「どうしたのって、うわ……ぐちゃぐちゃになってる。落としたりしたの?」
勢いよく首を左右に動かした。
お弁当が、お母さんが作ってくれたお弁当がっ! なんでこんなぐちゃぐちゃに……
「まるでこの世の終わりみたいな顔だね……」
「あたしのおにぎり食べる?」
半泣きになりながら遠慮した。そのおにぎりは、真由ちゃんのお母さんが真由ちゃんの為に作ってくれたものだから。
どうしてお弁当の中身がこんな状態になってしまったのか考える。落とした覚えなんかない。大切に持っていたはず。いったいどうして……
「あ……あーーー!」
思い出した! 今朝の電車の時だ! 突き飛ばされた時に、鞄がクッションになってくれたあの時しかない。あの時にお弁当の中身がぐちゃぐちゃになったんだ。
ああ……折角お母さんが作ってくれたのに。
「愛花、なにがあったか話してくんない?」
ポタポタと涙を溢す私の頭を撫でながら、心配そうに顔を覗き込んでくる。今朝あった事を涙ぐみながら話すと、盛大なため息をつかれた。
「なんていうかさ、愛花の今後がすごく心配だわ」
「えっ?」
「前の愛花はちょっと近寄りがたいっていうか、口が悪かったり態度がデカかったりで、女子から敬遠されがちだったんだよ。でも気の強さからか、表向きなイジメとかはなかったと思う」
「やったら3倍返しされるっていう噂もあったぐらいだしね」
おふ。愛花ちゃん強いな。その強さを見習わなきゃいないかも。だけど今後が心配って、どういう意味なんだろう?
「近寄りがたかった愛花が、今ではすっごく親しみやすいから、変な事を考えてる女子が近寄ってくるかもね」
「変な事?」
「生徒会の人と仲良くなりたいっていうやつ」
「ああ、いるかもねそれは。人気あるから」
そういえば、さっきの女の子達も生徒会の人達とご飯を食べたがっていた気がする。私にじゃなく、直接本人に言えばいいのに。
「後は、前の愛花に恨みを持った子からの嫌がらせとか」
「それにはもう慣れました」
今朝の事とか西嶋さんの事とかを思い出す。悪口とかはあんまり気にならないと思うけど、愛花ちゃんの体に傷が付くのはやだなぁ。気を付けなくちゃ。
「でもお母さんのお弁当が守ってくれたんだね」
「え」
「愛花ちゃんが怪我をしないよう、お母さんのお弁当が守ってくれたんだと思うよ」
佳奈ちゃんの言葉に、感動で胸が震えた。
そうか、守ってくれたんだお母さんが。ありがとう、お母さん。
「いただきます!」
例えぐちゃぐちゃになっていようと、お母さんが作ってくれたお弁当。残さず食べます。
「美味しい! 甘い卵焼き大好き。真由ちゃん達は、生徒会の人達と仲良くなりたいとは思わないんですか?」
クラスの子の何人かは、生徒会の話を聞きに来るけど、二人からは聞かない。
「確かにカッコいいけど、私は先輩一筋だから」
「男は顔じゃなくて筋肉」
マッチョ好きなんだ真由ちゃん。御子柴くんみたいな人かな?
それから競技の話をしたり、佳奈ちゃんの恋バナを聞いたりと盛り上がった。普通のお昼休みにも、こうやって食べられたらいいな。
「しっかし、ちょっとこれは放っておけないわ。後で田中に教えとこ」
「田中って?」
「愛花にベタ惚れの男」
「なにそれ聞いてない。詳しく!」
目を輝かせた佳奈ちゃんと、難しそうな顔をした真由ちゃんが話し込んでいる中、私は形の崩れたパンダのおにぎりを見て感動していた。
お弁当を食べ終え、真由ちゃん達と別れた後は役員テントへ。午後の競技の方が、なかなかハードなんだよね。
午後の競技の最初は三年生の応援団。はっきり言おう。これはちょっと異常だと思う。
グラウンドの中心にいる3組の応援団。我先に写真を撮ろうと、各クラスのテントの前でスマホやカメラを構える姿。これは絶対普通じゃない。警備員が必要だったんじゃ。
途中結果の順位順に応援のエールが始まる。私は見れなかった。何故なら、熱狂と興奮の女の子達の壁に遮られていたからだ。
仕方ないので、一ノ瀬先輩の出番までの間休憩し、出番になった時椅子の上に立って後ろの方から見た。
「カッコいい……」
あちらこちらからシャッター音が響く。黒い学ラン姿の一ノ瀬先輩。掛け声と共に空手の型のような動きをし、いつもより何倍もカッコよく見える。終わった後も、耳と脳裏に一ノ瀬先輩の姿と声が残り、暫くの間余韻に放っていた。
ごめんね、榊先輩。応援するって言ったのに見てなかったよ。榊先輩と同じ赤組の間宮先輩のチアがすごく綺麗だったと、クラスの男の子が騒いでいて、見逃した事を後悔した。
応援団の後は一年生の障害物で、その後は二年生の綱引き。私が出る競技だ。
「怪我だけには気を付けろよ」
担任の須藤先生が黄組の旗を持ち、綱の場所まで誘導する。相手は佳奈ちゃんがいる赤組だ。
腰を屈め綱を握り、ピストルの合図と共に引っ張る!
「ふぎぃぃぃっ」
力の限り引っ張り少しずつ後退していき、もう一度ピストルが鳴り終了。赤組に勝ったんだ。
「やった! 勝ちましたよ!」
「おう、勝ったな。ただ問題は……」
「次の青組だ」
「百獣の王と象並みの連中がいるからな」
「百獣の王?」
いったいどんな人なのかと思い、皆の視線の先を見ると、青組の中に御子柴くんとガタイのいい男の子達がいた。真由ちゃんが見たら喜びそうって、真由ちゃんは青組だ。
「……なるほど」
50M走の御子柴くんを思い出し苦笑い。あれはすごかったな。
赤組と交代した青組の中に、百獣の王こと御子柴くんは、獲物を狩るような獣の目をしている。ひぃ、食べられる! 直感でそう思った。
「いちについて……」
先生が腕を高く上げ、綱を踏んでいた足を退けピストルを打つ。
「せーのっ、て、えっ!?」
ピストルの合図と共に引っ張ろうとした。そう、したんだよ。だけど引っ張る前に体が前に引っ張られ、
「えっ、えっ、えぇぇぇっ!?」
《凄まじいパワーだ! 青組、副会長御子柴を筆頭に、超重量級運動部の野郎共が後方でものすごいパワーを見せつける。圧巻の強さだぁぁ!》
私の前と後ろにいた女の子に挟まれる形で、前へと引き摺られた。あまりに勢いよく引っ張られた為、綱から手を放してしまい、私はもみくちゃにされる。私だけじゃなく、他にも何人かの女の子達が引き摺られて挟まれて、ひどい砂埃がたった。
「よぉおおおしっ!!」
ピストルが鳴り、御子柴くんの雄叫びを始め、青組が喜びの声を上げた。その声を聞きながら呆然とする黄組。あっという間に終わってしまった。
「バケモンかよ……」
「重量級の体育会系が多いからな、今年の青組は」
怪我をした人が何人もいて、救護班が駆け付ける。
「大丈夫、篠塚さん!」
砂埃で服を汚した田中くんが、心配そうに駆け寄って来てくれた。よかった。見た感じ、田中くんには怪我はないみたい。
「膝も肘も血が出てるじゃないか! 救護班の数が足りない。救護テントに運ぶから掴まって」
返事を待たずに、田中くんは私を抱き抱え走る。これって【お姫様だっこ】というやつなんじゃ。田中くんの焦った顔を下から見上げる。
「…………」
「痛い? 少し我慢してね」
服を強く掴み頷く。田中くんの心音が早くなり、私もドキドキしてくる。何故か顔が見れなくなってしまい、視線をずらすと、田中くんの耳が赤くなっていた。
私が手当てを受けている間、青組と赤組の綱引きが始まった。結果は同じ。赤組も黄組のように引き摺られてしまい、綱引きは青組の勝利で幕を閉じた。
「大丈夫か愛花?」
役員テントに戻った私に、一ノ瀬先輩が怪我を見て眉を潜める。両膝と両肘に擦り傷。左腕は特に酷く、肘から手首にかけて擦り傷の痕が。愛花ちゃんの体に傷を付けてしまった。なんてこったい。
「痛むか?」
「ジンジンする所はありますが、平気です」
傷口に触れないよう手首を持たれ、ちょっと恥ずかしい。椅子に座らせられ、休むように言われた。
「あのバカ力。少しは手加減しろ」
「手加減はダメです。これは真剣勝負なので」
そう、これは真剣勝負なのだ。御子柴くん達の怪力に完敗してしまったけど、これはこれで良い思い出です。
困ったような呆れたような顔で笑い、頭を撫でプログラムを見る一ノ瀬先輩。応援団の学ラン姿だった一ノ瀬先輩を思い出す。
「学ランカッコよかったです」
「ありがとう。啓介の白い学ランも注目の的だったな」
榊先輩白い学ランだったんだ。見てないから知らない。
「……俺は驚いたよ」
「え?」
机を挟んで対面するように座り、ジッと見つめてくる。一ノ瀬先輩とこんな風に近くに座るの初めてかも。
「学校楽しいか?」
「? 楽しいですよ。授業を受けられるし友達もいるし、毎日が最高に楽しいです」
「悠哉とも仲良くやってるようだな。借り物競争には驚いた」
「そうなんです! 怒られることもいっぱいありますが、悠哉くんはとっても優しいんですよ。今日だって助けてくれるし」
楽しそうに目を細めて聞いてくれるから、悠哉くんの事だけじゃなく、お母さんや真由ちゃん佳奈ちゃんの事も話した。その度に笑ったり呆れられたりして、とても楽しかった。
「隣の席の田中くんが、またとっても優しくって。さっきも怪我した私を運んでくれたんですよ。田中くんがいたから、今のクラスの皆と話せるようになってきた気がします」
「……そうか」
優しく微笑んで、ツインテールの片方を触りだす。なんだろう……こそばゆい。顔が赤くなっていくのがわかる。
「なーにやってんの?」
「啓介」
「騎馬戦の準備しなきゃならないんじゃない? 早く行きなよ」
「ああ、もうそんな時間か。愛花、あまり無茶をするなよ」
頭をポンポンされ、テントを出ていた一ノ瀬先輩の代わりに、榊先輩が同じ椅子に座った。なんだか機嫌が悪そう。
「ちょっと目を放したらこれだ。記憶がなくなっても、ビッチは治らなかったみたいだね」
「ビッチ?」
「どんな事をしても、和樹が好きなのは桜子だよ」
何を今更。そんな事は最初から知ってるし、間宮先輩も一ノ瀬先輩の事が好きなのもわかってる。二人は両想い。
ズキリと胸が痛む。わかっていたとしても、一ノ瀬先輩を好きな気持ちは消えなくて、泣きそうになるのを必死に堪えて笑う。
「早くお二人が添い遂げられたらいいですね」
「…………はぁ」
机にうつ伏してため息をつく榊先輩。どうかしたのかな?
「やりにくい。俺が罪悪感持ってどうすんだよ。そういえば、怪我大丈夫なの?」
「そんなに痛くはないんですけど、傷物になってしまいました」
「その言い方はどうかと思うよ」
愛花ちゃんのお母さんとお父さんから貰った大事な体。傷が付かないよう気を付けようと、決めたばかりなのに。落ち込んでいると、次の競技の放送が流れ立ち上がる。
《さあ、次は二年生の騎馬戦。男同士の熱い闘いが今始まる!》
田中くんが騎馬戦に出るはず。応援しなきゃ。よく見えるよう前の席に移動し、わくわくしながら見守る。
荒々しい音楽が流れ、3人の馬に乗った田中くんらしき人物を発見。遠くてよくわからないけど。
「うーん、誰が誰だかわかんないよ」
「健人はわかるけどねー」
大きな男の子達の騎馬に乗った御子柴くんは、とても大きくて見つけやすい。青色のゼッケンを付けているから、御子柴くんが大将みたい。
「ま、健人の一人勝ちだろうけどね」
「そんな事はありません。皆だって一生懸命練習してきたんです」
体育の授業でたくさん練習したもん。皆頑張って!
祈るように手を組み、開始のホラ貝の音が鳴る。これは本物のホラ貝じゃなく、録音された物だと知ってがっかりした。ホラ貝吹いてみたかったな。
青組を気にしてか、赤組と黄組が連携を取り、青組の鉢巻きを取りに掛かる。数に圧され、徐々に青組の騎馬が減らされていくと、とうとう御子柴くんが動き出した。
《きたーーっ! 黒き獣がついに動く! 近くにいた赤組と黄組の鉢巻きを奪い取り薙ぎ倒す、正に百獣の王!! その通り名は伊達じゃないぞ!》
誰もが御子柴くんの一人勝ちだと思った。目の前の獲物に集中していた御子柴くんの背後に、静かに忍び寄る影。味方の騎馬の背中に足を乗せ、後ろから御子柴くんの鉢巻きを奪い取る。
御子柴くんが気付いた時には遅く、振り向いて手を払い除けようとした時には、鉢巻きを奪ったままその男の子は騎馬から落ちた。
《な、なんとっ! 背後から百獣の王の鉢巻きを奪う、命知らずな奴がいたー! 鉢巻きを奪われ、青組此処で敗北!!》
テントから歓声の声が上がる。あの御子柴くんの鉢巻きを奪うなんてすごいよ!
《奪ったのはいったい誰だ!?》
落馬してしまったので、その男の子も陣地に戻る。御子柴くんの鉢巻きを奪ったのは……
「田中くん!」
砂埃に汚れてしまった田中くんが、嬉しそうに笑って陣地に戻っていく。
田中くんが御子柴くんに勝ったんだ。すごいすごい! 興奮して拍手喝采してしまった。
「へぇー、健人に勝つ奴がいるなんてね。やるなーあいつ」
「はい! 田中くんはすごいです!」
未だに拍手し続ける私に気付いた田中くんが、軽く手を振ってくれた。応えるように私も手を大きく振る。
「ふーん、田中……ね」




