19
目覚めたら4時でした。わくわくし過ぎだよ私!
もう一度寝ようとしても寝付けなく、寝るのを諦め朝の勉強をすることにした。朝に勉強した方が頭に入りやすいと聞くからね。
真剣に勉強をしていると、目覚ましが鳴りリビングへと向かう。階段を下りると朝御飯のいい匂いが。つられて鳴ってしまうお腹は今日も元気がいいです。
「おはようございます」
「おはよう。今日は頑張ってね」
朝食の横にピンク色のお弁当袋があった。もしかしてこれは!
「あの、これっ」
「お弁当よ。水筒はいる?」
「欲しいです! ありがとうございます」
うわぁ……お母さんのお弁当だ。憧れのお弁当がついに私の手に!
お弁当の包みを落としたり斜めにならないよう、慎重に鞄に入れていると、悠哉くんが起きてきた。寝癖ではねてる髪が可愛い。
「おはようございます悠哉くん。今日は絶好の体育祭日和ですよ」
「あー……体育祭だっけ」
「私の勇姿を是非見に来てくださいね」
「行かねーよ」
寝起きのせいか声が低い。欠伸をしながら冷蔵庫の麦茶に手を伸ばしている。残念、悠哉くんが来てくれたらやる気がますます出るのに。
しょんぼりしてる私に気を使ってくれたお母さんが、
「ごめんね愛花。仕事がなかったら見に行くんだけど」
「いいえ、お仕事は大事ですから。それに私にはお母さんのお弁当があるので、元気100倍なのです」
体育祭といえば、敷物の上で家族とお弁当を食べるものだと思ってた。だけど大きくなると、家族は見に来ないんだって。真由ちゃんや佳奈ちゃんに聞いたら来ないって言ってたし。子供だけの限定だったんだ。残念だなぁ……
でも私にはお母さんの手作りお弁当があるんだもん。悲しい顔しちゃダメダメ!
「お家に帰ったら、体育祭の事聞いてくださいね。たくさん活躍してきます!」
「転んで怪我するだけなんじゃね」
「悠哉!」
ふふん。転んだ時の対処法は編み出しているんだから。転んだ瞬間、手を前に付けば派手には転ばないはず。手が出せなかった時は、前に倒れるんじゃなく横に転がれば膝を怪我しない。
「完璧です!」
「なに考えてるか知らねーけど、周りに迷惑掛けんなよ」
悠哉くんが私を心配してくれているぅぅっ! 朝から感動で涙が出そうだ。少しずつ打ち解けているような気がして、このままだとブラコンになっちゃうかも。
「一生懸命戦ってきます。では、いって参ります」
「テメーは戦場にでも行く気かよ」
戦場? ある意味間違ってない。これから汗水流す青春の闘いが始まるのだから!
お母さん達に挨拶をして、ウキウキで学校に向かった。
「本当に楽しみなのね。行きたかったわ……色々心配だから」
「…………」
体操服登校だから動きやすい。電車には私と同じように体操服の人達がいて、楽しそうに話してる。何やらデジカメのチェックをしているみたい。
「絶対に一ノ瀬先輩の勇姿を撮らなきゃ。騎馬戦と棒倒しに出るんだもん。一生の宝物だよ」
「御子柴くんの走る姿、絶対にカッコいいよね。あの低音ボイスで名前を呼ばれたら腰が砕けちゃう」
「新君の競技も見なくちゃ。変装して走るんだって。王子の衣装とか新撰組の服とか!」
「なにそれ絶対見たい!」
「しかも中には、メイドとか着ぐるみもあるんだってー!」
「「絶対可愛いー」」
同感です!
知らなかった。千葉くんが変装するなんて。私も写真撮らなきゃ! 着ぐるみを着た千葉くん……希望はうまうさちゃんです。
「でも一番見たいのは榊先輩だよねー」
「いつもチャラい感じの榊先輩が、一生懸命走ってる姿なんて滅多に見れないもんね」
ふむふむ、一番人気は榊先輩ですか。応援してねと言ってくれたので、全力で応援しますよ。高校最後の体育祭だし、生徒会の仕事は出来る限り引き受けて、一ノ瀬先輩と榊先輩には体育祭を満喫してもらおう。
「あ、篠塚だ」
目を閉じて考えていたら、さっきまで盛り上がっていた女の子達が私を見つけた。
どうしよう。このまま寝たふりをするべきか、おはようと挨拶するべきか。折角見つけてくれたんだし、此処は挨拶をしよう。挨拶は基本だよね。
「ホントだ。あいつマジムカつく」
「生徒会の人達に色目使ってさー。一ノ瀬先輩を脅して生徒会に入るぐらいだもん、性格マジクソだよ」
お、おふ。起きるに起きれない。気まずくてこのまま寝たふりを続けるしかなく、女の子達の怒りの呟きを聞くしかなかった。
「一ノ瀬先輩の優しい所につけ込んで、彼女にまでなるなんてホントうざい」
「それも脅してでしょ? だって一ノ瀬先輩は間宮先輩が好きなんだから」
「間宮先輩に嫌がらせをして、それを止めて欲しかったら付き合えとかありえないよね? そこまでして彼女になりたいのかっつーの」
「誰もあの女が一ノ瀬先輩の彼女だなんて認めてないって。一人で浮かれてるだけでしょ」
「それってピエロじゃん! ウケるー」
うぅ……結構グサグサくるな。もう彼女じゃないし、一ノ瀬先輩には間宮先輩と添い遂げて欲しいけど、こんなにあからさまに言われるとは思わなかった。
でもあの女の子達は一ノ瀬先輩に嫌な思いをして欲しくないだけで、そう思うのも無理ないよね。これからは嫌な思いをさせませんからね、と心の中で思っていると、
「でもさー、間宮先輩も間宮先輩だよね。あれだけ一ノ瀬先輩に好意持たれてるのに、なんの反応も見せないで傍にいるんだもん」
「言えてる。幼馴染みかなんだか知らないけど、一ノ瀬先輩を振り回してるよね」
あれ、間宮先輩の話になってる。振り回してるかどうかはわからないけど、間宮先輩は一ノ瀬先輩の事が好きなんだと思うけどな。じゃなきゃ、何回失敗してもめげずに料理を練習しようと思わない。一ノ瀬先輩に美味しいって言ってもらいたいからだ。
「キープにでもしておきたいんじゃない? 一ノ瀬先輩以上にいい男がいたらそっちに行くとかさ」
「うわ、悪女。もしそうだとしたら間宮先輩の性格最悪じゃん」
「美人は性格が悪いって言うもんねー」
あはは、と笑ながら下車する駅に着き、電車を下りる。
なんだろう、この気持ち。お腹の底から沸々と沸き上がる『なにか』が抑えられない。
追い掛けるように電車を下り、女の子達の姿を目に捉えると、大きな声で呼び止めた。
「待って!」
「え?」
女の子達だけじゃなく、他の人達も足を止める。殆んどが同じ学校の人ばかりで申し訳ない。でも、どうしても我慢出来なかったんだもん。
「間宮先輩は悪女なんかじゃない! 優しくてしっかりしてて凛とした素敵な先輩なんです。さっきの言葉、訂正してください!」
これは怒りなのかもしれない。自分の事は悪く言われても構わないけど、私を心配してくれたり西嶋さんから庇ってくれた間宮先輩が悪く言われるのは嫌だった。
「なにこいつ……」
「盗み聞きとかサイテー」
「私の事は悪く言ってもいいです。だけど間宮先輩の事は悪く言わないでください」
「なにそれ、偽善? て言うかさ、あんたが間宮先輩を庇うとかキモいんですけど。なに企んでんのよ」
3人の女の子達に囲まれ睨まれてちょっと怖い。だけど、間宮先輩だって西嶋さんから守ってくれたんだ。私だって間宮先輩を守りたい。
「なにも企んでなんかいません。間宮先輩は本当に優しい人なんです」
「その間宮先輩を苛めてたお前が言うなってのっ」
肩を強く押され尻餅をつく。受け身も取れなかったけど、幸い鞄がクッション代わりになってそれほど痛くはなかった。見上げれば、眉を潜め冷たい眼で見下ろされる。
「記憶喪失とか聞いたけどさ、あんたがやってきた事は消えないのよ。私ら批判する前に、自分がしてきた事を謝りなさいよ!」
「だいたい私らが間宮先輩の悪口を言ってた証拠なんてないんだしー? 言い掛かりはやめてよね」
「うわ……女子の喧嘩はこえー」
同じ学校の男の子が顔を歪めて見ていた。その子だけじゃなく、何人もの人が私達を見てヒソヒソ話してる。それに気付いた女の子達が気まずそうに後退り、
「言っとくけどね、間宮先輩だってあんたの事嫌ってるんだからね」
そう言ってホームを走り去り、残された私は訂正してもらえなかった事に悔しさでいっぱいだった。
そして、最後に言われた言葉が胸に刺さる。
『間宮先輩だってあんたの事嫌ってるんだからね』
嫌われても仕方がないけど、でも本当にそうだったら悲しい。記憶喪失の私に気を使っていただけかもしれない。
……だけど、へこたれるもんか!
「嫌われてるんだったら、仲良くなれるよう頑張ればいいもんね」
嫌われてて当たり前。なら、そこからどう変わるかは私次第なんだ。友達も出来た、悠哉くんとも少しずつ仲良くなってる……気がする。だから間宮先輩とだって仲良くなれるはず! 頑張るぞー!
学校の校門には、体育祭の看板がかけられていて、一気に興奮の熱が上がる。
とうとう体育祭の日が来たんだ。うー、わくわくする!
教室で先生から簡単な話と、怪我をしないようにと注意され、校庭へと向かう。皆は自分達の席に待機して、私は荷物だけを置いて役員会のテントへと走った。
「おはようございます! 絶好の体育祭日和ですね」
「おはよー、蒸し暑くてバテそうだよ」
「おはようございます。バテても構いませんから働いてください」
椅子に座り団扇で扇ぐ榊先輩。その周りで忙しそうに働く千葉くん。テントの奥では、先生と一ノ瀬先輩と御子柴くんが話し合いをしている。挨拶は後にして、私は自分の仕事に取り掛かった。
開会式で一ノ瀬先輩が宣誓をしてる姿に、私だけじゃなく他の女の子も見惚れていた。先生の長い話も終わり、いよいよ競技開始だ。
「うー、わくわくする! 早く私の出番来ないかな」
「篠塚さん張り切り過ぎ」
「興奮しまくって鼻血出すなよー」
「鼻血が出ても走ります!」
「マジでやりそうでこえーよ……」
鼻血は鼻にティッシュを詰めれば止まるから、それぐらいで走るのを諦めたりしません。
最初は一年生の50Mで次に二年生の50Mだ。これに田中くんが出るから応援しなきゃ。
「田中くん頑張ってくださいね!」
「うん、頑張るよ」
「篠塚、俺も出るから応援しろよー」
「勿論です! 全力で応援させて頂きます」
名前がわかりませんが、クラスの皆全員応援する気満々です。
「…………」
「あ、いや程々でいいぞ?」
「……田中の笑顔が怖い」
順番で皆が走っていく。最初は女の子から、次に男の子の出番。その中に一際目立つ人がいた。御子柴くんだ。背が高いからわかりやすいよね。
「御子柴くん頑張れー」
「いや御子柴は敵だからな」
はっ、そうだった。御子柴くんとは色が違うんだ。応援したいけど出来ないなんて……心の中で応援しとこう。
「そんなの気にしないって。応援したい人を応援しなきゃ。あんただって間宮先輩目当てなんじゃないの?」
「ち、ちげーよっ。俺は安立先輩が……あっ」
ふむふむ、安立先輩も人気があるのか。和風美人さんだもんね。そんな話をしているうちに、御子柴くんの出番がきた。もうその走りと言ったら……
「……獣か」
「目付きが全然違います」
野生の猛獣のようなオーラを纏い、他の人を寄せ付けない圧倒的な走り。え、これオリンピック? タイムはわからないけどすごく速かった気が。
「一緒に走ってた奴らが可哀想だな。お、次田中だ」
スタートラインに立っている田中くん。ピストルの音と共に走る。すると一年生の女の子が声援を上げた。
「田中せんぱーい頑張ってー」
「田中って後輩に人気あるよな」
「田中くん! 頑張って!」
私も負けじと声援を送った。50Mはあっという間に終わってしまい、田中くんはなんと1位でゴール! 隣のテントの一年生が嬉しそうに喜んでいる。
そっか……田中くんは一年生に人気なんだ。うん、優しいから人気あってもおかしくないよ。うん、だからモテても仕方ないんだ。
仕方ないなんて失礼だよ。田中くんがモテてるのは当たり前じゃん。だから、だから、
「どうしたの篠塚さん?」
「え?」
「なんかすごい顔してたよ? 目が据わってるていうか、不機嫌な顔してた」
んん? 嫌な事なんかないのに、どうしてそんな顔をしていたんだろう?
50Mが終わり、戻ってきた皆に激励を言い合う。水分補給をする田中くんにお疲れさまと言うと、ありがとうと返してくれた。
「篠塚さんの声聞こえたよ。おかげで1位になれた」
「少しでもお力になれて嬉しいです」
田中くんと話していると三年生の50Mが始まり、一ノ瀬先輩の順番になるとすごかった。なにがって、女の子達の声援がね。まるでコンサート会場のアイドルを応援してるかのように、女の子達の目が違う。
走り出した一ノ瀬先輩の姿は誰よりも輝いていて、胸がキュンと締め付けられ、声が出ず応援する事が出来なかった。ゴールした時の一ノ瀬先輩の笑顔がずっと頭の中に残っていて……はぁ、カッコよかった。
余韻に浸っているうちに、一年生の借り物競争が始まった。借り物競争って確かなにかあったような?
そうだ! 西嶋さんと賭けをしてたんだった! 西嶋さんの順位次第で私はアイスを食べられないかもしれないんだ。勿論、目指すは1位だけどね。
《さあさあ、次の種目は一年生の借り物競争! 一年生が借りる物はいったいなんなのか。足の速さだけじゃく、運も必要だぞ》
放送席で盛り上げているのは、確か放送部の部長さん。何回か委員会の集まりで話した事があったけど、とっても明るくて話してると元気が貰える先輩だ。
《第1走者が走る! 手にした紙を見て雄叫びを上げた。いったいなにが書かれていたー?》
最初に走り出した女の子が、嬉しそうに役員会のテントへと走る。そしてそこから連れ出したのは一ノ瀬先輩だった。
「な、なにあれ。ありなの?」
《どうやら紙に書かれていたのは『カッコいい人』だったようだ。これは納得。物だけじゃない、人もオッケーなこの借り物競争! 面白くなってきたぞー!》
「マジで!? やった、私が拾う紙に風紀委員の人って書いてありますように!」
「担任来い担任来い」
物だけじゃなく、人と一緒に走ったりして、借り物競争は盛り上がっていく。梯子を持ったりチョークを取りに教室まで走ったり、音楽の先生をおんぶしてゴールした人もいた。定年間近の先生を、全力で走らせる訳にはいかないもんね。
そして西嶋さんは赤組の旗を持って2位。西嶋さんに勝つには1位しかない。俄然燃えてきたー!
「ふん、どう? これで私が勝ったも同然ね」
競技が終わり、西嶋さんは勝ち誇ったような顔で私のいるテントまでやって来た。それはもう、すごく嬉しそうに。
「見てました。西嶋さん足速いんですね」
「当然よ。間宮先輩とお出掛け出来るんだから、あんたなんかに負けられないわ」
「私も負けません!」
次々と競争が進み、午前中の競技も中盤になり、とうとう二年生の借り物競争が始まった。私と一緒に走る人は皆運動が出来そうな感じ。順番が進むにつれて心臓の音が早くなっていく。
落ち着け、落ち着け。深呼吸深呼吸。手のひらに人の文字を書いて飲み込めば緊張が解れるって聞いた。けど、どうやって飲むの!? 手なんて飲めないよ!?
そんな事をしているうちに私の前の人達が走り出し、次に走る私がスタートラインに立つ。
すごい……緊張で足が震えちゃう。私、体育祭の競争に出れてるんだ。皆と同じように、学校の行事に参加出来てる。
嬉しくて涙が出そうになるのを堪えていると、私の前で走っていた人達が全員ゴールし、とうとう私の出番。
「愛花ちゃーん、頑張ってねー」
「愛花頑張れ」
「篠塚さん、ファイト!」
私を応援してくれる声が聞こえる。ゆっくり息を吐く。カッコ悪い所は見せられない。応援してくれる人の為にも、黄組が勝つ為にも、私は私が出来る精一杯の走りをしよう。そう思ったら震えが止まった。
「位置について、よーい」
ピストルの音と共に走り出す。音にビックリして出遅れちゃった。見る見る離されていくけれど、立ち止まるのは同じ場所。まだ負けてない!
落ちてる紙を拾い中を見るとそこには、
『好きな人』
「えええぇぇっ!?」
《おおっと、いきなりの悲鳴だ。いったい紙になんと書かれていたのか。ん? あの子は確か……記憶喪失で話題の篠塚愛花ちゃんじゃないか? 気の強そうな印象だったが、この間話してみたら意外と天然だった記憶があるぞ。さあさあ、彼女が借りるのはいったいなんだー?》
話題になっているのか。いや、今はそんな事を気にしている場合じゃない。どうしよう、好きな人なんて選べないよ!
一ノ瀬先輩は好きだけど絶対に行けない。迷惑掛けるし、他の女の子に嫌な思いをさせちゃうもんね。友達として好きなら真由ちゃんや佳奈ちゃんだけど、どっちかなんて絶対に選べない。田中くんも大切な友達だけど、好きな人として来てって言ったら迷惑かもしれない。どうしよう……
私が悩んでいるうちに、他の子達が借りに走っていく。私だけがそこに残されたまま。その時、困り果てた私の目にありえない人が映った。
「え……うそっ」
なんで此処に? そう思ったけど、今はそんな事どうでもいい。これは運命だよ。そこにいるはずのない人目掛けて、私は全力で走った。
「悠哉くーーーーん!!」
人に紛れるように此方を見ていたのは、私の大好きな大好きな弟、悠哉くんがいた。
 




