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「あれ?」
此処は何処?周りを見渡しても白、白、白。真っ白な場所。おかしい、確か私は病室にいたはずなのに。というか、
「私死んだんじゃ?」
息苦しくて辛くてもうだめだって思ったのに、私の体は動いている。痩せこけた真っ白な手。うん、私の体だ。でも今はあの苦しさもなく、普通に動かせる。どういうこと?
「そうだよー、君はさっき死んじゃったんだ」
「えっ、誰!?」
呆けていた私の頭上に三頭身で背中に羽の生えた男の子が。まさか天使? すっごく可愛い! 抱きしめてもはもはしたい!!
「僕は人からは天使と呼ばれてる存在。僕は人の魂をあの世と呼ばれる場所に送り届けるのが仕事なんだ」
「死神さんのような感じですね」
「あんなのと一緒にするな」
おふ。ドスの効いた声と鋭い睨みは、さっきまので天使さんとは違う天使さんに見える。
しかし人の魂をあの世に連れていくのが仕事なら、私は今から連れていかれるんだろうか?
「えーと、ではあの世までよろしくお願いいたします」
「それが無理なんだよね」
「え」
お世話になるのだから頭を下げてお願いすると、ため息混じりで断られた。なんで。
「魂を乗せる方舟は、決められた人数しか乗せられない。ようは定員オーバー。予定外の人が死んじゃって君は連れて行けないんだ」
「え……じゃあ私はどうなるの?」
「魂の追加を申請して迎えにこれるまで待ってるしかないね。ただ、この空間は数時間しか保てないから下界で待ってるしかないんだ」
なかなか事務的なんだ天使の仕事って。でも待てよ? 下界で待ってるしかないってことは、この状態で待っていなきゃならないんだよね。えっ、てことは病院の外の世界が見れるってことじゃ……
ということは、街を見て回れるってこと!? 本や画面でしか見たことがなかったファッション街。綺麗な景色。海や山の大自然。あー見たい見たい見たい見たい!
「喜んで待ちます!」
「ただその間は護ってあげられないから、悪霊どもに狙われるけどね」
「え……」
あ、悪霊…?
そんなの本当にいるんだ。でも天使さんがいるんだから悪霊がいてもおかしくはないのかも。病院にいた時はそんなの1回も見たことなかったな。
「悪霊に捕まるとどうなるんですか?」
「悪霊になる」
「あー……」
寝たきり生活だった私が見つかって逃げきれるとは思えない。かと言って、生の街を見て好奇心を押さえきれるとも思えない。悪霊になるんて絶対にいやだし、どうしよう。
「……別の道もあるよ」
「別の道?」
困り果てていた私に、天使さんがそれはもう輝かしいばかりの微笑みを向けてきた。後光が眩しいっ! そして可愛い!
「予定外の人が死んじゃったって言ったでしょ? その子はねー君と同じ女の子で同じ歳。そして同じ時間に死んだんだよ。死因は自殺」
自殺!? なんて勿体ない。
「そこで君に相談なんだけど。この子体、欲しくない?」
「え」
「国籍、性別、年齢、死んだ時刻。これら全て同じであれば、魂を移せるんだよ。つまり、君はその子の体でその子の人生を歩める、てわけ」
その人の人生を歩める。まさか……いやいや、期待しちゃだめだ。いや、でも。
「聞いていいですか?」
「なに?」
「その人は歩けますか?」
「え、歩けるけど」
「もしかしてじゃなくても、走っちゃうことも出来ちゃったり?」
「え、走れるんじゃない? 体は健康だから」
健康! なんて良い響き!
ずっとずっと憧れだった、階段を駆け上がることが出来るなんて! ああ、もしかしてこれは雑巾かげなんかも出来るんじゃっ。長い廊下を颯爽と雑巾で駆け抜ける……やりたい、やりたい、やりたーい!
「お願いいたします!」
「ただし。この子は周りからバッシングを受けていてね。学校の生徒や先生だけじゃなく、家族にも疎まれている。当然友達もいない。それでもこの子の人生が欲しい?」
「勿論です! 例え殺人鬼で一生牢獄の中で暮らさなければならなくても、例え無人島で一人ぼっちであろうと、健康な体であれば言うことないです!」
「……あ、そ」
そうよ。望んでも無理だった健康な体が貰えるんなら、例え周りから嫌われても構わない。人間健康ならなんでも出来る!
あれ、天使さんの目から哀れみを感じる。なぜ?
「あと、君の知ってる人に出会っても他人の振りをすること。間違っても自分の名前を言ったり、このことを話したりしたら地獄行きにするから」
おふ。天使さんの目が本気だ。これはもう私の両親のことは忘れろということだよね。それはかなり寂しいけど、元々両親とは殆ど会えなかったし我慢出来る。大学病院に行かなきゃ先生達にも会わないだろうから、ボロが出ることもないと思う。
「わかりました。私は今までのことを封印します」
「じゃあ了承、てことでいいね。目を瞑って。これから君をその子の体の中に送るから」
「はい。天使さん、本当にありがとうございます。私の願いを叶えてくれて」
「え」
天使さんの手が私の額にかざすと、暖かい光が私の体を包む。
ずっとずっと願っていた。丈夫な体になりますように、健康になりますようにって。だから、
「ありがとう天使さん」
眩い光に導かれるように、私は再び意識を無くす。今度は怖くないよ。だって、目覚めたら私は健康な体になっているんだから!
「よし、これで報告書も申請書も書かなくていいし、上司の嫌みをぐちぐち聞かなくて済む上に、一つの魂を救ったんだから評価上がるだろうね。あー助かった、単純な子で。身体の持ち主は糞みたいな性格で救いようがなかったからねー。これから大変だろうけど、うまい話には裏があるってね。頑張ってねー」