表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/80

16

「これでよし」


 制服に着替えて前髪を1つに結ぶ。うん、視界が明るい。

 朝食を食べている時にテレビでお弁当特集をしていた。可愛いキャラ弁や彩り豊かなお弁当。あんなお弁当だったら、食べるのが勿体ないよ。早く来い来い、体育祭。

 玄関で悠哉くんが私の顔を凝視していたので、ニコニコしていたら何故かデコピンをされた。

 自転車に乗って悠哉くんは学校に行ってしまったけど、自転車置き場にはもう1台赤い自転車がある。お母さんのなのかな? それとも愛花ちゃんのなのかな?

 自転車に乗ってみたい。チリンチリンとベルを鳴らして、木漏れ日の並木道を走ったら絶対に気持ちいいはず。今度聞いてみよう。


 電車に乗って外の景色を眺める。学校に行くまでの間に神社があったり、大きな市立図書館があったりと行きたい場所がいっぱいあって、何回見ても飽きない。

 電車を下り改札口を出た時、なにか足に当たった。足下にキラリと光ったそれは、


「う、うまうさちゃん!」


 愛花ちゃんが大好きだった、うまうさちゃんのキーホルダーが付いた鍵。しかも、うまうさちゃんが肉まん食べてる!

 うまうさちゃんとは、兎が馬の被り物をした可愛いキャラクター。珍しいうまうさちゃんだと、食べ物を食べてたりしている物もあるんだよね。

 この拾った鍵には、うまうさちゃんが肉まんを食べてる、ちょっと珍しいタイプのキーホルダー。見れてラッキー! プレミア物だと、うまうさちゃんが色んな事をしている物もあるんだって。絶対見たい。


「落とし物だよね。駅員さんに届けておこう」


 お家の鍵みたいだし、なくなった事を知ったらきっと困るはず。改札口にいた駅員さんに渡し、学校へと向かった。


 学校近くの歩道で田中くんの友達を見掛け、挨拶をしようと近付くと、


「やっぱりB組の内村さんだよな」


 ん? B組の内村さんって、佳奈ちゃんのことかな? 確か真由ちゃんと同じB組だって言ってた。


「少し動いただけで揺れ動くあの弾力」

「女子の胸は大きいに限る。あの豊満な胸に顔を埋めてー」

「胸は男のロマンだよなー」

 胸は男のロマン。どういう意味だろう? 小さな胸より大きな胸の方がロマンでいっぱいっていうこと? 男の子の夢がこの胸の中に……

 自分の胸に手を当ててみる。佳奈ちゃんみたいに大きくない私の胸は、男の子の夢が詰まっていない。なんか悲しい。


「おはよう、篠塚さん」

「あ、田中くん。おはようございます」

「今日の髪型可愛いね」


 後ろを振り向いたら田中くんがいた。髪型を褒められちゃった。

 いつもサッカーの朝練習をしているみたいで、日に日に小麦色になっていく。健康的でいいよね、小麦肌。今日は練習はなかったのかな。


「どうしたの?」


 胸に手を当てたままだった私を不思議に思ったみたい。

 田中くんも胸が大きな子にロマンを感じるのだろうか。うーん、なんか悔しいような、胸がムカムカするような。


「篠塚さん?」

「田中くんも胸が大きな子がいいですか?」

「はぁあ!?」


 あれ、小麦色の肌が見る見る真っ赤に。


「なっ、なっ」

「おー、聡。どうした? そんなに顔を赤くさせて」


 田中くんの驚いた声に気付き、前にいた田中くんの友達がやって来た。友達が声を掛けたことに気付かず、田中くんは顔を赤くさせたまま、口をパクパクさせているだけ。水槽にいる魚さんみたいだ。


「やはり男の子は胸が大きな子の方が、夢がいっぱい詰まっていて良いんでしょうかと聞いてまして」

「うげっ、俺らの話聞いてたの?」


 動揺した後、気まずそうに目を逸らす。聞いちゃ駄目だったのかな。


「お前らか……」

「ち、違う。まさか聞かれてたとは思わなかったんだって!」


 地を這うような低い声で、友達の肩を掴み睨み付ける。こ、怖い。

 慌てて弁解する友達。それでも田中くんの形相が変わらない。もしかして知られたくなかったのかも。このまま友達と仲違いなんて事になったら大変だ!


「大丈夫です! 田中くんが、胸が大きな子が好きなことは誰にも言いませんから!」

「……あれ、サッカー部の田中でしょ? ないわー」

「胸フェチだったんだ、田中って」

「…………」

「ごめん聡。マジでごめん」


 今度は酷く落ち込んでしまった。私の声が大きかったせいか、すれ違った女の子達に聞こたらしく、申し訳ない。何度も謝ると、気にしなくていいよと笑ってくれる。なんて優しい人なんだろう。


「それに、む、胸の大きさとか関係ないよ。どんな体型でも、好きになったら気にしないから」

「そうなんですか?」

「うん。だから気にしなくていいよ。篠塚さんは……とても魅力的だし」


 照れたようにはにかんで笑う田中くん。魅力的だと褒めてくれて嬉しい。なんだか私も照れてしまう。


「ありがとう田中くん」


「なんだこの空気」

「良いんじゃね。聡幸せそうだし」

「田中くんと友達になれて幸せです。これからもよろしくお願いします」

「……うん、よろしく」


 一瞬表情が固まった気がしたけど気のせいかな?


「全然通じてねー。上げて落とすとか、記憶喪失になっても悪女な部分は残ってんだな。しかも天然で」

「頑張れ聡。俺はお前を応援するぞ」


 クラスまで田中くんと一緒に行き、今日も1日頑張るぞと意気込んだのだった。

 体育祭の練習時間も増え、男の子達は騎馬戦の練習をしている中、女の子達で集まり誰が一番カッコイイか話し合っていた。女の子ですね。汗を流して闘っている姿は皆カッコイイから、話には参加せずに応援していると声を掛けられた。


「ねぇ、篠塚さんは生徒会の人達が体育祭の時、なんの競技に出るか知ってる?」

「ほぇ」


 まさか声を掛けられるなんて思わなかったから、変な声が出ちゃった。


「榊先輩なら知ってますが、他の人達はわからないです」

「榊先輩の知ってるの!? 教えて!」


 おふ。食い入るように詰め寄られ、よろけそうに。前に食堂で、生徒会の人達が騒がれていたのを聞いたけど、彼女達は榊先輩のファンなのかも。榊先輩カッコイイもんね。


「えーと、50Mと騎馬戦と応援団だったと思います」

「マジで! 学ラン姿の榊先輩が見られる!」

「写真撮らなきゃ。一緒に撮ってもらえるようお願いしようよ」

「騎馬戦も見逃せない。絶対応援する!」


 熱気がすごい。女の子達の目が、野生の獣のようにギラついているような。

 でも、一ノ瀬先輩が応援団に出ることになったら私だって見たいもん。気持ちわかるよ。しかも学ランなんでしょ? 写真立てに入れて飾って置きたいです。

 いつの間にか女の子達の輪に入って、今話題のスイーツの話で盛り上がったりしてすごく楽しかった。先生に怒られたけど。お勧めのお店も教えてもらえちゃったもんね。ぐふふ、お休みの日に足を運んでみようかな。



 食堂に向かう途中で、お弁当袋を持った間宮先輩と鉢合わせした。


「こんにちは、間宮先輩」

「こんにちは。今からお昼?」


 今は撫子さんモードだ。昨日は安立先輩と似てると思ったけど、全然違う。同じ笑顔でも間宮先輩の笑顔は、落ち着くというか暖かくなる。自然と私も笑顔になっちゃうぐらい。安立先輩の笑顔は……あれ?


「愛花?」

「あっ、はい。今から食堂に行こうかと。間宮先輩は一ノ瀬先輩とご飯ですか?」


 いけないいけない。安立先輩の笑顔を思い出して、返事が遅くなっちゃった。


「和樹は先生に呼ばれているから、今日は私一人」

「一人でお弁当ですか……あの、私と一緒じゃ駄目ですか?」


 ご飯は一人で食べるより、誰かと食べた方が絶対に美味しい。一人は寂しいよ。


「ありがとう誘ってくれて。でも私、あまり料理が得意じゃないから見せられないわ」

「私も得意じゃないですよ。以前にカレーを作ろうとしたんですけれど、悠哉くんに……あっ、弟のことです。何回も怒られて、結局は悠哉くんがほとんど作っちゃいました。実はまだ、玉子も割ったことないんですよ私」

「マジで!?」


 撫子さんの仮面が。


「ゴホン。笑わないって約束してくれるなら、一緒に食べましょうか」

「はい! ありがとうございます。急いで売店に買いに行ってきます」

「生徒会室の左隣が空き教室になっているから、そこで待ってる」


 待たせる訳にはいかないから、急いで売店に向かった。最初は恐る恐る階段を下りていた私が、今じゃリズムよく軽やかに下りられちゃってるのだ。成長してます。

 玉子サンドイッチと明太子おにぎり。栄養バランスを考えて、カップに入ったミニサラダも忘れずに購入。

 上りはなんと2段跳ばし! 手すりに掴まってだけど。3階にたどり着いた時は、さすがに息切れして苦しかった。だけど楽しい。

 空き教室のドアを叩いて中に入ると、カーテンが閉まったままで暗い。開けましょうよ窓。


「お待たせしました。カーテンを閉めたままだと、暗くないですか?」

「いいのいいの。開けたら羽伸ばせないからさ」

「なんでですか?」

「んー、ほら私さ、周りから清楚なイメージ付けられてるでしょ。あんまり壊したくないんだよね。別にバレてもいいんだけど、約束があるからさ」

「約束?」

「ふふ、内緒」


 周りの人から見た、撫子さんイメージを変えたくないのはなんでだろう。どちらも間宮先輩には変わりはないし、明るい間宮先輩も良いと思うのに。

 約束。それは一ノ瀬先輩とのなのかな。


「さて、いただきます」

「いただきます」


 お弁当の蓋を開ける間宮先輩の手に、目がいってしまう。気になっちゃうもん。どんなお弁当なんだろう。きっと、今朝テレビで見たようなカラフルなお弁当なんだろうな。

 ワクワクさせながら、チラリとお弁当の中身を見て絶句した。


「…………」


 黒い。真っ黒だ。

 ご飯の上に海苔が乗っているのはわかるけど、おかずが黒い。カラフルのカもない真っ黒なお弁当に釘付けになってしまい、開いた口が塞がらない。


「あー、やっぱりそういう反応だよね。苦手なんだよ、料理」


 苦笑いして恥ずかしそうにしている間宮先輩。なんてこと。料理が苦手だって言ってたのに、落ち込ませたら駄目じゃない。


「真っ黒なお弁当なんて初めて見ました。どんな味がするのかわからない、奇抜で独創的で先輩にしか作れない、たった1つのお弁当です」

「うん。フォローになってない」


 あー……もっと気のきいたことが言えたらよかったのに。折角一緒にご飯を食べられたんだから、楽しんで欲しかったのに。

 嫌な思いをさせたはずが、先輩は気にすることなく落ち込む私の頭を撫でてくれた。


「いいって。見た目悪いのはわかってるから。さ、食べよう」


 優しい。一ノ瀬先輩はきっとこういう所を好きになったのかも。


「ゴリッ、ガリッ」

「え」


 感動で潤んでいた目が一気に乾いた気がした。

 え、え? 今の音は間宮先輩の口から聞こえてきたような。あれ? 氷でも食べてるのかな? でも間宮先輩の箸は、あの黒い物体を挟んで口に運んでる。……間宮先輩、その黒い物体はなんですか。


「どうしたの? 食べないの?」

「あの、先輩は今何を食べてるんですか?」

「これ? マッシュポテト……ぽいもの」


 知らなかった。マッシュポテトがそんなに固そうな食べ物だったなんて。病院食って、あんまり固い物は出ないんだよね。どんな味がするんだろう。食べてみたい。


「食べる? なーんて」

「食べます! この玉子サンドイッチ1つと取り替えっこしましょう」

「え、食べたいの?」


 さりげなくお弁当のおかずを交換、という夢もお願いしてみる。ちょっと困った感じだったけど、間宮先輩は黒い物体をくれた。


「っ!?」


 口に入れた瞬間、苦いのか辛いのかよくわからない味が口の中に広がり、意識が遠くなった気がしたら、脳裏に懐かしい子が出てきた。


『ちょっと! 早く戻ってよ!』

「愛花!」

「はっ!?」


 間宮先輩が焦ったように肩を揺さぶり、我に返った。

 あれ、今確かに懐かしい天使さんがいたような。それも酷く慌てた様子で。でも元気そうだったのでよかった。私も元気に頑張っていますよ、天使さん。


「大丈夫? いきなり動かなくなって、なんの反応もなかったからビックリしちゃった」

「はい、大丈夫です」

「ごめんね。お前の作ったご飯は殺人的だって、和樹に言われてたんだけど。食べたいって言ってくれて嬉しかったんだ。ほら、こんな見た目だし食べたくないでしょ、普通」

「料理は愛情です!」


 どんなに不恰好でも、作ってくれた人の気持ちがあれば美味しいはずです。あれ? そういえば黒い物体を食べたはずなのに、どんな味だったか思い出せない。


「……ありがとう、愛花。どんなに不味くても、最後まで食べてくれる人がいるから頑張れるもんね。もっともっと練習して、和樹に美味しいって言ってもらえるよう頑張る」


 撫子さんのような優しい笑顔でもなく、人を元気にしてくれる明るい笑顔でもなく。今の間宮先輩の笑顔は、恋をしてる笑顔だった。


「……先輩は、一ノ瀬先輩が好きなんですね」


 一ノ瀬先輩の為に、苦手な料理を頑張っているんだ。美味しいって言ってもらいたいから。


「んー、秘密」


 悪戯っ子みたいな顔で言う間宮先輩は可愛い。きっと間宮先輩も一ノ瀬先輩が好きなんだ。

 次から次へと、色んな表情になって目が離せない。ああ、一ノ瀬先輩が好きになるのわかるな。私も間宮先輩が好きだもん。


「秘密がいっぱいですね」

「ふふん。女はミステリアスの方が魅力的なんだよ」

「なるほど。私もミステリアスな人になりたいです」

「無理でしょ」


 ぐは。一刀両断で否定されてしまった。

 ミステリアスは無理でも、魅力的な人になりたい。自分の良い所を伸ばしていこう。無い物ねだりをするんじゃなく、今、自分が持っている物を大事にしよう。

 ……私の良い所って何処だろう?


「愛花の百面相、見てて飽きないわ。なに考えてんの?」

「先輩みたいなミステリアスになれないなら、自分の良い所を伸ばそうと思ったんです。でも私の良い所が思いつかなくて。あ、健康な所は良い所ですよね」


 健康が一番。健康だったらなんでも出来る。よし、これからも健康第一でいこう。


「あははは。そうだね、今のままの愛花でいいよ。前の愛花も好きだったけど、今の愛花も好きだよ。少し話しただけだけどさ」

「先輩……」


 微笑んで優しく頭を撫でてくれる先輩の手は暖かくて。


「愛花と話してると暖かくなる。心を癒してくれるよ」


 視界が歪む。愛花ちゃんの周りの人達は優しい人ばかりで、こんなに幸せでいいのかな。

 返したい。私が幸せな気持ちになった分を、周りの人達にお返ししたい。皆が笑ってくれるように。


「私も先輩が大好きです!」

「ホントに? へへ、ありがとう。私達相思相愛だね」


 それから、今度一緒に料理の練習をしようと約束した。二人とも苦手だから、悠哉くんにお願いしてみようかな。悠哉くんは料理上手だから。

 ご飯を食べ終えた私達は、教室まで一緒に行くことになった。体育祭の話になって、間宮先輩の出る競技にビックリ。応援団に出るんだって、それもチア姿で。


「学ランがよかったのに、一部の男子と女子が『女の子はチアだろ』って言ってきてさー」

「チア姿の先輩とって綺麗だと思います。応援しますね」

「愛花が出る競技の中で、なにが一番楽しみなの?」

「パン食いです」


 榊先輩と同じような、高い笑い声が廊下に響いた。


「パン食いってあれでしょ? 啓介がノリで提案したやつ。絶対に見るわ」

「はい、頑張ります」


 榊先輩も応援してくれるって言ってくれたから、これは絶対に負けられない。お家に帰ったら特訓だー!


「ホント、可愛くなっちゃって」


 わしゃわしゃと両手で頭を撫でられた時、


「あーーー!!」


 突然前方から大きな声がして、前を向くとそこには。

 真っ青になり此方を指差した、ツインテールの西嶋さんがいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 脱字:も 「チア姿の先輩とって綺麗だと思います。応援しますね」
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ