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「これでよし」
制服に着替えて前髪を1つに結ぶ。うん、視界が明るい。
朝食を食べている時にテレビでお弁当特集をしていた。可愛いキャラ弁や彩り豊かなお弁当。あんなお弁当だったら、食べるのが勿体ないよ。早く来い来い、体育祭。
玄関で悠哉くんが私の顔を凝視していたので、ニコニコしていたら何故かデコピンをされた。
自転車に乗って悠哉くんは学校に行ってしまったけど、自転車置き場にはもう1台赤い自転車がある。お母さんのなのかな? それとも愛花ちゃんのなのかな?
自転車に乗ってみたい。チリンチリンとベルを鳴らして、木漏れ日の並木道を走ったら絶対に気持ちいいはず。今度聞いてみよう。
電車に乗って外の景色を眺める。学校に行くまでの間に神社があったり、大きな市立図書館があったりと行きたい場所がいっぱいあって、何回見ても飽きない。
電車を下り改札口を出た時、なにか足に当たった。足下にキラリと光ったそれは、
「う、うまうさちゃん!」
愛花ちゃんが大好きだった、うまうさちゃんのキーホルダーが付いた鍵。しかも、うまうさちゃんが肉まん食べてる!
うまうさちゃんとは、兎が馬の被り物をした可愛いキャラクター。珍しいうまうさちゃんだと、食べ物を食べてたりしている物もあるんだよね。
この拾った鍵には、うまうさちゃんが肉まんを食べてる、ちょっと珍しいタイプのキーホルダー。見れてラッキー! プレミア物だと、うまうさちゃんが色んな事をしている物もあるんだって。絶対見たい。
「落とし物だよね。駅員さんに届けておこう」
お家の鍵みたいだし、なくなった事を知ったらきっと困るはず。改札口にいた駅員さんに渡し、学校へと向かった。
学校近くの歩道で田中くんの友達を見掛け、挨拶をしようと近付くと、
「やっぱりB組の内村さんだよな」
ん? B組の内村さんって、佳奈ちゃんのことかな? 確か真由ちゃんと同じB組だって言ってた。
「少し動いただけで揺れ動くあの弾力」
「女子の胸は大きいに限る。あの豊満な胸に顔を埋めてー」
「胸は男のロマンだよなー」
胸は男のロマン。どういう意味だろう? 小さな胸より大きな胸の方がロマンでいっぱいっていうこと? 男の子の夢がこの胸の中に……
自分の胸に手を当ててみる。佳奈ちゃんみたいに大きくない私の胸は、男の子の夢が詰まっていない。なんか悲しい。
「おはよう、篠塚さん」
「あ、田中くん。おはようございます」
「今日の髪型可愛いね」
後ろを振り向いたら田中くんがいた。髪型を褒められちゃった。
いつもサッカーの朝練習をしているみたいで、日に日に小麦色になっていく。健康的でいいよね、小麦肌。今日は練習はなかったのかな。
「どうしたの?」
胸に手を当てたままだった私を不思議に思ったみたい。
田中くんも胸が大きな子にロマンを感じるのだろうか。うーん、なんか悔しいような、胸がムカムカするような。
「篠塚さん?」
「田中くんも胸が大きな子がいいですか?」
「はぁあ!?」
あれ、小麦色の肌が見る見る真っ赤に。
「なっ、なっ」
「おー、聡。どうした? そんなに顔を赤くさせて」
田中くんの驚いた声に気付き、前にいた田中くんの友達がやって来た。友達が声を掛けたことに気付かず、田中くんは顔を赤くさせたまま、口をパクパクさせているだけ。水槽にいる魚さんみたいだ。
「やはり男の子は胸が大きな子の方が、夢がいっぱい詰まっていて良いんでしょうかと聞いてまして」
「うげっ、俺らの話聞いてたの?」
動揺した後、気まずそうに目を逸らす。聞いちゃ駄目だったのかな。
「お前らか……」
「ち、違う。まさか聞かれてたとは思わなかったんだって!」
地を這うような低い声で、友達の肩を掴み睨み付ける。こ、怖い。
慌てて弁解する友達。それでも田中くんの形相が変わらない。もしかして知られたくなかったのかも。このまま友達と仲違いなんて事になったら大変だ!
「大丈夫です! 田中くんが、胸が大きな子が好きなことは誰にも言いませんから!」
「……あれ、サッカー部の田中でしょ? ないわー」
「胸フェチだったんだ、田中って」
「…………」
「ごめん聡。マジでごめん」
今度は酷く落ち込んでしまった。私の声が大きかったせいか、すれ違った女の子達に聞こたらしく、申し訳ない。何度も謝ると、気にしなくていいよと笑ってくれる。なんて優しい人なんだろう。
「それに、む、胸の大きさとか関係ないよ。どんな体型でも、好きになったら気にしないから」
「そうなんですか?」
「うん。だから気にしなくていいよ。篠塚さんは……とても魅力的だし」
照れたようにはにかんで笑う田中くん。魅力的だと褒めてくれて嬉しい。なんだか私も照れてしまう。
「ありがとう田中くん」
「なんだこの空気」
「良いんじゃね。聡幸せそうだし」
「田中くんと友達になれて幸せです。これからもよろしくお願いします」
「……うん、よろしく」
一瞬表情が固まった気がしたけど気のせいかな?
「全然通じてねー。上げて落とすとか、記憶喪失になっても悪女な部分は残ってんだな。しかも天然で」
「頑張れ聡。俺はお前を応援するぞ」
クラスまで田中くんと一緒に行き、今日も1日頑張るぞと意気込んだのだった。
体育祭の練習時間も増え、男の子達は騎馬戦の練習をしている中、女の子達で集まり誰が一番カッコイイか話し合っていた。女の子ですね。汗を流して闘っている姿は皆カッコイイから、話には参加せずに応援していると声を掛けられた。
「ねぇ、篠塚さんは生徒会の人達が体育祭の時、なんの競技に出るか知ってる?」
「ほぇ」
まさか声を掛けられるなんて思わなかったから、変な声が出ちゃった。
「榊先輩なら知ってますが、他の人達はわからないです」
「榊先輩の知ってるの!? 教えて!」
おふ。食い入るように詰め寄られ、よろけそうに。前に食堂で、生徒会の人達が騒がれていたのを聞いたけど、彼女達は榊先輩のファンなのかも。榊先輩カッコイイもんね。
「えーと、50Mと騎馬戦と応援団だったと思います」
「マジで! 学ラン姿の榊先輩が見られる!」
「写真撮らなきゃ。一緒に撮ってもらえるようお願いしようよ」
「騎馬戦も見逃せない。絶対応援する!」
熱気がすごい。女の子達の目が、野生の獣のようにギラついているような。
でも、一ノ瀬先輩が応援団に出ることになったら私だって見たいもん。気持ちわかるよ。しかも学ランなんでしょ? 写真立てに入れて飾って置きたいです。
いつの間にか女の子達の輪に入って、今話題のスイーツの話で盛り上がったりしてすごく楽しかった。先生に怒られたけど。お勧めのお店も教えてもらえちゃったもんね。ぐふふ、お休みの日に足を運んでみようかな。
食堂に向かう途中で、お弁当袋を持った間宮先輩と鉢合わせした。
「こんにちは、間宮先輩」
「こんにちは。今からお昼?」
今は撫子さんモードだ。昨日は安立先輩と似てると思ったけど、全然違う。同じ笑顔でも間宮先輩の笑顔は、落ち着くというか暖かくなる。自然と私も笑顔になっちゃうぐらい。安立先輩の笑顔は……あれ?
「愛花?」
「あっ、はい。今から食堂に行こうかと。間宮先輩は一ノ瀬先輩とご飯ですか?」
いけないいけない。安立先輩の笑顔を思い出して、返事が遅くなっちゃった。
「和樹は先生に呼ばれているから、今日は私一人」
「一人でお弁当ですか……あの、私と一緒じゃ駄目ですか?」
ご飯は一人で食べるより、誰かと食べた方が絶対に美味しい。一人は寂しいよ。
「ありがとう誘ってくれて。でも私、あまり料理が得意じゃないから見せられないわ」
「私も得意じゃないですよ。以前にカレーを作ろうとしたんですけれど、悠哉くんに……あっ、弟のことです。何回も怒られて、結局は悠哉くんがほとんど作っちゃいました。実はまだ、玉子も割ったことないんですよ私」
「マジで!?」
撫子さんの仮面が。
「ゴホン。笑わないって約束してくれるなら、一緒に食べましょうか」
「はい! ありがとうございます。急いで売店に買いに行ってきます」
「生徒会室の左隣が空き教室になっているから、そこで待ってる」
待たせる訳にはいかないから、急いで売店に向かった。最初は恐る恐る階段を下りていた私が、今じゃリズムよく軽やかに下りられちゃってるのだ。成長してます。
玉子サンドイッチと明太子おにぎり。栄養バランスを考えて、カップに入ったミニサラダも忘れずに購入。
上りはなんと2段跳ばし! 手すりに掴まってだけど。3階にたどり着いた時は、さすがに息切れして苦しかった。だけど楽しい。
空き教室のドアを叩いて中に入ると、カーテンが閉まったままで暗い。開けましょうよ窓。
「お待たせしました。カーテンを閉めたままだと、暗くないですか?」
「いいのいいの。開けたら羽伸ばせないからさ」
「なんでですか?」
「んー、ほら私さ、周りから清楚なイメージ付けられてるでしょ。あんまり壊したくないんだよね。別にバレてもいいんだけど、約束があるからさ」
「約束?」
「ふふ、内緒」
周りの人から見た、撫子さんイメージを変えたくないのはなんでだろう。どちらも間宮先輩には変わりはないし、明るい間宮先輩も良いと思うのに。
約束。それは一ノ瀬先輩とのなのかな。
「さて、いただきます」
「いただきます」
お弁当の蓋を開ける間宮先輩の手に、目がいってしまう。気になっちゃうもん。どんなお弁当なんだろう。きっと、今朝テレビで見たようなカラフルなお弁当なんだろうな。
ワクワクさせながら、チラリとお弁当の中身を見て絶句した。
「…………」
黒い。真っ黒だ。
ご飯の上に海苔が乗っているのはわかるけど、おかずが黒い。カラフルのカもない真っ黒なお弁当に釘付けになってしまい、開いた口が塞がらない。
「あー、やっぱりそういう反応だよね。苦手なんだよ、料理」
苦笑いして恥ずかしそうにしている間宮先輩。なんてこと。料理が苦手だって言ってたのに、落ち込ませたら駄目じゃない。
「真っ黒なお弁当なんて初めて見ました。どんな味がするのかわからない、奇抜で独創的で先輩にしか作れない、たった1つのお弁当です」
「うん。フォローになってない」
あー……もっと気のきいたことが言えたらよかったのに。折角一緒にご飯を食べられたんだから、楽しんで欲しかったのに。
嫌な思いをさせたはずが、先輩は気にすることなく落ち込む私の頭を撫でてくれた。
「いいって。見た目悪いのはわかってるから。さ、食べよう」
優しい。一ノ瀬先輩はきっとこういう所を好きになったのかも。
「ゴリッ、ガリッ」
「え」
感動で潤んでいた目が一気に乾いた気がした。
え、え? 今の音は間宮先輩の口から聞こえてきたような。あれ? 氷でも食べてるのかな? でも間宮先輩の箸は、あの黒い物体を挟んで口に運んでる。……間宮先輩、その黒い物体はなんですか。
「どうしたの? 食べないの?」
「あの、先輩は今何を食べてるんですか?」
「これ? マッシュポテト……ぽいもの」
知らなかった。マッシュポテトがそんなに固そうな食べ物だったなんて。病院食って、あんまり固い物は出ないんだよね。どんな味がするんだろう。食べてみたい。
「食べる? なーんて」
「食べます! この玉子サンドイッチ1つと取り替えっこしましょう」
「え、食べたいの?」
さりげなくお弁当のおかずを交換、という夢もお願いしてみる。ちょっと困った感じだったけど、間宮先輩は黒い物体をくれた。
「っ!?」
口に入れた瞬間、苦いのか辛いのかよくわからない味が口の中に広がり、意識が遠くなった気がしたら、脳裏に懐かしい子が出てきた。
『ちょっと! 早く戻ってよ!』
「愛花!」
「はっ!?」
間宮先輩が焦ったように肩を揺さぶり、我に返った。
あれ、今確かに懐かしい天使さんがいたような。それも酷く慌てた様子で。でも元気そうだったのでよかった。私も元気に頑張っていますよ、天使さん。
「大丈夫? いきなり動かなくなって、なんの反応もなかったからビックリしちゃった」
「はい、大丈夫です」
「ごめんね。お前の作ったご飯は殺人的だって、和樹に言われてたんだけど。食べたいって言ってくれて嬉しかったんだ。ほら、こんな見た目だし食べたくないでしょ、普通」
「料理は愛情です!」
どんなに不恰好でも、作ってくれた人の気持ちがあれば美味しいはずです。あれ? そういえば黒い物体を食べたはずなのに、どんな味だったか思い出せない。
「……ありがとう、愛花。どんなに不味くても、最後まで食べてくれる人がいるから頑張れるもんね。もっともっと練習して、和樹に美味しいって言ってもらえるよう頑張る」
撫子さんのような優しい笑顔でもなく、人を元気にしてくれる明るい笑顔でもなく。今の間宮先輩の笑顔は、恋をしてる笑顔だった。
「……先輩は、一ノ瀬先輩が好きなんですね」
一ノ瀬先輩の為に、苦手な料理を頑張っているんだ。美味しいって言ってもらいたいから。
「んー、秘密」
悪戯っ子みたいな顔で言う間宮先輩は可愛い。きっと間宮先輩も一ノ瀬先輩が好きなんだ。
次から次へと、色んな表情になって目が離せない。ああ、一ノ瀬先輩が好きになるのわかるな。私も間宮先輩が好きだもん。
「秘密がいっぱいですね」
「ふふん。女はミステリアスの方が魅力的なんだよ」
「なるほど。私もミステリアスな人になりたいです」
「無理でしょ」
ぐは。一刀両断で否定されてしまった。
ミステリアスは無理でも、魅力的な人になりたい。自分の良い所を伸ばしていこう。無い物ねだりをするんじゃなく、今、自分が持っている物を大事にしよう。
……私の良い所って何処だろう?
「愛花の百面相、見てて飽きないわ。なに考えてんの?」
「先輩みたいなミステリアスになれないなら、自分の良い所を伸ばそうと思ったんです。でも私の良い所が思いつかなくて。あ、健康な所は良い所ですよね」
健康が一番。健康だったらなんでも出来る。よし、これからも健康第一でいこう。
「あははは。そうだね、今のままの愛花でいいよ。前の愛花も好きだったけど、今の愛花も好きだよ。少し話しただけだけどさ」
「先輩……」
微笑んで優しく頭を撫でてくれる先輩の手は暖かくて。
「愛花と話してると暖かくなる。心を癒してくれるよ」
視界が歪む。愛花ちゃんの周りの人達は優しい人ばかりで、こんなに幸せでいいのかな。
返したい。私が幸せな気持ちになった分を、周りの人達にお返ししたい。皆が笑ってくれるように。
「私も先輩が大好きです!」
「ホントに? へへ、ありがとう。私達相思相愛だね」
それから、今度一緒に料理の練習をしようと約束した。二人とも苦手だから、悠哉くんにお願いしてみようかな。悠哉くんは料理上手だから。
ご飯を食べ終えた私達は、教室まで一緒に行くことになった。体育祭の話になって、間宮先輩の出る競技にビックリ。応援団に出るんだって、それもチア姿で。
「学ランがよかったのに、一部の男子と女子が『女の子はチアだろ』って言ってきてさー」
「チア姿の先輩とって綺麗だと思います。応援しますね」
「愛花が出る競技の中で、なにが一番楽しみなの?」
「パン食いです」
榊先輩と同じような、高い笑い声が廊下に響いた。
「パン食いってあれでしょ? 啓介がノリで提案したやつ。絶対に見るわ」
「はい、頑張ります」
榊先輩も応援してくれるって言ってくれたから、これは絶対に負けられない。お家に帰ったら特訓だー!
「ホント、可愛くなっちゃって」
わしゃわしゃと両手で頭を撫でられた時、
「あーーー!!」
突然前方から大きな声がして、前を向くとそこには。
真っ青になり此方を指差した、ツインテールの西嶋さんがいた。




