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「今日学食使えないんだってよ」

「マジで!?」


 そんな噂話を耳にした朝。朝礼で先生が言うには、運搬トラブルによって、今朝食材が届かなかったらしい。今日のメニューは天丼にしようと思ってたのに。

 それにしても困ったな。学食が使えないのならお昼ご飯が食べられない。お昼が近付くにつれて、お腹が減ってきた。お腹が減るのは健康な証です。

 普段学食でご飯を食べている人達はどうするんだろう? そう思っていたら、他のクラスの男の子が田中くんを誘いに来た。前に一緒にご飯を食べた人達だ。


「聡、売店行こうぜ」

「ああ、今いく」


 売店。なるほど、売店でご飯を買うんだ。よし、私も売店で買おうかな。まだ1回も売店に行った事がなかったから、何が売っているのか楽しみだ。

 田中くん達の後ろを付いて行き売店に辿り着くと、そこは戦場でした。


「カツサンドとツナと鮭のおにぎり!」

「焼きそばパン売り切れだよ!」

「マジかよ、俺コロッケパンとおにぎり4つ! 具は何でもいいから!」

「メロンパンとフルーツサンドくださーい」

「いって、おい押すなよ! 順番守れ!」


 売店に押し寄せる人、人、人。恐ろしい……この中に入らないといけないの? 押し潰されそうなんですけど。

 試しに1度中に入って行こうと試みたけど、すぐに弾き出されちゃった。私以外の女の子も必死に割り込んでる。つ、強い。健康になったけどまだまだ力が足らないんだ。筋トレもした方がいいのかな?

 もたついているうちに、ドンドン品切れの声が上がる。このままじゃお昼ご飯抜きになっちゃうよ。

 困り果てた時、人込みを掻き分けて一際大きな人が出てきた。


「御子柴くん!」


 片手には大きなビニール袋にたくさん入ったおにぎり。それ全部食べるんですか? さすがです。


「ん? 篠塚か。どうしたこんな所で。売店で買うなら早くした方がいい。品切れになるぞ」

「うぅ……買おうと中に入ったんですが、弾き出されちゃいました」


 凹んでいる私を見かねて、御子柴くんが救いの手を差し伸べてくれた。


「小さいからな篠塚は。何が欲しいんだ? 買ってきてやる」

「ええっ、そんな悪いですよ」


 2回もこの戦場に足を踏み入れさせることなんて出来ない。迷惑をかけるぐらいならお昼ご飯抜きでいいです。


「気にするな。腹空かしたままだと倒れるぞ。何が食いたい?」


 あまり表情が変わらない御子柴くん。それでも少しだけ微笑んでくれたような気がした。


「では、お言葉に甘えてお願いします。何が売っているのかわからないので、適当におにぎり2つとパンを1つお願いします。好き嫌いはないのでなんでもいいです!」

「わかった。これを持っててくれ」


 ビニール袋を預かり、御子柴くんは人込みの中に入っていく。なんでもないかのように、あの人込みの中を割り込んで前へと進む御子柴くん。超人です。

 そうして普通に戻ってきた御子柴くんの手には、ホットドックと爆弾おにぎりという、私の片手では持てない大きなおにぎり2つ。


「俺のお勧めだ。食べごたえあるぞ」

「あ、ありがとうございます」


 食べきれるのだろうか。渡されたおにぎりはずっしりとした重さで、海苔で覆われたおにぎりは中になにが入っているのかわからない。ちょっと楽しみでもあるね。


「すごいですね、御子柴くんは。あの人込みの中を颯爽と歩いていく姿はカッコよかっです」

「そうか? まぁ、力はあるからな」

「やはり鍛えているのですか?」


 思わず見てしまう御子柴くんの腕。引き締まった筋肉質の腕は男の人ならでは。カッコいい。


「筋トレは欠かさないな。後は部活の稽古とランニングなんかもしている」

「部活……わかりました! 御子柴くんの部活は空手部ですね!」

「ハズレ。柔道部だ」


 そっちだったかー。でも、柔道着姿の御子柴くんは、絶対様になっているはず。あれだよね、柔道って相手を投げるやつ。オリンピックとかで、ネットに中継されていたのを見たことがある。


「御子柴くんもこう、やーっとか、とぉーっとか出来るんですか?」

「背負い投げか。出来るがどちからと言えば、内股の方が得意だな。後は寝技」


 内股? 寝技? わからないけど柔道の技なんだろうか。畳の上で戦う格闘技。いいな、男って感じで熱い。


「柔道に興味があるのか?」

「見てみたいです」

「放課後やってるから見に来ればいいぞ」

「本当ですか? 体育祭の為にジョギングでも始めようかと思ってたんですけど、筋肉も付けた方がいいですかね?」


 そう言うと御子柴くんは立ち止まり、ジッと私を見下ろす。


「筋肉より飛躍力を付けた方がいいんじゃないか? パン食い競争に出るんだろ」


 開いた口がふさがらなかった。

 そうだよ。いくら足が速くなっても体力が付いても、パン食い競争に必要なのはパンにかぶり付くジャンプ力! パンにかぶり付けなかったらゴール出来ないじゃん。


「はっ!」

「!?」

「これぐらいのジャンプ力でどうでしょうか?」


 おにぎりを抱えてその場でジャンプ。あまり視線が変わらなかった気がするけど、このぐらいのジャンプ力で大丈夫かな?


「もう一度やってみろ。今度は全力で」


 私が持っていたおにぎりとパンを持ってくれて、今度は腕を振り上げおもいっきりジャンプ! どうだ!


「全然駄目だ。飛ぶ時に前のめりになるな。ほら、これ目掛けて飛んでみろ」


 ホットドックを頭上にちらつかせてる。

 おお、これは本格的なパン食い競争の練習なのでは? 折角だし頑張ってみよう。


「はぁあっ!」

「もう1回。腕の振りをもっと大きく」

「はい、師匠!」


 何度も飛んでは、ホットドック目掛けて口を開ける。これがなかなか難しい。気のせいかな、御子柴くんが楽しそうだ。

 微妙に届かなくて、これはまだまだ練習が必要だ。お家で悠哉くんにお願いしてみよう。

 だけど、こんなに何回もジャンプしてるのに発作も起こさないなんて、運動出来る体ってすごい!



「なにしてんだあの二人?」

「新たなイジメか? 御子柴の奴、パンをちらつかせて遊んでるぞ」

「いや、それにしては女子の方は必死に飛んでるだけで、嫌がってる素振りはしてねーぞ。というより……」

「「「御子柴のポジションになりてー」」」



 ピョンピョン飛び続けていたら、お昼ご飯を食べる時間が少なくなってしまった。

 御子柴くんと空いている教室で食べることにしたんだけど、あれだけあったおにぎりが次々に消えていく。まるでお米は飲み物だと言わんばかりに、御子柴くんのお腹の中へと。


「…………」

「ん? 欲しいのか?」

「いえいえ、どうぞ食べてください」


 あまりに凝視していたから、欲しがってると思われちゃった。

 だって御子柴くんのおにぎりには、普通のサイズもあれば、私に勧めてくれた爆弾おにぎりもある。そんな大きなおにぎりを易々と食べちゃうなんて。

 ずっと見ていたからか、胸がいっぱいになってしまい爆弾おにぎり1個しか食べれなかった。残りは帰ったら食べよう。


 ご飯を食べた後、御子柴くんと別れ教室に戻ろうとした時、重そうな教材を持った人がいた。確かあの人は、同じクラスの日直の人だったような。女の子が一人であんな重そうな物持つなんて大変だ。


「お手伝いします!」

「え? し、篠塚さん。いいよ、私の仕事だし」


 なんてすごい人なの。どんなに重い物でも責任を持って運ぶ。日直の鑑です。


「日直の仕事頑張ってください。応援してます!」

「あ、ありがとう」


 でもやっぱり重そう。ふらふらしてるもん。手伝いたいけど、それは私のエゴだよね。彼女は自分の仕事をやり遂げたいんだから。私の出る幕はない。


「……少しだけ持って貰ってもいい?」


 歩いていく彼女が振り返り、申し訳なさそうにしてる。これは頼られたんだよね? 頼られてる私!


「はい、喜んで!」

「……あはは、居酒屋みたい」


 教材を半分こにして運ぶ途中、他愛もない話をする。ああ、クラスの女の子とお話。学校生活、満喫満喫。


「記憶喪失になってから、篠塚さんの雰囲気変わったね」

「そうですか?」

「なんか柔らかくなったっていうか、親しみやすくなったっていうか。前は関わりたくなかったし……あっ、ごめん!」

「いえいえ」


 親しみやすくなった。エコーのように耳に残る。親しみやすいってことは、クラスに馴染んでることだよね。

 体育祭は再来週の土曜日。このまま行けばもしかしたら、クラスの皆とハイタッチ出来るかもしれない! 体育祭にハイタッチ。青春だ!


「お、重そうだな。持つぞ」


 階段の上から男の子が下りてきて、私と日直の子の教材を持ち上げる。軽々と。むー、男の子っていいな。


「手伝ってくれてありがとう、篠塚さん」

「また何時でも言ってくださいね」

「俺には礼はねーのか」

「あんたは日直でしょ! 篠塚さんが手伝ってくれたんだから、あんたもお礼言いなさいよ」

「へいへい」


 この男の子も同じクラスの人だったのか。まだクラス全員の顔と名前を覚えてない。


「ありがとな篠塚。化粧してないと幼く見えるのな。そっちの方が可愛いぜ」


 可愛い! でしょ? 愛花ちゃんは可愛いですよ。よかった、愛花ちゃんの可愛らしさがわかってくれる人がいて。


「ありがとうございます。化粧は苦手で。瞼とか挟んじゃうんですよね」

「わかるー。眉毛抜くときとか痛いしね」

「えっ、眉毛抜くんですか? なくなっちゃいますよ?」


 なんで眉毛を抜く必要があるの?


「眉毛の形を整えるだけだよ。夏に向けて無駄毛処理しなきゃならないから、面倒臭いよね」

「無駄毛処理?」

「そう。剃刀でこうやって」


 腕を伸ばして剃る振りをするけど、えっ、ちょっと待って。剃刀って刃物だよね? しかも体毛は肌を守る為にあるんであって、それを剃るなんて……


「毛むくじゃらな女とか見苦しいからな。大変だな女は」


 お洒落というやつですか。刃物を使うなんて恐ろしい……私に出来るかな。入院してた時は、そんなこと気にしてなかったもん。女の子って、想像以上に大変なんだ。

 なんにせよ、クラスの人と話せてよかった。



 すっかり恒例になりつつある、放課後の生徒会の仕事。体育祭が終わるまでは続くらしい。

 一ノ瀬先輩が遅れてくるらしく、その間他の仕事に取り掛かる。体育祭だけじゃないもんね、生徒会の仕事は。

 一年間の行事の表を見ると、体育祭が終わった後は中間試験があるんだ。試験ですよ、試験。日頃の自分の努力が試される日ですね。予習復習を頑張らなきゃ。


「そう言えばさ、昼休みに兎が出たんだって?」

「何故俺に聞く」

「昼休みにお前が兎と戯れてたっていう噂を聞いたから」


 兎ですと!?

 思わず耳がダンボになってしまう。だって兎だよ。あの耳が長くて毛がもふもふしてて、目がクリクリしてる可愛い動物。いいな、御子柴くん。私も一緒に遊びたかった。

 あれ? でもお昼休みは私と一緒にご飯を食べてたはず。私と会う前に遊んでたのかな。


「いや? 兎とは会っていないが」

「おかしいな。確かな目撃情報だったんだけど。まー、お前が兎と遊んでる所なんか想像出来ないもんねー」


 もし本当に兎がいるんなら、是非とも撫で撫でしたい。


「僕は動物が苦手なので、校内に兎がいたら困りますよ」

「でも新って兎っぽいよね」

「……怒りますよ」


 ごめんなさい。私も今想像しちゃいました。兎耳を付けた千葉くんを。絶対に可愛い。

 そんな話をしていると、一ノ瀬先輩が来た。後ろにとても綺麗な女の子を連れて。


「遅れてすまない」

「あれー、桜子じゃん。どうしたの?」


 えっ、今なんて?

 一ノ瀬先輩の後ろから優雅に歩くその人は、何処かで見たことがあった気がした。少し茶色がかかったセミロングの美女。一ノ瀬先輩と並ぶととてもお似合いだ。

 じわじわと胸が苦しくなる。


「少し用事があって。いつも遅くまでお疲れ様」

「こんにちは間宮先輩」

「こんにちは千葉くん。どう? 生徒会の仕事は慣れたかしら? 和樹からよく聞かされてる。仕事が出来る一年生が入って助かってるって」


 一ノ瀬先輩の下の名前で呼んで、親しげに話している。間違いない。この人が桜子さん。一ノ瀬先輩が好きな人。

 座ったまま桜子さんを見上げていると、私と視線が合って見つめ合う。緊張と不安でなにを言えばいいかわからなくて、ジッと見ているだけ。

 光に反射された髪の毛がキラキラ光っていて、大きな瞳に優しそうな笑顔。真由ちゃん達が教えてくれた優雅さと、暖かかく包み込むような雰囲気。まるで、聖母マリア様みたいに……と、思っていた時だった。


「やばっ、超可愛いよ! 前の愛花もツンツンしてて可愛かったけど、今の愛花ものほほんとしてて可愛い! 持って帰りたい!」


 あれ?


「持って帰るな。ほら、これだろ。欲しがってた資料は」

「あー、それそれ。喉乾いたからお茶貰うね」


 資料を受け取った桜子さんは、ティーパックのお茶を自分で用意して飲む。

 あれ、さっきまでの優雅な雰囲気は? 幻覚でも見ているのかな。


「わかりますよ、先輩の気持ち。僕も初めて見た時は、同じような顔をしていたと思いますし」


 どうやら幻じゃないみたいだ。


「改めて紹介するね。このがさつな女が間宮桜子だよ」

「がさつって言うな」


 榊先輩の紹介が気に入らなかったらしく、榊先輩が座っている椅子に軽く蹴りを入れる。聖母マリアは何処に行ってしまったの。


「記憶喪失だって? もっと早く会いたかったんだけど、大丈夫? 頭痛とかない?」

「だ、大丈夫です」

「だけど記憶喪失って性格も変わっちゃうんだね。あの愛花が私に嫌味1つ言わないんだもん。張り合いがないって言ったらないかな」

「え?」

「大変だろうけど、困った事があったら言って。相談に乗るから」


 さっきまでの優しい笑顔じゃないけど、キラキラと輝く眩しい笑顔。人を惹き付ける笑顔だ。

 桜子さんは飲み終わったコップを置き、またねと言って生徒会室を出ていった。


「……嵐みたいな人ですね」

「女性は怖いと思った瞬間でしたね」

「新はちょっと桜子に憧れてたもんねー」

「なっ、違いますよ! そんなのじゃないですから!」


 顔を赤くして否定してるけど、きっと榊先輩の言った事は本当なんだろう。ふふ、可愛い。

 それにしても、全然雰囲気が違ってたな。


「あれが俗に言う、ギャップ萌えというものですかね」

「そういう言葉は新が似合うかな」

「なんで僕なんですか! だいたい男の俺が萌えるなんて、おかしいでしょう」


 榊先輩と千葉くんが言い争っているのを余所に、私の視線は一ノ瀬先輩へと移る。

 一ノ瀬先輩はいつもと変わらないけど、好きな人と一緒にいれたんだから嬉しいよね。胸がズキズキする。

 物腰が柔らかく優雅で綺麗なだけじゃなく、明るく姉御肌のような1面もある。あの人が、一ノ瀬先輩の好きな人。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤記:と言うより 「いや、それにしては女子の方は必死に飛んでるだけで、嫌がってる素振りはしてねーぞ。とういより……」 余字:え 「持って帰えるな。ほら、これだろ。欲しがってた資料は」
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