12
どんどんヒートアップしていく彼女を止められず、どうしたものかと悩んでいたところに止めの1発。
「さっさと別れなさいよ、このブス!」
また言われた。愛花ちゃんは可愛いんですよ! 私の性格が曲がってるだけですー!
「なんの騒ぎだ」
ぎょっ。
私の後ろから一ノ瀬先輩がやって来た。はっきり言って心臓に悪い。
「い、一ノ瀬先輩が不甲斐ないからよ!」
「いきなりなんだ」
今度は一ノ瀬先輩に指を向け怒鳴るけど、1歩後ろに下がり腰が引けてる。そういえば、田中くんの時もそうだったような。
「一ノ瀬先輩が間宮先輩の傍にいないから、間宮先輩は毎日悲しそうにしてるんだから! さっさとその女と別れて、間宮先輩の所に行きなさいよ!」
「……彼奴が寂しいと思うような奴だったら、もっと可愛げがあるんだかな」
「え?」
ボソッと呟いた一ノ瀬先輩の目は、何処か遠くを見つめていた。どうしたんだろうか?
「あのですね。私と一ノ瀬先輩はもう……」
「なによ! 離れられないとでも言いたい訳? あんたなんか間宮先輩に比べたら、みそっカスなんだから」
「味噌カツ? 私美味しそうですか?」
「はぁ!? あんたどういう耳してんのよ。あんたの性格と同じように腐ってんじゃないの!?」
味噌カツじゃなかったんだ。味噌カツ食べたい。
それしにしても彼女は声が大きいな。そんなに大きな声を出して、喉を痛めたりしないんだろうか?
「いい加減にしろ。相手の話も聞かないで、自分の意見ばかりを言うな」
「な、なによ……私が悪いって言うの? 元はと言えばこの女がっ」
「それに、彼女とはもう別れている」
「……え」
ナイスです、一ノ瀬先輩! 漸く伝えられてホッとしました。
ツインテールの彼女は呆けたようにポカンと口を開け、目を見開いている。
「別れた……? 本当に?」
「ああ」
「そう……そうなんだ。良かった」
見る見る笑顔になっていく。余程間宮先輩が好きなんだろうな。自分のことのように、本当に嬉しそうに喜んでいるもん。
こうして見ると可愛い。
「愛花に謝るんだ」
「はぁ? なんで私がこんな女に!」
「誤解して酷い言い掛かりをつけただろう」
「それはっ」
んん? いつの間にか話が私のことになっている。
「それはこの女が悪いからよ。さっさと一ノ瀬先輩と別れないから」
「彼女は記憶喪失だ。記憶にないことを問い詰めても意味がないだろう。それに、俺との関係をすぐに解消しようと言ってくれた。彼女はなにも悪いことはしていない。謝るべきは君だ」
「先輩……」
無理矢理付き合わされたって聞いて、一ノ瀬先輩に嫌な思いをさせてたはずなのに。
ツインテールの子は、唇を噛み締めて一ノ瀬先輩を睨んでいる。そんなに噛んじゃったら血が出ちゃうよ。
「そんなの嘘かもしれないじゃない! 私は悪くないんだから!」
「西嶋っ!」
ツインテールの髪をひらひら靡かせて、女の子は走って行ってしまった。
大きな溜め息をついた一ノ瀬先輩は、生徒会室まで一緒に行こうと言い、ツインテールの子のことを教えてくれた。
「彼女は西嶋鈴音。桜子を慕う一年生だ。前から愛花に突っ掛かっていたんだが、愛花の口の悪さに負けては泣いていたからな。気に止めていなかった。すまない」
「なんで先輩が謝るんですか?」
「西嶋が誤解しているからだ」
生徒会室に着くと、まだ誰も来ていなくて一ノ瀬先輩と二人っきり。空気の入れ替えをしようと窓を開け、一ノ瀬先輩は体育祭の資料を用意している。
過去のプログラムの資料を参考に、各競技がどの程度時間が掛かるか調べ、競技の準備に必要な時間を計算して日程表を作っていく。私は過去のプログラムを調べる係りだ。
調べながら、さっきから気になっていたことを聞いてみる。
「あの、さっき言ってた誤解してるって、なんのことですか?」
「ああ。俺と桜子が想いあっているということだ」
「違うんですか!?」
「周りはそう思っているらしいが、俺と桜子はそういう関係じゃない」
えー、聞いてた話と違う。聞いてた限りじゃ、先輩と桜子さんは好きあってたんじゃ……
もうなにが本当なのかわかんない。
「正確に言えば、俺の片想いだ」
「ええっ!?」
一ノ瀬先輩の片想い? 先輩みたいなカッコいい人が片想いなんて。
「だから愛花と別れても付き合うことはない」
「でもお昼ご飯を一緒に食べたりしてるんですよね? それは桜子さんが先輩を好きだからなんじゃ」
「最近桜子が料理にハマっていてな。味見に付き合わされてるだけだ」
そうだったんだ。一ノ瀬先輩の片想いで、二人が付き合うことはない。人の噂って怖いな。
でも、一ノ瀬先輩が告白しちゃえばもしかしたら二人は……実は両想いだったって話はよくあるよね。小説や漫画で。
「告白しないんですか?」
「………」
あう、黙ってしまった。聞いたらダメだったかな。
「俺と桜子と啓介は幼なじみなんだ。桜子の家は古い呉服屋の家で、祖父が決めた許嫁がいるらしい」
「はい! 啓介さんって誰ですか?」
「榊のことだ。榊啓介。彼奴自己紹介もしていないのか?」
「えーと、簡単に御子柴くんが教えてくれました」
そっか、3人は幼なじみなんだ。いいな、幼なじみとか憧れ。
てっ、許嫁? 桜子さんには許嫁がいるってことは、一ノ瀬先輩とは付き合えないってこと?
例え両想いだとしても。
「俺達は同い年もあって仲が良かった。いつしか桜子に惹かれていく自分がいて、1度告白した。そしたら言われたんだ。『私には許嫁がいるから』ってな」
「そんな……」
切なそうな一ノ瀬先輩の顔を見ると、私まで切なくなってくる。
好きなのに報われない。どうにかならないんだろうか?
「俺が『そうか』と諦めかけとき、鉄拳が飛んできた」
「え」
「『この程度で諦めるぐらいの気持ちなら、最初から告るんじゃないわよ』と言って怒られた。あれは痛かったな」
当時のことを思い出したのか少し目が虚ろ。大丈夫先輩?
それにしても、聞けば聞くほど桜子さんのイメージが変わっていく。最初は清純だって聞いてたから、大人しい感じの人かなって思ってたんだけど。どんな人なんだろう。
「だから今は、桜子の祖父に認めて貰えるような男になる為に努力中だ」
「そうなんですか。なんか素敵です」
好きな人の為に努力して、いつかもう一度告白するんだろうな。先輩に想われてる桜子さんが羨ましい。
でも、ならどうして愛花ちゃんと付き合ったんだろう。やっぱり榊さんの言う通り、脅されたからなのかな? 桜子さんを守る為に。
「あの、先輩。どうして先輩は愛花ちゃんと」
「お、早いな二人とも」
タイミング悪く入ってきたのは御子柴くん。先輩と生徒会の仕事の話をし始めたから、聞ける雰囲気じゃなくなっちゃった。
聞きたいことはたくさんあるけど、これから知っていきたい。愛花ちゃんのことも、一ノ瀬先輩のことも。
「そういえば、桜子さんってどんな人なんですか?」
「…………」
「…………」
あれ、二人とも沈黙。御子柴くんも桜子さんのこと知ってると思うから、聞けるかなって思ったんだけど?
「そうだな……竹を割ったら中から出てきたのはかぐや姫じゃくて、鉞を持った金太郎だったって感じだな」
「はい?」
「兎だと思ったら針鼠だったって感じだな」
「はい?」
全然伝わりません。一ノ瀬先輩は針鼠が好きなんですか?
ますます桜子さんの謎は深まるばかりで、千葉くんが来たことによって話は終わりとなった。いつか会えるかな、桜子さんに。
生徒会の仕事も一段落し、帰ろうと校門を出た矢先、
「あれー、愛花じゃん。今終わり?」
「瀬田さん!」
校門のすぐ傍で瀬田さんと見知らぬ女の子がいた。
「今終わりです。瀬田さんは部活帰りですか?」
「お疲れー。そ、部活帰り。あ、こっちはあたしの友達の佳奈」
「はじめまして、内村佳奈です」
にっこり微笑む内村さんは、ほのぼのとした雰囲気を醸し出していて、私も微笑んでしまう。
内村さんは胸まである髪と、少し垂れた瞳が特徴の女の子。だけど容姿より先に目がいってしまうのは、その豊満な胸。かなり大きい……たぷたぷだ。
「はじめまして、篠塚愛花です。よろしくお願いします」
「真由美から聞いてる。なんかとっても面白い子だって」
おふ。私の話をしてくれていたなんて、ぜひとも聞きたかった。なんて言ったんだろう瀬田さん。
「ねぇ。立ち話もなんだからさ、どっか寄って行かない?」
「いいね。何処行こうか。篠塚さんはなに食べたい?」
「へ?」
こ、こ、これはもしやお誘いなのでは!? 私を放課後のお付き合いに誘ってくれてるんじゃ……
天使さぁぁあああんっ!! 私今、最高に幸せでーーす!!
「それとも用事があったりする?」
「いえ、全然ありません! ものすごく暇です!」
「よし、なら決まり。そこのファミレスに行こうよ。マウンテンポテト食べたい」
歩道を3人並んで雑談しながら歩く。これこそ、私が夢にまでみた放課後の寄り道。あ、涙が。
生まれて初めてのファミレス。お店に入ると店員さんが爽やかな笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃいませー。3名様で宜しいでしょうか?」
案内された席に着くまで、キョロキョロと辺りを見回しては目を輝かせる。
此処が学生の聖地の1つ、ファミレス。まさか本当に来れるなんて夢みたい。
店内は私達の他にも他校の生徒達もいて、これは興奮せずにはいられません!
「マウンテンポテトとドリンクバー3つ。愛花はなにか食べる?」
「えっと、お腹は空いていないから大丈夫です」
ファミレスのメニューは気になるけど、今食べたらお母さんのご飯が食べられなくなっちゃうかもしれないから我慢だ。あー、でもこれ美味しそう。
メニューにはたくさんの美味しそうなご飯が載っていて、見てるだけで涎が出ちゃう。デザートなんか目の毒だよ! なにこの苺のジャンボパフェ。飛び込みたい!
「愛花、ジュース取りに行こう」
「え、はい」
瀬田さんに連れて行かれたのはドリンクバー。そう、ドリンクバーですよ。何杯飲んでもお値段変わらずの、セルフドリンクバー。お店潰れたりしないのかな。
「はい、愛花のグラス」
「ありがとうございます」
やり方がわからないので、瀬田さんの後ろに付いて観察。
おおっ、自動で氷が出るんだ。その後好きなジュースのボタンを押すだけと。よしよし、これなら出来る。
瀬田さんは先に席に戻り、いざチャレンジ!
「…………」
おかしい。コップを置いたのに氷が出ない。どうして? 瀬田さんはボタンなんか押してなかったはず。
「お客様、コップを持ったまま前へ押してみて下さい」
見かねた店員さんが声を掛けてくれて、やり方を教えてくれた。
なるほど、コップを支えてる部分を押して氷が出てくるんだ。ほへー、よく出来てるなー。
「ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
接客の見本とも言える爽やかなスマイル。接客は笑顔が大事だよね。
好きなジュースを選ぼうとした時、気になるジュースを発見。それは、
『メロンジュース』
炭酸を飲んだことがない。いったいどんな味がするんだろう。飲んでみたいけど、シュワシュワしてるんだよね、炭酸って。
んー、ここはやっぱりオレンジジュースにしよう。ちょっと怖いし。
「遅かったね。ポテトもう来てるよ」
「どのジュースにしようか悩んでました」
言えない。氷が出ないから悩んでたなんて言えない。
机の上には、お皿に山盛りの揚げたてポテトが。ケチャップとマヨネーズの二種類の味が楽しめるなんて、美味しそう!
しかも瀬田さんと内村さんの3人で分け合えるなんて、夢のようです。
「来週の日曜から、地区大会が始まるから頑張らないとね」
「もう地区大会なんだ。運動部は早いね」
「二人ともなんの部活をしてるんですか?」
地区大会とか青春の1ページだよね。いいな、私も部活(青春)したい。
「あたしは陸上部。短距離してんの」
「私は吹奏楽部。ホルンを担当してるの」
「ホルンですか。楽器が吹けるなんてすごいですね」
よく病院でクラシックを聴いていたりしてたな。先生が好きだったから、よく好きな曲とか勧められて。
「入部の動機は不純だけどねー」
「ちょっと!」
「いいじゃん。今は真剣にやってるんだし、それに恋バナとか聞くの楽しいし」
「もー」
話の筋が見えない。どうして内村さんは顔を赤くさせているんだろう?
首を傾げながら、黙々とポテトを頬張る。ああ、美味しい。
「この子ね、吹奏楽部の先輩の一人に一目惚れしちゃったんだよ。で、少しでも近付きたくて吹奏楽部に入ったってわけ」
「一目惚れしたんですか? 素敵ですねー」
恋バナだ。女の子同士の恋バナに参加出来てるぅ。
内村さんの目がキラキラしてて、ほんのり頬が赤い。恋してるっていいな。いつか私もしてみたい。
「一目惚れってどんな感じだったんですか?」
「んー、そうね。その人を見ただけで胸が苦しくなって、その人しか見えなくなっちゃう感じかな。会えるだけで嬉しくなったり、別の子と話してるのを見て苦しくなったり……ああ、私先輩が好きなんだなって気付いたの」
「ひゅー、惚気ご馳走さま」
「もー」
胸が苦しくなったり、会えるだけで嬉しくなったり。
……知ってる、その気持ち。
「あのっ」
「どうしたの?」
「私もあります。その人を見た時、すごく輝いていたりその人の声しか聞こえなかったり、胸が締め付けられるような感じで……」
「えー、それ恋じゃないの!?」
ソレコイジャナイノ。
「えー、相手は誰?」
「い、一ノ瀬先輩」
「あー、やっぱり一ノ瀬先輩なんだ。記憶喪失になっても好きな人は変わらないないなんて素敵ね」
恋。私が一ノ瀬先輩に? 私は一ノ瀬先輩に恋してる?
なんだろう。顔が熱くなってきた。心臓がバクバクいってる。
「はは、顔真っ赤。かーわいい」
「私は……一ノ瀬先輩に恋をしてるんですか?」
「自覚なかったの? そっかー、記憶喪失だったから初恋みたいな感じなのかもね」
「初恋……」
私、一ノ瀬先輩に恋してるんだ。
そう呟いた時、ずっと胸の中でもやもやして物が、晴れたような気がした。私、一ノ瀬先輩が好きなんだ。
「……あわあわあわあわあっ、私、私、一ノ瀬先輩が好き…いやぁぁぁあっ」
「おー、テンパってるテンパってる」
「うふふ、可愛い」
どうしようどうしよう!? 私、恋しちゃったよ。恋が出来たよ!
嬉しいけど戸惑いの方が大きい。
一ノ瀬先輩のことを考えてしまうと胸締め付けられるし顔は熱いし、瀬田さん達はニヤニヤ笑ってるし。
はっ、明日からどんな顔で一ノ瀬先輩に会えばいいのー!?