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「とっとと一ノ瀬先輩と別れなさいよ!」


 えーと、もう別れているんですが?



 話は今朝に遡る。

 愛花ちゃんとして生活出来るようになって、早6日目。学校生活も今日で3日目の朝。

 下駄箱で靴を履き終えた時にその子はやって来た。


「篠塚愛花。記憶喪失って本当?」

「はい、そうです! 私が篠塚愛花です」


 瀬田さん以外の女の子から声を掛けられたのは初めてで、満面の笑顔で答えた。

 女の子は私の肩ぐらいの身長で、ツインテールのつり目さんだ。か、可愛い! ネットで見たことがあるお人形さんみたい。

 その女の子を見てにこにこしていると、


「ぎゃふっ、」


 顔になにか冷たい物が。べちゃ、と下に落ちたそれは、濡れた雑巾だった。


「記憶がないんだったら、とっとと一ノ瀬先輩と別れなさいよ!」

「え?」


 大きな声で叫ぶものだから、周りの人達から注目される。なんなら声を掛けてください。

 困惑する私に苛立った様子の女の子は、もう片方の手に持っていた雑巾を投げ付けた。思わずかわしてしまったけど、私反射神経いいのかも!


「あんたなんか本当は好きじゃないんだから! 一ノ瀬先輩は間宮先輩が好きなの! 邪魔なのよあんたは、このブス!」


 なんだろう。雑巾を投げ付けられたことよりも、ブスって言われた方がショックだ。だって、愛花ちゃんの顔はこんなにも可愛いのに。

 人は性格が顔に出ると言うけれど、もしかして私の性格が歪んでいるから、愛花ちゃんの顔がブサイクになってしまったのかも……ああ、愛花ちゃんに申し訳ない。

 ショックで足下がふらつきそうになった時、後ろから誰かが支えてくれた。


「大丈夫?」

「田中くん」


 肩を支えられ見上げれば、心配そうな顔をした田中くんがいた。


「なにがあったの?」

「あ、あんたには関係ないでしょ!」


 ツインテールの女の子が少し慌てたように、数歩下がって、眼が挙動不審になってる。

 田中くんは私の顔と足下に落ちた雑巾を見て、眉を寄せ、ちょっと怖い顔になった。


「篠塚さんになにしたの?」

「だから、あんたには関係ないでしょ! その女が悪いんだから! その女が一ノ瀬先輩と別れないからよ! いい、絶対別れなさいよ!」


 悔しそうに唇を噛み締めて、女の子は走り去って行った。

 あの女の子が誰なのかわからないけど、一ノ瀬先輩と別れて欲しいって言ってったけ。別れてもなにも、もう別れて……あれ? そう言えば一ノ瀬先輩に別れ話を伝えてないような。と言うことは、私と一ノ瀬先輩はまだ付き合っているってこと?

 ドクンッ

 あれ、心臓が。顔が熱くなっていく。


「篠塚さん大丈夫? 気にすることないから」


 雑巾を拾い気を使ってくれる田中くん。いけないいけない、お礼を言わなくちゃ。


「ありがとう田中くん。私は大丈夫だよ」

「そう、ならいいけど」


 田中くんは優しいな。いつかお返しがしたい。

 雑巾は田中くんが片付けてくれて、少し汚れた顔を手洗い場で洗った後、教室へと向かった。


 一ノ瀬先輩に会いに行こうにも、クラスがわからないから会いに行けない。確か役員の人は、お昼ご飯を食堂の2階で食べるって、田中くんが言ってたような。

 よし、お昼ご飯の時に伝えに行こう。ついでに今日のお昼ご飯はなににしようかな。



 食堂はいつものように人でいっぱいだ。食券の自販機の前でなににしようか考えていると、聞き覚えのある歓声が。生徒会の人達が来たって、わかりやすくて助かります。

 ナポリタンの食券を買って、後ろに並んでいた生徒会の皆の所に行く。御子柴くんの身長が高いからすぐ見つかりました。


「こんにちは、御子柴くん」

「篠塚か。学校には慣れてきたか?」

「はい、楽しいです」

「仲良いね、二人とも。俺には挨拶ねーの?」


 御子柴くんの隣から、ひょいっと顔を出した榊さん。その横には千葉くんもいたけど、一ノ瀬先輩は見当たらない。残念。


「誰探してんのー? ああ、和樹に会いたかった? 残念だけど、和樹は桜子と楽しくお弁当を食べてるんじゃない」


 ニヤニヤと楽しそうに笑ってる榊さん。なにか楽しいことでもあったのかな?


「こんにちは榊さん。一ノ瀬先輩に伝えたいことがあったんですけど、それなら放課後にしますね」

「伝えたいこと?」

「まだちゃんと伝えてなかったので。私と一ノ瀬先輩が別れて、好きな人と付き合ってくださいって」

「あー……そのことね。ちょっと待って」


 ポケットからスマホを取り出し、なにか操作している。

 それにしてもさっきから周りの視線を感じるんだけど、生徒会の皆がいるからかな? 毎回この視線を集めているなんて、かなりすごい人達なんだろう。同じ生徒会の一人として頑張らなきゃ。


「和樹には連絡しておいたから、ご飯食べたら生徒会室に行きなよ」

「えぇぇっ、わざわざお呼びだしして頂けたんですか? そんな、悪いですよ。私の方から行きますけど」

「いいって。あまり人に聞かせるような話じゃないしね」


 なんて配慮の仕方。そこまで気が回らなかった。

 だけど待たせちゃ悪いし、早くご飯を食べて先に生徒会室で待っていよう。


「篠塚も2階で食べるか?」

「折角ですが私は1階の方が……」

「いいね、そうしよう。さ、行こう愛花ちゃん」


 私の返事も待たず、榊さんはナポリタンを乗せたお盆を持って、2階へと連れて行かれました。

 考えてみたらこれって、一緒にご飯を食べようってこと? 本当に? やった、一緒にご飯食べてくれるなんて優しい!


「今日はナポリタンにしてみました」


 丸いテーブルの上に並べられた美味しそうなご飯。お腹の音が押さえられません。

 食堂の2階の壁は赤色で、綺麗な絵画が飾られている。お洒落な白いテーブルに対の椅子。壁にそってふかふかそうなソファなんかも用意されていて、高級感がちょっとある。

 でも2階にいる人達は静かに食事をしているから、1階ほど賑やかじゃない。やっぱり1階の方が楽しそうでいいな。


「御子柴くんの唐揚げは山盛りですごいですね。さすがです」

「また油物ですか。胸焼けしますよ、全く」


 文句を言いながら食べている千葉くんのご飯は、なんと和食御膳。料亭並の高級感と見栄えの良さ。おふ、そんな物まであるなんて。これが普通なのかしら?


「今日は部活に出なきゃいけないから、生徒会室に行けないけどよろしくね」

「はい、頑張ってください」


 榊さんはなんの部活をしているんだろう? 気になったけど、それより食べている物の方が気になって聞かなかった。

 だって榊さんが食べているのはハンバーグ。小さな子供が好きなおかずのランキングの上位を争う、大人気のおかず。しかも、ナイフで切った所から美味しそうな肉汁が……ゴクン、ああ、美味しそう。

 どうして人が食べている物は美味しそうに見えるのかな? 困っちゃうよ。


「食べる?」


 ジッと見ていたのに気付いたのか、一口サイズに切ったハンバーグを目の前に差し出した。


「いえっ、榊さんのご飯が減ってしまうので」

「気にしないって。はい、あーん」


 目の前に揺れる、美味しそうなハンバーグ。うぅ、誘惑に弱い私を許してください。


「そ、それじゃ……いただきます。あーん」


 パクっと口の中に入ったハンバーグ。あっさり味の和風おろしハンバーグを1回噛んだ瞬間、舌の上に広がる肉汁。柔らかい食感。これはっ、


「おいひぃ」


 ひき肉に塩コショウの味がしっかり付いてる、とっても美味しいハンバーグ。これのデミグラスバージョンも食べてみたい。いや、食べるしかあるまい!


「……篠塚、唐揚げも食べるか?」

「えっ、悪いですよ」

「遠慮するな。食え」


 唐揚げを1つ箸で摘まみ、榊さんと同じように目の前に持ってくる。くぅぅ、唐揚げの匂いがお腹を刺激されちゃう。


「それじゃあ1つだけ、いただきます。あーんっ、あふあふっ」


 揚げたてだったらしく、熱々の唐揚げの外はサクサクで、中のお肉は柔らかくてジューシー。

 なにこれ、こんな美味しい唐揚げは初めて。


「むふふふっ、おいひぃ」


 美味しい物を食べた時って、人は笑顔になれる。まさに、美味しいご飯は人を幸福にさせる力を持ってるよね。


「……ねぇ、愛花ちゃん。こっちの海老フライを一口食べてみない? 美味しいよ」

「それならこっちの肉団子はどうだ?」


 何故か次々におかずを勧めてくれるけど、二人のおかずがなくなっちゃうよ。断ろうとしたら、


「俺あんまりお腹空いてないから、愛花ちゃんが食べてくれると嬉しいな」

「どうせ後で売店に行くからな。気にするな、ほら」


 戸惑ったけど、折角のおかずが冷めたら勿体ないので、一口ずつだけ頂きました。


「まるで雛鳥に餌をあげてるみたいですね」


  


 ご飯を食べ終えた私は、速足で生徒会室に向かった。少し食べすぎてお腹が辛いけど、心は幸福に満たされています。優しい人達で良かった。

 生徒会室のドアをノックすると、中から一ノ瀬先輩の声がした。先に待っているはずが、しまった。


「失礼します。すいません、お呼びしてしまって」

「いや。なにか用か?」


 気のせいか、一ノ瀬先輩の顔が暗い。急に呼び出して怒ってるのかな?

 あっ、そう言えば確か一ノ瀬先輩は桜子さんとお弁当を食べていたって……なんてことをぉぉっ!? 二人の幸せ一時に邪魔をしてしまうなんて。謝らなきゃ。


「お昼ご飯を邪魔をしてしまって本当にすみません!」

「その事はいい。用件は?」


 頭を下げても聞こえてくるのは、冷めた声。悲しくなっていく。一ノ瀬先輩が怒っているのが悲しいんじゃなくて、嫌な思いをさせてしまったことが、悲しい。


「あの、榊さんから聞いたんですけど。私と一ノ瀬先輩が付き合ってるって」

「……ああ」


 一ノ瀬先輩は私を見ることなく、手にしている本を読んでいる。早く終わらせて欲しいと言わんばかりに、私を見てくれない。この間の公園で見たあの笑顔が、幻だったんじゃないかって思えてしまうぐらいに、私を嫌っているんじゃないかと。

 手が、足が、震える。この場から逃げ出したいけど、伝えなければならないことがあるから、だから頑張れ私!


「先輩には好きな人がいるって聞きました」

「………」

「もしそうだったら、私と別れてその人と付き合うべきです!」

「は?」


 やっと顔を上げてくれた一ノ瀬先輩。その眼に私が映ってるかと思うと、また胸が締め付けられた。今思ったけど、一ノ瀬先輩の時にだけ胸が痛くなる。どうしてだろう?


「ごめんなさい。本当は金曜日のあの時、お伝えするべきだったんですけど。以前の私が、先輩と好きな人の間を引き裂いてしまって、本当に申し訳ありませんでした」


 伝えたかったことを全て話終わった時、先輩は少し困ったような顔をした。


「それが呼び出した理由?」

「はい」

「そう、か」


 少しだけ間を置かれ、持っていた本を机の上に置き椅子から立ち上がると、ゆっくり私の方へと近付いて来た。


「わかった。ありがとう愛花」


 優しく微笑む一ノ瀬先輩。その笑顔を見た途端、緊張していた私の体から力が抜け、その場にヘタリ込んでしまった。


「大丈夫か!?」


 驚いた一ノ瀬先輩に腕を掴まれ、立ち上がることが出来ない私の視線に合わすかのようにしゃがんでくれる。ああ、今日もカッコいい。


「大丈夫です。先輩の笑顔を見たら、安心して力が抜けちゃっただけなので。もう、怒ってないですか?」

「ん、そんなに怒っていたように見えたか?」


 一ノ瀬先輩は口許を隠すように手で被い、首を傾げる。自覚なかったんだ。

 入って来た時からピリピリした雰囲気で、お昼ご飯の時間を邪魔してしまったことに、怒っていたのかと思ったと伝えると、


「怒ってはいない。ただ、愛花からの呼び出しにはあまり……良い思い出がないからな」


 苦笑いされた。そして私の耳がピクッと動く。

 今までの経験からして、良くないことぐらいわかる。聞かない方がいいんだろうけど気になっちゃう。


「あの、例えば?」


 恐る恐る聞いてみる。どうか愛花ちゃん、一ノ瀬先輩に怪我をさせていませんように。

  

「……抱き付かれたり、腕に絡み付かれたりだな。後はその、キ」

「いやぁぁぁああああっ!!」


 なんてこと!

 確かに一ノ瀬先輩と愛花ちゃんは付き合ってたかもしれないけど、自分から一ノ瀬先輩に抱き付くなんて……無理無理無理無理無理無理無理無理!!

 想像したら恥ずかしくなってしまって、両手で顔を隠す。一ノ瀬先輩の顔が見れないよ!


「愛花?」

「すいませんすいませんすいません! もう二度とそんなことしませんので。ああ、本当にもう……」


 愛花ちゃーん、大胆過ぎるよぉぉ。

 ふと気付いたのは、悠哉くんには裸を見られても恥ずかしくなかったのに、どうして一ノ瀬先輩には抱き付くのが恥ずかしいと思ったんだろう? ましてや裸なんて、


「いやぁぁぁああああっ!!」

「落ち着け!」


 顔が熱くてたまんない。耳まで真っ赤なんじゃないかってぐらいに、顔が火傷しそうだった。

 動揺して慌てふためく私を落ち着かせようと、頭を掴み乱暴に揺さぶる。げぶぶぶ、脳みそが揺れちゃう。あ、懐かしい感覚かも。


「落ち着いたか?」

「あう……お騒がせしました。あの、先輩」

「なんだ」

「もう先輩に抱き付いたりしませんのでご安心ください。桜子さんとお幸せに」


 深呼吸をして、真っ直ぐに一ノ瀬先輩を見て告げる。これで、私と一ノ瀬先輩はただの先輩と後輩。これからは一緒に生徒会を盛り上げたり、楽しい学校生活を送りたい。


「ああ」

「ふふ、先輩は桜子さんのことが大好きなんですね。今、すごく優しい笑顔になりました」

「からかうな。まぁ、好きだがな」


 桜子さんを思い出したのか、同じ優しい笑顔だけどなにかが違う。もっとこう、愛しむようなそんな感じ。

 ……ズキッ

 なんで涙が出そうになるの? 先輩の笑顔が見たかったはずなのに、なんか辛い。


「っ、もう行きますね。来ていただいてありがとうございました」

「いや。今日は体育祭のプログラムの流れを伝えるから、また放課後に此処で」

「はい、失礼しました」


 生徒会室から出ると、逃げるように足早に駆け出した。

 いたくなかった。どうしてなのかはわからないけど、あの場所にいたくなかった。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴って、廊下にいた他の生徒達も同じように駆け出す。教室の着くまでの間、桜子さんを好きだと言った一ノ瀬先輩の笑顔がずっと頭から離れなかった。


「……あれっ?」


 気付いたら眼からポロポロと涙が零れて、何度拭っても止まらず、どうして涙が零れるのかわからない。でも、自分が泣いているのだとわかったら、涙だけじゃなく声まで出てしまう。


「う、う……どうして、涙が、出るの?」


 痛いのは慣れてるはずなのに、胸の痛みが苦しくて苦しくて。自分のことなのにわからなくて、不安と言い様のない悲しみが溢れ、涙が止まるまでその場から動けなかった。




「本人は自覚なし、か。ごめんねぇ、愛花ちゃん」





 5時間目が自習だった為、少し遅れたけど皆は気にしていなかった。

 ただ田中くんは、私の目が赤くなっているのに気付いて気に掛けてくれたけど、私自身も理由がわからないので、なんでもないと応えた。納得はしてくれなかったみたいだけど。

 気を取り直して、6時間目を頑張ろう。辛いことも楽しいこともあるのが、生きている証拠なんだから。


 6時間目は体育祭の練習です。二人三脚は、二人のコンビネーションが大事。ペアの田中くんと一緒に掛け声を掛けながら、体育館をグルグル回ります。


「いっちに、いっちに」


 最初はゆっくり、徐々に速く。田中くんが私に合わせてくれるので、とっても走りやすい。躓いても心配してくれるし、他のペアの人達のように怒鳴ったりしない。菩薩様みたいだ。今度拝もう。


「いっちに、いっちにって、うわっ!」


 暫く躓かず走れて気を抜いてしまったのか、二人の息がズレてしまった。油断大敵。

 田中くんのバランスが崩れ私の方に倒れかかってしまい、当然受け止めることが出来ず尻餅をついた。


「いたたたっ」

「ご、ごめん! だいじょっ」

「はい、大丈夫ですよ。田中くんは怪我ないですか?」


 尻餅をついた私の上を覆い被さり、田中くんの顔が近い。あ、首筋にほくろが発見。


「うわっ、ごめ、ごめん!」


 慌てて立ち上がり離れようとするけれど、お忘れですよ? 今は二人三脚の練習なので、田中くんと私の足首は固く繋がっている。なので、


「いたたたっ」

「あ、ごめん! 掴まって」


 足を引っ張られ足首に痛みが走り、田中くんが焦って私を起き上がらせようと腕を引っ張った。 


 だけど足の縺れと、引っ張られた反動で今度は田中くんの方に倒れてしまう。


「あいた、田中くん大丈夫ですか?」

「う、うん……さっきからごめん」

「いいえ、練習ですから失敗してもまた立ち上がればいいんですよ。それより怪我がなくてよかっです」


 誤って足を捻ったりしたら大変だ。

 田中くんの上に乗ってしまったままの状態だったので、ゆっくり起き上がり再び練習再開。目指せ、1位!


「……役得ってこういうことだよな」

「どうかしましたか?」

「ううん、頑張ろうね」

「はい!」



 授業も終わり、生徒会室に向かう途中でまたあの子と出会った。ツインテールのつり目の彼女は、腕を組んで苛立ち気に睨んでくる。


「遅いわよ!」


 え。約束でもしてたかな? 身に覚えがないんだけど。でも私を待っててくれたみたいだし、ここは謝っておこう。


「待っててくれたんですか? ごめんなさい」

「誰があんたなんか待つもんですか!」


 え、どっち!?


「今朝私が言ったことは覚えてる?」


 今朝というと、一ノ瀬先輩と別れてと言われたことかな。もしかして一ノ瀬先輩から聞いたのかもしれない。


「はい、覚えてます」

「だったらなんですぐに別れないのよ! あんた記憶がないんだから、先輩の傍にいる必要ないでしょ!」


 廊下に響く彼女の声。指を指して今朝と同じことを言うけど、まだ伝わってなかったみたい。


「私と一ノ瀬先輩は」

「あんたの言いたいことぐらいわかるわよ。別れたくないんでしょ?」

「え、」


 私の言葉を遮り、正反対なことを言う。人の話は最後まで聞きましょうって、看護師さんから言われたことあるな、なんて思い出してしまった。今ならその気持ちわかります。


「いいこと? 一ノ瀬先輩には間宮先輩がいるの。あんたなんか入る隙間がないぐらい、二人は想いあってんのよ」

「えっと、だから」

「虚しいと思わないの自分がやってることが。無駄なことなのに二人を傷付けて、あんたがやってることは最低なことなんだから!」

「あのっ」

「とっとと一ノ瀬先輩と別れなさいよ!」


 だからもう別れてるんだってば。私の話聞いてー。



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