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 あれから家に帰っても、頭の中は一ノ瀬先輩でいっぱいだった。浮かんでくるのは優しく微笑む横顔。ああ、胸が苦しい。

 今日が土曜日で良かった。どんな顔をして会えばいいかわからないもん。だけどこのままじゃ月曜日になった時に困っちゃう。対策を考えなければ……そう思ったけど、一ノ瀬先輩のことを考るだけで頭が熱くなって、なにも考えられなくなるからお手上げだ。

 胸が苦しくて食欲が湧かないはずなのに、それでもお箸は進むんだから不思議。

 お昼ご飯を食べ終えた私は、ソファの上でゴロゴロしていてた。

 悠哉くんは部活だし、お母さんは仕事。頼まれたお手伝いは張り切って朝のうちに終わらせてしまったから、やることがなくなって暇なんだよね。だから余計に考えちゃう。


 よし、此処はお出掛けしよう!



「たーんけん、たーんけん」


 真っ白なレースのワンピースと白のミュール。日射しが強そうだから日傘を持って、ご近所を探索中です。

 学校までの道のりも覚えたいから、取り敢えず駅までスマホを見ないで歩いてみよう。

 庭が綺麗なお花でいっぱいのお家や、日本伝統の和風のお家。犬を飼っていたり保育園があったりと、愛花ちゃんのお家の周りは好奇心をそそるもので溢れていた。

 会う人会う人に挨拶をしながら駅を目指していたはずが、犬の散歩中の人と話ながら歩いたり、川を見つけて川沿いを歩いていたら公園があったのではしゃぎまくったりしたりと、当初の目的をすっかり忘れてしまっていた。

 だって公園だよ!?

 ブランコやジャングルジム、すべり台に砂場。こんな楽しそうな物見たら遊ぶしかないでしょ!

 近所の子供達と一緒に砂場でお山を作ったり、かくれんぼをしたりと、汗を掻くまで遊んでいた。


そうして子供達が帰る頃に漸く気付く。


「何処なの此処」


 辺りを見回しても見覚えのある建物はない。人に聞こうにも人通りはなく、頼みの綱の子供達はいない。さっき最後の一人が親の車で帰ってしまったから。

 どうしよう。

 そうだスマホ! スマホで現在地を調べればいいんじゃない!

 鞄からスマホを取り出して触れてみたけど、反応がない。電源を入れてみても反応がない。つまりこれは、


「充電がなーーい!」


 嘘、嘘だよね!?

 何度も電源を入れても画面は真っ暗なまま。

 そういえば昨日から充電してない。今朝はまだ電源入ってたけど、何パーセントあるかなんて見てなかった。普段持ち歩いたりしないから失敗した! と言うことは……


「私、迷子ぉお!?」

  

 齢17歳にして迷子。項垂れるように、その場に座り込んでしまった。まさか迷子になるなんて……確か迷子になった時は無闇に動かないこと。余計に迷ってしまうから。

 立ち上がりスカートに付いた砂を払い、ブランコに座る。さっきまで、立ちこぎまでしてしまうぐらい楽しかったブランコも、今は心細くて楽しくない。

 誰もいない公園に、ブランコに乗っている影がひとつだけ揺れている。子供達の笑い声がない公園は寂しくて、


「う……っ」


 目の前が歪んでいく。ポタポタと膝に落ちる滴。まるで私の心に不安という滴が落ちて、染みが出来ていくかのように。

 このまま帰れなかったらどうしよう。


「ひぐっ、うー……」  

 耐えきれなくて次第に泣き声が漏れていく。子供みたく、ブランコに乗って泣いていた。


「どうした?」

「っ! ぶえっ」


 頭上から声がして顔を上げれば、涙で歪んだ景色の中に誰かが立っていた。慌てて眼を擦り、もう一度顔を上げると、


「愛花?」

「ひぐっ、い、い、一ノ瀬先輩っ!?」


 救世主のように現れたのは、出来れば今会いたくなかった人でした。

 なんで一ノ瀬先輩が此処に!? 寄りによって泣いている所を見られたなんて恥ずかしい。


「こんな所でどうした?」

「え、えっと、その」


 直視出来ず眼を逸らす。気まずさもあるけど、先輩の顔が何故か見れない。迷子になって血の気が引いていたはずなのに、今じゃ沸騰しそうなぐらい熱い。

 昨日のことで気まずくて会いたくなかった。だけど今、一ノ瀬先輩に会えて嬉しいと思ってる自分がいる。なんで?


「……どうして泣いていた」

「あう……笑わないでくださいね」

「ん? ああ」


 心配そうな声を聞いて胸が痛み、私は観念して正直に話した。


「家の近所の地形を覚えようと探索していたんですが、川とかワンちゃんとかに釣られてこの公園を見つけたんです。此処にいた子供達と遊んでいたら……帰り道がわからなくなってしまって」

「……つまり、迷子か?」

「うう、お恥ずかしながらそうです。スマホで現在地を調べようにも、充電するのを忘れて電源が入らず、途方に暮れてました」


 呆れたかな。高校生にもなって迷子だなんて恥ずかしいよね。

 でも、一ノ瀬先輩と会えたお陰で不安がなくなった。独りじゃない。


「ふ、ふは」

「先輩?」

「いや、悪い。それなら俺が家まで送ろう」


 今一瞬笑ったよね? 笑ったよね? 理由はどうであれ、一ノ瀬先輩が私に向かって笑ってくれた。

 胸がぎゅって締め付けられる。私の心臓はどうなっちゃったんだろう……て、え?


「私の家知ってるんですか?」

「ああ。何度か送ったことがあるからな」

「先輩は救世主様です!」

「は?」


 やったー! 家に帰れるー!

 道路の脇を先輩の隣で歩く。おふ、近い。深呼吸だ深呼吸。また昨日みたいなことにならないように、なるべく一ノ瀬先輩の顔を見ないようにしよう。

 私は一ノ瀬先輩と一緒にいるだけで嬉しいからいいんだけど、先輩は無言で歩いててつまらなくないだろうか? なにか、なにか話題を。


「しぇ、先輩のお家はこの辺りなんですか?」


 緊張のあまり噛んでしまった。


「いや、俺の家は此処から2駅離れた場所だ。塾の帰りで此処を通って、たまたま愛花を見つけた」

「ほへー、塾の帰りなんですか。大変ですね」

「受験生だからな」


 そっか、一ノ瀬先輩は3年生だから来年は大学生なんだ。一緒にいられるのも後1年もない。う、胸が。

 あれ、私一ノ瀬先輩に言わなきゃならないことがあったような。

 あっ!


「一ノ瀬先輩っ!」


 急に立ち止まり声をあげた私に、先輩は驚いた顔をした。

 さらさらと風になびく髪。すらっとした体型は無駄な贅肉が付いていない。シャツから見える鎖骨と、腕捲りした一ノ瀬先輩のがっしりとした腕が男らしさを感じさせる。ああ、カッコいい……て、ちがーーう!!


「昨日はすみませんでした! いきなりプリントを投げ付けてしまって」

「ああ、そのことか。気にしてないから謝る必要はない」


 深々と頭を下げれば、さらっと流された。私の緊張と悩みはいったい……

 だけど気にしてないって言ってくれて良かった。一ノ瀬先輩の心は広いな。見習わなくちゃ。

 話しているうちに見知った場所に出た。此処からなら家まで帰り道がわかる。


「此処からなら帰れます。本当にありがとうございました」

「そうか。気を抜かず、真っ直ぐに帰れよ」

「はい! 先輩もお気をつけて」


 軽くお辞儀して立ち去ろうとした時、先輩の後ろから自転車に乗った悠哉くんがやって来た。


「おかえりー!」

「げっ」


 嫌そうな顔をしても、立ち止まってくれたから嬉しい。

 部活帰りの悠哉くんは少し疲れた様子。家に着いたら肩を揉んであげよう。

 ふと、自転車のカゴに入っていた1本のお花に目がいく。


「カーネーションだよね、これ」

「……ああ」

「明日は母の日だからな。優しいな悠哉は」

「別に、んなことねーすよ」


 照れているのか、顔を逸らす悠哉くんは可愛いと思います。だけどちょっと待って。


「母の日!? 明日母の日なの!?」


 なんてこったい! 大事な母の日に何も用意してないなんて!

 こうしちゃいられない。急いで帰って考えなくちゃ。


「先輩っ、私帰ります。送ってくださってありがとうございました!」


 もうダッシュで家へと目指す。もう日が暮れたから買い物には行けないけど、ネットでなにか良いものがないか探そう。お母さんが喜ぶようなサプライズがしたい。


「嵐のようだな」

「記憶がなくなっても一ノ瀬先輩を振り回してんすか」

「いや、そういう訳じゃないんだが……本来の愛花は、あんな無邪気だったのかと思ってな」

「……どうなんでしょうね」





 翌日、お母さんは仕事で朝からいません。

 早速取り掛からなきゃ。いつも家のことをしてくれるお母さんに代わって、今日は私が炊事、洗濯、掃除をします。

 洗濯機の使い方は昨日見ていたのでわかるし、窓拭きと掃除機をしたらお昼の時間に。

 眠たそうに欠伸をしながら、悠哉くんがリビングに入ってきた。


「おはよう」


 返事もなく素通りして冷蔵庫を開け、お母さんが作ってくれた焼きそばをレンジで暖めている。もうお昼なんだし、お腹空いてるよね。洗濯物を干したら私もご飯食べよう。


「……なにしてんだよ」

「え? 母の日なのでお手伝いをしようと」

「ふーん」


 一緒にご飯を食べようとした頃には悠哉くんは食べ終えていて、ソファに座ってテレビを付けた。

 食器を洗った後は買い物だ。急がなきゃ間に合わない。

 スマホで地図を確認しながら、スーパーへと向かう。なにか物を送ろうと思ったけど、好みがわからないし時間もないから夕食を作ることにした。

 皆が食べれて初心者の私にも作れるご飯。カレーだ。え、一昨日食べただろって? 気にしない、気にしない。何回でも食べれます。


「じゃが芋と人参と玉葱。後はお肉とカレー粉かな」


 初めてのスーパーにドキドキさせながら店内に入ると、色とりどりの野菜が! こんなに沢山の食材があるなんてすごい! あ、こっちは果物のコーナー。バナナに林檎、苺まで。なんでもあるんだなー。


「あっ、当初の目的を忘れるところだった」


 つい物珍しくて他の商品に目移りしちゃう。必要な食材をカゴに入れてと。あっ、生のお魚初めて見た! 今にも動きだしそうなぐらい新鮮そう。これがお魚、触りたい。

 そんな風に店内を歩き回ってははしゃいでいたから、買い物が終わる頃には3時を過ぎていて、慌てて家に帰った。



「さーて、作るぞー」


 野菜を並べ、作り方が書いてあるカレー粉の箱の裏面を見る。


「えーと、先ずは野菜を一口サイズに切るんだね」


 土が付いたじゃが芋を洗い、人参もさっと洗う。調度その時、悠哉くんがリビングに入ってきた。


「……なにやってんだ」

「母の日なので夕食を作ってあげようかと思って」

「食えるもん作れんのかよ」

「頑張ります!」

「………」


 あれ、悠哉くんの目がスーパーにいたお魚のように。

 取り敢えず野菜は洗ったから、早速切っちゃおう。初めての料理だから楽しくてしょうがない。まな板にじゃが芋を乗せて、いざっ!


「ちょっと待て!!」

「え?」


 じゃが芋を切ろうとしたら、ものすごい形相の悠哉くんが止めに入った。


「なんで包丁を両手で持って、んな勢いよく振り下ろそうとしてんだよ! 斧か!」

「芋は固いので力いっぱい切った方がいいかと……」

「しかもまだ皮剥いてねーじゃねーか。皮剥いてから切れ」


 なるほど。先に皮剥いちゃうのか。

 左手にじゃが芋を持って包丁で剥こうとするも、右手が震えて上手く出来ない。うぅ、これちょっと怖いよ。


「たく、貸せ。テメーはピーラーで人参の皮でも剥いてろ」


 そう言って私から包丁を取り上げ、手を洗った悠哉くんはスルスルとじゃが芋の皮を剥いていく。職人ですか!?

 わ、私だってお姉ちゃんっぽい所を見せなきゃ。

 これがピーラー。引き出しにあったピーラーを使って、人参の皮を1回さっと剥く。何これ、気持ちいい! これなら私にも出来る。


「悠哉くんは料理が上手ですね」

「これぐらい普通だろ。テメーが不器用なんだよ」

「精進あるのみですね。ところで悠哉くん」

「前向き過ぎじゃね? あー?」

「人参って何処までが皮なんですか?」


 さっきから剥いてるんだけど、境目がわからない。だからずっと剥いてたら細くなってきちゃった。


「ばっ! アホかテメーは! 一回りしたら終わりだ。勿体ねーことしやがって」

「えぇぇっ、そうなんですか!?」

「それぐらいの知識を付けてから料理しろ!」


 なんてことをしてしまったの。農家の方が作ってくれた人参を無駄にしてしまうなんて。

 落ち込んでいる私の隣で盛大な溜め息を付いた悠哉くんが、細くなった人参とペラペラの人参をボールに入れた。


「まだじゃが芋余ってるから、ポテトサラダに使えるだろ」

「悠哉くん……ありがとう!」

「次は失敗すんなよ」

「はい!」


 そうして順調に野菜と肉を切り(主に悠哉くんが)、カレーは出来ていくのでした。料理は愛情。だからたっぷり念じますよ。手をかざして美味しくなーれ美味しくなーれ、と。


「なにしてんだ」

「愛情を送っているのです。お母さんが喜ぶような美味しいカレーになりますようにって」

「呪ってる魔女にしか見えねーぞ」



 時刻は6時前。そろそろお母さんが帰って来る頃です。

 外に干した洗濯物はすっかり乾いていたので、畳もうと頑張るものの、上手く畳めない。見兼ねた悠哉くんが又もや手伝ってくれました。

 こんな優しい弟を持ってお姉ちゃんは幸せ者です。


「不器用にも程があんだろ。皺くちゃじゃねーか、ちゃんと伸ばしてから干せ」


 うん。悠哉くんなら何処にお嫁に行っても大丈夫だね。て、言ったら怒られました。



「ただいまー」

「あ、おかえりなさーい!」

「カレーの匂いがするけど、悠哉食べたの?」


 仕事から帰って来たお母さんが、カレーの匂いに気付き悠哉くんに声を掛ける。


「ちげーよ。作ったんだよ」

「え? あら、部屋が綺麗になってる。それに洗濯物も」

「お母さん!」


 驚いてるお母さんの顔が見れたので、サプライズは成功かな?


「いつもありがとう。今日は母の日なので、感謝を込めて、今日の夕食は悠哉くんと二人で作りました」

「殆んど俺が作ったようなもんだけどな」


「うん、悠哉くんは料理の天才かも知れません。包丁捌きがすごいんですよ!」

「嫌み通じねーのかテメーは」


 目を見開いて驚くお母さん。ついでに掃除や洗濯も済ませましたと言えば、もっと驚かれた。ふふふ、やったね! 大成功。

 カレーを机の上に並べて、最初にお母さんが一口食べてみる。


「っ、美味しいわ」

「やったね、悠哉くん」

「まあまあだな」


 もう食べ始めちゃった悠哉くんは、バクバクとスプーンを口に運ぶ。優しくて照れ屋さんなんて、可愛すぎですよ。


「本当に美味しわ。ありがとう、二人とも」


 優しく微笑むお母さんの目は、少しだけ涙ぐんでいるように見えた。

 作ってみて初めてわかる、料理を作る大変さ。仕事もあるのに、毎日作ってくれて本当にありがとう。

 少しでも手助けをしたいから、また作ってあげたい。今度は学食のような、トロトロのオムライスを作りたいな。その時はまた今日みたいに、悠哉くんと二人で頑張りたい。


「玉子焼きを作れるようになってから言え」


 その前に玉子割ったことないです。



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[気になる点] ご飯、炊いてない?
[気になる点] 生徒会で沢山手伝いをして帰って、夕ご飯ではないでしょうか。町内散策は日曜日で。 :お昼ご飯を食べ終えた私は、ソファの上でゴロゴロしいてた。 スマホのロックはかかってなかったようですね。…
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