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 状況を整理しよう。落ち着くんだ私。もう一度、榊さんが言ったことを思い出してみようではないか。

 和樹っていう人は一ノ瀬先輩のことなのかな? 話の流れ的にそうだと思う。

 一ノ瀬先輩は私に会いたくないらしく、仕事の邪魔にしかならないから帰って欲しいと。でも私と一ノ瀬先輩は恋人同士で、実は一ノ瀬先輩には好きな人がいる。


「……なんで私と一ノ瀬先輩は付き合ってるんですか?」

「それ聞いちゃう?」


 にやにやと笑う榊さんを止めようとする御子柴くんと、我関せずの千葉くん。

 だってよく考えてみてもおかしいもん。一ノ瀬先輩には本当に好きな人がいるでしょ? ならなんで愛花ちゃんと付き合っているんだろう?


「知りたいです」

「あまり気分の良い話じゃないぞ」

「でもさ、何れはわかることでしょ? 今話しても変わりはないと思うけど」


 私としても知りたいので教えて欲しいけど、この空気からして良くないことぐらいは私にもわかる。しかし! 家族と先生のことで、多少の事でも動じない自信はある。さあ、なんでも来い!


「桜子って女の子がいるんだけどね、和樹とその子は両想いなんだよ。だけど、去年和樹に惚れた女の子が現れて、二人の仲を引き裂いた。自分と付き合わなければ、桜子をイジメるってね」

「え」

「最初は和樹も抵抗したんだよ。俺とそこにいる、健人と一緒に説得もしたんだ。だけど逆効果でしかなく、桜子は孤立させられた。女の子のイジメって怖いよね」 


 顔は笑っていても目が笑っていない。

 そして愛花ちゃんなんてことしてるのー! よく言うじゃん、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて……洒落になりませんね、はい。


「イジメ、ですか」

「最初は陰口から始まったかな。和樹は顔が良くて責任感が強く、文武両道だから人気もあった。桜子が和樹に言い寄っているって噂が流れて、和樹を好きな子からハブられ始めた時、和樹が怒ってね。誤解を解いて、自分は桜子が好きだと言ったんだ。それも公の場で」


 まるで恋愛漫画のような。一ノ瀬先輩ってそんなにすごい人なんだ。是非とも会ってみたいけど、本人に避けられているから会えない。

 だけどその話だと、一ノ瀬先輩と桜子さん、だったかな? その人と両想いですって宣言したようなもの。だったらなんで愛花ちゃんと付き合うことになったんだろ?


「人って単純なものでさ、簡単に流されていくんだよ。あれだけ桜子を嫌っていたのに、和樹の一声であっさり態度を変える。軽く謝っただけで、なかったことにするんだ。ヘドが出るね」


 その時のことを思い出したのか、苦虫を潰したように顔歪ませ、軽く舌打ちをした。


「実際、周りに合わせてしまうのが普通だ。悪いことをしているとわかっていても、周りと同じなら安心してしまう。イジメが駄目だと言うのは簡単だが、あの現状でそれを言うのは普通なら無理だろう。俺も、力不足だった」

「御子柴くん……」


 私は学校に行ったことがなかったから、集団行動とかしたことがない。皆と一緒なら楽しいことがいっぱいあるんだろうな、とか思っていたけど、それだけじゃないのかもしれない。ネットでもイジメの問題の記事をよく見掛けたし。悲しくなるから内容は見なかったけど。


「……学校の雰囲気も丸くなって、これで終わったと思った頃だった。桜子が階段から落ちたんだ」

「えぇっ!?」

「桜子は足を滑らしたと言っていたけど、数日後、和樹と愛花ちゃんが付き合うことになったんだよ。どういう経緯かは教えてくれない。でも、ちょっと考えればわかるよね?」


 綺麗な顔で笑う榊さんですが、私の頭の中は桜子さんのことでいっぱい。


「怪我は? 桜子さんに怪我はなかったんですか!?」

「は?」

「捻挫はしたが1週間で完治したはずだ」

「捻挫!?」


 軽く見られがちだけど捻挫は質が悪い。きちんと治さないと後遺症が残ってしまったりして、癖になったりしてしまう時もあるからだ。


「後遺症とかは?」

「いや、ないな。今は走り回れるほど元気だ」

「良かった」


 いや、良くないし! 今度私から謝りに行こう。

 ちょっと待って。桜子さんが怪我をした後、一ノ瀬先輩と愛花ちゃんが付き合うことになった。ということは……


「一ノ瀬先輩は心変わりしたんですか?」

「なんでそうなるの。普通に考えて愛花ちゃんが脅したに決まってんでしょ。二人が付き合い始めてから桜子への嫌がらせは止まったし、和樹は自分が卒業するまでの間だけだって言ってたからね」


 え、そういうことなの!? 全然思い付かなかった。だけど、それなら私がしなければならないことは1つ。


「今更かもしれませんが、一ノ瀬先輩は私と別れて、桜子さんと添い遂げるべきです」

「添い遂げるって……それじゃあ本当に、和樹と別れてもいいんだね?」

「勿論です!」

「ふーん……」


 それに、会ったこともない人といきなり恋人ですって言われてもどうしたらいいかわからない。

 そもそも、私は恋愛経験がないに等しい。

 ただ病院生活の時に、ネットで知り合った男の子にちょっとだけ惹かれていた。病気で苦しんでる私を、何度も何度も励ましてくれた優しい男の子。

 連絡が出来なくなってから随分経つけど、彼は元気だろうか。確か歳は私と同じだったはず。どうか元気でありますように。


「話が終わったのでしたら仕事してくれませんか? 部活の認定証や部費の配布、体育祭の日程から設備や割り当てと、仕事が山のようにあるんですよ」

「ああ、そうだな。悪い」


 口を挟まず、ずっと無言のまま仕事をしていた千葉くんが、苛ついた様子で顔をあけだ。怒った顔も可愛い。なでなでしたい。

 榊さんはスマホを弄りながら席に座り、御子柴先輩も生徒会の仕事に取り掛かる。私も何か手伝いたい。


「私も何かお手伝いしたいです」

「はいはーい。俺の肩揉んでくれる? 仕事のし過ぎで肩が凝っちゃった」

「そんな訳ないでしょ! 此処に来てから書類すら見てないくせに!」

「気疲れってやつー? ピリピリした空気って疲れるよね」

「誰のせいですか!」

  

 さっきとは変わって和やかな雰囲気。これが普段の生徒会なんだ。


「先輩も手伝いたいのなら席に座ってください。猫の手も借りたいので」

「はい! なにをすればいいですか!」


 もし私のお尻に尻尾があったなら、きっと喜んで振っていたに違いない。最初は帰って欲しいって言ってたけど、今は手伝わせてくれる。全力で頑張ります!


「そこの箱に各種プリントが入ってます。今度、体育祭の実行委員の人達と会議を行う時に使う物です。ページを間違えずに、1組ずつホッチキスで纏めてください。全部で35組分ありますから、確認を忘れないで」

「任せてください!」


  

 箱を空けると各種クリップでとめられたプリントの束が8つ。番号順に並べクリップを外して、早速取り掛かろうとホッチキスを手に取る。

 初めてのホッチキス。確かこうして、プリントを挟んで押すだけ……のはず。脈打つ心臓。いざ、


「…………?」


 確かに押したはずなのに、パチンというホッチキスの芯の音がしない。もしかして失敗しちゃった? おそるおそるホッチキスをずらすと、芯がなく小さな穴が開いている。


「芯がない!?」

「ああ、それ芯がないタイプのホッチキス。ゴミも出ないし芯のお金も掛からないすぐれもの」


 よく見ると、穴の部分の紙が後ろに折り曲げられプリントを纏めている。すごい! こんなホッチキスがあるなんて!


「エコですね!」

「そうだねー」


 なんて環境にいいホッチキスなの。時代は此処まで進歩したんだね、感動です。そして、


「出来ました、1部! 私にも出来ましたよ!」

「……そりゃ出来るでしょ」

「うむ、ズレもなく綺麗に出来ているな」

「残り34部ですよ。手を休めないでください。まだまだ仕事はあるんですから」

「はい!」


 黙々とホッチキスでプリントを纏めていく。楽しい。まるで事務のお姉さんになった気分だ。積み上がっていくプリントとを見ると、達成感が湧く。ふふん、ホッチキスの達人になれるかもしれない。

 暫くすると、誰かのお腹の音が鳴った。


「腹が減ったな」

「昼間あれだけ食っといてよく言えるね。底無しなんじゃないの?」

「確かにあれは食べ過ぎでしたね。こっちが胸焼けしそうでしたよ」


 ご飯の話?

 手を動かしながら聞き耳をたてる。


「あれぐらい普通だろ。お前等が少食なだけだ」

「あれが普通だったら大食いの人達も普通だっての」

「焼き肉定食ご飯大盛りに、豚カツとコロッケ。あげくの果てにご飯おかわりしてましたからね」

「美味しそう……」


 焼き肉なんて食べたことがない。ころもサクサクの揚げたて豚カツとコロッケ。噛んだ瞬間肉汁が出たり、ホクホクのじゃが芋の味が口の中に広がる……想像しただけで涎が出そうだ。じゅるり。


「ん? 学食の焼き肉定食は美味いぞ。今度食ってみろ」

「そうします!」

「愛花ちゃんはなに食べたの?」

「カレーライスです」


 昨日、田中くんが食べていたカレーライス。大きめの野菜がたっぷりの、甘口カレーがとっても美味しかった。量が多かったからデザートは頼まなかった。


「ああ、此所のカレーは美味いな。もう少し辛ければ言うことないんだが」

「それは同意。甘口と中辛しかないのはちょっとねー」


 辛いものって食べたことがない。カレーはいつも甘口だったし、病気じゃ刺激物になるからご飯に出なかったんだよね。ちょっと興味ある。


「皆さんのお勧めのメニューとかあります?」

「牛丼」

「また肉? 本当に肉食だねお前」


 牛丼。巷でお手軽に低価格で食べれる、ボリューム満点の牛丼。大型チェーン店とかもあって、いつかそこで「汁だくで!」と言うのが夢だったりする。


「榊さんはありますか?」

「んー、強いて言うならランチ。日替わりで飽きないし」


 定番メニューに気をとられて、日替わりランチは目に入ってなかった。同じメニューばかりだと飽きちゃったりするものなのかな? 目指せ、メニュー完全制覇! 食べ尽くしちゃうもんね。


「なるほど。今度日替わりランチの内容見てみよう」

「新は好きなメニューとかあるの?」



 カタカタとパソコンの音をさせていた指の動きが止まり、


「五穀米ですかね」

「「五穀米!?」」

「女子か!」


 良いよね五穀米。健康に良いし美味しいしヘルシーだし。そうか、そんなご飯まであるんだ。かなり充実してそう、この学校のご飯。


「五穀米は栄養価が高いんです。好きな物ばかりを食べて、偏った食生活になるよりずっと良いですから」

「OLか! 若いんだからもっとこう、好きな物食べてもいいんじゃない?」

「若いからです。今のうちに体の基礎をしっかり作らなければ」

「アスリートでも目指してんの、新……」


 眼から鱗。そうですよね。今健康だからと言っても、将来どうなるかわからない。今のうちに土台をしっかり作って、多少の病気も跳ね返せるぐらい健康な体を作らなきゃ! 好き嫌いなく、なんでも食べて元気でいよう! 嫌いな物なんてないけど。


「千葉くんを見習って、私も健康に気をつけます!」

「え、なに影響受けちゃってんの? それより愛花ちゃんは好きなメニューないの?」

「私ですか?」


 好きなメニューと言っても、まだ2回しか食べていない。オムライスとカレーライスとプリンのみ。


「まだ2回しか食べていないので、これから色んなメニューを食べて決めます。あ、でもオムライスは美味しかったですよ」

「あー、記憶ないもんねー」  

「でも、学食メニューじゃないですけど、食べてみたい物はあるんですよ」

「ほう、なんだ?」


 それは学生ならば、誰しもが食べているであろう食べ物。まさに学生生活でなくてはならない、当たり前の食べ物。ドラマとかで、学校帰りに友達と食べて帰るシーンを見てると、羨ましくて羨ましくて。

 いつか私だって!


「それはハン……」


「遅くなってすまない」


 私の言葉を遮るように、生徒会室のドアが開けられた。


 その人が私の視野に入った瞬間、周りの色が色褪せた。そして、その人だけがキラキラと輝いていて……


「遅かったね」

「部活の方は大丈夫なのか?」  

「ああ、問題ない。今は生徒会の仕事を優先しなければならないしな」


 親しそうに他の生徒会の人達と話す、心地好い暖かい声。不思議とその人の声だけしか耳に入らず、視線が外せない。


「どのくらい進んでいる」

「そうですよね……昨日から大分纏められています。こっちが先輩のサインが必要な物です。上から締め切りが早い物なので、お願いします」

「新は仕事が早くて助かる。ありがとう」


 優しく微笑む横顔。その顔を見ただけで、胸が締め付けられるように痛む。苦しいはずなのに、目が放せない。心音が速まって、体温が熱くなっていく。

 どうしちゃったの、私?


「…………」

「っ、」

  

 その人の視線が私と合わさる。身体中が心臓になってしまったんじゃないかと思うぐらいに、心音がうるさい。

 目が合ったのだから、なにか話さなければと思うんだけど、なにも考えられない。頭が真っ白。手に汗を掻き、ぎゅっとスカートを握り締めたまま、その人を見続けた。


「篠塚。こいつが生徒会長の一ノ瀬だ」

「……記憶がないというのは本当なのか?」

「そうみたいだねー。全然性格違うから。これが演技だったら、主演女優賞ものだよ」


 この人が、一ノ瀬先輩。

 顔に血液が集まっていく感じ。逆上せてしまいそうで、頭がくらくらと目眩がする。気を抜いたら倒れてしまうほどに。


「そうか。記憶がなくなって体調が悪くなったりしていないか?」

「え、あっ、」


 1歩。そう、1歩近付かれただけでもう駄目だった。慌てて席を立ち、1歩後ろに下がる。これ以上近付かれたら窒息してしまう!

 いきなり立ち上がった私を不審に思ったのか、ちょっとだけ眉を潜める。うぅ……なんだろう、とても悲しくなってきた。


「どうした、篠塚。顔色が悪いぞ?」


 御子柴くんがなにか言ってるけど、ごめんなさい! 耳に入りません。


「愛花?」

「っ!!」


 名前を、本当の私の名前じゃないけど呼ばれた。私の名前を呼んでくれた。真っ直ぐに私を見て。

 泣きそうになった。心臓が握られたような、縮んだような胸の痛み。こんな痛み、私は知らない。苦しくて、でも不思議と辛くないの。


「あの、私、あのっ」


 変な子だと思われちゃう。やだ、嫌われたくない。

 焦れば焦るほどに言葉は出てこなくて、俯いてしまった私の顔を覗き込むように見てくる。

 近い! もう駄目!


「いやぁああああああっ!!」


 訳がわからなくなって、机の上に残っていたプリントの束を、あろうことか一ノ瀬先輩の顔目掛けて投げ付けてしまった。

 茫然とする一ノ瀬先輩と静まり返る生徒会室。ひらひらと舞い落ちるプリントが私の心のようだった。あんなに熱かった体が、急激に冷えていく。

 ああ、なんてことをしてしまったんの私のバカ!


「ごめんなさいぃぃ」




 耐えきれなくなくなった私はその場から逃げた。だってどうしたらいいかわからないんだもん!

 生徒会室から高らかに笑う榊さんの声が聞こえたけど、今の私には一ノ瀬先輩のことでいっぱいだった。微笑んだ横顔、私に話し掛けてくれて、名前を呼んでくれた声。全部が脳裏に焼き付いたかのように、頭から離れない。

 思い出す度にまた体温が上がり、胸が苦しくなっていく。本当にどうしちゃったの、私!?




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