黒の村にて 青の出立と白のお土産
「そうか、青の村に来てくれるんだね」
「うん、父さん達からも行ってこいって言われたし、青の村にも興味がある」
「これで、ようやく赤のクトーとの決闘に横槍を入れた無礼のお返しができる。安心したよ」
「あの時の事は特に気にしてないんだけど」
「君ならそう言うだろうし実際にそうなんだろうけど、それでも謝罪を含めて精一杯の歓迎をさせてもらいたいのさ」
「何というか相変わらず生真面目だね」
「はは、性分かな」
「「……」」
僕が広場でイリュキンと話してる時に兄さんと姉さんはイリュキンの水守達をにらみながら警戒して、水守達も兄さんと姉さんの視線を気まずそうに受けていた。
「よし、それじゃあ私は、すぐに青の村に戻るとしよう」
イリュキンがそう言って立ち上がり門の方に歩いていく。それはある程度イリュキンの言動を知っているだろう水守達からしても突然の事だったみたいで、一番古株っぽい水守がハッと気づいて慌てて動くまで誰も動けなかった。
「姫さま、あまりに突然すぎますぞ。黒の村を出立するのなら黒の村長殿や顔役殿にあいさつをするべきです」
「……そうだった。私とした事が」
「すぐに面会を申し込みますので、少々お待ちくだされ」
「それには及ばんよ」
村長とラカムタさんが近づいてくる。それに気づいたイリュキンは、サッと身なりを確認して二人に話しかけた。……あれ? ラカムタさんが大きな袋持ってる。
「黒の村長に顔役殿、今お二方に出立のあいさつをしようと思っていたところです」
「また、急じゃの。どうしたんじゃ?」
「ヤート君に、我ら青の村に来てくれると言ってもらえたので、この事をできる限り早く青の村長と当代の水添えに伝えたいのです」
イリュキンの生真面目な返答に村長は微笑ましいものを見たように笑う
「ふむ、ヤートを真剣に歓迎してくれるのは嬉しいのう。じゃがな、いささか慌てすぎじゃの」
「見られていましたか。お恥ずかしい限りです」
「若い頃は勢いに任せるものじゃ。わしの隣におるラカムタも若い頃は、それはそれは荒々しいものじゃった。のう、ラカムタ?」
「村長……、昔の事を掘り返さないでくれ」
「ホッホッホ」
「ははは……」
村長に若い時の事を言われてラカムタさんが顔をしかめてる。……イリュキンが困ってるよ。
「おっと、ウオッホン!! 青の村長と水添えによろしく伝えてほしいのう」
「オイ……」
「は、はい!! もちろんです!!」
村長は自分でラカムタさんに話を振って、咳で強引に話を戻した。……前から見てて思ったけど咳って話の流れを変える時に使って意味あるのかな?
「まあ、お前さんが戻るというのなら、ちょうど良かったとも言える。ラカムタ」
村長に言われてラカムタさんがイリュキンに持っていた袋を渡した。かなりパンパンに膨れてるけど中身なんだろ?
「これは?」
「大神林で取れた果物や魔獣の牙や毛皮なんかの素材じゃな」
「おお!! 中身を確認しても!?」
「構わんよ」
イリュキンが袋の中身を少し慌てながら嬉しそうな顔をしながら確認し始めた。その様子を見て水守達も集まって、いっしょに中身を確認し始める。大神林の外で大神林産のものは、何か道具を作るときの素材としても換金材料としてもかなりの価値になるらしいから黒の村のお土産としてはこれ以上のものは無いよね。…………それだったら、あれもお土産になるかもしれない。
「イリュキン」
「うん? 何かな?」
「渡したいものがあるから、ちょっと待ってて」
「ああ、わかったよ」
僕は一人で作業場に走って向かい前々からコツコツ作業して完成させたものの状態を確かめ、よくできた高品質の三束と小分けにした袋三つを持ってみんなのところに戻った。そしてラカムタさんが渡した袋の中身を確認してうなり続けていたイリュキンに渡した。
「ヤート君、これは?」
「僕が種を蒔いて育てた薬草を乾燥させた奴と、それを加工して団子状にした奴と、薬草の種」
「「「「なっ!!!!」」」」
あれ? イリュキン達がなんかすごく驚いて僕が渡したものを食い入るように見て、その後プルプル震え始めたイリュキンがバッと僕に顔を恐る恐る聞いてきた。
「ヤ、ヤート君、本当にこれほどのものを私達がもらっても良いのかい?」
「? 良いから渡したんだけど」
「しかし、これほど手間暇がかかっているものをもらっては、今の私達には返せるものが……」
「村長とラカムタさんが渡したものと同じお土産だよ。お返しっていうのなら青の村の周辺で面白いところがあったら案内してくれれば良いよ」
「お、お、おおおおーーーー!!!! ありがとう!! 必ず、必ず全身全霊の歓迎をすると約束する!!!!」
「う、うん……」
イリュキンが僕に宣言しながら頭を下げてくる。村長とラカムタさんの大神林の素材に比べたら、そこまでのものじゃないんだけど、なんでこんなに喜んでるんだろ? 僕がイリュキンの様子に困惑しているとラカムタさんが近づいてきた。
「ラカムタさん、なんでイリュキンはあんなに喜んでるの?」
「……いや、ヤート手製のものをもらえたんだから、それはそうだろ」
「村長とラカムタさんが渡した天然のものに比べたら、僕が育てたものだからそこまで価値が無いと思うんだけど」
「……はあ、やっぱり知らなかったか」
「何の事?」
「ヤート、俺達の黒の村は限られてはいるが、森の外と交易している事は知っているな」
ラカムタさんが言った事は僕も多少は関わってるから当然知ってる。
「もちろん。森の外の人達が手に入れ辛い大神林のものと、大神林じゃ手に入らないものを交換してるんだよね」
「そうだ。それじゃあ問題だ。今現在、外の奴らに人気があるのはどんなものだと思う?」
「やっぱり高位の魔獣の素材とか時期が決まってる奴じゃないの?」
「今まではそうだった。今まではな」
ものすごく含みのある言い方だね。
「…………もしかして」
「気づいたようだな。今はヤートが育てた薬草が一番人気がある」
「なんでそんな事に?」
「ヤートが王城でケガ人の治療に大神林産の薬草を使ってから薬草の注文が増えてな。そこからお前が育てた奴はあるのかって話になり、ヤートが育てた薬草を試した普人族が言うには他の薬草の数倍から十倍ぐらいの薬効があったらしい。それに高い金額を治癒術師に払うよりも、薬草の方が対応できる傷や病の種類が圧倒的に多くて、しかも割安みたいだな。そんな理由で今じゃヤートが育てた薬草が一番需要がある」
「それじゃあイリュキン達のあの反応は……」
「生命力や自己治癒能力が桁はずれの俺達竜人族でも、ヤートの力を直接受けれる黒以外の色の竜人族にとっては、いざという時の貴重な切り札を手に入れたに等しいって事だな。実際に交流会でもヤートが破壊猪を治したのは話題になってたんだぞ」
僕が全く知らなかった事実に驚いていたら、イリュキンの水守達の声が聞こえてきた。
「大神林産の薬草が良いものである事は知っていたが……」
「あのものが育てたものがこれ程の品質とはな……」
「……水に恵まれている我らにも難しいぞ」
ラカムタさんに言われた事を疑うわけじゃないけど、身近な黒の村以外の人に言われるんだから僕が育てた薬草は質が良いみたいだ。
「ふふ……、これは本当に今すぐにもおばあ様にお伝えしなければ……、黒の村長殿、ラカムタさん、ヤート君、黒の皆さん、では私はこれで失礼させていだだきます。またヤート君の歓迎会の開催を伝えに来ますので、それまでお元気で。……強化魔法」
イリュキンが水守達が持っていた薬草を含めて黒からのお土産を一つの袋にまとめて自分で持つと、強化魔法を発動させて黒の村の外へ走り出していった。……いや、水添え候補のイリュキンを守るための水守を置いていってどうするの?
「ひ、姫さま!! お待ちください!!」
「追うんだ!!」
「わかっている!!」
水守達の慌てた声が黒の村に響いた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。
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