幕間にて 父親の楽しみと母親の喜び
「ふふ」
自分の手を見ながら笑いつつ晩酌をする。大神林から家に戻って時間が経ったが、ヤートの打ち込んできた打撃の重さや身のこなしに俺を見る目の強さをはっきりと思い出す。ああ、たまらんな。自分の子供の成長を肴にする今日の晩酌は今までで一番良い晩酌だ。
「ふむ……。おっと、いかんいかん」
ヤートの一挙一動を思い出したら口がニヤけてきたが、朝になって子供達が起きてきた時に変な態度にならないように今の内に鎮めておかないとな。
「うれしそうね。マルディ」
エステアが自分の分の果実酒を入れたコップを持ちながら居間に入ってきた。
「まあな。三人はもう寝たのか?」
「ええ、さっき部屋をのぞいてみたらぐっすり寝てたわ。よっぽど疲れてたみたい」
「そうか……、少しやり過ぎたか?」
「そうかもしれないわね」
エステアが苦笑しながら俺の横に座った。どうやらお互いに、大人気無くはしゃいでしまったようだ。
「とりあえず乾杯でもするか」
「あら、何への乾杯かしら?」
「決まってるだろ。子供達の成長を祝ってだ」
「良いわね。そうしましょう」
「子供達の成長に……」
「「乾杯」」
その後はそれぞれが手合わせした子供達の様子を語り合う。
「ヤートはどうだったの?」
「ヤートは面白いな。先が楽しみだ」
「面白い?」
「ヤートは欠色で身体と魔力が弱いが、俺の手にはガルやマイネと比べてもそこまで差の無い打撃の重さが伝わってきた。ヤートはヤートのやり方で強くなってるよ」
「樹根魔装って言ってわね。顔には出さなかったけど驚いたわ」
黒だけでなく、どの色の竜人族が見ても今日のヤートの戦い方は驚くだろう。それにだ……。
「ごく当たり前に誰も出来ない植物の力を借りるなんて事をして、誰にも戦い方を教わってないはずなのに赤のクトーとの決闘に勝ち、王城やその道中での不測の事態に対応して、あの三体の魔獣と激闘を繰り広げ、大神林の奥では三体の魔獣と協力して妙な存在を撃破している。もはやヤートが何を引き起こすのか俺には想像ができない」
「私もヤートに何回驚かせられたか覚えてないわね」
「だからこそなんだが、俺はヤートの親になれて良かったよ。この先のヤートの成長が楽しみで仕方ない」
「本当にそうね」
エステアが俺の話を聞きながら果実酒をぐびぐび飲んでいく。ここまで酒が進むエステアは珍しい。さてはエステアの方も驚きと喜びがあったみたいだな。俺は確信を持ってエステアに聞いた。
「ガルとマイネはどうだった?」
「よく聞いてくれたわ!! マルディ!!」
「お、おう、二人がどうかしたか?」
「あの子達、協力してだけど私に一撃入れたのよ!!」
「エステアにか!? そうか、ガルとマイネも成長してるな」
俺が聞いたら突然エステアが俺の顔にグンッと迫ってきて語気が強くなる。俺はエステアの勢いに押されながら聞いてたら、このエステアの勢いにも納得できた。
ヤートを放って戦い始めたガルとマイネにビンタを浴びせる。あら? 少しだけど二人を叩いた感触が鈍かったわね。
「痛え……、あと衝撃が身体の奥に響く」
「全力で防御してるのに、この衝撃は無いと思うわ」
あらあら!! 手加減してるとは言え私のビンタに反応したのね!! 遠くで話してる二人を見て驚きが顔に表れないように気をつけながら、ガルの前に一瞬で移動して手を振りかぶり張り飛ばす。
「へっ? ちょっ、母さん、まっ、ぎゃあ!!」
ガルが私の打撃を受けているのを確認してマイネが後ずさり距離を取り始める。だからガルの時と同じように、マイネが森の方へ逃げようと振り向いた時にマイネの正面に移動して両肩をつかんだ。
「マイネ、どこに行くのかしら?」
「ひっ、えっと、これは、その……」
マイネが少し震えながら私を見上げてるのを見ながら腕を振りかぶりガルの方に張り飛ばす。ウフフ、さっきの鈍い感触は偶然じゃなかったようね。二人ともちゃんと反応して防御できてるわ。さて、これで私から逃げれないってわかったと思うけど、二人はどうするのかしら?
「「強化魔法ッ!!」」
二人とも覚悟を決めたみたいね。強化魔法も力強く安定してる。私が二人に向かって歩いていくと二人の足元からドンッて音が鳴るとともに、ガルが私の右横にマイネが逆の左横に現れる。それなりに離れてたのに一歩で私の横に来れたんだから大したものだわ。
「オラア!!」
「フッ」
ガルは全力で殴りかかってきてマイネは私のすねを蹴ってくる。……うん、ガルの一撃を掌で受け止めたけど良い一撃ね。だけど私がそのままガルの拳を引っ張って反転するように位置を入れ替えたらガルはマイネの前に来る事になる。私に引っ張られて体勢が崩れているガルは、マイネの早く鋭い蹴りを足に受けで耐えられず空中に浮かされた。
「「あっ」」
「二人とも攻撃に専念するのは良いけど、相手に攻撃に対応された時の事も考えなさい。そうじゃないとこうなるわよ」
「うわっ!!」
「きゃあ!!」
私は空中に浮いてるガルの身体をマイネの方に押し出した。ガルは空中に浮いてるから何も出来ないしマイネはガルの身体が邪魔になって私の動きが見えないから反応が遅れる。結果として私に押されたガルがマイネにぶつかり二人は地面に転がった。
「ちょっとガル、邪魔よ!!」
「うるせえな!! だったら避ければ良いだろが!!」
「何よ!! ガルが簡単に体勢を崩されるのが悪いんでしょ!!」
「なんだと!!」
「あらあら……」
ガルは元々カッとなりやすいんだけど、マイネもガルとそろうとガルと同じくらいカッとなりやすいわね。これはお互いがお互いに負けたくないって感じかしら? 良い関係だとは思うけど、戦ってる時にする事じゃないわね。
「二人とも、ヤートはマルディと手合わせを続けてるけど降参する?」
「「…………」」
二人は私に言われてヤートがマルディ相手に激しく手合わせしてるのをジッと見た後、口ゲンカを止めてガルは構えマイネはガルに何かをボソッと言うと一歩ガルの後ろに下がり気配が静かになる。そうよね。弟のヤートより先に降参するわけないわよね。
「ハアッ!!」
「……」
ガルが強化魔法の出力を上げながら私に激走してくる。……マイネが消えたわね。どうするつもりなのか楽しみだわ。そしてガルが防御を一切考えずに跳んで殴りかかってきて、私はまたガルの右拳を受け止めた。今度は私の足が地面に足首まで沈んだし、さっきの奴とは比べ物ならない一撃ね。マイネはどこかしら? 一瞬私が周りに意識を向けた時にマイネの魔力が爆発した。それもガルの後ろで。
「ぶっ飛びなさい!!!!」
「ぐおっ!!!」
マイネがガルを私に向かって蹴り飛ばしてきた。ずっとマイネは気配を沈めてガルの後ろにいたという事ね。ガルの魔力が目立ち過ぎて気がつかなかったわ。ガルが涙目になりながらマイネに蹴られた勢いを利用して左で殴りかかってくる。さすがに痛かったみたい。まあ少し驚いたけど、これで殴られるほど私は甘くないわ。きっちりガルの左拳も受け止めると、ガルが空中で仰け反った。不思議に思っていたらガルの胸の辺りに魔力が集まっている事に気づく。……まさか?
「痛ってえなあ!!!! マイネ、この野郎!!!!」
ガルの口から大声と共に高密度に圧縮された魔力が放出されて、私はとっさに強化魔法を発動させたけど地面を削りながら後退する事になった。
「マイネ、てめえ思いっきり蹴りやがって!!」
「うるさいわね!! 母さん相手に加減する暇なんて無いに決まってるでしょ!!」
また始まった二人の口ゲンカを見ながら身体の状態を確認すると、強化魔法を発動したのに手がしびれてた。……私が生んだ子が拙いながらも竜人息を使えるようになって私にダメージを与えた。私、二人の成長を実感できて嬉しくて泣きそうよ。
「やっぱり、てめえから打ちのめす!!!」
「やれるものならやってみなさい!!!」
「ガル、マイネ、二人だけで盛り上がらないで私も混ぜてね」
「「あ」」
「……っていう感じだったの!!」
「ほお、ガルは竜人息を使ってエステアに一撃入れたのか」
「もう、私嬉しくて」
「この前までよちよち歩きだった三人が成長したもんだ」
「本当にね」
その後も酒を飲みながら二人でガル・マイネ・ヤートの事を話し続けて朝になり、ヤートに薬草茶を入れてもらう事になった。……さすがに飲み過ぎたな。だが、この飲み過ぎの気持ち悪さも薬草茶の苦さも、原因が子供の成長なら良いものだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。
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