幕間にて 赤の少年のその後とこれから 中編
クトー視点の幕間の中編です。
イギギのおっさんがザッザッザッと音を立てて森の中を歩く。俺はそんなおっさんの肩に担がれて、特に文句を言わず黙って運ばれている。いつもの俺なら大声で文句を言って暴れてるだろうが、今はそんな気力は少しも無い。そうしていると無言だったおっさんが話し出した。
「クトー、俺は今でこそ赤の村の顔役だが子供の頃は身体が小さいし弱くてな、それこそ同年代の赤の奴らにも他の色の奴らにも泣かされてたぐらいだ」
「……」
「それで泣かされ続けた俺はある日キレてな、無茶苦茶に身体を鍛え始めたんだ。森の中を一日中走ったり、身体を大きくするには食べるんだとか思って食べ過ぎて吐いたりしてた。今思えばやる気はあったが、やってる事は色々ズレてたよ」
「…………」
「突然こんな事話されても訳がわからんとは思うが、俺にもそんな時があったっていうだけだ」
……おっさんも弱かったし泣いた事があるって聞いて、胸の中のモヤモヤが少しだけ晴れた気がしたけど、あいつに負けた時の光景が頭をよぎってすぐにモヤモヤが元に戻る。それに身体が弱ってても不思議と奥歯を噛みしめる力は強くてギギギと音がした。
…………おっさんは何も言わねえな。それに俺をどこに連れて行きたいんだ? 俺がそう思うと同時におっさんが立ち止まり、俺を肩から下ろして手頃な岩に背中を預けさせるように座らせた。俺はおっさんが何したいのか分からずおっさんを見上げていると、おっさんが俺の右の方を指差した。
何となくそっちを見ると崖になって開けていて、そこから赤の村がある山の麓の森・遠くに広がる平原・もっと遠くには別の高い山・それらをつなぎうねるように流れる大河・あとどこまでも広がる青い空が見えた。俺が瞬きも忘れて見てたらおっさんが俺の近くに座った。
「どうだ。すごいだろ? この崖は俺が落ち込んだり泣いた時によく来てた場所だ」
「俺は別に……って、ウォ!! あぶっ」
俺が叫ぼうとしたらおっさんがさえぎる様に袋をポイッと投げてきた。そういえばおっさんは右肩に俺を担ぎながら左肩に袋を担いでたな。突然投げられて文句を言おうとしたら、おっさんが開けてみろっていう身振りをしてくる。おっさんのやりたい事がわからずイライラしながら袋を開けると中には干した肉の塊と水筒が入っていた。
「腹減って喉が渇いてるだろ? とりあえず食って飲め」
おっさんに言われて肉の匂いを嗅いだら腹からグゥって音が鳴り口の中が唾でいっぱいになる。今すぐかぶりつきたいのを我慢して、おっさんに聞いた。
「どうしたんだ、これ?」
「村長からだ」
「ばあちゃんから?」
「そうだ。お前が村の外に走って行った後に村長から、朝からお前がまともに食べてないから渡してほしいって頼まれたわけだ。それとな村長はお前が走って行った方を心配そうに見てたぞ」
「……ばあちゃん」
俺は結局ばあちゃんに心配かけてるのか……情けねえ。俺がうつむいて落ち込んでいるとおっさんに頭をガシッとつかまれる。
「クトー、子供の頃の俺みたいに吐くほど食べるのは論外だが、食わないと今より身体が弱っていくから少しでも食え。それとも俺に無理やり食わされたいか?」
俺はおっさんが本気のを目をしてるのに気づいて慌てて干し肉を一口食った。それを見たおっさんが手を離した後は、一度も止まらずに干し肉の塊も水も全部食い尽くす。すぐに身体のだるさが無くなり回復した。やっぱり食わないとダメなんだな。でも、これであいつに勝てるか? …………あいつに勝つ自分が想像できない。……ちくしょう。わからねえ、俺とあいつの差はなんだ? 俺は絞り出すようにおっさんに聞いた。
「おっさん……、絶対に欠色のあいつより俺の方が強いのに、俺は何であいつに負けたんだ?」
「強さにはいろいろあるって事だ」
「強いは強いだろ」
「お前の言う強さは身体や魔力の事だな?」
「当たり前だ」
「黒の村の顔役のラカムタに聞いたんだが、ヤートはどんな時も慌てないしブレないんだとさ」
「それが?」
「要はヤートは精神的に強いって事だ」
「そんなの戦いに関係ない!!」
戦いは身体や魔力が強さを決めるものだ!! それが精神とか気持ちとかで変わるわけない!! そんなはっきりしない事で変わってたまるか!! 俺が叫ぶとおっさんが俺の目を見ながら聞いてくる。
「お前はヤートとの決闘で自分の強さを出せてたか?」
「え?」
「俺にはあの時のお前は、いつものお前に見えなかったぞ」
「そんな事は……」
「まず、いつもなら戦っている時は楽しそうに笑うのに笑ってなかった。それにだ。お前は戦いの最中に震えて叫ぶ奴だったか?」
「…………あ」
おっさんに言われてあいつと戦っている時の事を思い出してみたらワクワクする感じがない。ばあちゃんやおっさんに村の大人と戦う時は、身体が傷だらけになってもワクワクして楽しくてしょうがないのに……。
「思い当たったようだな。良いかクトー、身体や魔力が優れてる奴が強いんじゃない。自分の持ってるものをいつも通りしっかりと出せる奴が強いんだ。……まあ、この自分の持ってるものをしっかりと出すっていうのは難しい事だがな」
「……どうしたらいつもの自分でいれるようになれるんだ?」
「確実にこうしたらなれるっていう方法はない。思いつくといえば鍛錬をして絶対に大丈夫っていう自信を積み上げるか、常に自分が今いつもの自分かどうか確認するとか、経験を積むとかか」
おっさんもよくわかってない感じの言い方だった。
「わかんねえ……」
「誰だってそんなものだ。ただ確実に言える事は、お前は子供でまだ身体的にも精神的にも未完成だ。これからいくらでも上を目指せる。だから焦るな。今お前の中にあるモヤモヤしたものは、ひたすら考えて向き合ってみろ。どうしてもダメなら俺でも村長でも、お前のモヤモヤが晴れるまで話を聞くし鍛錬にも付き合うからな」
「……わかった」
この日は日が暮れるまで、おっさんと話をした。そういえば誰かとこんなに話し合うのは初めてだな。その後家に戻った時に、俺が小さい声でただいまって言ったらばあちゃんは安心したように笑って撫でてきた。たぶん、この時の撫でられた感触は一生忘れない気がする。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。
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