黒の村にて 約束の確認とにぎやかな家族との時間
黒の村に帰ってきた。地形と道を無視してほとんどまっすぐ黒の村へ走ってきたから、行きは何日もかかったのに帰りはあっという間に大神林が目の前だ。みんなの移動速度は鬼熊の背中に乗っていた僕が植物の蔓でガッチリ身体を固定してなかったら振り落とされて、あっという間に置き去りにされるくらい速かった。
そんな全力で走り通しだったみんなが大神林に近づいてきてペースを落とすと、僕は鬼熊の背中から降りる。……ずっと鬼熊に同じ姿勢でしがみついてたから身体が痛い。僕が身体をほぐしてたらラカムタさんが話しかけられる。
「ヤート大丈夫か?」
「ケガとかは無いけど、ずっと同じ体勢だったから身体が痛い。明日は筋肉痛かも」
「それならもう直ぐ日も落ちるから、このまま家に帰って休みましょう」
「わかった。ところで二体は僕を大神林の奥に連れて行く約束忘れてないよね?」
「…………ガァ」
「…………ブォ」
「なんで、そんな覚えてたのかみたいな感じ? 楽しみにしてるんだから当然覚えてるよ。いつ行く?」
「……ガ、ガァ」
「ブオ」
鬼熊がちょっと待てって言ってから、破壊猪と少し離れた場所で小声で相談しだした。僕が待っていると兄さんが、苦虫を噛み潰したような顔で近づいてくる。
「兄さん、どうかした?」
「……ヤート、本気で大神林の奥に行くのか?」
「そうだけど?」
「そうだよな。ヤートはそう言うよな。とりあえず村に着いたら父さん、母さん、村長には言うんだぞ」
「前に大神林の奥に行く時は、きちんと言うように言われてるからちゃんと言うよ」
「それだったら良い」
「兄さん達も行く?」
「あー、俺達はラカムタのおっさんに勝てるようになったら案内してくれ」
「わかった。案内するから行きたくなったら言ってね」
「そん時は頼む」
「うん」
リンリーも行けないって言ってたから、僕と鬼熊と破壊猪での遠出か。…………少しモヤッとするな。昔は一人で散歩してても何も思わなかったのに、今は鬼熊と破壊猪といっしょだし兄さん達もいる事が割と多かったから、たぶん僕は兄さん達がいっしょに行けない事にさみしさを感じてるっぽい。この感じが合ってるなら赤の村長のグレアソンさんの言った通り、僕にも少しは感情がでてきてるのかもしれない。自分の感情について考えていると鬼熊と破壊猪の相談が終わって近づいてくる。
「ガア」
「いつ?」
「ブオ、ブオォ」
「明後日以降の晴れた日か。わかった。楽しみにしてる」
「ガアア」
「うん、明日はゆっくりする。あと王城にいっしょに行ってくれてありがとう」
「ブオ」
「またね」
村の前まで来たら二体と別れて門番のネリダさんにあいさつして村に入ると、父さん・母さん・村長・他のみんなが出迎えてくれた。なんで僕達が帰ってきた事がわかったのかわからなかったから母さんに聞いてみた。
「なんで僕達が帰ってくるってわかったの?」
「それは森がザワザワしてたからよ。ヤートが王城に行った後の森は静かだったわ」
「植物達はいつもにぎやかなんだけど、静かにしてる事もあるんだね。知らなかった。それはそれとして明後日以降の晴れた日に、大神林の奥に行くから」
僕が言うとみんなが兄さんしてたような、苦虫を噛み潰した顔になった。なんで兄さんと同じ反応なの?
「ヤート、一人じゃないのよね?」
「うん、鬼熊と破壊猪に案内してもらう」
「ちゃんと準備はしたのか?」
「食べ物は自前でどうとでもなるし、水も植物に聞けば見つけれるから特に準備をするほどじゃない。……準備する必要がある物は記録用の紙ぐらいで、あとは出発する時までしっかり休んで体調を整えておく事かな」
「行く前に一言あったから良しとするかのう」
「少なくとも明日はゆっくりするのね」
「うん、そのつもり。散歩するとしても村の近くをグルッと回るくらいだね」
「そうか、それじゃあ家に帰るぞ」
「わかった」
「ええ」
僕は家に帰る前にリンリーにあいさつをした。
「リンリー、いっしょに王城に言ってくれてありがとう」
「色々あったけど楽しかったです。また散歩行きましょう」
「うん、誘うよ。またね」
「はい!!」
出迎えてくれたみんなにもお礼を言ってから家路につく。家に入ると夕食の用意ができていて、兄さんは母さんの料理を見た瞬間にお腹をグーって鳴らした。健康的な胃の反応が兄さんらしい。
「母さん!! 食べて良いか!?」
「先に手を洗ってからよ」
兄さんは母さんの言葉を聞くと、すぐに水場まで行き手を洗い電光石火で戻ってきた。そして椅子に座るとガツガツ食べ始める。兄さんの食べっぷりを見てると僕もお腹が空いてきたから食べよう。
「ちょっとガル、食べ過ぎよ!! 私の分が無くなるじゃない!!」
「食べるのが遅い方が悪いんだよ!!」
「なんですって!!」
「マイネ、まだまだあるから落ち着きなさい」
うん、お城で出てきた果物も悪くは無かったけど、やっぱり大神林の果物の方が美味しい。さっぱりしてて後味が良いから、少食な僕でもたくさん食べれる。
「ヤート、お前は本当に自分のペースを崩さないな。周りでこれだけ騒がれてたら、普通は顔をしかめたり少し離れたりと何かしら反応するものだぞ」
「にぎやかだとは思うけど、騒がしいとは思わないから特に反応する事はないよ。兄さんと姉さんはいつもこんな感じだしね」
「お前は落ち着き過ぎだが、二人にはもう少し落ち着いてもらいたいところだ」
父さんはため息をつきながら兄さんと姉さんを見てるけど、どこか嬉しそうな感じがする。食事は一人でゆっくり食べるのも良いけど、やっぱりみんなでワイワイして食べる方が楽しいから、これくらいにぎやかな方が僕も好きだね。ただ……。
「緑盛魔法・超育成・樹木防壁」
僕が魔法を発動させて家の柱や家具なんかに使われている木材を一気に成長・変形させて家を守る壁にしたり、僕やテーブルの上の料理を守る盾にして防御が整うと、ドンッ!!っていう腹に響く衝撃音とともに衝撃波が家を揺らす。……防御してなかったら最低で家が半壊してたな。ちなみに音と衝撃波は兄さんと姉さんが、一番大きな肉の塊を取り合って拳を打ち付けたのが原因だ。にぎやかな方が好きだけど食事中に暴れるのは、せっかくの料理にホコリがかかるからやめてほしい。…………もう一つ対応した方が良さそうだ。
「緑盛魔法・超育成・樹根触腕」
今度は樹木防壁の防壁から樹の根が生えさせると、拳をぶつけあっている兄さんと姉さんに巻きつけ動きを封じて空中に持ち上げる。
「おい、ヤート、離せ。このバカを殴れねえ」
「そうよ。降ろしてちょうだい」
「って言ってるけど。父さんどうした方が良い?」
僕の言葉を聞いて二人が父さんの方を向くと、父さんはこめかみをピクピクさせながら真顔で立っていた。あと手をゴキゴキ鳴らしてる。完全に怒ってるね。
「ヤート、二人をそのまま家の外に出してくれるか。元気が有り余っているみたいだからな、広場で二人の運動に付き合ってくる。ヤートと母さんはそのまま食事を続けてくれ」
「うん」
「ほどほどにしてくださいね」
樹根触腕を伸ばして兄さんと姉さんを外に運んでいく。その間、二人は樹根触腕か抜け出そうとしてたけどガッチリ巻きついてるから、さすがに短時間じゃ無理だね。そのまま父さんも出ていき、二人が家から出たところで魔法を解く。柱や家具が元に戻る頃には、村の広場の方から打撃音やたぶん兄さんと姉さんが父さんに殴り飛ばされてどこかにぶつかる音が聞こえてきた。
「本当にガルとマイネには、もう少し落ち着いて欲しいわ」
「それだけ元気で健康って事だよ。このサラダ、タレのピリ辛と野菜のシャキシャキ感が良い感じで美味しいね」
「そう言ってくれると、腕をふるったかいがあるわ。違うタレもあるけど、おかわりいる?」
「いる」
「うふふ、たくさん食べなさい。それで王城はどんな感じだったの?」
僕は食べながら母さんに王城での事を話す。父さん達はテンションが上がってきたのか、魔力を吹き上げながら殴り合っているっぽい。そんな家族と過ごせる時間が、かなりうれしいね。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。
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