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幕間にて 夜と守護者達の会話

「やめよ」

「しかし、バーゲル王、あの子供を今こちらに取り込んでおかなければ、いつ他国の手に……」

「やめよと言っておる。ヤート殿に手を出すという事は、ヤート殿を溺愛しておる他の竜人族(りゅうじんぞく)や魔獣を敵に回すという事だ。お前は我らにあの戦力を敵に回せと言うのか?」

「そうではありません。無理矢理ではなく何かの報償を与えれば」

「何を与える? 爵位か? 報奨金か? それとも普人族(ふじんぞく)の嫁か? 我が娘を救った時点で実績は十分。今回のハザラン関連の件を解決に導いた事でもそうだ。しかし、ヤート殿は何一つこちらに要求しない。これで何を与えよと言うのだ?」

「それは……」

「ヤート殿の態度は一貫しておる。それは出会ってしまったものはしょうがないが、できるだけ面倒事に巻き込まれたくないだ。何かをこちらから提案する事が、そもそも迷惑なはずだ。すでにケガ人の治療を頼んでいる。これ以上は、拒絶され離れていく。もう一度言うぞ。やめよ」

「…………承知いたしました」


 まったく、これで思い止まってくれるなら良いがな。私とてヤート殿を引き入れたい。しかし、無理なものは無理だ。ヤート殿の目を見てわかった。王である私を見ても、名誉・金・権力・その他の何かを手にしたいもの特有の変化が全くない。そのようなものを引き入れる術など無い。ただ、良き隣人であるように努めるしかないのだ。




 夜が深まる頃、本来なら誰しもが寝ている時間に明かりが灯っている部屋がある。


「ふん!! 近くに居るならいくらでも始末する機会はあるが住処に戻られては不味い。何としてもあの小僧を始末してこい。それとハザランの始末もな」

「よろしいのですか?」

「ハザランが口を割ったおかげで、少なからずこちらの情報が漏れてしまった。いつ私まで捜査の手が伸びるともわからん。私に害をもたらすものには死んでもらう。行け!!」

「かしこまりました」




 事件の後という事もあり厳重な警備が敷かれている王城と言えども、深夜ともなれば灯りが落ち暗がりができる。その暗がりを音も無く走る集団がある。全身を黒で覆い肌が見えるのは目の周りだけという、明らかに後ろ暗い性質を持つ集団だ。しかし、そんな侵入者達が今は走るのをやめ円陣を組み周囲を警戒していた。なぜなら自分達が見て走っていた暗い廊下の景色が、唐突に墨や黒のインクをぶちまけたような濃い黒一色に染まり音が消えたからだ。彼らはごく小さな声で状況を確認する。


「何か感じるか?」

「何もわからないとしか言いようがない」

「こちらも同じだ」

「幻覚……ではない。何かの結界だろうな」

竜人族(りゅうじんぞく)と一緒にいた魔獣に、そんな能力は無いはず。別の奴があの子供に味方している。……そんな情報はなかったが」


 侵入者達が異常な事態に警戒を強めていると黒い空間に自分達以外の誰かのつぶやきが広がる。


「俺の影に落ちて冷静さを保つとは大したものだ」

「誰だ」

「名乗る意味は無い。お互いにな」


 明確な排除の意思が黒い空間に満ちてくる。侵入者達は声から相手の位置を探ろうとするが、単語一つ一つが違う場所から聞こえてくるためわからず匂いも何も感じない。侵入者達は自分達が対処できない相手に出会った事により、逃走か自決かという選択を迫られる。そして全員が迷わず自決を選ぼうとした時、自分達が組んでいる円陣の真ん中から声が聞こえた。


「そうはさせんよ」

「「「「「グゥ……」」」」」

「そのまま影に溺れろ」


 侵入者達が命を絶とうとした時には、まるで自分達を覆う黒い空間が自分達を内部に閉じ込めたまま固まったように動けなくなっていた。そして次の瞬間、黒い空間が音も無く激しく振動する。身体が全く動かない侵入者達にこれを防ぐ方法がなく、身体と頭部に別々の振動を叩き込まれて意識を失う。侵入者達が完全に気絶し動かなくなると黒い空間が内側に向かって縮み始める。


 黒い空間が無くなったそこは王城の廊下で黒づくめの侵入者達が床に倒れていて、その倒れた侵入者達に囲まれるように黒い人型が立っていた。その人型の黒は侵入者達の布地の黒と違い、本当に黒くよく見ると男の指先や足先がゆらめき、まるで影や闇が人の形になっているようだった。黒い人型はふうと小さく息を吐き廊下の奥に声をかける。


「あとの事は頼む」

「任せてちょうだい」


 廊下の奥の暗がりから大男が出てくる。見るからに強さの塊といった男が近づいてくるだけで、自分が小さくなった気がする。それほどに存在が大きな男だった。


「それではな」

「ちょっと待って、少しお話しましょう」

「俺はこいつらと同じ侵入者だ。長居をする気は無い」

「この国の防衛と警備の責任者である私があなたを捕まえる気が無いから気にしないちょうだい」

「……俺に何か用か? 王国騎士団総団長のナグレシェトファイル殿」

「気軽にナイルって呼んでちょうだい。どうしてあなたはあの子を守るのかしら?」

「あの妙な白い子供に借りがあるだけだ。そういうあんたはなぜここにいる?」

「私はあの子に興味があるからよ。なんせ私の事を「たかが話し方が見た目とあってないだけで普通でしょ」って言ったの。あなたは何か言われなかった?」

「あいつは操られてたとは言え、寝込みを襲った私にごく普通に話しかけてきた。それに最後には私に「またね」と言った。何なんだあの子供は? 普通、暗殺者と話そうと思うのか? 同じ竜人族(りゅうじんぞく)のあんたならわかるのか?」

「俺達にもよくわからん」


 黒い人型に呼びかけられて出てきたのは黒い人型ほどではないにしろ夜に紛れる黒い鱗の肌を持つ竜人族(りゅうじんぞく)の男が、黒い人型に問いかけられて苦笑しながら近づいてくる。


「俺はラカムタ、黒の竜人族(りゅうじんぞく)の顔役だ。お前は影結(かげゆい)で良いか?」

「ああそう名乗っている。それにしても同じ種族のあんた達でもわからないとは……」

「なんというかヤートは俺達にわからない方向に進んでる感じだな」

「……よくそんな異質なものを受け入れたものだ。あの見た目では生まれた時にも騒ぎになったはずだぞ」

「まあな。だが、今は黒の竜人族(りゅうじんぞく)の全員がヤートを全力で見守ると決めている。……心配は尽きないのが悩みではあるがな」

「今回の件でも、自分ごとハザランを串刺しにしたって聞いたわ」

「ヤートは平穏が好きで面倒事は嫌いだが、いざ面倒事に出くわしたら冷静に必要なら自分の身体でも解決手段として使う」


 黒のラカムタの発言にナイルも影結(かげゆい)も絶句する。


「それは……」

「いろんな意味で危ういわ。あの子の近くにいつも兄姉の二人と女の子がいるのは、あの子に無茶な事をさせないためね」

「その通りだ。ただヤートは俺達の言う無茶を無茶と思っていない。平気で危険な場所にためらわず行く割に、そこからあっさり帰ってくるから説教しても首をかしげるだけで効果が無い」

「あんた達も大変だな」

「ヤートには、なんというか俺達の驚きが少なくなるよう動いてほしいんだがな……」

「無理だろうな」

「清々しいほどに思い切りが良いみたいだから、きっと無理ね」

「やっぱり無理か……」


 守護者達は自分達が守りたい存在が、ある意味もっとも危険な事に頭を抱える。


「ところで床に倒れているこいつらは連れて行かなくて良いのか?」

「あなたが縛ってるし、すぐに目覚めるような優しい対処はしてないでしょ? だから別に今じゃなくても良いわ」

「そうか」

「とりあえずは明るくなったらこいつらの尋問をさせてくれ。必要ならハザランと同じように心を折る」

「私がやるからラカムタはやらなくて良いわよ」

「私も協力はしたいが、まだ身体に違和感があるからしばらくは休む」

「それだったら私の屋敷を使ってちょうだい。まだあなたにも聞きたい事があるから近くに居てくれると助かるわ」

「あんたの屋敷は遠慮しておく。私は影がある所ならばどこにでも居るから用があるなら影に向かって私の名を呼べ」


 影結(かげゆい)の言葉にナイルは苦笑した。


「あらあら振られちゃったわね。まあ、了解よ。……それにしても考えれば考えるほど、あの子は心配だわ」

「ヤートも自分の言動が他とは違う事はわかっているみたいなんだが特に何も変えない」

「私も同じように感じた。あいつはマイペースだな。それもとびっきりの」

「そういうタイプは、少しで良いから何かをする時の突き抜け具合を抑えてくれたら大助かりなのにね」

「ガル、マイネ、リンリーや他の子供達だったらここまで心配しないんだが、ヤートの場合はひたすらハラハラする」

「俺は身近に子供が居た事がないからわからなかったが、子供を見守るというのは大変だな」

「あの子の場合は特にね」

「ああ、また俺達の目が届かない場所でものすごい無茶をしてるんじゃないかと考えるとな」

「「「はぁ……」」」


 夜も更けた暗い廊下で白き子供を見守るもの達の話し合いが続く。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。


感想・評価・レビューなどもお待ちしています。

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