王城にて 身体と甘い物
「ナイルさん、ごめん。握手はできない」
僕が言った瞬間に、それまで和やかだった空気が演奏と共にビシッと止まった。……言い方を間違えたみたい。早くちゃんと誤解を解いておこう。
「正確に言うとあいさつは良いんだけど、握手は僕の方の事情でしたくないんだ。ごめん」
「……どんな事情か聞いても良いかしら?」
「僕は同調が使えるんだけど、最近それが強くなったのか上手く制御できてない」
「つまり?」
「同調しようとしなくても無意識に発動しちゃうのか、触っただけで相手の事が少しわかっちゃう。だから握手できない。ごめん」
「ああ、そういう事。……あなた、本当に面白いわ。クス、アハハハハハハハ」
ナイルさんは僕に向かって差し出してた手を戻すと、おかしくてたまらないって感じで笑いだした。そして一通り笑い終わったら、また手を出してきた。
「私はこの国の騎士団の総団長のナグレシェトファイルよ。ナイルって呼んでちょうだい。よろしくね」
「…………ナイルさん、僕の話を聞いてた? 触ると無意識に同調しちゃうから、握手できないんだけど」
「問題無いわ。むしろガッツリ同調してくれない?」
「なんで? 緊急時以外で同調されて自分の身体を知られるのは気持ち悪いでしょ?」
「私は特に知られて困る事はないし、むしろ私の事を知ってほしいわ」
「絶対にナイルさんの方が変わってると思う」
「そうかもね。ああ、あとついでに私の健康診断もお願いするわね」
ニコニコと笑って全く手を戻さないナイルさんを見て、どうしても握手をしなくちゃダメかとあきらめてナイルさんの手を握った。
「僕も改めて自己紹介するね。僕は白いけど黒の竜人族のヤーウェルト。みんなからはヤートって呼ばれてる。よろしく」
改めて自己紹介をしてナイルさんの身体と同調する。これは……すごい。見た目通り、いや見た目以上の身体だ。僕がナイルさんの身体に驚いてるとナイルさんが話しかけてくる。
「私の身体はどうかしら?」
「健康とか頑強とかの言葉がそのまま形になったみたいな、すごい身体だね」
「あら、身体が資本の騎士としては最高の褒め言葉ね」
「ヤート、そいつはそんなにすごいのか?」
兄さんが僕の言った事に反応してナイルさんの事を聞いてきた。……これ言ったら確実に兄さんと姉さんは怒ると思うけどどうしよう。まあ、ラカムタさんがいるから、たぶん大丈夫か。
「どうなんだ? ヤート」
「ナイルさんがどれくらいすごいかって言えば、格闘戦なら兄さんと姉さんには勝てるくらいすごいね」
「……あ?」
「…………」
予想通りに兄さんと姉さんが怒って身体から魔力があふれ出す。さっきの僕の発言で空気が止まった時より、さらに空気が悪くなった。兄さんと姉さんが、今にもナイルさんに飛びかかりそうだからラカムタさんを見る。ラカムタさんは僕の視線を受けてため息をつくと、兄さんと姉さんの後ろに近づき二人に拳骨を落としてゴンッと鈍い音を鳴らす。二人はあまりの痛さに頭を抱えてプルプル震えて、それを見たリンリーがオロオロしていた。……なんかリンリーを見てると和む。
「二人とも落ち着け。ヤート、ナイル殿はそれほどか?」
「うん、さすがに大人のラカムタさんには勝てないけど、ナイルさんはほとんど普人族っていう枠からは外れてて竜人族・獣人族・鬼人族なんかの方に近いね。良い身体に産んでくれた親に感謝して、その身体を鍛え上げた自分を自慢して良いよ」
「うふふ、ありがとう。他に何かあるかしら?」
「うーん、強いて言うと……」
「言うと?」
「甘い物の食べ過ぎかな」
あ、今度はナイルさんがビシッて固まった。それとナイルさんの後ろにいる女の人から、ピリッとした雰囲気が伝わってくる。それでその空気を感じたのか、ナイルさんが冷や汗をかき始める。
「ヤート殿、私は総団長付きの副官でエレレクアと言います。ナイルさんが、どのくらい甘い物を食べているかわかりますか?」
「そうだね、……今日だと朝起きて朝食といっしょにケーキ三つ、王城までの移動中に砂糖をまぶした揚げパン五個とアメ一袋、会議の前に執務室って言うのかな? そこでまた、ケーキ二つ食べてる。普通はこれを毎日続けてたら何かしら身体に異常が出る量なんだけど、それでも健康なのがすごい」
僕がナイルさんが今日食べた甘い物の説明をすると、痛みに震えている兄さんと姉さん以外のほとんどの人がナイルさんが食べた量を想像して胸やけになったみたいに気持ち悪そうな顔になってる。例外のエレレクアさんは無表情だけど身体からは明らかに冷気が出ていて、その冷気でナイルさんは冷や汗が脂汗に変わって顔色が悪くなっていく。
「ナイルさん、お話があるのでちょっとよろしいでしょうか?」
「え、あ、そうね、で、でも、会食後にしてもらえるとうれしいわ」
「そうですか、……わかりました。一応言っておきますが、逃げたら…………引きちぎりますよ」
何を!? 怖っ!! エレレクアさん、怖っ!! エレレクアさんからの冷気が止まらない。会場がエレレクアさんの冷気で満たされ、みんなが震えている中で王様が近づいてきた。
「相変わらずのようだな。エレレクアよ」
王様のその一言で、エレレクアさんの冷気が無くなっていく。ふー、このままだったらエレレクアさんに、魔法を使おうか悩んでたから良かった。
「……お見苦しいところをお見せしました」
「良い。ただ次からはナイルだけに冷気を当てるように」
「わかりました」
「ちょっとバーゲル!! 余計な事言わないでよ!!」
「以前からお前の甘味を食べる量は目に余る。良い機会だから少し減らすように。ヤート殿、確認なのだがナイルは人よりも甘味を必要とするのだろうか?」
王様が僕にナイルの身体について聞いてくる。ナイルさんからは、これ以上私を追い詰めないでっていう視線と感情が伝わってくるけど、身体の状態を確認してるんだからハッキリと言った方が良い。
「ナイルさんは身体がかなり大きいから必要な食事量が多くなるのは当たり前なんだけど、甘い物に偏る必要は全くない。僕みたいに食べれる物が限られるならともかく、健康体なら色々な物をたくさん均等に食べるべき」
「だそうだ、ナイル。これからは甘味を食べる量を減らすようにな。エレレクアよ、頼む」
「お任せください」
「そんなぁ~~……」
ナイルさんが膝から崩れ落ちる。……うーん、好きな物を食べれないのが辛いっていうのはわかるけどナイルさんは食べ過ぎで、ほとんど依存って言っても良いから甘い物を制限させるのは正しいけど、急に制限されてナイルさんがストレスで体調を崩すかもしれない。何か気を紛らわせる物をあげた方が良さそうだね。僕は小袋から一つの種を取り出して掌の上で成長させる。
「緑盛魔法・超育成・甘露草」
僕の掌で成長して小さな白い花が開き小さな黒い実をつける。僕は実を回収すると残りの花、茎、葉を崩れ落ちているナイルさんに渡す。
「はい、ナイルさんあげる」
「これは……?」
「これは甘露草っていう植物で、食べると甘く感じる植物で胃腸の弱い僕でも食べれる物だから安全だよ。まずは葉っぱを食べてみて」
「え、ええ……」
ナイルさんは恐る恐る小さくちぎった葉を口に入れた。そして、少し噛んでいるとカッと目を開いて叫んだ。
「甘い!! 甘いわ!!」
「それならクドい甘さじゃないし、噛んでれば甘さがしばらく残るから気がまぎれるよ。だから甘い物の制限頑張って」
「ありがとう!!!! これで明日からも生きていけるわ」
「エレレクアさんと王様もこれなら良いでしょ?」
「はい、ですが私の見てない所で大量に食べないように見張ってはおきます」
「うむ、これならば良かろう。治療から症状の緩和まですぐに対応できるヤート殿は薬師として優秀という事だな」
「僕は正式な薬師じゃないよ。それに種類の多い大神林の植物の力を借りてるだけで別に僕がすごいわけじゃない」
「……一応聞きたいのだが、ヤート殿を王家付きの薬師として雇う事は可能だろうか?」
「どこかに所属する気はないから無理」
王様の質問に僕が答えると、兄さんと姉さんは僕の前に出てピリピリと緊張した空気になった。顔は見えないけどたぶん二人とも王様をにらみつけてるはず。少しの間にらみ合いが続いたけど、王様が苦笑する事で空気が緩む。
「すまんな。無理とわかっていながらも聞いただけで、我が国にヤート殿を害する気はない。ただ負傷した騎士達の治療には協力してはもらえないだろうか?」
「途中で離れるのは気持ち悪いから一度関わった人の事は最後までやるよ。ラカムタさん良いよね?」
「ああ、問題無い。最後までやれ。何かあれば俺達がひねり潰すだけだ」
「だってさ」
「感謝する。騎士達を頼む」
かなり真剣な話になってるけど、ナイルさんが甘露草を噛みながら「うふふ」とか「たまらないわ~」って言いながら身体をクネクネしてるから微妙に締まらない。ナイルさん、後ろでエレレクアさんがすごい目でにらんでるから覚悟しといた方が良いよ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。
感想・評価・レビューなどもお待ちしています。
 




