王城への旅にて 影と会話
あの気の毒な盗賊を倒して進む事半日で今日の野営場所へと暗くなる前に着いた。この野営場所は街道沿いにある広場で、町や村に到着できなかった商人や冒険者なんかが夜をやり過ごすために設けられている公的な場所だ。管理は王国から要請を受けた周辺領主が費用や見回りの人員を出し合っているらしい。まあ、ケチれば自分の評判も下がるし、治安が悪くなれば交易に支障が出るだろうから、どこも真剣に管理しているみたい。
それでだ。先に言った通り街道沿いの野営場所は、町や村に到着できなかった商人や冒険者なんかが夜をやり過ごすための場所で、王都へと向かう街道の野営場所のため僕達以外にも野営している先客がいた。あらかじめサムゼンさんの部下が混乱が起きないように一通り説明をしてたみたいだけど、鬼熊達が到着した時の商人が腰を抜かしたりそれを見た商人の護衛や冒険者が戦闘態勢になったりと反応がすごかったね。あと日が落ちた暗い場所でも目立つ欠色の僕を見て全員が驚いていたよ。……なんかザワッと変な感じがした。気になっているとラカムタさんが声をかけてくる。
「ヤート、どうした? 何か気になるものがあるのか?」
「なんでもない。それより僕も野営の準備を手伝った方が良い?」
「いや、大丈夫だ。ヤートは休んでてくれ」
「わかった」
……ラカムタさんが離れていくと変な感じが強くなった。でも、僕の近くには兄さん、姉さん、リンリー、鬼熊、破壊猪がいるためか、それ以上の変化はない。兄さん達に変わった様子はないから、この変な感じを感じているのは僕だけみたい。こういう感覚は嫌な奴ほど当たるものだから、今から数時間後を思うと気が滅入る。
僕はサムゼンさんの部下の人達が組み立ててくれたテント――なぜか僕専用らしい――に入って、ある魔法を発動させた。みんなが僕の入ったテントを囲んでくれてるけど念には念を入れておく。……こういう用心が無駄になったら良いんだけどね。
周りが寝静まったころ僕は目を覚ました。なんでかって言われたら説明できないけど、なんとなく違和感を感じたからだろう。僕が居るテントの周りには兄さんや姉さん達がいて警戒してくれているし、鬼熊と破壊猪の感覚と本能を誤魔化す事は不可能とは言えないまでも難しいから安全のはずなんだけど、本当に微かなこの違和感を感じたら初めに念には念を入れておいて良かったと思うよ。僕が灯りの消えたテントの暗闇の中で静かにしていると、テントの入口が微かに揺れてテントの暗闇より黒い人影が入ってきた。その黒い人影の手には、これまた黒い短刀が握られている。
……僕は今のところ誰かに夜襲をかけられるような恨みを買った覚えはないから、これではっきりした。どうやら誰か、もしくは誰か達は、僕に王城に来てほしくないみたいだね。そんな事を冷静に考えていると黒い人影が無音で寝台に近づいてくる。うん、僕が起きてる事はバレてないようだ。
「……許せ」
黒い人影が小さくささやくと、手に持っていた黒い短刀を振り下ろしてくる。……ふ~、本当に念には念を入れて普通に寝なくて良かった。僕はテントに入ってからすぐに、ある魔法を発動させていた。それは「緑盛魔法・超育成・擬態花」で、効果は文字通り見た目を変える事。僕の姿になって僕の代わりに寝台に寝てもらい僕は寝台と地面の間に潜り込んでいた。寝台がそんなに高くなかったから、実は貫通した短刀が寝台の下にいる僕の顔スレスレまで来て危なかったんだけどね。さて、黒い人影はと言えば擬態花に驚いたのか気配が乱れている。それを確認した僕は寝台の下から出て黒い人影に話しかけた。
「こういう時はなんて言えば良いんだろうね? 初めまして? それとも、こんばんはかな? どう思う?」
「…………」
「襲ってきて無言はひどくない? 身体は擬態花のせいで動かないだろうけど話せるはずだよ。あ、あと一応言っておくけど、毒かなんかで自決しても無駄だからね。僕はだいたい治せる」
「……なぜ、わかった?」
「何の事?」
「なぜ、私が来る事がわかったかと聞いている。私は完全に気配を消していたはずだ」
「ああ、その事。別にあんたが来るってはっきりわかってたわけじゃない。この野営場所に着いた時から変な感じがしたから、念には念を入れてたらあんたが来た」
「……貴様は何なんだ? どういうつもりだ?」
黒い人影が本当に困惑した声で聞いてくる。そうだった。相手に何かを聞くなら自分から言わないとダメだったね。
「僕はこんな白い見た目だけど、黒の竜人族のヤーウェルト、周りのみんなからはヤートって呼ばれている。どういうつもりかって聞かれたら、あんたと話がしたいって思っただけ」
「殺そうとしてきた相手に正気か?」
「いたって正気だよ。ただ、周りのみんなから変わってるとか精神的に図太いとか色々言われる」
「だろうな。殺されそうになって、平然としてられる貴様は間違いなく狂人だ」
「ひどい言われようだな。まあ良いけど、それであんたどうしたい?」
「…………」
「具体的に言った方が良いのかな? 擬態花に食われたい? みんなを呼ばれたい? 逃げたい? それとも解放されたい?」
「何?」
「殺そうとする相手に許せって言うような奴が、進んで暗殺業なんてやらないでしょ? たぶん、あんたは契約かなんかで縛られてるよね?」
「…………」
「そういった事は話せないのかな? まあ、それならそれで勝手に調べる」
僕が近づいていくと黒い人影はなんとか逃れようとしていたけど、一度相手を捕まえた擬態花から逃げれるわけがない。なんて言ったって擬態花は大神林でも指折りの食獣植物で、獲物と間違って擬態した擬態花を襲ったら毒で麻痺させられ触手で絡め取られて体液を吸い取られる。今回は僕が擬態花に頼んで毒を弱くしてもらってる。
そんなわけで僕はあっさりと近づいて黒い人影の身体を触り同調して調べる。……うん、身体の魔力の流れが不自然だから縛られてるね。通常、魔力は身体を循環していて魔力が多いものや健康なものほど強く速く循環しているけど、この人は首の辺りで変に魔力が溜まっていて、さらにその魔力が溜まっているところで何かの魔法が発動していた。詳しく調べてみた感じだと、どうやらこの人の魔力を使ってこの人の身体を操る魔法が発動しているようだ。なかなかえげつない魔法だね。擬態花にこの人を屈ませて首を調べると、がっちりとした金属の首輪がはめられていた。見ていて良い気分じゃないから、さっさと外そう。
「待て」
「何?」
「無駄な事はやめて私を殺せ。自分でできないなら仲間を呼べ」
「いやだ」
「なんだと」
「僕は本業じゃないけど薬師みたいな事もする。誰かを治す立場なのに誰かただ殺すなんてするわけがない」
「ならば仲間を呼べ」
「それも断る。みんな寝てるからね。起こしたくない」
「…………」
「緑盛魔法・超育成・鉱喰苔」
寝台の近くに置いていた小袋の一つから小さい塊を取り出し潰して金属の首輪にふりかけて、いつものように魔法を発動させると金属製の首輪を覆うように苔が生えていく。この苔は大神林の岩石の多い場所に自生する苔で、通常は水分と光で成長するけどどちらかが欠けると岩石を溶かして栄養に変えて成長するという不思議な奴だ。
「うぐぅ」
「首回りで動き回られるのは気持ち悪いだろうけど、少しの間我慢して」
「ぐぉぉぉぉ」
時間にして十分くらいかな。音にするならウジョリウジョリと僕の魔法でよく動く鉱喰苔がはい回っていたけど、ようやく動きが収まった。鉱喰苔を回収して首輪を確かめてみると、全体的に溶かされボロボロで今にも壊れそうだったから首輪をつかんで壊した。擬態花も回収して麻痺毒も解毒しておく。これでこの人は自由だ。うん、良かった良かった。
「首輪外れたよ」
「……なんという不快な感触だ」
「このまま身体を操られてるより良いと思うけど?」
「……確かにな。感謝する。この借りは必ず返す」
「僕が首輪にイライラして勝手にやっただけ」
「それでは私の主義に反する」
「あんたは異常な状態から治ったばっかりだから、まずは健康体になって。借りとかそういうのはその内で良い」
「…………わかった」
了承の返事をもらったけど、ものすごく不満そうだ。本当に気にしなくて良いのに頑固な人だな。まあ、それはそれとして……。
「そろそろ僕は眠いから寝るよ」
「邪魔したな」
「気にしなくて良い。おやすみ」
「それではな」
「あ、ちょっと待って」
「なんだ?」
「忘れてた。あんた何て名前?」
「…………影結だ」
「影結さんか。またね。影結さん」
「……最後まで奇妙な奴だ。良い夢を見ろ」
「ありがとう。おやすみ」
「ああ」
寝台に戻って、もう一度見るとそこに影結さんは居なかった。面白い人だったね。また会えるとうれしいなって考えながら僕はまた眠りにつく。朝になって僕や兄さん達が食事をしている時に、テントの片づけをしていたサムゼンさんの部下の人が寝台に空いた明らかな刺突痕を見て騒ぎになり、兄さん達に影結さんとのやり取りを言うとものすごく怒られた。影結さん含めて誰もケガしてないし問題ないよって言ったら、もっと怒られた。…………なんでだろ?
最後まで読んでいただきありがとうございます。
注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。
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