大神林にて 戻ってきた日常と良い時間
「……はぁ」
黒の村に帰ってきて数日経ちいつものように散歩しようと村の門を出たら、すぐにどっちが僕を背中に乗せるかでバチバチにらみ合っている鬼熊と破壊猪が目に入る。慣れたと言えば慣れたけど思わずため息をついてしまう。
「……ヤート、もしかしてこいつらは?」
「…………うん、ネリダさんの思ってる通り、どっちが僕を背中に乗せるかでにらみ合ってる」
「他の奴らが門を通れないから、さすがになんとかしてくれ」
「別にあいつらは他の人に何もしないけど、やっぱり怖い?」
「まあ、なんというか高位の魔獣は、そこにいるだけで周りに影響が与えるって事だ」
「わかった。さっさと連れて行くよ」
「頼む」
「うん」
にらみ合っている二体に近づくと、二体がバッと勢い良く振り返り僕に自分の背中に乗れと言ってきた。
「ガアァ!!」
「ブォ、ブブォ!!」
「……とりあえず門の近くでにらみ合ったりしないで。他の人に迷惑だから、せめて森の中で待ってて」
「ガァ」
「ブ」
「ありがと、それと僕がどっちの背中に乗るかだけど、行きは鬼熊で帰りは破壊猪に乗せてもらうね」
「ブ、ブォ!?」
「なんでって特に理由はないから何となくだね。……ああ、その内、行きと帰りで背に乗る順番が逆になるかも」
「……ブォ」
「ありがとう。ネリダさん、行ってきます」
「ああ、ヤートに言う必要は無いかもしれんが気をつけるんだぞ」
「僕は無理な事はしないから大丈夫」
ネリダさんにあいさつをして散歩に行こうとしたら鬼熊が僕の後ろに近づいてきた。何かあるのか不思議に思っていると僕の服の襟を器用にくわえてブンッと空中に放り上げる。そして僕は鬼熊の背にまたがるように着地した。
「……なんで、みんな僕を投げたがるんだろ?」
「ガア」
「なんとなくね、まあ良いか。それじゃあ久しぶりの大神林だから前から散歩してたところでも良いし、別の良い感じのところがあったら案内よろしく」
「ガア」
「破壊猪も鬼熊の後に着いてきてね」
「……ブォ」
門の方からネリダさんの声が聞こえてくる。
「お前ら、わかってると思うがヤートのマネしようとして高位の魔獣に近づくなよ」
「ヤートとよくいる鬼熊でも、近くにいたら怖いから私達には無理よ」
「それで良い。はっきり言って高位の魔獣は俺達大人でも怖いからな。子供のお前らがヤートのマネができないからって下を向く必要は無いぞ」
「……でも、羨ましい」
「「「「確かに」」」」
「あっ」
「どうした?」
「そう言えばガルとマイネが破壊猪の背中に乗ったって言ってた」
「話を聞きに行こう」
「「「「うん」」」」
「お前ら騒ぎは起こすなよ」
「「「「「大丈夫」」」」」
「…………本当か?」
なんでだろ? なんでか兄さんと姉さんを中心にした騒ぎが起こりそうな気がする。気のせいかな? ……まあ、兄さんと姉さんなら大体の事は何とかするから大丈夫か。
「ガア?」
「いや、多分気のせいだから、なんでも無いよ。それで今日はどこに行くの?」
「ガア」
「おー、あそこか。あそこなら確かに破壊猪に見せる価値もあるから良い選択だね」
「ガ」
「……ブオ?」
「着いてからのお楽しみ。僕も好きな場所の一つだから期待してて良いよ」
「ブ」
それからしばらく鬼熊と破壊猪の自分の背中のすばらしさを言い合う口ゲンカを聞いていると、水の流れる音と微かに花の匂いがしてきて目的地が近い事がわかった。ここは一人だと黒の村から距離があって体力的にもきついから、なかなか来れないんだよね。そんな事を考えていたら目の前に思い描いていた景色が広がる。そしてそこは魔獣である破壊猪でも思わず見とれるほどの景色だった。
「…………ブオ」
「そうだね。ここは来るのに時間がかかっても見に来たいところだからね」
僕達の目の前には川が静かに流れている。その水は一切の濁りがなく少し離れた場所からでも、川底の様子がはっきりとわかるほど透明だった。だけど、この川の素晴らしさはそれだけじゃない。この川には様々な種類の水生植物が群生していた。大神林にある色は、まず植物の緑、緑の間から見える空の青、そして地面や樹々の幹なんかの地味な色がほとんどで、鮮やかな色といえば植物の花や実だけど、ほとんど緑に埋もれてそれほど目立たない。でも、目の前の川はそれなりに川幅があるため空の青が見え、さらに川の中には様々な種類の水生植物が群生して彩り鮮やかな花を咲かせていた。
「ここは僕が大神林を散歩して見てきた中でも一番色鮮やかな場所で、僕は「水中花壇」って呼んでる。色んな水生植物の花、周りの植物の緑、空の青が全部見れるここは、何度来ても見た瞬間に胸の奥の方からカーって熱くなってその後ここの川面みたいに穏やかになる。そうなったら、ずっとこの景色を見てられる」
「ガァ」
「ブォ」
「それと、この辺りは静かで良い」
なんでかわからないけど、この辺りは縄張りにしている魔獣がいない。それどころかほとんど動物もいない。きっと大神林にしては珍しく食べれるものが少ないからだと思う。ここから少しでも離れれば無尽蔵っていうぐらい食べれるものがあるのに、わざわざここを縄張りにする必要は無いよね。それに鬼熊と破壊猪は、この景色に見入っているけど他の魔獣には景色のキレイさはあまり意味がないみたいだ。何となくだけど魔獣でも高位になって強くなればなるほど食欲・生存欲みたいな本能以外の部分が強くなってる気がする。たぶん絶対的な強さがあって餌には困らないから、そこまで本能を優先させずに景色を楽しむなんていう精神的な余裕があるんだと思う。
……色々言ってるけど重要なのは結局のところ気の合う奴らといっしょに景色を楽しめるっていうのは良い事だ。結局この後、少し他の場所をうろついては水中花壇に戻ってしばらく眺めるっていう事を繰り返していたら、水中花壇でほとんどを過ごす事になり気がつくと日が暮れ始めていた。
「そろそろ帰るか」
「ガ」
「ブ」
「なんかほとんどを水中花壇にいたから、散歩って感じじゃなかったね」
「ガ?」
「特に文句はないよ。気の合う奴と過ごすこういう時間は嫌いじゃないからね。お前らはどう?」
「ガア」
「……ブオ」
「……ガアア?」
「…………はぁ」
なんでそろそろ帰ろうとしている時になっても、ちょっとした事でバチバチのにらみ合いになるかな。って両方とも力を溜め始めた。あー、これは確実にケンカになる。でもさすがに水中花壇を巻き込むようなケンカはして欲しくない。というか、どこだとしてもいつだとしてもケンカなんてしないで欲しいよ。このまま見てると、いつ始まってもおかしくないから、さっさと破壊猪の背中によじ登る。
「ブオ?」
「どうしたって、行きは鬼熊で帰りはお前に乗せてもらうって言ったと思うけど?」
「ブオ!! ブオオ!!」
「……ガァ」
「そうそう、このままケンカが始まって水中花壇が巻き込まれても嫌だし、何事もなく村まで帰りたい」
「ブオ」
「……ガア」
「うん、それじゃあ帰ろう」
ふー、なんとか始まる前に収まったけど、これは一応、言っといた方が良さそうだな。
「無理に仲良くしては言わないけど、周りを巻き込むケンカはしてほしくない」
「……ガァ」
「……ブォ」
「そこは努力するとかじゃなく、はっきりと大丈夫って言ってよ」
行きと同じで帰りも二体は、口ゲンカをしながら並んで進む。うーん、これからこの二体がどんな関係になるかわからない。でも、なんとなく兄さんと姉さんみたいに言い合いが絶えないけど、なんだかんだ一緒にいるみたいな感じになるような気がする。最悪、力づくで止めれば良いか。
二体の口ゲンカを聞きながら村に戻り村の近くで二体と別れてから家に入ると、居間で兄さんと姉さんがグッタリとしていた。ひと目で疲れきっているのがわかる。とりあえず二人はそっとしておいて母さんに聞こう。
「ただいま」
「ヤート、お帰りなさい。散歩はどうだった?」
「散歩って感じじゃなかったけど、なんていうか良い時間が過ごせたよ」
「そう、また話を聞かせてね」
「うん、ところで兄さんと姉さんはどうしたの?」
「ガルとマイネがヤートの散歩相手の破壊猪の背に乗ったっていう事を村の子達に言ったみたいで、それが魔獣に乗りたい子達を刺激して、二人ともどうやって乗ったのかとか乗った感じはどうだったかとか、ずっと一日中追い掛け回されて質問攻めにされてたらしいわ。無理やり聞き出されてたわけじゃないから大人も止めには入れなかったみたいね」
散歩に行く時の兄さんと姉さんを中心に騒ぎになるかもっていう予感が当たった。なんとなく原因は僕っぽいから、あとでお詫びも兼ねて薬草茶でも淹れよう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。
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