決戦前にて 優位と一線
黒帝神馬になっているミックと黒帝神馬のオイリスが、お互いの後ろを取ろうと一定距離を保ちながら牽制し合う様子は戦場の雰囲気を醸しだす見応えのあるものになっている。だけど……、どうしてもチラチラとラカムタさん達の方を見てしまう。
黒の村にいる時から女性陣の方が男性陣よりも優位になってるのを見てたけど、ああやって母さんがラカムタさんと父さんの後ろに立ってるだけで二人の背筋が緊張で伸びるくらい差があるの?
「あはは、竜人族でも、やっぱり女性の方が上なのね」
「ナイルさん、竜人族でもって事は普人族でも女性陣の方が?」
「人間関係、それぞれの性格、身分とかで違いは出てくるけれど、だいたいそうね。それに夫や父親が嫁や母親の尻に敷かれていると家庭円満になりやすいから、割と自然な状態だと思うわ」
「…………ナイルさんも尻に敷かれてるの?」
僕が質問するとナイルさんは副官のエレレクアさんを見た。
「何か?」
「い、いえ、何でもないわ。それよりついてきてる子達の調子はどうかしら?」
「この程度でどうにかなるような鍛え方はさせてません。…………仮に調子を崩しているようなら叩きのめして王都へ送り返すので大丈夫です」
「そ、そう……、万が一の予想外の事態も考えられるから気は配ってあげて」
「…………わかりました」
エレレクアさんが一礼して離れていくと、ナイルさんは大きく息を吐く。
「ヤート君……、女性とはよく話をするのよ」
「えっと、わかった」
「それじゃあ、あっちの観戦に集中しましょう」
男女の力関係がよくわからない僕・満足そうにうなずくナイルさん・母さんに後ろに立たれてピキンと動けなくなっているラカムタさんと父さんという、統一性がいっさいない僕らはミックとオイリスへ目を向けた。今のところは牽制をし続けてる最中だね。ただ、一定の距離で無軌道に動き回ってた二体は、お互いを視界にとらえたまま円を描くようになった。…………あ、少しずつ円の軌道が小さくなってきてる。ラカムタさん達やナイルさんも僕と同じ考えになってるらしく、緩んだ空気が引き締まりピンと張り詰める。
「あの円が小さくなった時が牽制の終わりだよね?」
「そうだな。ここまででミックとオイリスはお互いの動きをある程度把握して、どう攻めるかも考えただろうから攻め出した後に一線を越えたら一気に決着まで行くはずだ」
父さんの言葉にみんながうなずいて肯定する。…………少なくとも二体は止められる事を望んでないから見守るしかないか。
時間が経つごとに二体が描く円は小さくなっていく。そして円の直径が黒帝神馬三体くらいになった時、ミックとオイリスの姿がブレた。…………二ルーメを超えるナイルさんを乗せれるくらいの巨体がブレて見えるなんて、どれだけすごい筋力で出してる速さなんだ? 僕やラカムタさん達か
「オイリス、あんなに動けたのね……。私ったら、可愛がるばかりであの子のやりたい事を何もやらせてあげられなかったんだわ……」
「ナイルさんとオイリスは会話できないから仕方ないと思う」
「ヤート君、私達騎士は人馬一体を目指さないといけないの。それなのに仕草や目から気持ちを読み取れないのはダメなのよ。現にエレレクアやサムゼンはできてるわ。本当に私は騎士失格ね……」
「少なくともオイリスはナイルさんを乗せる事を嫌がってない。だから、これからもっと深い関係になれば良いよ」
「…………そうね。諦めたらそこで終わりだから、いろいろやってみるわ。ありがとう、ヤート君」
「うん。……ところで、ナイルさん達はミックとオイリスの動き見えてる?」
「まあ、大丈夫よ」
「確かに速いが見えるぞ」
「俺もだ」
「私も見えてるわ」
「そうなんだ……」
あれが見える……? どれだけ凝視しても無理なので、目に集中する形で強化魔法を発動してみる。…………素の状態よりマシなだけで、まだ二体の姿はブレて見えた。他のみんなはどうなのか気になったから様子を伺うと、三体・サムゼンさん・エレレクアさんははっきり見えてるみたい。兄さん達と精鋭部隊の騎士さん達は、凝視してる感じだけど僕よりは見えてるらしい。
やっぱり僕は身体能力だと下の方だなって若干ヘコみつつ、目を閉じ界気化した魔力による同調で二体の動きを把握していく。…………今の二体は相手の背後を取る前に、まず相手の横を取って自分が有利になろうとしてる。だけど、少しでも相手に横を取られそうになったら前足を軸にして身体を旋回させ対面する形に戻してるね。
僕が読み取れる範囲で差はないのは、まあ、ミックがオイリスになってるわけだから当然だとして……。
「これって決着はつくの?」
「しばらくは、この状態だと思うぞ。だが、一線を超えたらすぐにつく」
「父さん、さっきも言ってたけど、その一線っていうのは?」
「あー……、いろいろある」
「え?」
「戦う奴ら、戦う時間、戦う状況なんかで一線は変わってくる。それが来るまで見ているしかない」
「……わかった」
他のみんなからも異論が出ないから僕達の観戦は続く。
本当に本当にしばらくミックとオイリスの横の取り合うの見ていたら、二体の雰囲気がイラつくような感じへ急激に変わった。
「お、あいつらは、こういう感じか。よし、いつでも止められるように構えるぞ」
父さんの言葉が理解できなくて困惑してると、ラカムタさん達は膝を少し曲げていつでも動く準備をする。そして、それと同時にミックとオイリスが離れた。でも、ただ離れたわけじゃなくてミックとオイリスはお互いに向かった前傾姿勢になっている。
ピキ……、ピキピキ……。
うん? この音は……? あ、二体の身体の肩や胸周りの鉱石が形を変えて突撃槍みたいになっていってる。この後の展開は一つしかないから、僕は腰の世界樹の杖に触れて魔法を発動させた。
「緑盛魔法・純粋なる緑を纏う樹根触腕」
ズドンッ‼︎
魔法を発動させ何十本もの根が伸びた次の瞬間、ミックとオイリスは全力で突進した。樹根触腕は間に合うか? いや、間に合わす‼︎
ザザザザザザザザザザザザッ‼︎
…………ふー、僕の樹根触腕は二体の突き出た鉱石に巻きつき、ラカムタさん達は二体の身体や足に抱き込むようにして、なんとか止めたけど危なかった。突き出た鉱石同士は、僕の腕を伸ばした距離まで接近してたから瞬き数回分でも遅れてたら激突してたはず。本当に止めれて良かったよ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。
後書きの下の方にある入力欄からの感想・評価・レビューもお待ちしています。




