決戦前にて 出発と約束
結局、王都を出発する日まで特に変わった事は起きなかった。教団や教団の支援者から嫌がらせがあるかもしれないっていう心配は無用だったね。今僕達は王城の正門前の広場にいて王様達による出立の儀式が終盤を迎えたところで、もうすぐ僕達は王都を出て各国の精鋭部隊との合流地点へ向かう事になる。
「くそっ、焦ったいぜ。早く移動させろよな……」
「兄さん、もうすぐだから我慢して」
「あのでかい門を抜けたら潰して良い奴がいるかも知れないんだぞ。これが落ち着いてられるか」
兄さんは、一応声を抑えてくれてるけど戦意が昂ってるのは鎮められてない。ラカムタさん達も同じように戦闘態勢に入りつつあるから戦いを前にした竜人族は、こういう感じなのかもしれないね。ちなみに四体は僕の近くで我関せずという感じだ。本来なら王都の中に鬼熊や破壊猪なんかの高位の魔獣がいる事は大騒ぎになってるはずだけど、なぜか僕の従魔っていう事になっていて僕達を囲んでいる王都の市民から好意的に見られている。
あ、ナイルさんが王様から剣を渡されて必ず敵を討ち果たし無事に帰還すると宣誓した。その後、立ち上がり僕達の方を振り向く。
「待たせたわね。これから出発よ」
「うっしゃあ‼︎ 行くぜ‼︎」
ナイルさんが歩き出しラカムタさん達も兄さんの気合の入った声を合図に続く。僕も行こうとしたらディグリに抱き上げられ鬼熊の背に乗せられた。
「…………今くらいは良くない?」
「何ガアルカ、ワカラナイノデダメデス」
「ガア」
「……わかった。鬼熊、道中よろしくね」
「ガア‼︎」
うん? なんか王都の市民達が鬼熊の背に乗せられる僕を見て、おおっていう歓声を上げた。しかも、子供達から羨ましいという気持ちが伝わって来るのは何で? いくら四体を僕の従魔だと思っていても、そこは怖がるべきだと思う。僕はズレてるのかなと思っていたら、サムゼンさんが近づいてきた。しかも、サムゼンさんの後ろにはジーンアリスさんと旦那さんとお子さんがいる。
「ヤート殿、ジーンアリス殿達が出発の前にあいさつがしたいと」
「ジーンアリスさん、二人が外を歩けるようになって良かったね」
「これもヤート殿が治療してくれたおかげだよ。今日ここに来れないもの達に代わり感謝する」
ジーンアリスさん達三人が深々と頭を下げてきた。こうして目の前で頭を下げられるのは何回目だろ? まあ、それは良いとして気になるのはチラチラと鬼熊を見てるお子さんだね。
「前も言ったけど僕は植物達の力を借りれただけだから気にしないで。それと……君、鬼熊に乗ってみたいの?」
「えっ……?」
「何回も見てたから、そうなのかなって。鬼熊、どう?」
「……ガア」
「鬼熊は乗っても良いって言ってるけど、どうする?」
「うぇっ‼︎ え、あ、その……」
………乗りたそうだなって思ったから聞いたんだけど、この困り方は乗りたいわけじゃなかったみたいだ。うーん、ただでさえズレてたのが、界気化を覚えたために空気を読むみたいな能力が落ちてるみたいだね。かといって、ここで界気化を使うのも違うはずだから、間違った事をすなおに謝っておこう。
「変な事を聞いてごめんね。ジーンアリスさん、ごめんなさい」
「う、うむ、気にしないで良い」
「ありがとう」
「……また会えた時に食事に誘っても良いだろうか?」
「ラカムタさんから許可が出たら大丈夫だよ」
「そうか。それではその時を楽しみにしているよ」
「僕も楽しみにしておくね」
「あのっ‼︎」
僕達が王都の正門へ向かおうとしたら、ジーンアリスさんのお子さんが必死な感じで声を出したので振り返る。そちらを向くと僕を真剣な目で見ていた。
「どうしたの?」
「ぼ、僕はリアンって言います‼︎ 助けてもらいありがとうございます‼︎」
「うん、僕は黒の竜人族のヤーウェルト。みんなからはヤートって呼ばれてる。それでどうしたの?」
「すごく、すごく乗ってみたいですけど今は急いでるってわかります‼︎ なので、次に会った時に乗せてください‼︎」
「だってさ。鬼熊」
「ガア」
「強くなっておけって言ってるよ」
「わかりました‼︎ 強くなります‼︎」
「ヤート殿、そろそろ……」
「わかった。ジーンアリスさん、リアン、えっと……」
「申し遅れました。ジーンアリスの夫でリアンの父親であるリーリアスと言います。命を救ってもらい家族とともにすごせるようにしてもらえた事を心より感謝申し上げます。私も次に会える時を楽しみにしています」
「うん、またね」
もう言い残しはないか確認した後にサムゼンさんを見てうなずくと、サムゼンさんも僕へうなずき返して先に進みだした。これで旅が始まるわけだけど、こういう嫌な事や面倒くさい事が目的地に待ってる旅はこれで最後にしたいね。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。
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