赤の山にて 暴走の結果と面倒事への愚痴
「グウ……ハァハァ……、カハッ!!」
ヌイジュが胸に手を当てて苦しんでいる。まあ、あれだけ竜人息を連発すれば当然そうなるよ。
「なんで、そんな状態になったのか理解できてる?」
「ダ……マレ」
「竜人息は大量の魔力を溜めないといけないから溜める部分に大きな負担をかける。だから竜人はめったに使わないのに、お前は何回も使ってた」
「ダマレトイツタ!!!!」
ダンッという音と共にヌイジュが殴りかかってきた。さすがに身体がまずいと思ったのか竜人息は使ってこない。……身体の調子を判断できるのに、なんで何回も使ったんだろ? 本当によくわからない奴だな。
ヌイジュは右腕を振り下ろしてくる。本来なら目にも留まらぬ速さで気がついたら殴られた後って感じなんだろうけど、はっきり言って今は僕でも余裕を持って避けれる。まあ、内臓を痛めた状態で普段通り動けるのは、よっぽど我慢強いか鈍いか頭がおかしいかのどれかだから、これはしょうがない。そんな事を考えながら僕は近づいてくるヌイジュの拳をよく見て左に避けた。するとヌイジュは、僕を追うように右腕の軌道を強引に変えて裏拳で僕の顔を狙ってくる。それならとしゃがめば頭のすぐ上をヌイジュの裏拳が通過する。裏拳も避けた僕を見てヌイジュは左の膝蹴りを放とうとしてきたからしゃがんだ反動を利用して後ろに跳んで離れた。……たぶん息をするのも辛いくらいなのに、よく動けるね。
「そろそろやめない?」
「クッ、ガアアアア!!!!」
僕の提案を聞いたヌイジュは、これが答えだと言わんばかりに水弾を放ってきた。確かに竜人息に比べたら、通常の魔法は身体への負担が小さい。それでも手足を振り回すだけで、顔が歪むような状態なら結局さらに身体への負担になる。こいつ本当に大丈夫かな? 僕の正面から五つ、左右からは二つずつが回り込むように向かってくる。魔法で対応しても良いけど僕は魔力が少ないからできるなら節約したいところだね。僕は左右から回り込んでくる奴は無視してヌイジュに向かって走り出す。
「ナッ!!」
ヌイジュは僕がヌイジュに向かって、つまり僕に迫ってくる水弾に向かって走り出した事に驚いていた。このままじっと待ってたら合計九つの水弾か来るけど、左右から回り込んで来る四つを無視してヌイジュに向かえば僕が対応するのは正面からの五つで済むんだから、数が少ない方を選ぶのは別に驚く事じゃないと思うけどね。そして何より今のヌイジュの水弾は打撃と同じで弱ってるから僕でも反応できるくらいになってるのが大きい。
とは言え、どうやって避けよう……。走り出した今さらだけど、僕は兄さん達みたいに身体能力高くない。……まぁ、良いか。当たった時は当たった時で、なんとかすれば良いしね。
まず、一つ目を右斜め前に進んで避けたけど、二つ目の水弾が一つ目を避けた僕の顔めがけて飛んでくる。やっぱりこの魔法はある程度の軌道を操れるみたい。ヌイジュは僕を殺そうとしているから、基本的に僕の顔や次に身体を狙って残る手足には当てようとも思ってないって感じだ。……だったら話は簡単で、できるだけ顔と身体を同じ位置にしないように動けば良いだけだね。
二つ目が顔に迫ってきて、もう少しで当たるっていうギリギリまで引きつけて首を左に倒した。……水弾が顔のすぐ横を通り過ぎる風圧を感じる。けっこう怖いけど、あと三つだしなんとかなりそう。
おー、今度は二つ同時で、三つ目のすぐ後ろに四つ目がある。これは三つ目を避けても、すぐ後ろの四つ目を操作して僕に当てるってパターンか。しかも、四つ目を避けても五つ目がある。どうしようって迷ってる場合じゃないけど、どうしよう。……ああ、そうだ。こうすれば良いや。
「よっと」
僕は三つ目の水弾が迫ってくると跳んだ。当然、跳んだ僕に向かって四つ目が向かってくるけど、僕は僕の下を通り過ぎようとしている三つ目を踏みつけて、三つ目が弾ける勢いを利用して四つ目を飛び越えるように前にもう一度跳んだ。……本当に納得できないけど、兄さんと姉さんに放り投げられた経験が役に立ってるな。空中で動く感覚を覚える事ができたから前世だったら絶対にできない事ができてる。ある程度、普段しない動きができるんだから健康には感謝だね。
さて、あとは五つ目か。……あれ? 着地する時を狙うはずなのに僕の方に向かってこずに見当違いの方向に飛んでいく。不思議に思ってヌイジュを見ると唖然としていた。なるほど僕の水弾を足場にするっていう行動に驚いて操作を忘れてるだね。……スキだらけだから畳み掛けよう。
「緑盛魔法・超育成・射種草」
地面に手を付け種を埋めてつぶやくと、あっという間に成長して蕾の先の射出口をヌイジュへと向け種が撃ち出される。
「クッ!!」
おおっ!! 胸に当てようとしたけど、ヌイジュはとっさに反応して直撃を避けた。やるね。しかも、すぐに体勢を整えて反撃に……って、それを使うなよ。さっき殴りかかってきた時は、冷静に自分の身体の調子を判断できてると思ったけど、どうやら僕の勘違いだったらしい。もし、本当にちゃんとわかってるなら竜人息を使うはずがない。もし、使ったら……。
「グボッ、ゲェァぁ」
「さっきも言ったけど、ただでさえ竜人息の連発で身体が壊れかけてるのに、また使おうとしたら当然そうなるに決まってる」
僕が見てる前でヌイジュは、身体を折って口から血を吐いていた。どうやら、完全に内臓が損傷したみたい。……ここまでだね。
「ここまでだよ。治療させてもらう」
僕が地面に吐血の血だまりを広げているヌイジュに近づいて行くと、ヌイジュがフラつきながら立ち上がった。そしてその目には色んな感情が揺れていた。なんとなくわかるのは、怒り、悔しさ、困惑、後は……驚きかな。
「なぜだ……」
「何が?」
「なぜ、自分を殺そうとした奴を、そんな静かな目で見れる。なぜ怒りも驚きもしない。答えろ!!!!」
「別に大した理由はないよ。別に怒るほどの事じゃない」
「なん……だと、貴様は、貴様は自分の命が奪われようとしても何も思わないのか!!」
「身体が壊れてるのに、うるさい奴だな。身体に響くよ」
「答えろと言った!!!!」
「……あらかじめ襲われるってわかってたら、別にそこまで怒らないし驚かないと思うけど?」
「何?」
「例えばさ、自分が誰かに襲われるとする。突然何の前触れもなく襲われたら、当然驚くし怒りもするよ。でも、いつどこで襲われるのかわかってたら、本当に来たっていう呆れと対応が面倒くさいっていう感情しか生まれないと思う。……あっ、普通は、なんで襲ってくるって怒るのかな?」
「当たり前だ!!!!」
「僕にはないから、当たり前と言われても困る。というか、そんなどうでも良い事は置いといて治療させてくれない?」
また僕がヌイジュに近づいていくと、ヌイジュは体勢を崩しながら後ろに跳んだ。本来なら一気に距離ができるんだろうけど、今は二ルーメ下がっただけでまともな着地ができず地面に転がり、また血を吐いた。ほんの少しの動きにも身体が耐えられなくなってる。
「治療させてよ」
「ゲボッ、うウぅ……、こ…………とわる」
「なんで? 早くしないと手遅れになる」
「いの……ちを狙われ……ているにも関わらず何も思わない。貴様は間違いなく異常者だ!! そんな奴から治療を受けるのは、おぞましいわ!!!!」
「ひどい言い方だね。僕だって別に何も思わないわけじゃないし、突然襲われたら驚くしイラッとするよ。今回はさっきも言ったけど、お前が襲ってくるって予想ができてたから事前に覚悟というか心構えができてただけ」
「例え、そうであっても貴様からの治療は受けん!!!!」
「はぁ、そうなると無理やりにでも治療をさせてもらうしかないか。……射種草」
「クソッ!!」
わかってたけど説得は無理だった。こうなったら気は進まないけど手遅れになる前になんとか気絶させるしかない。まずは待機状態だった射種草で種を撃ち込んでいく。今のヌイジュの状態なら、少しの衝撃で気絶するはずだから直撃させる必要はない。さっきのヌイジュとは逆に手足を狙っていく。
ドンドン!! ドン!! ドドン!! ドドドドドドドドドン!!!!!!!!!
当たらない。どう考えても重傷でほとんど動けないはずなのにフラつきながら避けてる。僕の治療を受けたくないから命を削って避ける。なんだろ? 意地かな? よくわからない。でも、しょうがない。
「緑盛魔法・超育成・緑盛網。それと緑盛魔法・深寝花粉」
直接気絶させる事が無理ならと僕は緑盛網を発動させてヌイジュの拘束を試しつつ、それと同時に腰の小袋から出した深寝花粉を固めた団子に魔力を通して麻酔ガスのような煙を発生させた。緑盛網で動けなくできるならそれで良いし、深寝花粉で眠らせれるならそれでも良い。とにかくヌイジュに治療を無理矢理でも受けさせる。
……周りに散らしただけの拡散状態の深寝花粉は効果が薄いみたいだからヌイジュの周囲に集中させる。そうする事で呼吸が荒くなったヌイジュに無理矢理に深寝花粉を吸わせていく。ヌイジュの動きが徐々に鈍くなる中、必死に避けているヌイジュに一本の蔓が巻きついた。
「しまっ」
蔓が絡み付きヌイジュを空中に釣り上げる。すると周りから何本もの蔓が次々ヌイジュに絡み付いていき、首から下が完全に蔓に覆われていく。ヌイジュは何とか脱出しようともがくけど、あいにく弱った身体で抜け出せるほど僕の緑盛網も植物も弱くない。
「やっと捕まえた。これで終わりだよ」
ここで決着をつけないと本当に手遅れになるからヌイジュの顔に全ての深寝花粉の煙を集中させ口や鼻から強制的に流し込む。どんどん流し込んでいき半分くらいの煙を流し込んだ時に脱出しようともがいていたヌイジュが動かなくなった。もう良いかなと思ったけど念には念を入れて全ての煙を流し込んだ。
地面に寝かしてヌイジュの状態を確かめてみると、規則正しい寝息を立てていた。
「はぁ、やっと治療ができる。このままだと最終手段に出ないといけないから危なかった」
「ブオ」
「いや、お前がどれだけ加減しても、たぶん危なかったくらい弱ってた」
「ブオ?」
「そうそう、完全にお前に気づいてなかったからね」
実はヌイジュが血を吐いてた辺りから破壊猪が近くにいた。最悪、破壊猪に突撃させて気絶させようと思っていたけど、さすがにヌイジュが危ないから最後の最後になるまで突撃を我慢してもらってた。……それにしても。
「はぁ、ただ散歩しただけなのに、なんでこんな騒ぎになるのかな」
「ブオ」
「はいはい、何か僕に原因があるんでしょ」
「ブ」
「愚痴も言いたくなるよ」
「ブブオ」
「わかってるよ、治療はちゃんとやってる」
ようやく騒ぎが収まった森に、ヌイジュの寝息と僕の愚痴が溶けていった。
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注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。
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