黒の村にて 充実したヨナさんと嫌な一瞬
朝食を食べ終わり父さん達に行ってきますと言ってから、薬草畑の世話に向かうために玄関を出ると、ヨナさんが玄関の左側に立っていた。そして僕を見るなりビシッとあいさつをしてくる。
「おはようございますっ‼︎」
「おはよう。なんかすごく気合が入ってるね」
「はい、達成したい目標ができて、今日が目標に向かって行動する初日なので‼︎」
「なるほど、それなら力が入るのも当たり前か。でも、ヨナさん、前も言ったけどせっかくのやる気を無駄にしないためにも空回りしないように気をつけて」
「もちろんです。常に自分自身との対話を心がけるつもりです‼︎」
うーん、まぶしいほどにキラキラしてるね。充実してる証拠だと思うし、変な方向に進まないなら今は見守ろう。
「それで、どうしたの? 僕に用?」
「今日はヤート殿に着いて回りたいのですが良いでしょうか? もちろん私にできる事があれば作業のお手伝いは任せてください‼︎」
「わかった。いっしょに薬草畑へ行こう」
「はい‼︎ よろしくお願いします‼︎」
「うん、よろしく。ところでリンリーも僕に用?」
「は?」
ヨナさんが僕の言葉に困惑している中、玄関の右側を見るとリンリーが姿を現した。
「ヤート君、おはようございます」
「リンリー、おはよう。それで何かあった?」
「私も今日はヤート君といっしょに作業したいって思ったんです」
「そうなんだ。ヨナさん、リンリーと三人でも良い?」
「あ、はい、大丈夫です……」
「ありがとう。それじゃあリンリーも、いっしょに行こう」
「はい」
「あの……」
「何? ヨナさん」
「いつからリンリー殿は、いたんですか?」
「ヨナさんが僕に話しかけた時くらいかな」
「…………全く気がつきませんでした」
「それがリンリーだよ。姿と気配を消すのが完璧に身についてるから、ごく自然に消えてられる。ラカムタさん達でも、消えてるリンリーを探すのは大変だって言ってた」
「ヤート君には通じないんですけどね」
「前からなんとなくリンリーのいるところはわかるだけだよ」
「……そうですか」
うん? なんかリンリーから嬉しさと照れが混じった感情が……、ってダメだ。どうやら界気化した魔力を無意識に放ってたみたいだね。親しき仲にも礼儀ありと言うし、日常で僕だけがみんなの感情を知れるのは本当にダメだ。きちんと制御しないと。
「ヤート君、急に考え込んでどうしたんですか?」
「界気化の制御が甘くなってたから調整してた。……それと言いにくいけど、リンリーの断り無しにリンリーの感情を少し感知したんだ。ごめん」
「ヤート君には私の事を、もっと知ってもらいたいので構いませんよ」
リンリーが僕を見てフワッと笑う。この笑ってるリンリーと、初めて話した時のガチガチに緊張してたリンリーが同じ人だとは思えないよね。
リンリーとヨナさんをいっしょに薬草畑に着いた。まずは畑を一通り見回り目に見える異常がない事を確認した後、薬草一株ずつに同調していく。…………うん、どの薬草も元気だから今日の手入れも、いつも通りで良さそうだ。
「ヤート君、まずは雑草を抜きますか?」
「そうだね。お願い。ヨナさん」
「はい‼︎」
「抜く雑草を教えるから、僕の後に着いてきて」
「わかりました‼︎」
僕が雑草抜きを始めると、ヨナさんは僕の手元を食い入るように見てくる。
「えっと、ただの雑草の除去だから、そこまで気負わなくても大丈夫だよ?」
「いえ、あとで書き起こすために見て覚えないといけないので」
「作業中も記録を取って良いし、いつでも質問には答えるから気にしなくて良いから。それと」
ズドンッ‼︎
ヨナさんへの言葉を続けようとしたら大きな音が聞こえた。たぶん打撃音なんだけど、そんな音が聞こえた理由を探るため音のした方へ魔力を放つ。すると音の原因よりも先に、高速で僕達の方に吹き飛んでくる物体を感知する。……これは軌道から考えて畑に突っ込んでくるな。しょうがない。
「緑盛魔法・超育成・樹根触腕」
僕が魔法を発動して根に何本も地面から生えてもらうと、先端を編み込んで網状になってもらう。そして高速で飛んできた物体を受け止め勢いを殺さないように振り回してもらい、そのまま前世のテレビで見たハンマー投げみたいな感じで、物体を飛んできた方向に加速して投げ返してもらった。
「方向、距離共に問題なし。畑にも影響は……ない。うん、問題解決と」
「ヤート君、今飛んできたのガル君ですよね……?」
「え⁉︎ なぜ、そんな事に……?」
「いつもの姉さんとのケンカが派手になったみたい。要は兄さんが姉さんに、ここまで殴り飛ばされたんだ」
リンリーとヨナさんに説明してると、兄さんと姉さんの魔力が強まるのを感じた。かなり本気の戦闘態勢になったみたいだ。
「だ、大丈夫なんですか……?」
「大丈夫だよ」
ヨナさんが不安そうに僕を見ていると、別の強い魔力が兄さんと姉さんの魔力を押しつぶすように放たれる。
「こ、この魔力はラカムタ殿ですか……?」
「うん、当たり。ここまで強かったら離れた場所でも誰の魔力かわかるよね」
「ガル君とマイネさんは大丈夫でしょうか?」
「強めの拳骨はくらうはず。……うん、くらったみたい」
界気化に切り替えて二人の状態を探ると、ラカムタさんの拳骨痛みに悶えてるから間違いない。さて、畑の手入れに戻ろう。
「ヤート殿の心は強いですね」
「何の事?」
「あんな唐突な事態に対応して、すぐに日常へと戻れるのは心が強い証拠だと思います」
「さっきのは心が強いかどうかは関係ないよ。まず、元々僕の感情はあまりないから慌てにくい。それと僕は広範囲を感知できるから、ヨナさんより早く兄さんが飛んでくるのを感知できた。誰だって予め知ってたら慌てないでしょ?」
「いえ、どれだけ事前に知れても慌てるものは慌てて何もできません」
「私もそう思います。……というか、ヤート君が慌てるところを見た事がないです」
「模擬戦でのヤート殿はまさにですね。慌てず揺るがず冷静な戦い方は、本当に素晴らしかった……」
リンリーもヨナさんも妙に僕を褒めてくるな。
「もっと僕が小さい時から、みんなにいろいろ教えてもらって鍛えてたら今とは違う形になってたかもね。でも、散歩や読書が楽しくて誰かに何かを習おうっていう考えはなかった。それに……」
「それに?」
「なんでかわからないけど、いつのまにか植物達や三体に力を貸してもらえるようになってて自分から前に出て戦う必要がなかったんだ」
「なるほど」
「まあ、結局それでダメだったから最近になって鍛えてるんだけ……」
「ヤート君?」
「ヤート殿?」
ヨナさんと話してたら、妙な気配を一瞬感じた。でも、リンリーとヨナさんは僕が突然話すのを止めて不思議そうに見てるから感じていないみたいだ。……界気化した魔力を放ち探ってみても周りの植物達や村のみんなにも変化はないか。
こうまで感じ取ったのが僕だけだと、気のせいかとも思える。でも、ほんの一瞬だったけど感じた、あのヌメッとした気配は勘違いじゃない。何が起きても良いように警戒は解かない方が良さそうだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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