黒の村にて 浮かれてた気持ちと気絶
ヨナさんが村に来て初めての朝だ。今、僕達はサムゼンさんを見送るため門に集まっていた。
「貴殿は自分を高める良い機会に恵まれたのだ。後悔や心残りをしないよう日々精進するんだぞ」
「サムゼン様、ここまで連れ添っていただきありがとうございました‼︎ 私、ヤート殿のもとで頑張ります‼︎」
サムゼンさんがヨナさんに優しい声をかけて、ヨナさんは精一杯の感謝を込めて答えてる。
「ああ、次に会う時に成長したヨナ殿を見れる事を楽しみにしている」
「はい‼︎」
「名残惜しいが、そろそろ出発せねばならん。黒の方々、ヨナ殿をよろしく頼む」
「…………」
僕達に頭を下げた後、森の外へと歩き出したサムゼンさんの背中を見て、ヨナさんはさらに決意が高まったようだ。……ヨナさんの高揚に水を差すわけじゃないけど、高ぶりすぎると空回りになるかもしれないから、まずは村の環境に慣れてもらった方が良い気がする。
「ヨナさん、今日の予定なんだけど……」
「は、はい‼︎ 何でしょうか⁉︎ 何でもやらせてください‼︎」
「今日は昨日の続きで、いっしょに村と村の周りを見てまわろう」
「え、あ、はい……」
「新しい環境でやる気がみなぎってるのは良い事だよ。でも、ありすぎるのはダメ。落ち着がないと作業にムラが出るからね」
「……あ」
僕の言いたい事が伝わったみたいで良かった。……あれ? 少し落ち込んでたヨナさんが、ハッと何かを思い出した表情になった。
「ヤート殿……」
「何?」
「実は昨日ヤート殿へお渡しできなかったものがあるので、お渡ししても大丈夫ですか……?」
「うん、良いよ」
「ありがとうございます。それでは、荷物の中にあるので取ってきます」
「いっしょに行くよ。その方が速いからね」
「わかりました」
ヨナさんといっしょにヨナさんへ割り当てられた家に移動し玄関で待っていたら、少ししてヨナさんが出てきた。ヨナさんの持ってる綴じられた紙の束が僕に渡したいものか。すぐに僕に差し出されたので受け取りパラパラ読むと、内容は全部質問だった。
「これは?」
「王城の薬師や庭師など、何かしら植物と接しているもの達からの質問です。私が代表して持ってきました。ぜひ、答えやすいものだけでかまわないので、時間がある時に返答をお願いします‼︎」
「わかった。できるだけやっておくね」
「…………はあ」
質問の数々を確認していたら、突然ヨナさんがため息をついた。不思議に思って見ると、ヨナさんはすごく落ち込んでいるみたいだ。
「ヨナさん、どうしたの?」
「……今の私はヤート殿のもとで働くという目標が達成できて、とても嬉しくて興奮しています。ですが、まさか頼まれていた事を忘れるくらいまで舞い上がっていて、さらにそんな自分の状態に気付けなかったのが情けないなと……」
「僕の同調みたいに自分の状態を知れる方法を持ってないなら、そういうものだと思うよ」
「以後、気をつけます……」
僕達は質問状の束を保管するために僕の家に寄り、その後、村の中を巡っていった。
一通り村の中の案内は終わり、僕とヨナさんは門まで来た。これから村の外に出るわけだけど、その前にヨナさんへ言っておくべき重要な事があるから、立ち止まりヨナさんへ話しかける。
「ヨナさん、僕と村の外に出る時の心構えがあるから教えておくね」
「心構えですか……?」
「うん、最悪の事態もあり得るから、よく聞いて」
「は、はい……」
「僕が村の外に出ると、三体の高位の魔獣が近寄ってくるんだ」
「さっ……‼︎」
ヨナさんの顔が驚きに染まった。まあ、青のみんなでも動揺するくらいだからしょうがないんだけど、まず僕と行動するなら覚悟を決めてもらわないと困る。
「王城に来られた時は鬼熊と破壊猪の二体でしたよね……?」
「あれからいろいろあって、散歩仲間が一体増えたんだ」
「そ、そうですか……」
「その新しい一体はディグリっていう名前なんだけど、見た目は鬼熊と破壊猪より穏やかだから安心して」
「はい……、頑張ります……」
覚悟を決めてほしいとは思ったけど、そこまで決死じゃなくて良いのにな。…………あ。
「ヨナさんは鬼熊と破壊猪を王城で見た時、どう思った?」
「……怖かったです」
「鍛錬を積んだ今でも怖い?」
「正直なところ、わからないです」
……これはまずいかもしれない。
「あの、何かあるんですか?」
「えーとね、言いにくいんだけど、鬼熊と破壊猪は王城の時より二回りくらい大きくなってるんだ」
「え……」
完全にヨナさんの顔は引きつっている。この状態だと対面するのは無理だね。……よし。
「ヨナさんは、ここにいて」
「え、あの……」
「ここにいてね」
僕は門番のネリダさんにヨナさんを見ててもらうよう頼み、門の外へと出て森の中に入った。少し待つと、いつものように鬼熊と破壊猪は僕のもとへ爆走してきて止まり、ディグリは僕のすぐ近くの地面から出てきたので、三体が何かしらの言い合いをする前に話しかける。
「突然でごめん。お願いがあるんだけど良い?」
「ガ?」
「ブオ?」
「何デショウ?」
三体にヨナさんの事を伝えて、門から遠目に見える位置に移動してもらう。そして僕が再びヨナさんのところへ戻ると、ヨナさんは震えていた。
「ヤ、ヤート殿……、こ、この巨大な、け、気配は……?」
「向こうに三体がいるんだ。ヨナさんの状態だと至近距離で会うのは無理だから、まずは遠くから見るだけにしよう」
「は、はい……、み、見てみます……」
「本当に無理しなくて良いからね。今は割と大丈夫だけど、前は黒のみんなも鬼熊と破壊猪を怖がってたくらいだから」
「い、い、いえ‼︎ せ、せめて、み、見るく、らいなら……」
ヨナさんが恐る恐る門の影から三体がいるだろう方向を覗き込む様子を、僕を含めた門の近くいるみんながハラハラしながら見てると……。
フラ……。
三体を見たヨナさんが倒れてきたので、僕は受け止め地面に寝かせた。それと同時にネリダさんが慌てて駆け寄ってくる。
「お、おい‼︎ 嬢ちゃん、大丈夫か⁉︎ ヤート‼︎」
「今、同調で確認してる。ネリダさん、三体にできるだけ気配を抑えるように伝えて」
「わ、わかった‼︎」
ネリダさんは三体のところへ走って行き、周りのみんなはヨナさんを心配そうに見ていた。それと同調の結果は……良かった。呼吸も脈拍もあって内臓に異常はない。
今回はヨナさんが離れたところから三体を見て気絶したっていう結果になったけど、これが最良だったかはわからない。でも、突然真近で三体と出会った場合よりは致命的な事にならなくて良かったはず。なんとかヨナさんが少しずつでも三体に慣れてくれると良いな。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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