青の村にて 大事な前提と向いてる技術
「…………よし」
ラカムタさんは僕を釣り上げたまま数分間考えて結論が出たのか、声を出してうなずいた。僕はどうするのかなって思いながらラカムタさんに身を任せていると、ラカムタさんは兄さんと姉さんの方を向く。
「ガル、マイネ、手合わせは一時中断だ。お前らはヤートとの手合わせの内容や流れを振り返って、反省や対策を練ってろ」
「……わかった」
「…………」
「マイネ?」
「わかってるわ」
「ヤートは俺と話し合いだ。良いな?」
「うん、あとで兄さんと姉さんとの手合わせを再開して良いなら、特に問題はないよ」
「ああ、その点に関してはよっぽどの事がない限り止めないから安心しろ」
「今止められたって事は、僕はそのよっぽどをしたみたいだね」
「まあな。それじゃ向こうで話すぞ」
「それは良いとして降ろしてくれない?」
「ついでだついで」
何のついでなのかわからないけど、僕はラカムタさんに釣り上げたまま運ばれイーリリスさんの近くまで来た時に降ろされた。イーリリスさんの顔を見ると、実に困った子を見る感じの表情をしている。……うーん、たぶん姉さんの打撃をわざと受けたのが原因だと思うけど、手合わせで試すのはそんなにダメなのかな?
あと兄さんと姉さんの様子も気になるから振り返ると、二人の元にリンリーとイリュキンが近づいていき、さらにハインネルフさんとタキタさんも近づいていくのがわかった。うん、あの四人に自分達の意見を聞いてもらえるなら大丈夫だね。
「ヤート、俺達も始めるぞ」
「あ、うん、わかった。それで僕は何を言われるの?」
「それでは現状確認からですね。ヤート殿はラカムタ殿になぜ止められたと思っていますか?」
「僕が姉さんの打撃をわざと受けたからだよね?」
「そうだな。それが一番大きい」
「一番って事は他にもあるんだ」
「ああ、あのまま手合わせを続けると、ヤートが自分に合わない戦い方で固まりそうだったからだな」
「……どういう意味?」
「ラカムタ殿、そこから先は私から話しても構いませんか?」
「……イーリリス殿の方が、より客観的な意見になるな。お願いする」
ラカムタさんはイーリリスさんに頭を下げる。……本当に真剣というか深刻というか、そんな内容の話みたいだ。
「まず、先ほどヤート殿が言っていた「手合わせ試すもの」と「戦いで意表をつく事が重要」というのは間違っていません。しかし前提としなければいけない事があります。わかりますか?」
「……必要な事、必要な時を見極める、かな」
「はい、それも間違いではありません」
「他にもあるんだ。それじゃあイーリリスさんの言う前提って何?」
「自分の身体、能力にあうものであるですね」
「…………」
イーリリスさんの言葉を頭の中で数回繰り返すと、疑問だけが残った。
「自分にあってるかどうかを確かめるために、いろいろ試すんじゃないの?」
「それは自分の得意不得意や向き不向きをわかっていない初期段階のものの場合です。ヤート殿はそのあたりの事は理解できているはず」
「それは、そうだね」
「で、あれば不得意な事や不向きな事を戦法に組み込むのはやめてください。無用な負担がヤート殿自身をすりつぶすかもしれません」
「なるほど……」
イーリリスさんが言いたいのは、よくわかった。ラカムタさんとイーリリスさんの真剣な表情に相応しい内容だと思う。
「それと勘違いしてほしくないのですが、不得意な事や不向きな事は明確に弱点になりますので、何かしらで補うなり鍛錬して消す事は推奨します」
「あくまで戦いには組み込むなって事だね」
「はい、理解していただけて、とても嬉しいです。それでは次にヤート殿に薦めたい技術があるので、それを考えていきましょう」
あれ? なんか話が飛んだような……。僕が疑問に思っていると、それを察したイーリリスさんはうなずいた。
「すみません。私の急ぎすぎでしたね。私の考えを説明しますと、ヤート殿は間違いなく相手の行動を冷静に判断して戦うものになります。そこで私はヤート殿に「さばく」や「そらす」と言われる技術の習得をお勧めします」
「なるほど、それは確かにヤートにあっている気がするな」
イーリリスさんに言われて自分の今までの行動を思い出してみたら、イーリリスさんの言う通り基本的に相手を観察してから動く事が多かった。ラカムタさんも納得してるし、僕向きなんだね。
「なんとなく想像できるけど、はっきりとはわかってないから「さばく」と「そらす」の実物を見てみたい」
「それもそうですね。ラカムタ殿、お願いします」
「わかった。ヤート、よく見て感じろ」
「うん」
ラカムタさんとイーリリスさんが向かい合ったので、僕は少し離れて両掌で界気化した魔力を二人に放つと次の瞬間、ラカムタさんがイーリリスさんに左手で殴りかかった。打ち合わせもなくいきなりの動きだったのにイーリリスさんは右手の前腕の外側を、向かってくるラカムタさんの左手に下から弧を描くように当て自分へ当たらないように動かす。
「お……」
この時、ラカムタさんの身体は音にするならズルっていう感じで流れてる。これはたぶん、イーリリスさんに自分の意図しない方向、ラカムタさんから見ると左でイーリリスさんから見ると右へ動かされた影響なのかな?
「ふん‼︎」
すぐにラカムタさんは流れた身体を筋力で強引に立て直し、今度は右手でイーリリスさんの腹部を狙う。これに対してイーリリスさん特に慌てる事なく、左足を支点に右足を下げながら身体の向きを変え、それと同時に左手で腹部を狙うラカムタさんの右手を押して、またラカムタさんの身体が流れるように動かした。
その後もラカムタさんは上段・中段・下段、左右、拳・蹴りなど、いろいろと打ち分けてイーリリスさんに当てようとしたけど、全てイーリリスさんに当たらずラカムタさんの身体が流され体勢が崩れる結果に終わる。そしてラカムタさんの体勢がこれまでで一番大きく崩れた時に、ラカムタさんがイーリリスさんから離れて一息ついた。
「ヤート殿、わかりましたか?」
「イーリリスさんがラカムタさんの打撃を手で自分に当たらないように動かして、ラカムタさんの体勢を崩してるのはわかった」
「そこがわかれば大丈夫です。この相手の攻撃を受け流す事を「さばく」や「そらす」と呼び、目的は相手を不利な体勢になるよう導き自分の攻撃を当てやすくする事にあります」
僕はさらに気づいた点を付け加える。
「しかも界気化した魔力を通して、あらかじめ相手の攻撃方法がわかってたらより相手の体勢を崩しやすいし、完全に崩せたら欠色で力のない僕でも効果的な一撃を打ち込める」
「はい、実にヤート殿向きの技術だと思います」
「……でも、どう考えても習得難易度は高いよね?」
「ヤート、安心しろ。問題はない」
ラカムタさんが自信満々に指差す方を見ると、話し合いを終えた兄さんと姉さんが僕を見ていた。
「ラカムタさん?」
「時間は一週間ある。そして実践相手もあいつらがいる。いくらでも試せるぞ」
「…………ラカムタさん、イーリリスさん、僕は二人のやりとりを見てただけで何一つ練習してないんだけど」
「ヤート、習うより慣れろだ。とりあえず動け」
「ヤート殿、ラカムタ殿の言う通りです。格闘用の技術習得は、まず動いてる事が重要ですよ」
当たり前に実践中心で話が進んでいく。確信を持った表情の二人相手に説得は無理と諦めて僕は兄さんと姉さんの元へと向かった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。
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