大神林にて 二人の成長と知らなかった自分の影響
リンリーの姿が消えてからも、イリュキンは水帯で発生させた五本の帯を周りに漂わせながら動かずにいる。リンリーが気配と姿を消した状態だとラカムタさん達大人でもリンリーをとらえる事は難しいんだけど、イリュキンには対抗策はあるのかな?
一番確実なのは前にディグリがやった空間を制圧するような攻撃だね。いくらリンリーが気配と姿を消しても、さすがに空間ごと攻撃されたら避けようがないから一番有効と言える。基本的に竜人族 は魔力の扱いはそこまで得意じゃないけど、イリュキンの水帯を見る限り魔力の扱いは得意みたいだから、もしかしたらイリュキンは大規模な魔法を発動させようとしているのかな?
でも大規模な魔法を発動させようしたら絶対に隙ができるから、リンリーが見逃すはずがない。僕がこの後の展開を予想しているとイリュキンが突然後ろへ振り向き、そのイリュキンが振り向いた方にはリンリーが攻撃態勢をとっていた。リンリーが驚いて動きが止まったら、イリュキンは右手をリンリーに向かって振り抜き五本中の四本の水帯をリンリーに放つ。一本は常に万が一の防御かダメ押しのための余力として残してるみたいだね。
「クッ」
リンリーは上下左右から迫ってくる四本の水帯を避けて、すぐに距離を取るために後ろへ飛んだ。それを見たイリュキンは追撃をしないで、リンリーへと放っていた水帯を自分の周りに戻し再び漂わせ始める。これでまた、最初の状態に戻ったわけか。ここまでのやり取りで気になるのは、イリュキンがリンリーの位置を把握した方法だ。
「よく私の位置がわかりましたね」
「ヤート君のおかげさ」
イリュキンが僕の名前を言うとリンリーの片眉がピクッと動いた気がする。……僕はイリュキンに同調の話はしたけど、具体的な事は見せてないのに僕のおかげ? 僕がイリュキンとの会話や他のやり取りを思い出していると、リンリーが自分の顔や腕を触って何かを確信したようにうなずいた。
「今日は晴れていて霧が出る天候ではありません。それなのに私の身体はほんの少しですが濡れています。……なるほど私が気配と姿を消しても、あなたから放たれているその薄い霧の中に入ったら感知されてしまうという事ですか」
「……その通りだ。こんなに早くバレるとは思わなかったよ」
イリュキンが苦笑した。
「それのどこがヤート君のおかげなんですか?」
「ヤート君は同調によって植物と意思を交わして植物が得ている情報を聞く、または植物が感じている周囲の状況を知る事ができる。ここまでは良いかい?」
「そうですね。正しいと思います」
「つまりヤート君は、自分の五感以外にさらに周囲の植物という感覚器官を持っているに等しいという事さ」
「あなたはそれを水で再現をしたと?」
「そうさ、ヤート君の植物全てとまではいかないけど、私自身が生み出した水が触れたものは私自身が触ったのと同じように感じる事ができる。それがこの霧、水圏」
僕から見てもイリュキンがはっきりと霧に包まれていく。いや、イリュキンが言う事が正しいならイリュキン自身が自分の周りに霧を発生させているのか。僕の同調は植物達に意思があるから答えてもらえるけど、イリュキンの水圏は自分の感覚を自分が生み出した水に延長させてるんだから、とんでもなく高度な魔法だ。
「…………」
「その様子だと、私の水圏が君にとって相性が悪いという事には気づいてるようだね」
そう、リンリーが気配と姿を消しても、イリュキンに察知されていたら意味がない。基本的に竜人族は強化魔法で肉体強化して戦う近接戦闘型が多くて中距離や遠距離の攻撃手段を持っている人は少ない。というか距離があっても一瞬で接近できるから中距離や遠距離の攻撃手段を持つ意味がないと言って良い。まあでも……。
「特に問題ありません。あなたが私を察知するより早く動けば良いだけです」
うん、僕に初めて話しかけた頃のリンリーなら相性の悪さに心が折れたかもしれないけど、今のリンリーならそう言うよね。
「強化魔法を発動させれば確かに今よりできるだろう。しかし、それは君の気配と姿を消すという戦い方とは真逆だ。自分の型を捨てる気かい?」
「捨てる気なんて、全くありません。両立させるだけです」
「どうやって?」
「こうやってです」
「なっ!!」
…………すごいな。リンリーが強化魔法を一瞬発動させたと思ったら、次の瞬間には水圏内のイリュキンの正面に立っていた。さっきまでのリンリーより今のリンリーの方が倍は速い。
そして、なにより驚きなのは他のみんなの強化魔法は発動させると炎のように身体の周りを揺らめくのに、強化魔法の魔光がリンリーの身体からほとんど漏れていない事だ。これはつまり強化魔法の出力を完全に制御してるって事だね。今度はイリュキンが、リンリーから離れるために後ろに跳んだ。
「私の知ってる誰よりも、静かな強化魔法だ。誰に習ったのか聞いても?」
「ヤート君のおかげです」
「うん、なんとなくそんな気がしたよ」
……リンリーに戦い方を教えた事はない。というか僕の緑盛魔法を使った戦い方と、みんなの戦い方は違いすぎて教えれるはずないんだけど、どういう事なんだろ?
「ヤート君は欠色なので私達より魔力が少ないですが私達にはできない事ができます。それは同調ができて植物の力を借りれるためです。ここまでは良いですか?」
「クス、さっきとは逆だね。ああ、その通りだと思うよ」
「黒のみんなと話していて出る話題があります。それは「仮にヤート君と同じように欠色であり同調ができて植物の力を借りれる状態だった場合、私達はヤート君と同じように三体の高位の魔獣と戦い森の一面を吹き飛ばせるのか」です」
全くの初耳だし、なんでそんな話になってるの?
「ヤート君はそんな事をしたのか」
「はい、あなたはどう思います?」
「無理だろうね」
「なぜです?」
「自分が欠色だったと想像して戦える精神状態でいれるかも怪しいし、森一面を吹き飛ばすような魔法を制御ができる精神状態でもな……。なるほど、つまり君は、ヤート君から自分の力や精神を上手く制御する重要性を学んだという事か」
「そうです。ヤート君を見て黒の子供達はどうすれば自分の力を最大限に発揮できるのか常に考えて鍛錬して、私の場合は気配を弱めて姿を視認されにくいように動き方を覚え、強化魔法の瞬間的な出力の切り替えと持続時間が伸びるように鍛錬しました」
リンリーが自分のしてきた事を淡々と、でも、どことなく誇らしいように言った。
「お互いにヤート君に何かしらの影響を受けたというわけか……」
「もう一度言います。あなたには負けません」
「正直に言おう。始めは君の事は、どうとも思っていなかったけれど、今は全力でこう言える。私も君には負けない。そして改めて名乗ろう。私は青のイリュキン、水添え候補者だ」
「黒のリンリー、ヤート君の隣にいるのは私です」
……僕でも誰かに影響を与える事ができるんだね。意外すぎて頭が真っ白になった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。
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