大神林にて 頼まれ事と二人への接近
「「「「「「…………」」」」」」
リンリーとイリュキンの二人が森の中に入っていって姿が見えなくなっても、門の近くにいた僕を含めたみんなはその場から動けなかった。うーん、こういう時はどうするべきなのかな? 二人の様子もおかしかったし、なんかまずい事態になりそうだから放っておくわけにはいかない。ただ、どうやって止めたら良いんだろ? ……よし、わからないなら、まずは誰かに聞くべきだね。
「ねえ、ラカムタさん」
「ヤート、どうした?」
「なんかまずい事態になりそうだから、リンリーとイリュキンを止めた方が良いと思うんだけど、どうやって止めたら良いと思う?」
「あー、そうだな……」
ラカムタさんが苦虫を噛み潰したような顔になった。ラカムタさんのこんな顔はなかなか見れないけど、これの顔は何かを思い出してる感じだね。僕がラカムタさんの表情を見ていると、ラカムタさんが重々しく言葉を発した。
「何もできん」
「えっ?」
「できる事は無い」
「でも……」
「リンリーとイリュキンは子供だが女だ。竜人族の女同士の勝負に男の俺達が止めれる余地なんて無いぞ」
なんだか、すごく実感がこもった言い方だな。過去に何かあったのかな? 僕がラカムタさんの過去に思いを巡らせていると、森の植物がざわめきリンリーとイリュキンの魔力が放たれたけど戦闘音はしない。二人はにらみ合ってる? みんな状況が動き出しつつあるのを感じていて、その中でも水守達が困っている感じだった。
「おい、俺達はこのままここに居て良いのか? 万が一、姫さまに何かあったら……」
「逆に聞くぞ。姫さまは明らかに我ら水守の帯同を拒絶し、姫さま個人として黒のリンリー殿と森の中に入ったのだ。そんな真剣勝負に望んでいるだろう姫さまを、お前は止めれるのか?」
「それは……」
「黒のラカムタ殿が言った通り、我らにできる事は無い。ただ、待つだけだ」
「くそっ、水添えや水添え候補のそばにどんな時でもいるのが、我ら水守だぞ」
「それでもやれる事をやると言うのなら……」
水守のまとめ役っぽい人が僕を見て一つうなずくと近づいてくる。それを見て黒のみんなが殺気立ったけど、特に害意は感じないから僕から話しかけた。
「僕に用?」
「……うむ」
「何?」
「…………頼む!!」
突然、頭を深く下げられた。黒のみんなはビクッと身体を揺らした後に、信じられないようなものを見た顔になる。僕もこういう自分の役目に真剣に誇りを持ってるような人は頭を下げるのが苦手だろうなって思ってたけど、この水守のまとめ役の人は違うみたいだね。
「姫さまのそばに行ってほしい。そして姫さまに万が一の事が起こった時は、助けてもらえないだろうか」
そうか、そういえばラカムタさんも止める事はできないって言ってたけど、勝負してる女の人達の近くに居たらいけないとは言ってなかったな。僕は村長を確認の意味を込めて見たら、しっかりとうなずかれた。近くに行くのは良いみたいだから行くしかないね。
「それじゃあ行ってくるね。イリュキンも連れて帰ってくるよ」
「よろしく頼む」
「ヤート」
「何?」
「あらかじめ言っておくが、森を吹き飛ばすのはやめるんじゃぞ」
「村長、僕をなんだと思ってるの? さすがによっぽどの事が無いと、そんな事はしないよ」
「お前さんは、やる時は必ずやるから心配なんじゃ」
前に森を吹き飛ばしてるから反論できない。周りを見ても、村長の言葉に黒のみんなもうなずいてる。そんな黒のみんなの様子を見て水守達は僕を不安そうに見てくるけど、こればっかりは僕を信用してもらうしかないんだよね。
「……できるだけ我慢するよ」
みんなに言って僕は、リンリーとイリュキンのいる森に入った。そして僕は森に入った瞬間に、一つ決断しないといけない事が出てくる。それは急ぐか急がないかだ。もちろん、僕はリンリーとイリュキンが最悪の事態になるのを見たくないから二人のところへ急いで駆けつけたい。
だけど、ここまでピリピリ張り詰めた状態だと、例えば僕の移動音や気配みたいな小さな事がきっかけになって二人の戦いが始まるかもしれない。……まあでも、結論は考えるまでもなくて、できるだけ静かにできるだけ急いで二人のところに行くだけだ。僕は一回深呼吸して気持ちを静めてから走り出した。
できるだけ落ち着いて呼吸が乱れたり音を立てないように慎重に走っていたら時間がかかったけど、ようやく二人がにらみ合っている場所へと近づいてきた。その証拠に前の方から微かに二人の話し声が聞こえてくる。
……これだけピリピリ張り詰めながら何を話してるんだろ? 僕は走るのをやめてより慎重に歩きながら、さらに近づいていく。そしてリンリーとイリュキンの二人が向かい合ってるのが、見える位置まで来る事ができた。
「あな……ヤート君……ってい……か?」
「ヤート君……良いゆう……さ」
「そうで……」
「そうさ」
「あん……腕輪……ヤート君に……ですか?」
「…………」
二人が見える位置まで来れたけど、話し声がそこまで大きくないからはっきりとは聞こえないな。内容は気になるけど聴力を強化するために強化魔法を発動させたら気がつかれるかもしれないからできない。でも、リンリーとイリュキンの二人の会話に僕の名前が出てきてるから、この事態は僕が原因っぽいね。
さらに言うと僕がイリュキンから腕輪をもらった事も関係あるみたいだ。……もっと近づこう。僕がジリジリと動いて二人の声がはっきり聞こえるところまで近づいた。そしてもう少しと思って僕が一歩踏み出したら、リンリーが会話を止めたから、素早く樹の影に隠れて息を止めた。
「…………」
「突然、話すのをやめてどうかしたかい?」
「……いえ、少し違和感を感じたのですが多分気のせいでしょう」
「体調が悪いようなら、私は後日でもかまわない」
「問題ありません。今ここで何かしらの結論を出さない方が気持ち悪いです」
「それに関しては私も同感だよ」
再開された二人の会話を聞きながら僕はゆっくりと静かに息を吐いていく。危なかったけど、こういう緊張感のある場面で素早く対応できて良かった。さすがにこれ以上移動するのは無理みたいだから、ここから二人を見守る事にする。そして、それからしばらく会話を続けた後に決定的な事が起こった。
「いろいろ話しましたけど、私があなたに言いたい事は一つです」
「何かな?」
「あなたには負けません」
「これは……。なるほど、加減はできないという事か。水帯」
決意のこもったリンリーの声が聞こえるとリンリーの姿が消えた。それを見たイリュキンは一瞬驚いた後、覚悟を決めた顔になり魔法を発動させる。青のイリュキンの魔法は予想通り水の魔法みたいで、始めにイリュキンの正面に水球ができ、そこから五本の水の帯が伸びてイリュキンの周りを漂い始めた。……二人には戦ってほしくないけど始まってしまったなら、いつでも最悪の事態を防げるように備えるだけだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。
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