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アギは自分の境遇に満足していなかった。働くことも命令されることも彼の性に合わなかった。それなのに、とくにどこか秀でているとも思えない男に主人面され、いいようにこき使われた。彼の苛立ちは募るいっぽうで、とうとうささいなことをきっかけに爆発した。
家畜小屋の掃除をしていた彼に、主人が住居の掃除を先にやれと言った。アギは今やりかけているほうを先にやると言った。主人は彼をほうきの柄で叩いた。そのとたん、アギの中で何かが弾けた。
アギは主人の手からほうきをもぎ取り、それで彼を叩きのめした。さらに水をかけ飼料を浴びせ家畜の糞をぶちまけた。それから向きを変え、住居の掃除をしに悠々と出ていった。
二、三日たって主人はアギに夜襲をしかけた。彼は寝ているアギを縛りあげ、有無を言わせず川までひきずっていって流れに投げこんだ。アギが水面から顔を上げるとまた押しこんだ。何度上げても同じだった。アギは向こう岸へ逃げようとした。だが主人は縄の端をしっかり握っており、アギは川底の石に足を滑らせて水中に沈んだ。主人はその頭を踏みつけてぐいぐい押した。アギは自分の死を予感した。
と、唐突に主人の足が離れ、アギは自由になった。顔を上げて見ると、イズナが主人の首根っこをつかまえて岸にひきずりあげているところだった。主人は顔を真っ赤にしてわめきちらし、イズナを殴ろうと拳を振り回した。だがイズナは、いつもの彼には似つかわしくない敏捷さでそれをよけ、手を離すと一歩下がって立った。
「何をする。きさま、奴隷の分際で主人のわしを邪魔立てする気か」
「彼にそんなことをしたらいけない」
イズナは低い声で言った。
「わしはこいつの主人だぞ。主人が奴隷に何をしようと勝手だ」
「主人ならね」
イズナは言った。
「でもあなたは彼の主人じゃない。彼は人間が支配できるようなものじゃないんだ」
「じゃあなんだ」
主人は彼のいつもとは違う物言いにけおされながら言った。
「こいつが何者だというんだ。化け物か」
「よくわからないけれど。とにかく彼は人間以上のものだ」
主人は呆けたように口を開けていた。熱はすっかり冷めていた。やがて彼は気を取り直すと、二人をののしり、イズナの視線を避けるようにして住居の方へよろよろ歩いていった。
岸に這いあがりながらアギは、今までとは違った目でイズナを見つめた。彼にはもはやイズナがぼんやりだとは思えなかった。それどころか神々しいとさえ思えた。イズナのことをもっと知りたいと思った。




