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 アギの額にもイズナのものと同じような傷がついた。彼はイズナに比べて決してよい働き手とはいえなかった。イズナがぼんやりなのに対して彼は反抗的だった。主人は彼が逃げないように彼の両足を鎖でつないだ。

 イズナはあいかわらずぼんやりしていた。小屋に住む仲間ができたことをたいして気にしていないようだった。あいかわらずしょっちゅう仕事の手を休めてはぼうっとしていた。だがアギは、そういうときの彼の目がふだん以上に激しく活動していることに気付いていた。そしてその目に見つめられるとぞくっとするのだった。

 ある日イズナはひどく殴られて小屋の中でうめいていた。アギは水を汲んできて彼を介抱した。

「大丈夫か」

「うん」

 イズナは目を開けて彼を見た。彼はまたぞくっとした。

「君には前にどこかで会ったことがあるね」

「どこで。じつをいうと私もそんな気がするんだが」

 アギはまじまじとイズナを見たが、やがて諦めて首を振った。

「わからないな。夢かもしれない。何も覚えていないから何ともいえないが」

「行き倒れくん」

 イズナはアギのことをそう呼んでいた。

「まだ何も思い出せないの」

 アギは黙って肩をすくめた。イズナはその不思議な目で彼の顔をのぞきこんだ。

「うん」

 イズナは言った。

「思い出したよ。君をどこで見たか。君は風の中にいたんだ」

「風って」

「風だよ。そこらじゅうを吹きまくってるあれさ。風の中にはいろんなものが棲んでいる。小さな虫たちもいれば、精霊や、死んだ人の魂や、ときには神々もね」

 アギは狐につままれたような顔をした。

「それはあんたの空想かい。それとも本当の話なのかい」

「見えない人には本当の話じゃないね」

 だがじきにアギにもそれが見えることがわかった。イズナは初めて彼にあからさまな関心を示した。そしてアギと一緒にいるときだけはぼんやりしなくなった。というより、風を見る代わりにアギを見ていたのだ。だから主人にとってはイズナはやっぱりぼんやりだった。

「君は人間じゃないんだね」

 とイズナは言った。

「なぜ」

 アギはきいた。

「だって君は風の中にいたもの。人間にはそんなことできないよ」

「でも私はこのとおり人間だ。手も、足も、体も。ほら、あんたと少しも違いはしない」

「うん」

 イズナはまたたいた。

「それがわからないんだけど」

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