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     1

 イズナはほっそりした物静かな若者だった。彼は奴隷だった。額にはそのことを示す入墨が彫りつけられていた。彼は二年前までは自由の身だったが、今の自分が奴隷であることをあまり気にしていないように見えた。

 彼はいつもぼんやりしていた。実際には、傍目にそう見えただけで、彼の頭は忙しく回転していた。ただ、それは仕事のことではなく、それ以外の、主人から見れば何の役にも立たないことに関してだけだった。彼がぼんやりしていると主人は彼を殴ったが、殴られても彼の癖はいっこうに直らなかった。

 ある日彼は水を汲みに行って、川のほとりに一人の男が倒れているのを見付けた。彼と同じ年頃で、ぞっとするほど厳しい顔とたくましい体を持った男だった。イズナは桶に水を汲み、それを男の顔にぶちまけた。だが男は目を開かなかった。頭上では太陽がさんさんと輝いていた。少しためらってから、イズナはその男を自分の小屋までひきずっていった。

 一日の仕事が終わって戻ってきても、男はまだ目を覚まさなかった。不手際に気付いてイズナを懲らしめにきた主人が、それを見付けた。

「何だこいつは」

「行き倒れです」

 ぼそっとイズナが答えた。

「それがなんでここにいる。まさかこんなところで行き倒れたわけでもあるまい」

「僕が連れてきたんです」

 主人は黙ってイズナを見た。呆れかえって物も言えなかった。奴隷の分際で、行き倒れに哀れみをかけ、あてがわれたにすぎない主人の所有物である小屋に連れこむとは。

 彼はイズナの横面をはりとばした。イズナは男の上に倒れこみ、その衝撃で男が意識を取り戻した。男は身を起こし、自分の上に倒れているイズナと、顔を真っ赤にして目の前に立っている主人とを見比べた。

「ちょうどいい。気がついたならさっさと出ていけ。ここはわしの土地だ」

 主人が言った。

 アギは――まさしく彼はアギだった――目をぱちくりさせ、あたりをきょときょと見回した。それから眉間にしわを寄せ、もう一度主人の顔を見た。

「何だって」

 主人はまたしても絶句した。どうしようもないぼんやりはイズナで慣れっこになっていたが、それがもう一人自分の前に現れるとは思っていなかった。

「おまえはどこの誰なんだ」

 彼は努めて平静を保ちながら尋ねた。

「さあ」

「さあとはどういうことだ。自分の名前もわからんのか」

 アギはうなずいた。それからまた小屋の中を見回し、イズナに目をとめた。

「ああ」

 彼はイズナを指差した。

「この男」

「何だ、知り合いか」

 イズナは首を横に振った。アギは首をかしげて彼を見つめた。

「誰」

 主人はいらいらしてきた。

「おまえは頭がおかしいのか。それともただ覚えてないだけなのか。もういいかげんにしてくれ。わしは馬鹿と付き合っている暇はないんだ」

 それから彼はしげしげとアギを眺めた。見るからに頑丈で、多少こき使ってもへこたれそうになかった。彼は隣のイズナに目をやり、すばやく計算した。そして言った。

「よし。おまえ、ここに置いてやるぞ。その代わり働け」

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