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イズナはほっそりした物静かな若者だった。彼は奴隷だった。額にはそのことを示す入墨が彫りつけられていた。彼は二年前までは自由の身だったが、今の自分が奴隷であることをあまり気にしていないように見えた。
彼はいつもぼんやりしていた。実際には、傍目にそう見えただけで、彼の頭は忙しく回転していた。ただ、それは仕事のことではなく、それ以外の、主人から見れば何の役にも立たないことに関してだけだった。彼がぼんやりしていると主人は彼を殴ったが、殴られても彼の癖はいっこうに直らなかった。
ある日彼は水を汲みに行って、川のほとりに一人の男が倒れているのを見付けた。彼と同じ年頃で、ぞっとするほど厳しい顔とたくましい体を持った男だった。イズナは桶に水を汲み、それを男の顔にぶちまけた。だが男は目を開かなかった。頭上では太陽がさんさんと輝いていた。少しためらってから、イズナはその男を自分の小屋までひきずっていった。
一日の仕事が終わって戻ってきても、男はまだ目を覚まさなかった。不手際に気付いてイズナを懲らしめにきた主人が、それを見付けた。
「何だこいつは」
「行き倒れです」
ぼそっとイズナが答えた。
「それがなんでここにいる。まさかこんなところで行き倒れたわけでもあるまい」
「僕が連れてきたんです」
主人は黙ってイズナを見た。呆れかえって物も言えなかった。奴隷の分際で、行き倒れに哀れみをかけ、あてがわれたにすぎない主人の所有物である小屋に連れこむとは。
彼はイズナの横面をはりとばした。イズナは男の上に倒れこみ、その衝撃で男が意識を取り戻した。男は身を起こし、自分の上に倒れているイズナと、顔を真っ赤にして目の前に立っている主人とを見比べた。
「ちょうどいい。気がついたならさっさと出ていけ。ここはわしの土地だ」
主人が言った。
アギは――まさしく彼はアギだった――目をぱちくりさせ、あたりをきょときょと見回した。それから眉間にしわを寄せ、もう一度主人の顔を見た。
「何だって」
主人はまたしても絶句した。どうしようもないぼんやりはイズナで慣れっこになっていたが、それがもう一人自分の前に現れるとは思っていなかった。
「おまえはどこの誰なんだ」
彼は努めて平静を保ちながら尋ねた。
「さあ」
「さあとはどういうことだ。自分の名前もわからんのか」
アギはうなずいた。それからまた小屋の中を見回し、イズナに目をとめた。
「ああ」
彼はイズナを指差した。
「この男」
「何だ、知り合いか」
イズナは首を横に振った。アギは首をかしげて彼を見つめた。
「誰」
主人はいらいらしてきた。
「おまえは頭がおかしいのか。それともただ覚えてないだけなのか。もういいかげんにしてくれ。わしは馬鹿と付き合っている暇はないんだ」
それから彼はしげしげとアギを眺めた。見るからに頑丈で、多少こき使ってもへこたれそうになかった。彼は隣のイズナに目をやり、すばやく計算した。そして言った。
「よし。おまえ、ここに置いてやるぞ。その代わり働け」




