序
天上界でもなく地上界でもなく地下界でもないところに、死をつかさどる神々の住んでいる国がある。彼らは三千世界を自在に行き交い、定めに従って魂を狩る。彼らの手からは神々でさえのがれることはできない。
今ここに、地上界へと向かうそういった神々の一人がいた。若くたけだけしい男神で、猛鳥のように鋭い顔付きをしている。彼は一人の男の魂を狩りに行くところなのだ。
しばらく空を飛んでいた彼は、急降下して山の上に降り立つと、目指す男を求めて下界を見渡した。いた。彼の鷹のような目はたちまち獲物の姿をとらえ、彼は再び舞い上がり、男のすぐ後ろに舞い降りた。そしていつものように手際よくその魂を抜き取ろうとしたのだが――。
ふいに男が振り返り、彼を見た。見た。
死の神はおののいた。たとえ神族に属する者であっても、同じ死の神の一族でないかぎり、生きている間は死の神を決して見ることができない。なぜなら死の神は死そのものであるからだ。生きている者に彼が見えるはずがない。
だがその男はたしかに彼を見た。それどころか微笑してこう言ったのだ。
「こんにちは。いい日和ですね」
ああ、世界が生まれてこのかた、生者の挨拶を受けた死の神が、たとえ一人でもいただろうか。いや、いはしない。この若い死の神は、仰天し、混乱し、恐慌した。定めどおりこの男の魂を取っていかなければならない。だがとてもそんなことはできなかった。死の神を見ることのできる男の魂に手を触れることなど。
アギという名のこの死の神は、務めも忘れて自分の国へ逃げ帰った。そして務めを果たさなかった罰として、神の体と記憶を奪われ地上界に放逐された。




