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こどもドモ共

 2012年4月23日の朝、東京都葛飾区にお住いの加藤さん宅で、その異変は初めて起こった。

 加藤家の長男であるノボル君(三才)が、突然に言葉を喋り始めたのだ。ノボル君の父親である恵一さんは、会社へ出勤する前で、ちょうど朝のニュース番組を見ながら、朝食を食べている最中だった。彼は思わずエッグトーストを食べる手を止め、その光景を唖然と見つめてしまった。

 「やれ、原発問題は厄介ですな。直近の経済の為には、原発は必要かもしれないが、それを認めると、エネルギー転換のチャンスを逃してしまいかねない。

 今の時期に、絶対にエネルギー政策の転換をやっておくべきだと僕は考えるのですが、どう思いますか、お父さん?」

 あまりの事に、何も返せないでいる恵一さんを一瞥すると、ノボル君はこう続けた。

 「やれやれ、黙ったままですか? もし、今の時期にエネルギー転換をやらないのであれば、その負担は僕らの世代にかかるというのに。

 これでは、無責任と言われても仕方ないですよ?」

 それから困惑した恵一さんは、半ばパニック状態で、奥さんを呼び「ノボルが喋った、ノボルが喋った」と連呼をした。奥さんは「何をそんな、大袈裟に」と、笑いながらやって来て、自分の旦那の行動に目を丸くした。恵一さんは、その時、慌てて病院に電話をかけようとしているところだったのだ。当然、奥さんは「何を馬鹿な事をしているの? ノボルが喋ったくらいで」とそれを止めようとしたのだが、その時、ノボル君がまた言葉を発した。

 「お母さん、どうかお父さんを責めないでください。突然の事に、頭が混乱しているのですよ」

 奥さんもそれを聞いて、パニックに陥る。

 「いったい、何が起こったの?」


 ――本当に何が起こったのだろう?


 そんな事件は、それからも様々な地域で度々起こってしまった。色々な家庭でお子様たちが、突然に、流暢に言葉を喋り始める。しかも、難しい政治経済絡みの内容ばかりを。世間はそれを、センセーショナルに受け止めた。一体、これは、どうした事なのか?

 原因がまったく分からないでいる中、“流暢に喋るお子様たち”は、急増し、遂にはお互いに結びつき、徒党を組むまでに至ってしまった。そして、日本社会に対して、こんな事を訴え始めたのだ。

 「将来世代の事をまったく考えない、今の大人社会の在り方には、大いに疑問があります。どうか、僕たちにも選挙権を始めとする様々な権利を与えて欲しい。積極的に社会参加がしたいのです」

 もちろん、そんな訴えにすんなり応じる訳にはいかない。大人たちは、それを戸惑いを持って受け止め、そして何も返さなかった。お子様達はそれを予想していたようで、次にはこんな事を言って来た。

 「正直に言いましょう。僕らは、あなた方に失望しているのです。少しでも自分に負担がかかれば文句ばかりを言い、それ以外の建設的なアクションを起こそうともしない。高齢社会、医療財政の危機、国際競争力の失速、その他諸々の問題たち。見るべき現実を見ようとせず、先送り、先送り、これでは、あなた達はまるで“こども”ではないですか」

 そして各家庭のお子様たちは、それから毎日のように親や周囲の大人たちへ、議論を挑むようになった。相変わらず、何もしないでいる大人たちに対する忸怩たる思い故だろう。もちろん、大人たちもお子様に論破される訳にはいかない。議論の為に、知識を蓄えていった。議論とは、本来、勝ち負けの為に行うべきものではないが、この場合は、致し方ないだろう。

 そうして議論を続けるうち、大人たちにも自然、持論が生まれ、議論を通してそれは洗練されていった。もちろん、お子様たちに対してだけでなく、大人達の間でもそれは成熟していった。正しく適切な結論が手探りで徐々に見つけ出され、固まっていった。そうして、漠然としたものではあるが、将来に対するビジョンの合意形成がなされていったのである。

 やがて、社会がある程度の落ち着きを見せ、目指すべき目標に向けて歩き始めた頃に、また異変が起こった。


 加藤さん宅のノボル君に、朝のニュース番組を見ながら、父親の恵一さんが話しかける。

 「アメリカの株価が下がったね。やっぱり、景気回復は一時的なものだったんだ」

 何かしらのコメントを期待したのだが、ノボル君は不思議そうな顔で「あーあ」と言った。それに恵一さんは驚く。

 ノボル?

 何かの冗談かと思ったが、それからもノボル君が、何か社会問題について語る事はなかった。ノボル君は、いつの間にか、普通のお子様に戻っていたのだ。

 その異変は加藤さん宅だけで起こったのではなかった。世の中のあちこちで、一斉に。そして、結局、原因不明のまま、その事件は収束していったのだった。

 一体、何だったのだろう?

 大人たちはそう思っていたが、恵一さんは少しだけ、こんな事を思っていた。


 大人たちが、こんなんじゃ、子共たちも、おちおち子供でいらなれなかったんじゃないのかな?


 なんて。

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